この素晴らしい世界にTSを!

月兎。

第1部 16話

浄化装置改めアクシズを湖の際に設置して、二時間が経った。
しかし、未だにモンスターが襲ってくる気配は無い。

私とダクネスとめぐるんの三人は、アクシズから二十メートルほど離れた陸地でアクシズの様子を見守っていた。
水に浸かりっぱなしのアクシズに離れた所から声を掛ける。

「おーいアクシズ!浄化の方はどんな感じ?ていうか、湖に浸かりっぱなしだと冷えるでしょ。トイレ行きたくなったら言ってね?オリから出してあげるからー!」

遠くから叫ぶ私に、アクシズが叫び返した。

「浄化の方は順調だ!後、トイレはいい!かm……、アークプリーストはトイレなんて行かねぇしッ!!」

昔のアイドルみたいな事を叫んでいるアクシズ。水に浸けっぱなしで大丈夫かと心配したが、まだまだ余裕はありそうだ。

「何だか大丈夫そうですね。因みに、紅魔族もトイレなんて行きませんから」

めぐるんが聞いてもいないのにそんな事を言ってくる。
あんたもアクシズも普段モリモリ食べたり飲んだりしてるけど、それは一体何処に消えてるんだとツッコミたい。

「私もクルセイダーだから、トイレは……トイレは……。……うう……」
「ダクネス、この二人に対抗しなくて良いから。トイレに行かないって言い張るめぐるんとアクシズの二人には、今度、日帰りじゃ終わらないクエスト受けてホントにトイレ行かないか確認するからね」
「や、止めて下さい。紅魔族はトイレなんて行きませんよ?でも謝るので止めて下さい。……しかし、ブルータルアリゲーター、来ませんね。このまま何事もなく終わってくれれば良いんですが」

めぐるんが、そんな前フリとしか思えない様な事を言った。そして、まるでそれをきっかけにするかの様に、湖の一部に小波が走る。

大きさ的には地球の平均的なワニと比較して、あまり変わらないだろう。
しかし、そこはやはりモンスター。地球のワニとは一味違った。

「カ、カズナァアア!なんか来た!なぁ、なんかいっぱい来たぞ!」

そう、この世界のワニ達は群れで行動する様だ。



アクシズが浄化を始めてから四時間が経過。
最初はただ水に浸かって神の身体に自然に備わった浄化能力だけを使っていたアクシズだったが、早く浄化を終わらせて帰りたいのか、今は水に浸かったまま、一心不乱に浄化魔法も唱えまくっている。

「『ピュリフィケーション』!『ピュリフィケーション』!『ピュリフィケーション』ッッッ!!」

そのアクシズが入っている鋼鉄製のオリを、大量のワニ達が囲み、そのオリに噛り付いていた。

「『ピュリフィケーション』!『ピュリフィケーション』ッ!!ギシギシいってる!ミシミシいってる!オリが、オリが変な音立ててるんスけど!」

オリの中で喚くアクシズだが、この状況ではオリごと爆裂魔法でぶっ飛ばす訳にもいかず、私達にはちょっとどうしようもない。

「アクシズー!ギブアップなら、そう言ってよー!そしたら鎖引っ張ってオリごと引きずって逃げてあげるからー!」

先ほどからオリに向かって叫ぶのだが、アクシズは怯えながらも頑なにクエストのキャンセルは拒んでいた。

「い、嫌だ!ここで諦めたら今までの時間が無駄になるし、何よりせっかくのお祭り騒ぎなのに楽しめねぇじゃねぇか!『ピュリフィケーション』!『ピュリフィケーション』ッ!!……う、うわぁあああーッ!!メキッっていった!今オリから、鳴っちゃいけない音が鳴ったッ!!」

ワーワーと泣き叫んでいるアクシズを囲み、ブルータルアリゲーター達は私達三人の方には見向きもしない。
それを見て、ダクネスがポツリと言った。

「……あのオリの中、ちょっとだけ楽しそうだな」
「……行くなよ?」





……浄化を始めてから七時間。
湖の際には、ボロボロになったオリがポツンと取り残されていた。
ブルータルアリゲーターに齧られたオリは、所々にワニの歯型が残されている。
浄化が終わったから退散するのか、ブルータルアリゲーター達はオリから離れ、湖の中を山の方へと泳いで行ってしまった。

もう、アクシズの浄化魔法の声は聞こえてこない。
というか、一時間ほど前からアリゲーターにたかられながら、アクシズの声は聞こえなくなっていた。

「……ねぇアクシズ、無事?ブルータルアリゲーター達はもう全部どっか行ったよ」

私達はオリへ近づき、オリの中のアクシズを伺う。

「……ぐす…ひっく……ひっく…」

膝を抱えて泣くぐらいなら、とっととクエストキャンセルすれば良いのに……。
まぁこの状況では無理もないか。

「ほら、浄化が終わったんなら帰るよ。ダクネスとめぐるんで話し合ったんだけど、私達は今回、報酬はいらないから。報酬の30万、あんたが全部持っていって」

体育座り状態で膝に顔を埋めたアクシズの肩がピクリと動く。だが、オリから出てくる気配はない。

「……ねぇ、いい加減オリから出てよ。もうアリゲーターは居ないから」

私のその言葉に、アクシズが小さな声で呟くのが聞こえた。

「……まま連れてって…」

…………?なんて?

「……オリの外の世界は怖いから、このまま街まで連れてって」

……どうやら、今回のクエストはアクシズにトラウマを植えつけた様だ。


† † † † † † † † †


「ドナドナドーナードーナー……」
「……ね、ねぇアクシズ、もう街中なんだからその歌は止めて。ボロボロのオリに入った膝抱えた男を運んでる時点で、唯でさえ街の住人の注目集めてるんだからね?」

無事にクエストを終えて街に帰って来た私達は、街の人達の生温かい注目を集めながらギルドへと向かっていた。
頑なにオリから出ようとしないアクシズが自分の足で歩いてくれないせいで、馬にオリを引かせているにも関わらず私達の歩みは遅い。

しかし、今回は約一名にトラウマは出来たが、それ以外は被害らしい被害は無い。

ウィズから教わったスキルの一つを習得してみたので、実はちょっとだけ新スキルを試してみたかったが、戦闘しないで済んだのだからそちらの方が良いに決まっている。
まぁ私達にしては珍しく、大した事も無くクエストが無事済んだと言える。

きっと、私がそんなフラグになる様な余計な事を考えてしまったからだろう。

「か、神様ッ!?神様じゃないですかッ!!何してるんですかそんなとこで!」

突然そんな事を叫び、オリに引きこもっているアクシズに駆け寄り、その鉄格子を掴む女。
そしてソイツはあろう事か、ブルータルアリゲーターがかじりついても破壊出来なかったオリの鉄格子を、いとも容易くグニャリと捻じ曲げ、中のアクシズに手を差し伸べた。
唖然としている私とめぐるんを尻目に、その見知らぬ女は、同じく唖然としているアクシズの手を……、

「……ん、私の仲間に馴れ馴れしく触るな。貴様何者だ?アクシズの知り合いにしては、アクシズがお前に反応していないのだが」

アクシズの手を取ろうとしたその女に、ダクネスがズイと詰め寄った。
それは、大切な仲間を守るクルセイダーとして何処に出しても恥ずかしくない姿だった。

ああ……いつもこんな感じでいてくれたなら……。
女はそんなダクネスを一瞥すると、ふぅと一つ、ため息を吐きながら首を振る。
如何にも、自分は厄介ごとに巻き込まれたくは無いのだが仕方ないといった感じで。
その女のその態度に、普段はあまり表情を露にしないダクネスが、明らかにイラッとした。
何だかきな臭い雰囲気になってきたので、私はこの期に及んでも膝を抱えてオリから出ようとしないアクシズに、そっと耳打ち。

「……ねぇ、あれあんたの知り合いなんでしょ?神様とか言ってたし。あんたがあの女を何とかしてよ」

そんな私の囁き掛けに、アクシズは一瞬だけ何言ってんの?という表情を浮かべ……、

「……ああッ!!神! そう、そうだよ、神だよ俺は。それで?神の俺にこの状況をどうにかして欲しい訳だな?しょうがねぇな!」

アクシズが漸くオリから出てきた。
と言うかコイツは今、自分が神だと言う事を忘れていたんじゃないでしょうね。
モゾモゾとオリから出てきたアクシズは、その女に対して首を傾げた。

「……で、お前誰?」
……知り合いじゃないのかよ。

いや、やはり知り合いの様だ。
女が、信じられないと言う表情で目を見開いているから。
多分アクシズが忘れているのだろう。

「何言ってるんですか神様!私です、御剣響花みつるぎきょうかですよ!貴方にこの、魔剣グラムを頂いたッ!!」
「…………?」

アクシズが尚も首を傾げているが、私はピンと来た。
名前からして、このミツルギと言う子も私と同じ様に日本から連れて来られた口なのだろう。
名前がアニメや漫画の主要キャラみたいな子だが、多分、私より先にアクシズにチートアイテムを貰って此処に送られたのだ。
何だか正義感が強そうなその女は、良く見れば結構な美少女だ。
その身にはきらびやかな高そうな鎧を着け、後ろには槍を持った戦士風のイケメンと盗賊風のイケメンを引き連れている。
一言で言ってしまえば……。

実に、主人公っぽい奴だった。





「居たなぁ、そういえばそんな子も!ごめんな、すっかり忘れてたわ。だって結構な数の人間送ったし、忘れてたってしょうがねぇよな!」

私やミツルギの説明で、漸くミツルギの事を思い出したアクシズ。
若干表情を引きつらせながらも、ミツルギはアクシズに笑いかけた。

「えっと、お久しぶりですアクシズ様。貴方に選ばれた勇者として、順調に頑張ってますよ。クラスはソードマスター。レベルは37にまで上がりました。
……ところで、アクシズ様は何故此処に?というか何故そこの人に、そんなオリの中になんて閉じ込められていたんですか?」

ミツルギは何だか私をチラチラと警戒しながら言ってきた。
アクシズはミツルギに、お前は選ばれた者にして勇者だとか、そんな適当な事言って此処に送り込んだのか。
今の今まで存在を忘れてたいい加減な所が、如何にミツルギにその場しのぎで適当な事を言っていたのかが良く分かる。
というか、ミツルギは私がアクシズをオリに閉じ込めてた様に映ったの?
いや、普通はそう取るよね。
まさか、本人がオリの中から出たがらないんですと言っても、きっとこの人は信じてくれないだろう。
私だってそんな変わり者な神がいる事が、この目で見てても信じられない。
私とアクシズは、私と一緒にアクシズまでもがこの世界に来る事になった経緯や、今までの出来事などを説明した。





「…………馬鹿な、ありえないそんな事!貴女は一体何考えているんですかッ!?神様をこの世界に引き込んでッ!?しかも、今回のクエストではオリに閉じ込めて湖に浸けたッ!?」

私はいきり立ったミツルギに、胸ぐらを掴まれていた。それをアクシズが慌てて止める。

「ちょちょ、ちょっと待てッ!!いや別に、俺としては結構楽しい毎日送ってるし此処に一緒に連れて来られた事は気にしてねぇんだけどもな?ていうか今日のクエストだって、怖かったけど結果的には誰も怪我せず無事完了した訳だし。しかも、クエスト報酬30万だぞ30万!それを全部くれるって言うんだぞ!」

そんなアクシズの言葉に、ミツルギは憐憫れんびんの眼差しでアクシズを見る。

「……アクシズ様、こんな少女にどう丸め込まれたのかは知りませんが、今の貴方の扱いは不当ですよ。そんな目にあって、たった30万……?貴方は仮にも神ですよ?それがこんな……。因みに、今は何処に寝泊りしているんです?」

こんな公衆の往来で神神言うなよと言いたかったけど、何だかミツルギが今にもプッツンしそうな感じなので黙っておく。
と言うか、初対面で随分なヤツだなこの女。
多分、ロクにアクシズの事も知らない癖に。

ミツルギの言葉にアクシズが若干押されながらもおずおず答えた。

「え、えっと…カズナや皆と一緒に、馬小屋で寝泊りしてるけど……」
「はッ!?」

ミツルギが私の胸ぐらを掴む手に力が入った。
ちょ、痛いんですけど!
その私を掴むミツルギの腕を、ダクネスが横から掴んだ。

「おい、いい加減その手を放せ。お前はさっきから何なんだ。カズナとは初対面の様だが、礼儀知らずにも程があるだろう」

普段は唯の大変な変態のダクネスが、今は静かに怒っていた。
見れば、めぐるんまでもが新調した杖を構え、今にも爆裂魔法の詠唱を……って、それは止めろ!こんな街中で唱えるんじゃない!

ミツルギは手を放すと、興味深そうにダクネスとめぐるんを観察する。

「クルセイダーにアークウィザード?それに、随分綺麗な人達……貴女はパーティメンバーには恵まれてるんだね。
それなら、尚更だよ。貴女はアクシズ様やこんな人達を馬小屋なんかに寝泊りさせて、恥ずかしいとは思わないの?さっきの話じゃ、クラスも初期クラスの冒険者らしいじゃない」

私に絡んできた、テイラーの仲間のダストとか言った男を思い出す。
何の関わり合いも無い他人から見れば、私は余程恵まれた境遇に見えるのだろうか。
私はアクシズに耳打ちする様に囁いた。

「ねぇねぇ、この世界の冒険者って馬小屋で寝泊りなんて基本でしょ?このお姉さんなんでこんなに怒ってんの?」
「あれだ、彼女には異世界への移住特典で魔剣を与えたから、そのお陰で楽勝で高難易度のクエストとかバンバンこなして、今までお金にも困らず、苦労知らずで来たんだと思うぞ。まぁ、能力か神器を与えられた人間なんて大体皆そんな感じだ」

アクシズの耳打ちを聞いて、私は何だか無性に腹が立ってきた。
アクシズからタダで貰った魔剣で今までこの世界でイージーモードで生きてきたヤツに、何故一から頑張ってきた私が上から説教喰らわなきゃいけないの。

そんな私の怒りも知らず、ミツルギが同情でもするかの様に、アクシズやダクネス、めぐるんに対して慈悲の込もった顔で笑いかける。

「貴方達、今まで苦労したみたいね。これからは、私と一緒に来るといいわ。勿論馬小屋なんかで寝かせないし、高級な装備品も買い揃えてあげる。
というか、パーティ編成的にもバランス取れてて良いじゃない。ソードマスターの私に、ランサーとクルセイダー。そして、盗賊にアークウィザードにアクシズ様。まるであつらえたみたいにピッタリなパーティ編成じゃない!」

おっと、私が入っていませんが。

いや、勿論この女のパーティに入りたいとも思わないが。
そんないきなりの身勝手なミツルギの提案に、私の連れの三人はヒソヒソと話し出した。
性格的にはなんかアレな感じのミツルギだけど、待遇的には悪くは無い提案だ。
アクシズ達も心が動いたのかと、背後の会話に聞き耳を立てると……。

「おい、ヤバいんスけど。あの女本気で引くぐらいヤバいんスけど。ていうか勝手に話進めててナルシストも入ってる系で、怖いんスけど」
「どうしよう、あの女は何だか生理的に受け付けない。攻めるより守るのが大好き派な私だが、アイツだけは何だか無性に殴りたい」
「唱えて良いですか?あの苦労知らずの、スカしたエリート顔に爆裂魔法、唱えても良いですか?」

おっと、大不評の様ですよミツルギさん。
アクシズが私の首根っこを掴んで顔を近づけた。

「なぁカズナ、もうギルドに行こうぜ?俺が魔剣なんて力与えといて何だけど、あの女には関わらない方が良い気がする」

正直腹の立つヤツではあるけど、ここはアクシズの言う通りに立ち去るべきかな。

「えーと、私の連れ達は満場一致で貴女のパーティには行きたくないみたいです。私達はクエストの完了報告があるから、これで……」

私はそう言うと、馬を引いてオリを引きずり、立ち去ろうとした。
………………。

「すいません、どいてくれます?」

私の前に立ち塞がるミツルギに、私はイライラしながら言った。
どうしよう、コイツ人の話を聞かない系だ。

「悪いけど、私に魔剣という選ばれた力を与えてくれたアクシズ様を、こんな境遇の中放ってはおけない。アクシズ様は私と一緒に来た方が絶対に良い。……貴女は、この世界に持ってこれる物として、アクシズ様を指定したんだよね?」
「……そうだよ」

あれだ。
この後の展開が目に見える。
コイツ、絶対………

「なら、私と勝負をしない?アクシズ様は持ってこれる『物』として指定したんでしょう?私が勝ったらアクシズ様を譲って。私が勝ったら、何でも一つ、言う事を聞いてあげる」
「よし承ったッ!!じゃあ行くよ!」

何という予想通り。
イライラが既に限界に来ていた私は、一も二も無く襲い掛かった。
私は左手をワキワキさせて、右手で小剣を引き抜き斬りかかる。

先手必勝、卑怯もクソもあるか!
魔剣持ち高レベルのソードマスター様が、駆け出しの貧弱装備の冒険者に勝負を挑む方が卑怯ってもんよ!
本気で斬るつもりはない、ちょっとかすらせるだけ!

ミツルギも、まさか話を持ちかけ、いきなり斬りかかられるとは思ってもいなかったのだろう。

「えッ!?ちょッ!!待っ……!?」

慌てたミツルギだが、そこは流石に私よりも遥かに高レベル。
咄嗟に腰の魔剣を引き抜くと、ソレを横にして私の小剣を受け止めようとした。
私の右手の小剣が魔剣に当たる寸前、私は左手を突き出し叫ぶ。

「『スティール』ッッッ!!」

左手にズシリと掛かる剣の重み。
おっと、いきなり当たりを引いたみたい。
私の小剣を受け止めようとしていたミツルギの手からは、その受け止めようとして掲げていた魔剣が消え失せる。

「「「はっ?」」」

その間の抜けた声は誰の物か。
いや、私以外の皆の声だったのかも知れない。
窃盗スキルを組み込んだ攻撃に、ミツルギは成すすべも無く、小剣により掠り傷を負わされた。


To be continued…

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