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月兎。

第1部 15話

宝島クエストから数日後。
今この街は、異常な好景気に包まれていた。

「カズナ、これを見てくれ。……これを、どう思う?」

酷い混雑のギルド内で、ダクネスが嬉々として自分の鎧を見せ付けてきた。
先日の宝島クエストで手に入れた希少な鉱石をあしらったのか、いつものダクネスの鎧が所々淡い光を帯びている。
それは一言で言うと…………、

「なんか、成金趣味の貴族のボンボンが着けてる鎧みたい」
「……カズナはどんな時でも容赦ないな、私だって素直に褒めて貰いたい時もあるのだが」

ダクネスが、珍しくちょっとヘコんだ顔でショボーンと言ってくる。
知らんわそんなもん。
そんな事より。

「今はあんたより酷いのがいるから、構ってあげる余裕はないよ。あんたを越えそうな勢いのソコの変態を何とかしてよ」

「ハァ…ハァ……た、堪らない、堪らない!魔力溢れるマナタイト製の杖のこの色艶……。ハァ…ハァ……ッ!!」

めぐるんが、新調した杖を抱きかかえて頬ずりしていた。
何でもマナタイトと言う希少金属は、杖に混ぜると魔法の威力が向上する性質を持っているらしい。
宝島で手に入れた鉱石で杖を強化し、めぐるんは朝からずっとこの調子だ。何でも、爆裂魔法の威力がこれで何割か増すらしい。
唯でさえオーバーキル気味な爆裂魔法をこれ以上強化してどうするのか、威力よりも数を撃てる様に、魔力の最大容量を増やす方向で強化は出来ないのかと、言いたい事は色々あるが、あまり関わりあいたくないので放っておく。

宝島クエストは、街中のほぼ全ての冒険者が参加した為、鉱石の買い取りも一日ではとても終わらず、未だ換金が終わっていない冒険者も多い。
そして、この街に宝島が現れた事を聞きつけた周囲の街から、希少な鉱石の買い付け、もしくは臨時収入で羽振りの良くなった冒険者目当ての、数多の商売人達がこの街に押し寄せていた。

私は既に換金は終わってホクホクだ。
特に拘りの鎧や武器がある訳でも無いので、鉱石は全てお金に換えてしまった。
今回は鉱石を装備に使いたいメンバーもいた事から、報酬を均等に分けるのではなく、それぞれ自分で取ってきた鉱石を換金するって事になった。
私達の中で一番リュックをパンパンに膨らませていた、アクシズが言い出した事だ。
そして今は、その言いだしっぺの換金を待っていた。

「なんだとぉおおおおおッ!?ちょっとお前どう言う事だよッ!!」

ギルドに響き渡るアクシズの声。
ああ…嫌だなぁ……。

鉱石の買い取りカウンターでは、案の定アクシズが何やら揉めていた。ギルドの受付のお姉さんの胸ぐらを掴み、イチャモンつけている。

「何で十万エリスぽっちなんだよ!高純度のマナタイトとフレアタイトがあっただろッ!?あれだけでも十万は下らない筈だッ!!それ以外にも、鉱石が沢山あっただろッ!?」
「そそ、それが、お金になりそうな鉱石はその二つだけでしてッ!!他の鉱石類はその、申し上げにくいんですが、殆どクズ石で……!寧ろ職員が感心してましたよ、何で宝島の背中を掘ってこれだけしか希少鉱石が取れないんだって……」
「なんだとぉおおッ!!」
「ごごご、ごめんなさいッ!!」

会話のやり取りを聞くに、どうも買い取り額が納得いくものではなかったらしい。
これ以上はらちが明かないと踏んだのか、アクシズが手を揉みながら、にこやかな笑顔で私に近づいてきた。

「カーズナちゃん!今回のクエストの、換金総額おいくら万円?」
「三百万ちょい」
「「「さっ!?」」」

アクシズとダクネス、めぐるんが絶句する。
降って湧いた突発クエストで、いきなり小金持ちになりました。

「カズナちゃーん!前から思ってたんだが、お前ってその、そこはかとなく良い感じだよな!」
「特に褒める所が思い浮かばないなら無理すんな。言っとくけど、このお金はもう使い道決めてるからね、分けないから」

先手を打った私の言葉にアクシズの笑顔が凍りついた。

「カズナァアアアアアッ!!俺、鉱石の換金が相当な額になるって踏んで、換金を待ってるこの数日で持ってた金、全部飲んじまったんだけどッ!!
ていうか、大金入ってくるって見込んで、二十万近いツケまであるんだけどッ!!今回の換金じゃ、足りないんだけどッ!!」

半泣きで抱き着いてくるアクシズを、私は顔に熱が集まるのを感じながら引き剥がし、何でコイツは後先考えないんだろうと、痛むこめかみを指で押さえた。
ていうか男性経験ゼロの私にベタベタくっつくのはやめてほしい。

「知るか、そもそも今回の報酬はそれぞれが手に入れた鉱石を、各自で換金しようって言い出したのはあんたでしょ。と言うか、今回の報酬でいい加減拠点を手に入れたいんだよ。
そろそろこの辺り、寒くなってくるんでしょ?それに、いつまでも馬小屋暮らしじゃ落ち着かないでしょ」

通常、冒険者は家を持たない。冒険者は安定を求めず、常にあちこちを飛び回る事が多いからだ。
まぁ成功する冒険者など一握りで、殆どの冒険者はその日暮らしが多く、お金が無いというのも理由の一つだが。
ぶっちゃけ、私は冒険者で大成出来るなんて思ってないし、その気もあんまりない。
一応ここに連れて来られたのは魔王だのなんだのに対しての人材確保らしいけど、そんな物騒な連中と戦う仕事は先にここに送り出された、チートじみた能力だのを貰った連中がやれば良い。
なんせ、私は誰にでもなれる基本職、冒険者だ。
しかも、子供の頃から冒険者を目指し鍛えていた様な連中に比べればステータスだって劣る、本当に何処にでもいる女の子だ。
適度に安全に冒険とか出来て、後はのんびりと暮らしていければそれで良い。
なので、ここらで一つ賃貸、もしくは安ければ、小さな小屋みたいな物件でも手に入らないかなと思った次第だ。

アクシズがいよいよ泣きそうな顔ですがりつく。

「そんなぁああああッ!!カズナ、お願いだ、金貸して!ツケ払う分だけでも良いからさぁッ!!
そりゃあカズナも思春期の女の子だし、馬小屋でたまに夜中ゴソゴソしてるのは知ってるから、早くプライベートな空間が欲しいのは分かるけどッ!!十万!十万で良いんだ!お願いだよぉおおおッ!!」
「よし分かった、十万ぐらい安いもんよ!分かったから黙ろうかッ!!」




ギルドに併設されている酒場にツケを払い、アクシズがほぼ空っぽになった財布を握り締めて言ってきた。

「クエストだ!多少キツくても、金になるクエスト受けよう!」
「「「えー……」」」

アクシズの言葉に私達三人はあまり乗り気じゃない。
そりゃそうだ、アクシズ以外の私達は懐の方は潤っている。ダクネスとめぐるんの鉱石が幾らになったのかは知らないが、アクシズほど少ない事はないだろう。
つまり今の私達三人は、無理して危険なクエストを受ける必要性が無い訳だ。
そんな私達を見て、いよいよアクシズが泣き出した。

「た、頼むよおおおおおおッ!!宝島騒ぎで色んな所から沢山人が来てお祭り騒ぎになってんのに、こんな楽しそうな時に金が無いなんて!頑張るから!今回は、俺全力で頑張るからあぁッ!!」

私達は顔を見合わせる。
宝島が来た事で確かに街はお祭り騒ぎだ。
まあ、こんな楽しそうな時にお金が無いのは辛いだろう。

「仕方ないなぁ……じゃあ、ちょっと良さそうだと思うクエスト見て来てよ。良いのがあったら付いてってあげるから」

私の言葉にアクシズは嬉々としてクエスト掲示板へと駆け出す。

「……受けるクエスト、一応カズナも見てきてくれませんか?アクシズに任せておくと、とんでもないの持って来そうで……」
「……だな。まぁ私は強化されたこの鎧を試せるし、別に無茶なクエストでも文句は言わないが……」

めぐるんとダクネスの意見を聞いて、私もヒシヒシと嫌な予感がしてきた。
私はクエストが張り出されている掲示板へ行くと、何やら難しい顔で受けるクエストを
吟味しているアクシズの後ろに立つ。
アクシズは背後に立つ私に気付かず、真剣な顔で受けるクエストを選んでいる。
そして、やがて一枚の紙を掲示板から剥がし手に取った。

「……よし」
「よしじゃない!あんた、何受けようとしてんのッ!!」

私はアクシズの持っていたクエスト依頼書を取り上げる。

『マンティコアとグリフォンの討伐依頼。マンティコアとグリフォンが縄張り争いをしている場所がある。放っておくと大変危険なので、二匹纏めて討伐してください。報酬は50万エリス』

「アホかッ!!」

私は叫ぶと、張り紙を元の場所に貼りなおした。
見に来て正解だった。危うくとんでもないクエストに巻き込まれるとこだった。

「何だよもう、二匹纏まってる所にめぐるんが爆裂魔法食らわせれば一撃じゃねぇか。ったくしょうがねぇなぁ……」

コイツは、その危険な魔獣を都合よく二匹纏める作戦についてはどうせ私に丸投げする気なのだろう。
いっそこのクエストを受けて、一人で送り出してしまおうかと悩む私に、アクシズが興奮しながら服の袖を引っ張ってきた。

「おい、これこれ!これ、見てみろよッ!!」

言われて、そのクエストを見る。

『タルラン湖の浄化。街の水源の一つのタルラン湖の水質が悪くなり、ブルータルアリゲーター等の凶暴なモンスターが住みつき始めたので水の浄化を依頼したい。
湖の浄化が出来ればモンスターは生息地を他に移す為、モンスター討伐等はしなくてもいい。※要浄化魔法習得済みのプリースト。報酬は30万エリス』

「あんた、水の浄化なんて出来るの?」

私の疑問にアクシズがフッと鼻で笑う。

「馬鹿だな、俺を誰だと思ってんだ?と言うか、俺の外観やイメージで、俺が何を司る神かぐらい分かるだろ?」
「宴会の神様でしょ?」
「違ぇよクソヒッキー!水だ!この美しい青い瞳とこの髪が見えねぇのかッ!?」

なるほど。
水の浄化だけで30万か、確かに美味しいね。討伐をしなくていいって所がポイント高い。

「じゃあそれ受けなよ。てか、浄化だけならあんた一人で受けても良いんじゃない?そうすれば報酬は独り占め出来るでしょ」

私の言葉にアクシズが、
「え、ええー……。だって、多分湖を浄化してるとモンスターが邪魔しに寄ってくるぞ?俺が浄化を終えるまで、それから守って欲しいんだけど」

そういう事か。
しかし、ブルータルアリゲーターって、名前から察するにワニ的なモンスターでしょ?
凄く危険そうなんだけど……。

「因みに浄化ってどれぐらいで終わる?五分くらい?」

短時間で終わるなら、一度くらいならめぐるんの爆裂魔法で何とかなるだろう。
アクシズが小首を傾げて言ってくる。

「……半日ぐらい?」
「長いわッ!!」

こんな危険そうなモンスター相手に半日も防衛なんかしてらんない。
私は張り紙を元に戻そうとする。

「ああッ!!頼む、頼むよぉおおッ!!他には碌なクエストが無いんだ!協力してくれよカズナァアアッ!!」

張り紙を戻そうとする腕にしがみついて泣きつくアクシズに、私はふと気付いた。

「……ねぇ、浄化ってどうやってやるの?」
「……え?水の浄化は、俺が水に手を触れて浄化魔法でもかけ続けてやれば良いんだけど……」

なるほど、水に触れなきゃいけないのか。
ちょっと思いついた事があったんだけど、それじゃ……。

いや待てよ?

「ねぇアクシズ。多分安全に浄化が出来る手があるんだけど、あんたやってみる?」


† † † † † † † † † †


タルラン湖。

私達が拠点にしている街から少し離れた所にある、結構な大きさの湖だ。
湖からは小さな川が流れており、それが街へと繋がっている。湖のすぐ傍には山があり、そこから絶えずタルラン湖へと水が流れ込んでいた。

なるほど、湖の水は何だか濁り、淀んでいた。モンスターも清潔な水を好むもんだと思ってたけど、違うのか。
私が湖を眺めていると、背後からおずおずと声が掛けられた。

「なぁ……本当にやるのか?」

それは凄く不安気なアクシズの声。
私の考えた隙の無い作戦の、一体どこが不安なのか。
アクシズは言った。

「……なんか俺、今から売られていく、捕まった希少モンスターの気分なんだけど……」

希少なモンスターを閉じ込めておく、鋼鉄製のオリの中央に体育座りをしながら。

完璧な作戦だった。
オリに入れたアクシズを湖に運び、そのまま湖に投入するのだ。
最初は安全なオリの中から浄化魔法を掛けさせようと思ったのだが、浄化魔法は水に触れていないと使えないそうなのでこの作戦に。
仮にも水の神なアクシズは、水に半日浸かっているどころか、湖の底に一日沈められても、水の中で呼吸が出来るのはおろか、不快感を感じる事も無いらしい。

浄化魔法を使わなくてもアクシズ自身が湖に浸かっていれば、それだけでも浄化効果があるそうな。
それだけ神聖な存在だと言う事なのだろう、流石は一応、腐っても神だ。

アクシズが入ったオリは、私とダクネスの二人がかりで中のアクシズごと湖に運ばれる。
この鋼鉄製のオリは、ギルドに普通に常備されていた物を借りてきた。
クエストの中にはモンスターの捕獲依頼もあるので、そう言った時用の物らしい。
別に、湖にアクシズを投棄しに来た訳ではないので、遠くに持っていく必要は無い。
湖の際に、アクシズがちょっと浸かる程度にオリを置いておけばいい訳だ。
これなら湖の浄化中にブルータルアリゲーターとやらが襲ってきても大丈夫だろう。
なんせ捕獲したモンスターの運搬用のオリだ、中のアクシズに攻撃が届くとは思えない。

ギルド職員の話では浄化が終わればモンスターは湖から離れて行くとは言っていたけど、万一アクシズの傍から離れなかった時に備え、オリには頑丈な鎖が付けられていた。
流石に鋼鉄製のオリは重かったので、湖に着くまでは街で借りた馬に引かせながら運んで来たのだが、緊急の際にはこの馬に付けられた鎖でオリを引っ張って行く予定だ。
アクシズを入れたオリは湖の際に沈められ、胡座をかいたアクシズは足と尻の辺りだけが湖に浸かっていた。

後はこのまま、私達三人は離れた所で待つだけだ。アクシズが、頬をポリポリとかきながらポツリと言った。

「……なぁ、なんか俺、ダシを取られてる紅茶のティーバッグの気分なんだけど……」


To be continued…

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