この素晴らしい世界にTSを!

月兎。

第1部 2話

「おーし、ご苦労さーん!今日はこれで上がっていいぞ!ほら、今日の日当にっとうだ」
「どうもです、お疲れさまでした!」
「どもです!っしたー!」

親方の仕事の終了の声で、私とアクシズは日当を受け取ると挨拶と共に頭を下げる。

「じゃあ、皆さんお先します!」
「お先しまッス!」
「おーう、お疲れ!また明日も頼むな!」

私が先輩達に挨拶すると、アクシズも私に続いて挨拶する。先輩の声を聞きながら、私とアクシズは現場を後にした。
ああ、今日も一日働いた。
私が引きこもりの女子高生だったなんて、自分でも信じられない話だ。私とアクシズは日当を握り締め、街の大衆浴場に向かう。

大衆浴場は日本の銭湯とほぼ変わりは無い。
日本に比べれば、一般の人の平均賃金に換算すると入浴料は割高だが、仕事終わりのお風呂は、ちょっと高くてもやめられない。

「はふぅ…生き返るわー………」

熱い湯船に肩まで浸かり、仕事の疲れをゆっくり癒す。異世界ではお風呂なんて贅沢品だと思っていたが、異世界イコール中世ヨーロッパと認識している、私の勝手な思い込みだった様だ。
地球でヨーロッパ辺りでのお風呂文化が無かったのは、水が貴重であるという事が理由の一つにある。
そして、お湯を沸かす大変さだ。
ここでは、日本ほどではないが水はそれほどの貴重品では無いらしい。
お湯を沸かすのも、お風呂の様に大量のお湯を沸かすなら、ファイアーボールを水に放り込んで一発らしい。
寧ろ、鍋に張った水の様に、少量のお湯を用意する方が大変なのだそうな。
この大衆浴場には、専用のお湯沸し魔法使いなんてのも居たりする。水に放り込むファイアーボールの熱量の加減で、ぬるかったり沸騰したりするから意外と難しい。

お風呂から上がると、アクシズが浴場の入り口で待っていてくれた。女だから長風呂なのは当たり前だが、風呂好き日本人のサガだ。
こればっかりはどうしようもない。

「今日は何食べる?俺、スモークリザードのハンバーグがいい。あとキンキンに冷えたクリムゾンビア!」
「私も肉系がいいな。それじゃ、宿屋のおっちゃんにスモークリザードのハンバーグ定食二人前頼もっか」
「異議なし!」

アクシズと二人、定食を平らげて満足すると、特にやる事もないし馬小屋に。馬糞が付いていない藁を選んで寝床を作ると、早々と横になった。隣には当たり前のようにアクシズが寝転がる。

「じゃ、お休みー」
「うん、お休み。…ふぅ、今日もよく働いたなぁ……」
そして私は、心地良い疲れと共に、深い眠りに………

「いや、ちょっと待って」

私はムクリと身を起こした。
「ん…?どうした?寝る前のトイレ行き忘れたか?暗いし付いてってやろうか?」
「いらんわ。いやそうじゃなくてね。私達、何で当たり前の様に普通に労働者やってんのって思ってさ」

そう。
私とアクシズはここ2週間ほど、ずっと街の外壁の拡張工事の仕事をしていた。
つまりは土木工事の作業員。
私がこの世界に求めていた、冒険者稼業なんて物とは程遠い。いや、というかなんでアクシズは何の疑問もなくこの生活に馴染んでんの。
お前は一応神だろ。

「そりゃ、仕事しなきゃご飯も食べられないじゃん。工事の仕事は嫌なのか?全く、これだからヒッキーは。一応、ドブさらいとかの仕事もあるけど?」
「そうじゃないッ!!そうじゃなくて、私が求めてるのはこう、モンスターとの戦闘!みたいなね?」

熱くなり、つい大声になる私の声に、周りから罵声が飛んだ。
「おい、うるせーぞッ!!静かに寝ろッ!!」
「あっ、すいませんッ!!」

駆け出しの冒険者は貧乏です。
宿に部屋をとって毎日寝泊りとか、普通はありえない。一般的には、他の冒険者達とお金を出し合って大部屋で雑魚寝とか。
今の私達の様に、宿の馬小屋を借りて藁の上で寝るとかそんなんらしい。

うん、想像してた異世界暮らし、期待していた冒険者生活と全然違うな。宿暮らしって事は、日本で言えば毎日ホテルで寝泊りする様なもの。収入が不安定な冒険者には無理な話だ。

収入が不安定。
そう、予想していた簡単な採取クエストだの、街の近くでのモンスター討伐だのといったクエストなんて一つも無かった。
コボルト討伐とかしてその日の宿代稼ぐとか、そんなお約束はどこ行ったとばかりに、危険な仕事しか残っていなかった。
街の近くにある森に住んでいたモンスターは、とっくの昔に軒並み駆除されたそうだ。
モンスターもいない安全な森の中、採取クエストなんてものをわざわざ金出してまで人に頼む者はあまりいない。

そりゃそうだ。
街の外には子供だって出るだろう。
門番もいるが、蟻の子一匹出入りさせないなんて警備をずっと続けるよりも、それ程巨大な森でないならとっとと人に害をなすモンスターを駆除してしまえばいい話だ。
言われてみれば当たり前だが、そんな現実的な事はあまり知りたくなかった。

RPGによくある、素人に毛が生えた様な冒険者でも簡単に見分けが付く様な薬草だのを、森に入って半日ほど採取しただけで、その日のホテル代と三食分の金が稼げる。
そんなおいしい仕事がある訳もないか。
日本で例えれば、半日ほど山で山菜取りでもしたって、そこまで稼げないだろう。
ましてや、アフリカだとかの発展途上国の一部とかだと、丸一日働いて、トウモロコシのスープとちょろっとした穀物が一日二回貰える程度とか聞いた。
ここより文明が発達した地球ですらそんなんなのに、ここでそんなにうまい話が転がっている訳が無い。
考えてみれば、地球でも裕福な国である日本ですら、ホテル暮らしの日雇い労働者なんていないだろう。
最低賃金?労働基準法?何それ美味しいの?ここは、そんな世界だ。

「つまり、冒険者らしい事がしたいって訳か?まだロクな装備が整ってもいないのに?」

アクシズの真っ当な意見にぐうの音もでない。
そう、私とアクシズは、必要最低限の冒険用の道具や装備すら持っていない為、まずそれらを手に入れる為に、ここ最近ずっと、安全な土木作業のバイトに勤しんでいたのだ。

「そろそろ土木作業ばっかやってるのも飽きたんだよ…。私、労働者やりに異世界に来たんじゃないもん。
パソコンもゲームもロクに娯楽の無い世界だけど、私は冒険する為にここに来たんだよ。一応魔王やらに対抗する為にここに送られてきたんでしょ、私は。
ならレベル上げくらいしとかないと、いざ街が攻められた時とか、逃げられもしないで殺されるかもしれないし。
今のとこ、簡単な討伐クエストとかは無いみたいだけど、逆に言えば簡単じゃない討伐クエストならあるって事でしょ?」

私の言葉に、何の話だ?といった顔で暫し考え込んでいたアクシズは、
「おおッ!!そういえばそんな話もあったな。そうだよ、労働の喜びに夢中になって忘れてたけど、そうじゃない。
カズナの前にここに送り込んだ、あの頼りない連中が魔王討伐に失敗してこの世界が滅ぼされたら、この世界に降りて来た俺も他人事じゃねぇな!」

そういえば、コイツは受付のお姉さんに知力のステータスが人より低いって言われてたなと納得する。

「いいぞ、討伐行こう討伐!大丈夫だ、この俺がいるからにはサクッと終わるぜ!期待しとけよ!」
「な、なんかもの凄く不安だけど……。よし、それじゃあ貯まったお金で最低限の武具を揃えて、明日はレベル上げだッ!!」
「おうともさッ!!」
「うるせぇって言ってんだろコラッ!!シバかれてぇのかッ!!」
「「すいませんッ!!」」

他の冒険者に謝りながらも、私は心を躍らせて眠りに付いた。


† † † † † † † † †


「いやぁあああああッ!!助けてッ!!アクシズ助けてぇえええええッ!!」
「プークスクス!やばい、超ウケるんスけど!顔真っ赤で涙目で、必死過ぎだろカズナ!」

よし、コイツは殺そう。
私はそう決心しながら、巨大なカエル、ジャイアントトードに追いかけられながらアクシズに助けを求めて逃げ回っていた。
必要最小限の武器、私はショートソードとダガーを。
アクシズは、プリーストって言ったら素手じゃね?メイスも良いけど、素手でモンスターをほふる武闘派イケメン僧侶って良くね?とアホな事を口走って、無装備でのん気に、カエルに追われる私を眺めていた。

たかがカエルと侮れない。

大きさは牛を越える巨大さで、コイツらは繁殖の時期になると、産卵の為の体力を付ける為か、餌の多い人里にまで現れて、農家の人の飼っている山羊を丸呑みにして周るらしい。
山羊を丸呑みって言うんだから、私やアクシズだって勿論余裕だろう。
実際に、毎年このカエルの繁殖期には人里の子供やら農家の人やらが行方不明になるそうだ。
見た目はただの巨大なカエル。
だが、街の近隣で駆除された、弱っちいモンスターとは比較にならない程に危険視されているモンスター。
因みに、その肉は多少の硬さはあるが、淡白でサッパリしていて食材として大変喜ばれるらしい。
腕のいい冒険者は、コイツらを好んで狩るというのだが……。

「らめぇええええッ!!食われちゃうううううッ!!アクシズゥウウウ!アクシズゥウウウウッ!!お前いつまでも笑ってないで助けろよぉおおおおおッ!!」

泣きながら、私の後ろをピョンピョンと飛び跳ねて追いかけて来るカエルを見る。だがカエルは、既に逃げ回る私とは違う方向を向いていた。
その視線の先には……
「あっははははははッ!!いいぜいいぜ、助けてやるよショタヒッキー!その代わり、明日からはこの俺をアクシズ様と呼び、崇めろよ!街に帰ったらアクシズ教に入信し、一日三回祈りを捧げる事!毎晩、俺にクリムゾンビアを一杯奢ること!そしてぶべらッ!?」

ふんぞり返りながら何かを言っていたアクシズが、突然姿を消した。ふと見ると、私を追いかけていたカエルの動きが止まっている。
そのカエルの口の端からは、青い物が生えていた。
その青いのは……
「アクシズゥウウッ!!おまっ、食われてんじゃねぇえええええッ!!」
アクシズの青いズボンだった。カエルに食われたアクシズの足が、カエルの口の端から覗き、ビクンビクンと震えている。
私はショートソードを抜くと、カエルへ向かって駆け出した!





「ぐふっ……、うっ、うわぁあああああああああっ……、うぐぅッ…!!」

私の前には、うずくまり、カエルの粘液でベトベトになって泣くアクシズの姿。
その隣には、私に頭を砕かれたカエルが横たわっていた。

「ううっ…ぐずっ……あ、ありがど……、がずな、あ、ありがどうなぁ…ッ!うわぁあああああああんッ……!!」

カエルに食われたアクシズを何とか救出し、カエルの口から引っ張り出されたアクシズは泣きじゃくっている。
流石の神も、捕食は堪えたらしい。

「だ、大丈夫?アクシズ、しっかりして。その、今日はもう帰ろう。クエストは、三日の間にカエル五匹の駆除だけど、これは私達の手に負える相手じゃない」
正直私がカエルを仕留められたのも、アクシズを捕食したカエルが獲物を飲み込もうと、その動きを止めていた事が大きかった。
元気に私に向かって捕食に来るカエルに、正面から立ち向かっていく勇気は無い。
しかしアクシズは、粘液でヌラヌラと体中をテカらせながらも立ち上がる。

「ぐすっ……神が、たかがカエルにこんな目に合わされて、黙って引き下がれるもんか…ッ!!俺はもう、汚されてしまった。今の汚れた俺を信者が見たら、信仰心なんてダダ下がりだッ!!けど、カエル相手に引き下がったなんて信者が知ったら、美しくも麗しいアクシズ様の名が廃るってもんだッ!!」

心配しないで。
日頃の、大喜びで他のおっさんの数倍の荷物を運んで汗を流し、ジョッキを豪快にあおり、馬小屋の藁の中で涎を垂らして気持ちよく寝てるあの姿を見れば、今の粘液まみれの姿なんて今更だ。
しかしアクシズは、私が止める間も無く、離れた場所にいたカエルに向かって駆け出した。

「あッ!!ちょっと、待ってアクシズッ!!」

制止も聞かずにアクシズはカエルに距離を詰め、そのまま駆けて来た勢いはそのままに、拳に白い不思議な光を宿らせてカエルの腹に殴りかかった。

「神の力、思い知れッ!!俺の前に立ち塞がった事、そして神に牙を剥いた事ッ!!地獄で懺悔しながら眠るがいいッ!!ゴッドブロォオオオオッ!!」

ぶよんとカエルの柔らかい腹に拳がめり込み、そのままカエルは何事もなかったかの様に……。



私は、捕食した餌を飲み込もうとして動かないでいた、本日二匹目になるカエルを倒し、更に粘液まみれにされて泣きながら二匹のカエルの肉を引きずるアクシズを連れて、今日の討伐は終了した。


To be continued…

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