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鏡の大迷宮

子供の子

鏡の大迷宮

 鏡。
 光の反射によって、物を左右反転させて映すあれだ。
 誰だって一生に一度は見た事があるだろう。


 というか毎朝見るだろう。
 毎朝見て顔を洗って歯を磨いて……まぁ順番は人それぞれだろうけども。


 鏡がそこに在れば、必ず自分というものの左右反転姿が映って、身なりを整えたり出来る。それが16年間生きてきた俺という人間の価値観だ。


 恐らくそれは16年も生きなくても一緒だろうし、16年しか生きてないのかと思う人だって鏡はいつだって自分を――自分の虚像を映すものだと認識しているだろう。


 だが。


 俺は知ってしまった。


 鏡は必ずしも、虚像を映し出すとは限らないと。


 左右反転したものが自分の虚像であるならば、更にそれを反転させた時に。
 どうなるかを。


 知らない人はこれから知る覚悟をして欲しい。


 知っている人は――いないだろうな。
 ならばこの先を知る権利は万人にあると言える。


 それでも敢えて言わせて欲しい。
 知ってしまった俺から言わせて欲しい。




 この世には、知らなくて良い事もあるのだと。































「知ってるか? ミラーハウスの噂」
「知らねぇよ。邪魔すんな、俺は夏休みの宿題で忙しいんだ」
「んなもん家でやれよ! 宿の題と書いて宿題だろうが!」
「夏休みが始まる前に夏休みの宿題を全て終わらせるという俺の人生における目標を邪魔するな」
「お前の人生そんなもんでいいのか……しかも中学生の時の英語の宿題、結局提出してないだろ」
「去年の俺は俺ではない」


 なんだその理論、と言って笑ったのは、中学生の頃に知り合った早河 大河という男だ。
 大河は、宿題をやろうとする俺に構わず話を続けた。


 邪魔だよ。どっか行けよ。


「釣れない事言うなって。……何の話だっけ。そうそう、ミラーハウス。知ってるだろ。近所にある、最近廃園になったっていう遊園地にあるあれ」
「……あぁ、小さい頃に行った記憶があるな。ミラーハウスね。あれに入ったかどうかは記憶が曖昧だけど」


 宿題をやろうという意欲と、こいつの話を聞いてやろうという気持ちで勝った方に素直に従う。ばいばい夏休みの宿題。8月の終盤にまた会おう。


「実は俺もあれに入った事ってないんだけどさ。ま、そこはどうでもいいんだよ。なんであそこが廃園になったか知ってるか?」
「財政難で首が回らなくなった、とかじゃねぇの」
「って俺も最近まで思ってたんだけどよ。実はそうじゃないらしいんだ」
「ミラーハウスでなんかあったのか?」
「察しが良いじゃねぇか」


 そりゃあお前、一番最初にミラーハウスの話題出したじゃん。察しが良い奴でも悪い奴でもそのワードは出てくるだろ。


「ミラーハウスの中で行方不明になった人が出たんだってよ。それも短期間で、何十人も」
「嘘こけ」


 流石にそんな事になってたら、噂にどれだけ疎い奴でも少しは耳に入るというものだ。そんな話、俺は寡聞にして聞いた事がない。


「まぁ、色々脚色が混ざってんだろうなとは思うぜ、俺も。だが、ミラーハウスでどうやら何かが起きたってのは本当らしいんだ」
「なんで分かるんだよそんなの」
「色々噂が出回ってるが、全部ミラーハウス関連だからな」
「ふぅん」


 俺は次にこいつが言おうとしている事を半ば以上予想していた。


「夏休み、どうせ暇だろ。行こうぜミラーハウス。ちょっと覗くだけ」
「一人で行ってろ、面倒くさい」
「釣れねーなー。いーじゃんかよーどーせ暇だろー」
「伸ばし棒を多用するな。馬鹿みたいに見えるぞ」
「いーよ馬鹿でもさー。いこーぜーなーおーい」
「うるせぇな。分かった、分かったよ。行けばいいんだろ行けば」
「うっし、じゃあ明日な!」
「夏休み初日から肝試しかよ……」


 面倒くさいなぁ。





















 家に帰ってから、ちょっと調べてみた。
 廃園になった遊園地。ミラーハウス。
 そして地元の名前。


 そうすると、いくつかヒットした。
 ……全て某呟きSNSでの投稿だな。


 嘘くせー。


 曰く、『数十人が行方不明になった』とか。
 『ミラーハウスの鏡は全て割れているのに鮮明に映る』とか。
 『鏡の中に悪魔がいる』、だとか。


 どれもこれも嘘くさい投稿ばかりだった。


 今までも何度か、あいつに誘われて肝試しにいった記憶がある。
 色んな場所に行ったが、こんな近場は初めてじゃないか?


 記憶をあれこれ探りつつ、下から(描写はしてないが、子ども部屋というのは大抵二階にあると思う。そうでない人がいたら申し訳ない)妹の呼ぶ声が聞こえた。


「おにーちゃーん、ごはんー」
「あいよー」


 おざなりに返事を返し、階段をトントンと降りる。


 小学校6年生になった妹と、今年で40の大台に乗る母親。父はいつも仕事が終わるのが遅く、平日の夕食は別で摂っている。




 飯を食いながら、明日の事をぼんやりと考える。


「宿題はちゃんと計画的にやりなさいよ」
「わーってるよ」


 八月の終わりに纏めてやるさ。


「リコも。分かってるわね?」
「わかってるー」


 こいつも大体毎年最後までやらないという記憶がある。
 自由研究とか手伝うの俺なんだぜ。中学校までは自由研究あったけど、今年から無いんだから。


「あなたも。去年みたいに最後に泣きついてくるのは嫌ですからね。お兄ちゃんなんだから、しっかりしなさい。またお父さんに怒られるわよ」


 嫌な事を思い出させる。
 あの後、それまでの怠惰な俺とは別人になったかのように速攻で宿題を終わらせたんだよな。


 それ程親父の剣幕が凄かったとも言える。
 大人の男が本気でブチ切れるのなんて二度と見たくないぜ。


「ごちそーさまでした。食器は水につけとけばいい?」
「置いとけばいいわよ」
「あいよ。あぁ。明日ちょっと出かけるから」
「ふぅん。どこに?」
「図書館」


 嘘だ。
 廃園になった遊園地に忍び込むなんて言えない。


「あっそ。程々にね」


 嘘だと気付かれているようだが、特に何も言ってくることは無かった。
 まぁ親なんてそんなもんだろう。




「あ、お兄ちゃん」
「なんだよ」
「ミラーハウスの噂知ってる?」
「……知らねー」


 面倒くさいので知らない振りをして、階段を上がった。
 結構浸透してる噂なのか?


 嫌んなるぜ全く。
 あんなうさんくさい噂でも広まるんだな。


 俺の妹と大河の奴が同レベルだから知っていたという可能性もあるが。妹の過大評価ではない。あの馬鹿に正当な評価を下せば小学校の高学年レベルという事だ。























 翌日の朝は翌朝というが、翌日の晩は何というのだろう。翌晩で良いのだろうか。


 ともかく、次の日の晩。
 大河から通話アプリを通しての着信があったので、それに出ると


『来ちゃった……』
「うぜえ。待ってろ」


 何が来ちゃっただ。
 クロックスに足を通し、玄関へ出ると馬鹿がそこにいた。あぁ、大河がそこにいた。


「応答せよ。こちら早河。応答せよ」
「目の前にいるだろうが」


 ぷっちんと通話を切る。


「釣れねーなぁおい。厨房の時とはえらいノリが違うじゃんかよーおいおいー」
「厨房とか言うなよださい……」
「中学生のころって言うよりは短いしいいじゃん」
「はいはい」


 廃園になった遊園地というのは、それほど遠くにあるものでもない。
 自転車をこいで30分ほどのところにある。


「うっはぁ。暗いなぁ」
「当然だろ。廃園になってんだから電気も通ってねえよ」
「そんな事もあろうかと」


 パチ、と音がして、光が大河の顔を下から照らした。


「当然二個持ってきたんだろうな」
「あ、一個しかねえや」
「ばーか」


 スマホでライト点くけどさ。
 やっぱこいつ馬鹿だわ。


「廃園になったっつっても二、三年前の事なのに、えらい廃れてるな」
「人の手が入らないと一気に老化するらしいな、建物って」
「へー。物知りだなお前」
「お前が物知らず過ぎるんだよ」
「ミラーハウスってどこにあったっけ」
「どっかにマップくらいあるだろ」


 とか言っているうちに、そのマップを見つける。
 ぱっ、と大河の持っているライトがマップを照らすと、その隣に立っていた、ピンク色の兎モチーフっぽいマスコットキャラも一緒に照らされた。


「きゃー!」
「きゃーじゃねえ」


 確かに見た目は怖いが、別にそんなビビる事もない。
 ここにある事は知ってたしな。なんとなくの記憶で。


「んー。俺らが今いるのってどこだ?」
「アクアツアー……のすぐ近くだな。ミラーハウスもすぐそこだ」
「あ、ドリームキャッスル。懐かしいなぁ」
「とっとと済ませて帰りたいんだが……」
「悪い悪い。いこーぜ」


 なんか寒くなってきたな。
 肝試し、というワードのせいだろうか。


 考えているとそういうのが寄ってくるって話を聞いた事がある。都市伝説だけど。


「ミラーハウス……なんか綺麗に残ってんな」
「そうか? 大河、お前の見間違えだろ」


 言われてみれば……確かに他の施設よりも若干綺麗に残ってる。ような気がする。


 ――うん?


「どした?」
「いや、なんでもない」


 何か違和感を覚えた。
 一瞬だったからその違和感の端っこも捉えられなかったが。


 まぁいい。
 さっさと済ませて帰るか。


「どうすんだ? 一人で入って出てくればいいのか?」
「嫌だよ怖いじゃん。二人で行こうぜ」
「お前なぁ……」


 別にいいけど。
 一人ずつ入るよりは手っ取り早い。


 ミラーハウスに入ると、辺り一面が鏡だった。
 当然だが。ミラーのハウスだからな。


 前を歩く大河を見て、また何か違和感を覚えた。


 ……なんだ?
 何か違う。
 何かが違う気がする。


 思い出せない。


 うーん……


「うお、自分がいっぱいいる。お前もたくさんだぜ」
「ミラーハウスなんだから当たり前だろ」


 ちょうど折り返し地点。
 そこが最も鏡が多く、即ち映る自分の姿も多かった。


 そこで。
 俺は見た。


 見て、思い出した。


 左右反転した自分を、更に左右反転させると何になるのかを。


「大河」
「うん?」
「じゃあな」


 ドン、と。


 俺は大河を突き飛ばした。

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