女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜
第81話 鬼
閑話休題という言葉を聞いた事があるだろうか。
それはさておき、みたいな意味合いだ。
色々あって、まあ色々あって、ラリアの元へ辿り着く事は出来なかった。
色々あったのさ。それこそ閑話だ。休題しよう。
朝、目が覚めると隣で女の子が寝ていた。
女の子というかディーナというか。
まあ女の子でもあってディーナでもあるんだが。
水色の髪が綺麗だなあ。
寝顔は……この角度だと見えないな。
見ようと思ってちょっと覗き込んでみたら、ディーナも実は起きていたようで目が合った。
閑話休題。
◆
「聞こえんようにやれと言ったじゃろうが。朝から盛りおって」
「いえ、これには深い訳がですね」
俺は朝から黒髪おかっぱロリに顔を踏まれていた。
極一部の業界ではご褒美になるのかもしれないが、屈辱的であるという以外に俺が感じる事はない。舐めてやろうか。
やったら比喩でなく殺されるだろうからやらないけど。
昨晩来れなかったことをどう言い訳しようかと部屋を訪ねたところ、正座しろと言われて今に至る。
吸血鬼の聴力って凄いんだなぁ。
悪いの俺じゃなくて吸血鬼なんじゃないの?
「夜はまだ良いが、朝他人の嬌声で起こされる者の気持ちを考えた事があるか?」
「返す言葉もございません」
平謝りだった。
顔を踏まれているお陰で平伏すことは出来ないが。
多分平伏したら頭を踏んでくるだろう。
躊躇なくな。
「儂は寛大じゃから許すが、次やったらその顔を踏むだけでなく踏み抜くからの」
踏み抜くって。
そんな表現人体に対して使うなよ。
普通の人間は人を踏まないし踏んで抜かないんだよ。
「踏む抜いた程度じゃ死にもせんじゃろう」
「そうじゃなくて倫理的な話なんだよ」
「吸血鬼に人の倫理を説かれてものう」
平行線だった。
というよりそこはまあ比較的どうでも良いのだ。
本筋に戻そう。
「で、吸血鬼の能力の特訓についてなんだが」
「うむ」
「あれは教えてくれないんだよな?」
「それは教えるようなものでもないしのう。しかし、一度体験くらいはしても良いかもしれんの」
「体験?」
「周りは海じゃ。船には後で追いつけば良い。外で一戦、やろうかの」
「外? 一戦?」
「憂さ晴らしにもなるしの」
どうやら俺は、幼女に八つ当たりされるらしい。
いや、苛々の原因は俺なんだし八つ当たりという訳でもないか。
因果応報というやつである。
◆
「さて、久しぶりじゃし儂も制御しきれるか分からんぞ。もしも殺してしまったら墓前で手くらいはついてやろう。膝はつけんが」
「ただの前屈じゃねえか」
俺たちは、翼を生やして海の上で浮かんでいた。
船は刻一刻と離れていっているが、大した速度は出ていないのですぐに追いつけるだろう。この戦闘が終わった後に俺が動ければ、だが。
「原型を留める程度に殺してやろう」
言って、俺が何か反応する前に――
ラリアの雰囲気が。
場の空気が。
一変した。
反転したと言っても良い。
急転直下だ。
「儂はここまでしかなれんが、これでも十分じゃろう」
ここまで――という事はこの更に先があるという事か。
正直現状でも、レッサーデーモンを――もしかするとレオルをも、吸血鬼の王をも凌ぐほどの威圧感を感じているのだが。
ぶっちゃけ逃げたい。
だがレッサーデーモンからも一人では逃げ切る事が出来なかった俺だ。
当然今のラリアからも逃げられないのだろう。
聖剣を海に落とすと面倒なので今回は素手だが、聖剣が手元にあったら反射的に例の飛ぶ斬撃を放っていたかもしれない。
こちらから動いてどうにかなるビジョンが全く見えない。
どう動けば良いんだ。
魔眼では一秒後もまだそこにラリアがいる事を認識出来ているが、それも果たしてどこまであてになるか分からないぞ。
――と。
ラリアが、右手をゆっくりと持ち上げた。
親指で中指を押さえ、人差し指、薬指、小指は立っている。
回りくどく言ったが、分かりやすく言えばデコピンのポーズだ。
「――ッ!!」
まさか、と思う一秒後――或いは一秒前に視えたその光景に従って、俺は全力で上に逃げた。
直後。
デコピンの風圧で、海が割れた。
嘘だろ。
何の魔力も感じない、ただのデコピンだった。
ただの風圧で、海が割れた。
デコピンが俺の全力のパンチよりも威力があるかもしれない。
駄目だな、正面からじゃ吹き飛ばれて終わりだ。
翼の制動は――空中戦は得意ではないが、それでもそこそこの速度は出る。
一気にラリアとの距離を詰める。
レッサーデーモンから逃げている時に思った事なのだが、未来を視られる魔眼があるなら突っ込んでいって近接戦闘の方が良いのではないだろうか。
という訳で、殴りかかると鈍い感触が手に返ってきた。
「発想は良いが、腰が入っておらんぞ」
ラリアと俺の間に、盾が出現していた。
体のどこかを変化させているという訳でもないし、影からも距離は離れている。
……物質創造のスキルか。
そういえばそんな事も出来たな、吸血鬼。
ぐい、と盾を押し付けられ、そのまま海面へと叩きつけられる。
血術での強化がなければ今ので全身骨折だろう。すぐ治りはするだろうが。10メートルくらいの高さからの自由落下でコンクリート並みになるんだっけか。
なら今のはステンレス鋼くらいだっただろうな。
さて。
水中からはあちらが見えない。
恐らくあちらからもこちらが見えていない。
千載一遇のチャンスというやつだ。
……よし。
精神を集中させる。
魔力を。
火に――炎に変換させるイメージ。
ごぼ……ごぼ……と辺りで水が動き始めた。
滅茶苦茶熱い。
不死身性がなければ既に茹で上がっているだろう。
水中でここまで変化があるという事は、俺が思っている通りならば上ではもっと大きな変化が起きているはずだ。
そろそろ息も限界だし、動くしかないが。
翼を大きく広げ、打つ。
水の抵抗を押しのけ、空中へ出る――と、そこは辺り一面、霧で覆われていた。単純な話だ。水中で火属性の魔法を使えば、水の温度は上がる。
沸騰すれば水蒸気が出て、湯気になる。
それがこの霧という結果に落ち着くのだ。
視界はほぼゼロ。
ここからはもう運だ。
勘ですらなく、ただの運任せ。
きっとラリアは、俺を水中に蹴落としたところから動いていないだろうという、俺の希望的観測。
ラリアがいた場所に放った蹴りは。
ラリアに、命中した。
だが。
いつだったかレオルに蹴りを喰らわせた時のように、ラリアは微動だにしていなかった。
効いてない――というのを認識するのが先だったか後だったか、ラリアの姿がブレた。
魔眼でも捉えきれない程の速度。
「あっ、しまった」
というラリアの声が聞こえるのと同時に、俺は意識を失った。
◆
「全然何も覚えてねえ……」
「頭を吹き飛ばしちゃったからのう。じゃからこうして謝っとるじゃろ」
「いや、俺の記憶にある限りではお前はまだ一度も謝ってないぞ」
「頭と一緒に吹き飛んだんじゃないかのう」
「時系列がおかしいだろうが」
あの後。
俺は上半身を吹き飛ばされたらしい。
気が付いたらベッドの上だった。
血術での強化を上回ってのダメージである。
怠惰の魔眼でも視えない程の速度とその威力は、明らかに吸血鬼の王――レオルを凌いでいた。ように思える。
「普段の王とあの状態の儂が戦えば勝つのは儂じゃろうな」
「……やっぱレオルもあれ出来るのか」
「出来ないはずがなかろう」
まあ、それもそうか。
「だけど、今の使えばレッサーデーモンも簡単に倒せたんじゃないか?」
「流石の儂もあんなバタバタした状況でなれと言われても無理じゃよ」
「集中とかいるのか?」
「いるかいらないかで言えばいるが、それよりもいるのは覚悟じゃろうな」
「覚悟?」
「お前にはまだ早い、という事じゃ」
覚悟ねえ。
何の覚悟なのだろうか。
今の言い方だと、訊いても教えてくれそうにはないが……
それにしても。
あそこまで圧倒的に強くなるとはな。
「俺にもいつか使えるようになるのか?」
「いつか、と言うかすぐにでも使えるようになって貰わねばならんだがの。急ぎ過ぎても良くないのじゃよ。頃合いは儂が見計らうが、それでもスレスレじゃ」
「スレスレか。……なあ、あれって何か名前ないのか? あれとかそれとかこれだと呼びにくいんだが」
ふむ、とラリアが頷いた。
「呼び名、のう。あれになれる者が少なすぎて正式なものは無いが、儂は――王は、《鬼》と呼んでおったな」
それはさておき、みたいな意味合いだ。
色々あって、まあ色々あって、ラリアの元へ辿り着く事は出来なかった。
色々あったのさ。それこそ閑話だ。休題しよう。
朝、目が覚めると隣で女の子が寝ていた。
女の子というかディーナというか。
まあ女の子でもあってディーナでもあるんだが。
水色の髪が綺麗だなあ。
寝顔は……この角度だと見えないな。
見ようと思ってちょっと覗き込んでみたら、ディーナも実は起きていたようで目が合った。
閑話休題。
◆
「聞こえんようにやれと言ったじゃろうが。朝から盛りおって」
「いえ、これには深い訳がですね」
俺は朝から黒髪おかっぱロリに顔を踏まれていた。
極一部の業界ではご褒美になるのかもしれないが、屈辱的であるという以外に俺が感じる事はない。舐めてやろうか。
やったら比喩でなく殺されるだろうからやらないけど。
昨晩来れなかったことをどう言い訳しようかと部屋を訪ねたところ、正座しろと言われて今に至る。
吸血鬼の聴力って凄いんだなぁ。
悪いの俺じゃなくて吸血鬼なんじゃないの?
「夜はまだ良いが、朝他人の嬌声で起こされる者の気持ちを考えた事があるか?」
「返す言葉もございません」
平謝りだった。
顔を踏まれているお陰で平伏すことは出来ないが。
多分平伏したら頭を踏んでくるだろう。
躊躇なくな。
「儂は寛大じゃから許すが、次やったらその顔を踏むだけでなく踏み抜くからの」
踏み抜くって。
そんな表現人体に対して使うなよ。
普通の人間は人を踏まないし踏んで抜かないんだよ。
「踏む抜いた程度じゃ死にもせんじゃろう」
「そうじゃなくて倫理的な話なんだよ」
「吸血鬼に人の倫理を説かれてものう」
平行線だった。
というよりそこはまあ比較的どうでも良いのだ。
本筋に戻そう。
「で、吸血鬼の能力の特訓についてなんだが」
「うむ」
「あれは教えてくれないんだよな?」
「それは教えるようなものでもないしのう。しかし、一度体験くらいはしても良いかもしれんの」
「体験?」
「周りは海じゃ。船には後で追いつけば良い。外で一戦、やろうかの」
「外? 一戦?」
「憂さ晴らしにもなるしの」
どうやら俺は、幼女に八つ当たりされるらしい。
いや、苛々の原因は俺なんだし八つ当たりという訳でもないか。
因果応報というやつである。
◆
「さて、久しぶりじゃし儂も制御しきれるか分からんぞ。もしも殺してしまったら墓前で手くらいはついてやろう。膝はつけんが」
「ただの前屈じゃねえか」
俺たちは、翼を生やして海の上で浮かんでいた。
船は刻一刻と離れていっているが、大した速度は出ていないのですぐに追いつけるだろう。この戦闘が終わった後に俺が動ければ、だが。
「原型を留める程度に殺してやろう」
言って、俺が何か反応する前に――
ラリアの雰囲気が。
場の空気が。
一変した。
反転したと言っても良い。
急転直下だ。
「儂はここまでしかなれんが、これでも十分じゃろう」
ここまで――という事はこの更に先があるという事か。
正直現状でも、レッサーデーモンを――もしかするとレオルをも、吸血鬼の王をも凌ぐほどの威圧感を感じているのだが。
ぶっちゃけ逃げたい。
だがレッサーデーモンからも一人では逃げ切る事が出来なかった俺だ。
当然今のラリアからも逃げられないのだろう。
聖剣を海に落とすと面倒なので今回は素手だが、聖剣が手元にあったら反射的に例の飛ぶ斬撃を放っていたかもしれない。
こちらから動いてどうにかなるビジョンが全く見えない。
どう動けば良いんだ。
魔眼では一秒後もまだそこにラリアがいる事を認識出来ているが、それも果たしてどこまであてになるか分からないぞ。
――と。
ラリアが、右手をゆっくりと持ち上げた。
親指で中指を押さえ、人差し指、薬指、小指は立っている。
回りくどく言ったが、分かりやすく言えばデコピンのポーズだ。
「――ッ!!」
まさか、と思う一秒後――或いは一秒前に視えたその光景に従って、俺は全力で上に逃げた。
直後。
デコピンの風圧で、海が割れた。
嘘だろ。
何の魔力も感じない、ただのデコピンだった。
ただの風圧で、海が割れた。
デコピンが俺の全力のパンチよりも威力があるかもしれない。
駄目だな、正面からじゃ吹き飛ばれて終わりだ。
翼の制動は――空中戦は得意ではないが、それでもそこそこの速度は出る。
一気にラリアとの距離を詰める。
レッサーデーモンから逃げている時に思った事なのだが、未来を視られる魔眼があるなら突っ込んでいって近接戦闘の方が良いのではないだろうか。
という訳で、殴りかかると鈍い感触が手に返ってきた。
「発想は良いが、腰が入っておらんぞ」
ラリアと俺の間に、盾が出現していた。
体のどこかを変化させているという訳でもないし、影からも距離は離れている。
……物質創造のスキルか。
そういえばそんな事も出来たな、吸血鬼。
ぐい、と盾を押し付けられ、そのまま海面へと叩きつけられる。
血術での強化がなければ今ので全身骨折だろう。すぐ治りはするだろうが。10メートルくらいの高さからの自由落下でコンクリート並みになるんだっけか。
なら今のはステンレス鋼くらいだっただろうな。
さて。
水中からはあちらが見えない。
恐らくあちらからもこちらが見えていない。
千載一遇のチャンスというやつだ。
……よし。
精神を集中させる。
魔力を。
火に――炎に変換させるイメージ。
ごぼ……ごぼ……と辺りで水が動き始めた。
滅茶苦茶熱い。
不死身性がなければ既に茹で上がっているだろう。
水中でここまで変化があるという事は、俺が思っている通りならば上ではもっと大きな変化が起きているはずだ。
そろそろ息も限界だし、動くしかないが。
翼を大きく広げ、打つ。
水の抵抗を押しのけ、空中へ出る――と、そこは辺り一面、霧で覆われていた。単純な話だ。水中で火属性の魔法を使えば、水の温度は上がる。
沸騰すれば水蒸気が出て、湯気になる。
それがこの霧という結果に落ち着くのだ。
視界はほぼゼロ。
ここからはもう運だ。
勘ですらなく、ただの運任せ。
きっとラリアは、俺を水中に蹴落としたところから動いていないだろうという、俺の希望的観測。
ラリアがいた場所に放った蹴りは。
ラリアに、命中した。
だが。
いつだったかレオルに蹴りを喰らわせた時のように、ラリアは微動だにしていなかった。
効いてない――というのを認識するのが先だったか後だったか、ラリアの姿がブレた。
魔眼でも捉えきれない程の速度。
「あっ、しまった」
というラリアの声が聞こえるのと同時に、俺は意識を失った。
◆
「全然何も覚えてねえ……」
「頭を吹き飛ばしちゃったからのう。じゃからこうして謝っとるじゃろ」
「いや、俺の記憶にある限りではお前はまだ一度も謝ってないぞ」
「頭と一緒に吹き飛んだんじゃないかのう」
「時系列がおかしいだろうが」
あの後。
俺は上半身を吹き飛ばされたらしい。
気が付いたらベッドの上だった。
血術での強化を上回ってのダメージである。
怠惰の魔眼でも視えない程の速度とその威力は、明らかに吸血鬼の王――レオルを凌いでいた。ように思える。
「普段の王とあの状態の儂が戦えば勝つのは儂じゃろうな」
「……やっぱレオルもあれ出来るのか」
「出来ないはずがなかろう」
まあ、それもそうか。
「だけど、今の使えばレッサーデーモンも簡単に倒せたんじゃないか?」
「流石の儂もあんなバタバタした状況でなれと言われても無理じゃよ」
「集中とかいるのか?」
「いるかいらないかで言えばいるが、それよりもいるのは覚悟じゃろうな」
「覚悟?」
「お前にはまだ早い、という事じゃ」
覚悟ねえ。
何の覚悟なのだろうか。
今の言い方だと、訊いても教えてくれそうにはないが……
それにしても。
あそこまで圧倒的に強くなるとはな。
「俺にもいつか使えるようになるのか?」
「いつか、と言うかすぐにでも使えるようになって貰わねばならんだがの。急ぎ過ぎても良くないのじゃよ。頃合いは儂が見計らうが、それでもスレスレじゃ」
「スレスレか。……なあ、あれって何か名前ないのか? あれとかそれとかこれだと呼びにくいんだが」
ふむ、とラリアが頷いた。
「呼び名、のう。あれになれる者が少なすぎて正式なものは無いが、儂は――王は、《鬼》と呼んでおったな」
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