女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第71話 レッサーデーモン

「……ッ!? ――は……!?」


 セレンさんが消えた。


 いや違う。


 俺は。
 白い空間にいた。


 目の前には、白い女。


 突然だった。
 起きてる時にこうして介入してくるのは初めてじゃないか。


「なんちゅうタイミングで……いやていうかお前、大丈夫か?」


 敵なのに、思わずそう訊ねてしまう程、魔神は憔悴していた。
 憔悴しきっていた。


「は、はは……私の心配よりも、セレンの心配をするのが先じゃないのかい?」
「そうだ! セレンさんは!?」


 行き絶え絶えの魔神だが、確かにこいつよりもセレンさんが大事だ。優先するべき事である。もしもこいつがこうして介入してきたことでセレンさんの身に何かあれば――


「安心したまえよ、緑崎 優斗くん。セレンはまだ・・無事だ。無理やり時を止めて、割り込ませて貰ったからね」
「……時を止めて?」
「そう。時間停止。あるだろう、漫画とかで。そんなイメージだよ」
「今どうなってる。どんな状況なんだ」
「君があれ――レッサーデーモンを見つけてから、まだ一秒経ってない。君はまだセレンを助けられる」
「なら早く――」
「けど、今のままじゃ……二人とも即殺されて終わるだろうね」
「…………レッサーデーモンって言うのか。あいつ」


 殺される、という言葉を聞いて少しクールダウンする。
 こいつの話では(信じ切って良いものなのか微妙なところだが)時が止まっているそうじゃないか。ならば落ち着く時間だってあるだろう。……時が止まってるのに時間って言うのは変か?


「そう。レッサーデーモン。とは言っても言語が違うから……いや、君とセレンは通じるようになってるのか。翻訳魔法みたいなのがあるんだよ。転移した時点でデフォルトでかかってると思っていい。日本語でも英語でもないのに聞き取れるし喋れるし書き取りも出来るだろう。
 あぁ、ごめんごめん。話が逸れてしまった。こうして人と話す機会っていうのがあまりないからね。つい饒舌になってしまうんだ――と今更言わなくても分かってそうだね」


「分かってる。だから話を逸らさずにそこを饒舌に話せ」


「これは手痛い。……けれど流石の私も、あまり悠長にはしてられない。時を止められる時間には限界がある――時を止めてるのに時間というのは変かな、とは君も考えてたが。私もこういう場合正しくは何というかぱっと思いつかないのでこれで行かせて貰うよ。
 そう睨むな。逸れてしまっている事は分かってる。ごめんごめん。
 私もかなり無理して割り込んだからね。結構疲れてるんだ。それくらいの報酬というか、対価は……だから睨まないでくれ。本当に本筋を話すから」


 さっさとしろ。
 時間が無いんだろう。


「分かった分かった。まず君が取るべき行動は五つほどある。
 一つ目はセレンを助ける事。このままではセレンは死んでしまう。なんで私が敵であるはずのセレンを救おうとしているのかとか、今はとりあえず置いといて。


 二つ目は距離を取れ。相手の方が速いが、とりあえず距離をとるんだ。大丈夫、君の全速力ならそれなりに距離はとれる。私が保証する。勿論、言うまでもないがセレンを連れて、ね。間違えておっぱいに触っちゃったりしても怒らないだろうから。


 三つ目。ここが一番大事なところなんだが、ラリアちゃんを呼ぶんだ。あるだろう、あの子を呼ぶ便利な種みたいなのが。あれを使うんだ。ラリアちゃん。覚えてないかな? 君がロリババアと称していたあの子だよ。


 四つ目。ラリアちゃんにレオルくんを呼んで貰おう。ラリアちゃんは多少渋るだろうけど、やってくれる。大丈夫、呼べば一瞬で来るよ、彼は。レオルくんの事はかなり高く評価してるんだ。あれは特別性だよ。君と同じくね。


 五つ目。レオル君とラリアちゃん、セレンと君とでレッサーデーモンを倒せ。今私が挙げた四人がかりでないと倒せないような相手だ。躊躇はするな。と言っても君の性格上、セレンの事がかかってればそもそも躊躇も手加減もしないだろうけど。
 ……さて、そろそろ時が動き始める。セレンの首が刎ねられる一秒前だ。
 動き出した瞬間に動け。そうじゃないと間に合わない。一つ目を達成しないと、二つ目以降はまるで意味のない行動になってしまう」


「一つだけ答えろ」


「なにかな?」


「お前は何を目的として動いているんだ」


「――征服だよ。あの世界の。さぁ、時は動き始める。準備は良いかな優斗くん。健闘を、心から祈っているよ」



























 時は動き始める。


 魔神と被ってしまうようで心底嫌な気分になるが、今はそんな気分も置いておこう。俺たちは――俺は恐らく、あの魔神に助けられたのだから。


 そして今度は、俺がセレンさんを助ける番だ。


 一秒後。
 そこにいるレッサーデーモンを、俺は力いっぱい殴り飛ばした。


 力いっぱい。
 全力。
 今の俺が全力で殴ったりしたらどうなるかなんて、今更言う事でもないだろう。


 爆音と爆風。
 轟音と豪風。


 レッサーデーモンの赤い体は、物凄い勢いで吹っ飛んでいった。殴った感触で解ったが、多分今のほぼノーダメージだな。


 半端ない耐久力だ。


「逃げます! 掴まって!」


 と言うよりも先に、俺はセレンさんの腰を抱きかかえて全力でダッシュしていた。
 セレンさんの体は大丈夫だろうかと一瞬心配になったが、大丈夫そうだった。即座に何らかの魔法をかけたらしい。流石の判断力である。


「何が起きてるんですか!?」
「俺も分かりません! 分からないですけど――ヤバいのが来てるんでこっちもヤバイの呼びます!!」


 どこだっけか。どこにしまったっけかあの種。
 確か――あった。


 体中ボロボロになったりしたり洗濯とか多分忘れたまんましちゃってるからどっかへ行ってしまったという可能性も一瞬考えたが、あった。


「出でよロリババア!」


 種をぷちっと。
 潰すと、ロリババアが呼ばれて飛び出てした。


 全裸で。


 なんでだよ! なんで全裸なんだよ!


 幸い、凹凸に乏しいロリボディなので俺は何も問題ないが。がっしとその腰を掴み、一緒にダッシュする。
 なんか濡れてんだけど。


「ななな、なにが起きておる!? 貴様よくも風呂の途中で呼び出してくれたな!!」
「しゃーないだろそんなの! 早く服くらい着ろ!」
「言われなくとも着るわ!!」」


 しゅん、といつの間にかラリアは服を着ていた。
 ゴテゴテのゴシック調の黒ドレス。趣味なのだろうか。吸血鬼の変化能力の一部だとは思うけど。


「で、何事なんじゃ! ロードにでも追われとるのか!?」
「違う、レオルはこっち側だ。呼んで欲しいんだよ!」
「なんで儂が――いや、そういう事か。厄介なのを引っかけおったな。確かに王の奴の力を借りねばこの場は凌げぬ、か。仕方ない。今回だけじゃぞ」


 すぐに納得してくれたようだ。
 魔神と言いぶりだと、こいつも何か知ってそうな雰囲気だったな。すぐにでも事情を聞きたいが、まぁ、全ては事が終わってからだ。


「優斗さん! 追ってきてます!」
「分かってます! どんくらい距離あります!?」
「もうかなり近くまで――先ほどから魔法で迎撃してるのですが、即席のものでは威力が足りないみたいです!」


 道理でさっきから後ろの方から爆発音が聞こえてくると思った。
 セレンさんの即席っつってもかなりの威力なはずなんだがな。まぁ、俺の全力パンチをもろに受けてぴんぴんしてんだから当たり前か。


「小僧! もう無理じゃ、ここで迎撃するぞ!」
「――みたいだな。セレンさんラリア……さん、俺の援護を頼みます!」


 ラリアは果たして呼び捨てにして良いのか悪いのか。機嫌が悪いとこいつ躊躇いなく暴力に訴えるからな。もちろん俺の不死身性ありきの事だが。


 立ち止まって、振り返る。
 のと同時に、レッサーデーモンの顔面を蹴り飛ばす。
 セレンさんとラリアを離して、もう一度言う。


「俺が突っ込みます。援護は任せます……ちなみにレオルの奴はどれくらいで来ます?」
「あと100秒程度かの」


 100秒か。
 持つかなそれまで。


 レッサーデーモンはやはり無傷だった。




【女神の守護者はたったの二人か。このまま押し切れそうだな】


 今の言葉は――明らかに俺たちが普段使うのと違う言語だったが、はっきりと聞き取れた。


「女神……セレンさんが目的か」
「なに? オレたちの言葉が解るのか」
「こっちの言葉も喋れるのかよ」


 益々こいつが何なのか分からなくなってきたな。
 ……とりあえず五秒くらいは稼げたか?
 あと95秒、戦わずに……というのは無理だろうな。


 四人でないと倒せないと言っていたから、倒すよりも時間稼ぎが優先だ。レオルが来れば戦況は変わる。はずだ。魔神の言う事を信じれば、だが。


 正面から殴り合って平気だろうか。
 セレンさんからの支援魔法がかかる。


 ラリアの影の形が不定形に変化した。
 準備は万端だな。


 聖剣を影から取り出し、構える。


【やはり聖剣を持っていたか。これだから女神の守護者は厄介なのだ】
「なんか色々知ってそうだなお前。生け捕りにする……のは無理そうだけど」
【翻訳魔法。転生者か転移者か。いずれにせよ、女神を消してしまえばオレの位も上がるか】


 位が上がる?
 こいつよりも上がいるってことか?
 勘弁してくれよ全く。


「お前は一体何者なんだ。どこから来た」
「女神の付き人のくせに《領域》の話も知らないのか……ふん、質が落ちたな」


 化け物みたいな見た目して結構流暢に喋るな。
 案外このまましゃべり続けてくれればレオルが到着するまで稼げそうな気もしたきた。


「早めに済まさせて貰うぞ。この世界は居心地が悪い」


 消えた。
 が、魔眼は捉えている。
 やはりセレンさん狙いか。


 聖剣をそこへ突き出し、牽制する。


「ならば貴様から消すまで」


 標的がこちらに移ったようだ。
 好都合だぜ。


 レッサーデーモンのパンチを、腕を盾にして防ぐ。
 重い。血術の強化とセレンさんの支援魔法がなければ腕が捥げてたかもしれないな。


「ふッ!!」


 力ずくで押し戻す。
 直後に、力を留めた聖剣で斬りつける。


「む……」


 レッサーデーモンの腕が斬り落とされた。
 驚いた様子の奴の胸を思い切り蹴とばし、距離をとる。
 と直後に、大量の氷の槍が奴の頭上から襲いかかった。セレンさんの魔法だ。相変わらずとんでもない威力と規模である。


 が――


 有効打にはならない。
 出来上がった氷の城を破って出てきたレッサーデーモンの腕は元に戻っていた。再生能力まであんのかよ。いよいよ面倒だな。


 レッサーデーモンの動きが急に止まった。


「影踏みと言ってな。喩え吸血鬼の王であろうと抗えはせぬ」


 吸血鬼の戦闘は位置取りが重要だ。
 影は武器で、弱点だ。


 ラリアとレッサーデーモンの影が繋がっていた。
 なんだその便利な術。俺教わってないぞ。


「小童が出来る術でないわ。さっさと攻撃せい。儂も長くはもたんぞ」 


 分かってるよ、という返事の代わりに、聖剣で胴体を横薙ぎに――ガチン、という音がして、食い止められた。
 おいおい嘘だろ。魔王にも通じる一撃だぞ。


【図に乗るなよ、堕ち人共が……!】


 ぶちん、と影が切れた。
 ラリアがよろめくのを横目で見つつ、聖剣でもう一度斬りつける。


 剣術学校へ通って多少はレベルアップしたはずの俺の剣術は、しかし簡単に躱されてしまった。
 レッサーデーモンの動きが一瞬霞み、魔眼でも捉えきれないほどの可能性が幾つも展開された。どれが一番濃いのかすら判断出来ない。
 ずん、というあまりにも重い音が体の中で響いた。


「がっ……は……」


 腹を思い切り殴られた。
 ダメージはすぐに戻る。血術と支援魔法で強化されているから、一撃で吹き飛ぶという事もない。だが、吸血鬼にも、不死身にも呼吸器系への攻撃は有効だ。


 腹を殴られたせいで肺にあった空気が全て押し出され、一瞬動きが止まってしまう。


 その一瞬はあまりにも絶望的な一瞬だった。
 こいつは一瞬で、女神の首を取る事が出来るのだから。


「させるかああああ!!」


 と、声が出たかは定かではないが。
 レッサーデーモンの翼を掴んで投げ飛ばした。


 正面から戦ったのでは――正攻法ではこいつには勝てない。
 なら一か八かであの超必を――




 直後。
 レッサーデーモンの体が弾け飛んだ。
 バラバラに、跡形もなく。


 レッサーデーモンがいた場所に、レオルが――吸血鬼の王が立っていた。


「すまん。途中こいつによく似た奴を見つけてな――して、ラリアが余を呼び出すとは異常な事態なのだろうが、何の用なのだ?」


 終わったよ。たった今。
 お前が終わらせたんだよ。

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