女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜
第69話 内と外
「暇なのか。なあおい。お前暇なんだろ」
「ちょっと火急の用があってね。私も力を削ってこうしているんだ。分かってくれ」
白い空間。
白い女。
ちょっと前に会ったばかりじゃねぇか。
魔神。
「斎藤の件か?」
「いや、あれは私とはほぼ関係ない。勝手に嫉妬を持ってかれたけど、君のお陰で私の元へ戻ってきた。礼を言うくらいだ」
「……じゃあなんだ。また俺に新しい力でもくれるのか?」
「そうするのも吝かでないけどね。何故なら君には、今すぐ魔王と戦って貰わねばならないのだから」
「……なんだと?」
魔王は機が熟すまで――傷が癒えるまで動かないはずじゃなかったのか。
こいつはまだしもセレンさんが嘘をついたとは思えない。
「ひどいなぁその言い草。私もセレンも嘘なんてついてない。魔王は動いていない。動いたのは、吸血鬼の王だ」
「……レオルが?」
「そう。君の友人にして、吸血鬼の王。レオル君。あの子が自分から魔王に会いに行っちゃったんだよね」
「なんだと……!」
あいつ。
勝手に行きやがったのか。
魔王がどれだけ危険な存在か教えたはずなのに……!
「君ね、吸血鬼の王を見くびり過ぎだよ。純粋な強さならレオル君に負ける要素は無い。勝てる要素も無いんだけどね。今回はそこが問題なんだ」
「……レオルは魔王より強いのか?」
「それはもう。比べ物にならないくらい。だけど、魔王というあれは君たちのいる内側から破壊出来る存在じゃないんだ。だからこそ君に怠惰の魔眼を授けて君に倒させようと思ってたんだけど、まさか吸血鬼の王が動いてしまうとは。
誤算だよ。大誤算だ。完全に見誤っていた。武智 修。そして緑崎 優斗。君たち二人が、あの吸血鬼の王へこうも影響を与えるなんて思ってもみなかった」
「で、何故それを今俺に知らせる」
「レオル君じゃ魔王を倒せないからだ」
「……さっきも言ってたな。内側がどうの、とか」
そう、内側。
と、魔神が言った。
「あれは厄介だよ実際。あれを倒せるのは君かセレンしかいない。外側から来た存在だからね。同じ外側でも位置が違うけれど、そこはどうでも良い。それに君はぴったりだ。君の持つ日本刀。セレナちゃんの精神が宿っていたその刀。それは魔王を倒すための武器だ。魔王を討つ為に姉さんが創り出した刀だ。間違いない。だからこそ君がやるべきなんだけれど、さっきも言った通り、吸血鬼の王が動いてしまった」
「結論から言え。急ぎなんだろ」
「うん、急いでる。急いでるからこそ回ってるんだ。急がば回れってね。魔王はレオル君じゃ倒せない。魔王はレオル君に勝てない。なら魔王がとる行動は一つしかない。光のハイエルフか、竜王を《暴食》と《強欲》で取り込むんだ」
「竜王……」
「と言っても君の事じゃないけどね。パルメちゃんだ。仮に魔王がパルメちゃんか光のハイエルフを取り込んでしまった場合、誰も手出しができなくなってしまう。存在力が強くなりすぎてしまう。吸血鬼の王に勝てない事を知った――挫折を知った魔王が手のつけようがなくなる前に、君の手でトドメを刺して欲しいんだ」
「手の付けようがなくなる……」
「そう。誰も手出しできなくなる。私を含めて。竜王――パルメちゃんが取り込まれれば君にとって痛いし、光のハイエルフが取り込まれれば私にとっては大打撃だ。駒を失って、暴れ馬が強くなるんだから。だからこうして君にお願いしてるんだよ」
お願いというか。
半ば脅しみたいなもんだろう、これ。
――脅されてなくても、やるしかないが。
レオルの野郎、先走りやがって。
良いさ。やってやる。
そのために、ほんの少しずつだけど強くなっていったんだ。
「今回だけ特別だ。あぁ、私の復活がどんどん遅れてく。これもそれも魔王のせいだ。あれを倒してくれさえすれば、私の目的にも近付く」
「今更倒したくなくなるような事言うなよ」
「君はあれを倒すしかないよ。そうしないと大切なものは全て壊されるからね」
「……その通りだな」
「さて、君を魔王の元へ――レオル君の元へ送ろう。準備は良いかい?」
「ばっちりだ。さっさとしろ」
「じゃあ――頑張ってね」
◆
魔王は。
ボロボロになっていた。
魔神の言っていた通り、レオルが圧倒的に強かったのだろう。
「余は散歩に行こうと思っただけだ」
とか言ってる馬鹿はもう良い。
なるようになっただけだ。
やる事がちょっと早まっただけだ。
「レオル。どうやらあれはお前じゃ倒せないらしい。俺のこの刀でやるのが一番効果的なんだと」
「ほう。では余があれの動きを止め、おぬしが首を刎ねればそれで終わりか」
「多分な。話が早くて助かるぜ」
「攻撃しても攻撃しても死にそうになかったからな。そういう絡繰りなら最初からそうと言ってくれれば、余も散歩になど行かなかったというのに」
「まだ言うか」
この期に及んで散歩て。
散歩してただけでどうやったら地形が変わるような怪獣大戦争が起こるんだよ。
地図書き換える人の気持ちにもなれよ。
「……お前は確か、武智 修と一緒にいた――」
「優斗ってんだ。覚えなくて良いぜ。今からお前は消えるんだからな」
レオルの影が、魔王の体を刺し貫いた。
幾千もの棘のようになって、隙間なく細断なく貫いた。
……これ死んだんじゃねぇの?
「これでもまだ生きておる。おぬしの刀で、トドメを刺せ」
「ああ」
生きてんのか。
いや。
生きてるとか死んでるとか、こいつには元々ないんだな。
魔神の搾りかす。
《強欲》と《暴食》だけでここまで成り上がった、魔王。
お前はお前なりに色々積み重ねてきたんだろうが、その積み重ねは罪に罪を重ねた事にしかならないんだよ。
刀を。
振り上げる。
りぃぃん、と。
刀が音を立てて震えた。
美しい音色だ。
外側から来た魔王。
罪に罪を重ね続けた成れの果て。
魔王に成り上がって、罪を昇華し続けて、ここまで辿り着いたのだろう。
「だけど、それももう終わりだ」
罪は祓われる時が必ずやってくる。
《暴食》と《強欲》。
二つの罪で生きてきたお前には分からないだろうがな。
俺たち人間は、元々七つも持ってんだぜ。
いや、俺は厳密には人間じゃないけど。
でも、吸血鬼だって罪は――感情はある。
レオルはそれをおくびにも出さないが、こいつが動いたのはきっと、感情に従っての事なのだろう。武智 修。俺はあの人がどういう人だったのかちゃんと知らない。
だけど。
短い間だったけど、あの人たちと触れ合って得たものはたくさんある。
七つどころじゃない。
罪なんて目じゃない数をな。
レオルもきっとそうなんだろう。
修さんから何かを得て、何かを感じて、今、ここにいる。
「おれは……魔王だ。魔の王だ。こんなところで消える訳にはいかない」
「いいや、お前はここで消えろ」
「何故だ。おれはただ在るだけなのに。在りたいだけなのに、何故邪魔をする」
刀の振動が収まった。
何を思ってメロネさんがこれを残したのか。
何を思って修さんが圧倒的な魔王に立ち向かっていったのか。
何故セレナは存在しない事になっているのか。
俺が見た少女は――俺とミラが見た少女は、幻だったのだろうか。
違う。
きっとあの少女は、実在したのだろう。
誰も知らない所で。
セレンさんですら知れないような、尊い場所で。
あの三人はきっと、実在していたのだろう。
夢という形で俺は過去に介入した。
介入した結果、何かを変えられたとは思わない。
だけど、俺は知れた。
誰も知らなかったことを。
誰も認識していなかった過去を。
その過程でお前がこっち側に来たのなら、けじめを付けるのは俺でないと駄目だろう。
捻じ曲がった過去と現在。
在ったはずが無かったことに。無かったものが在ることに。
「魔王。多分俺とお前は、違う所で会ってもこうして戦う事になってたと思うぜ」
人間の醜い罪を体現した魔王は。
消滅した。
◆
「改めて聞いてみても、やはり分からんな」
「だろうな。俺も分かってねぇよ」
レオルと俺は、歩いていた。
翼を創って飛ぶことも出来たが、どちらから言い出すという事もなく、二人とも歩いていた。
「……過去と現在、外側と内側。正確に把握できるのなんて、それこそ魔神くらいなんだろうな……」
あいつは全部分かっていた節がある。
いや、それもどうか分からない。
俺の記憶から読み取っただけかもしれないし、本当に見ていたのかもしれない。
だとすれば、あいつは自分の姉が魔王に喰われるのを見て、何か思う所があったのだろうか。
……分からないな。
聞いても答えないだろう。あいつは。
結局一連の騒動が何だったのかなんて誰にも分からない。
分かったのは、吸血鬼の王にも人間らしいところがあるって事くらいだろうか。
「余は散歩に出ただけだがな」
「まだ言い続けるか。別にもう怒っちゃねえよ」
「怒られる理由もない。散歩に――」
「分かった分かった。お前は散歩に行ってたまたまあいつと肩をぶつけたんだろ。分かったよ」
「分かれば良い」
初めてこいつを見た時は、まさかこうして肩を並べて歩く日が来るなんて――肩を並べて戦う日が来るなんて、微塵も思わなかったんだけどな。
やべぇ奴が来たってくらいで。
「……過去の夢とやらでオサムに会ったと言ったな」
「あぁ。夢なのか本当の過去なのかパラレルワールドなのかよく分かんないけど、確かに会ったよ。会って話もたくさんした」
「強かっただろう、あやつは」
「強かったよ。俺なんかより遥かにな」
「……余はあやつに二度負けている」
「……そうだったのか」
知り合いだったのは知ってたが。
修さん、そんな事言ってたっけ。
まぁ言いふらすような事でもないし、あの人の性格から考えて、レオルの性格を鑑みて言わなかったんだろうな。
「今の余は、あやつより強くなっているのだろうか」
「……どうだろうな」
強い。
という言葉の真意が、どこにあるのか俺には分からなかった。
単純に戦えば勝つとか、そういう話ではないだろう。
こいつは誰が一番強いのか、誰が一番強くあるべきなのかを分かっている。だから恐らく、今の問いに答えは無い。
「強さとはなんだと思う、ユウト」
「……さぁな。知らんよそんなの。数千年生きてるお前が、たかだか十数年生きてる俺に聞く事じゃないだろ。……ただ、お前も言った通り、修さんは強かった。それは間違いない」
「余はあやつに誇れることをしたのだろうか」
「誇るとか誇らないとか、気にしない人だと思うぞ」
ただ――これは伝えて良いのだろうか。
まぁ、良いか。
駄目なら駄目で、俺もそっちへ行った時に怒られるだろう。
「俺の中ではお前は強いし、そう修さんに伝えたら嬉しそうにしてたよ」
「…………そうか」
ばさ、と翼を広げ、レオルは先へ行ってしまった。
追いかけようと思ったが、何だあの速度。
ジェット機みたいなスピードで消えてしまった。
……俺、ここがどこかも分からないんだけど。
どうしろと。
「ちょっと火急の用があってね。私も力を削ってこうしているんだ。分かってくれ」
白い空間。
白い女。
ちょっと前に会ったばかりじゃねぇか。
魔神。
「斎藤の件か?」
「いや、あれは私とはほぼ関係ない。勝手に嫉妬を持ってかれたけど、君のお陰で私の元へ戻ってきた。礼を言うくらいだ」
「……じゃあなんだ。また俺に新しい力でもくれるのか?」
「そうするのも吝かでないけどね。何故なら君には、今すぐ魔王と戦って貰わねばならないのだから」
「……なんだと?」
魔王は機が熟すまで――傷が癒えるまで動かないはずじゃなかったのか。
こいつはまだしもセレンさんが嘘をついたとは思えない。
「ひどいなぁその言い草。私もセレンも嘘なんてついてない。魔王は動いていない。動いたのは、吸血鬼の王だ」
「……レオルが?」
「そう。君の友人にして、吸血鬼の王。レオル君。あの子が自分から魔王に会いに行っちゃったんだよね」
「なんだと……!」
あいつ。
勝手に行きやがったのか。
魔王がどれだけ危険な存在か教えたはずなのに……!
「君ね、吸血鬼の王を見くびり過ぎだよ。純粋な強さならレオル君に負ける要素は無い。勝てる要素も無いんだけどね。今回はそこが問題なんだ」
「……レオルは魔王より強いのか?」
「それはもう。比べ物にならないくらい。だけど、魔王というあれは君たちのいる内側から破壊出来る存在じゃないんだ。だからこそ君に怠惰の魔眼を授けて君に倒させようと思ってたんだけど、まさか吸血鬼の王が動いてしまうとは。
誤算だよ。大誤算だ。完全に見誤っていた。武智 修。そして緑崎 優斗。君たち二人が、あの吸血鬼の王へこうも影響を与えるなんて思ってもみなかった」
「で、何故それを今俺に知らせる」
「レオル君じゃ魔王を倒せないからだ」
「……さっきも言ってたな。内側がどうの、とか」
そう、内側。
と、魔神が言った。
「あれは厄介だよ実際。あれを倒せるのは君かセレンしかいない。外側から来た存在だからね。同じ外側でも位置が違うけれど、そこはどうでも良い。それに君はぴったりだ。君の持つ日本刀。セレナちゃんの精神が宿っていたその刀。それは魔王を倒すための武器だ。魔王を討つ為に姉さんが創り出した刀だ。間違いない。だからこそ君がやるべきなんだけれど、さっきも言った通り、吸血鬼の王が動いてしまった」
「結論から言え。急ぎなんだろ」
「うん、急いでる。急いでるからこそ回ってるんだ。急がば回れってね。魔王はレオル君じゃ倒せない。魔王はレオル君に勝てない。なら魔王がとる行動は一つしかない。光のハイエルフか、竜王を《暴食》と《強欲》で取り込むんだ」
「竜王……」
「と言っても君の事じゃないけどね。パルメちゃんだ。仮に魔王がパルメちゃんか光のハイエルフを取り込んでしまった場合、誰も手出しができなくなってしまう。存在力が強くなりすぎてしまう。吸血鬼の王に勝てない事を知った――挫折を知った魔王が手のつけようがなくなる前に、君の手でトドメを刺して欲しいんだ」
「手の付けようがなくなる……」
「そう。誰も手出しできなくなる。私を含めて。竜王――パルメちゃんが取り込まれれば君にとって痛いし、光のハイエルフが取り込まれれば私にとっては大打撃だ。駒を失って、暴れ馬が強くなるんだから。だからこうして君にお願いしてるんだよ」
お願いというか。
半ば脅しみたいなもんだろう、これ。
――脅されてなくても、やるしかないが。
レオルの野郎、先走りやがって。
良いさ。やってやる。
そのために、ほんの少しずつだけど強くなっていったんだ。
「今回だけ特別だ。あぁ、私の復活がどんどん遅れてく。これもそれも魔王のせいだ。あれを倒してくれさえすれば、私の目的にも近付く」
「今更倒したくなくなるような事言うなよ」
「君はあれを倒すしかないよ。そうしないと大切なものは全て壊されるからね」
「……その通りだな」
「さて、君を魔王の元へ――レオル君の元へ送ろう。準備は良いかい?」
「ばっちりだ。さっさとしろ」
「じゃあ――頑張ってね」
◆
魔王は。
ボロボロになっていた。
魔神の言っていた通り、レオルが圧倒的に強かったのだろう。
「余は散歩に行こうと思っただけだ」
とか言ってる馬鹿はもう良い。
なるようになっただけだ。
やる事がちょっと早まっただけだ。
「レオル。どうやらあれはお前じゃ倒せないらしい。俺のこの刀でやるのが一番効果的なんだと」
「ほう。では余があれの動きを止め、おぬしが首を刎ねればそれで終わりか」
「多分な。話が早くて助かるぜ」
「攻撃しても攻撃しても死にそうになかったからな。そういう絡繰りなら最初からそうと言ってくれれば、余も散歩になど行かなかったというのに」
「まだ言うか」
この期に及んで散歩て。
散歩してただけでどうやったら地形が変わるような怪獣大戦争が起こるんだよ。
地図書き換える人の気持ちにもなれよ。
「……お前は確か、武智 修と一緒にいた――」
「優斗ってんだ。覚えなくて良いぜ。今からお前は消えるんだからな」
レオルの影が、魔王の体を刺し貫いた。
幾千もの棘のようになって、隙間なく細断なく貫いた。
……これ死んだんじゃねぇの?
「これでもまだ生きておる。おぬしの刀で、トドメを刺せ」
「ああ」
生きてんのか。
いや。
生きてるとか死んでるとか、こいつには元々ないんだな。
魔神の搾りかす。
《強欲》と《暴食》だけでここまで成り上がった、魔王。
お前はお前なりに色々積み重ねてきたんだろうが、その積み重ねは罪に罪を重ねた事にしかならないんだよ。
刀を。
振り上げる。
りぃぃん、と。
刀が音を立てて震えた。
美しい音色だ。
外側から来た魔王。
罪に罪を重ね続けた成れの果て。
魔王に成り上がって、罪を昇華し続けて、ここまで辿り着いたのだろう。
「だけど、それももう終わりだ」
罪は祓われる時が必ずやってくる。
《暴食》と《強欲》。
二つの罪で生きてきたお前には分からないだろうがな。
俺たち人間は、元々七つも持ってんだぜ。
いや、俺は厳密には人間じゃないけど。
でも、吸血鬼だって罪は――感情はある。
レオルはそれをおくびにも出さないが、こいつが動いたのはきっと、感情に従っての事なのだろう。武智 修。俺はあの人がどういう人だったのかちゃんと知らない。
だけど。
短い間だったけど、あの人たちと触れ合って得たものはたくさんある。
七つどころじゃない。
罪なんて目じゃない数をな。
レオルもきっとそうなんだろう。
修さんから何かを得て、何かを感じて、今、ここにいる。
「おれは……魔王だ。魔の王だ。こんなところで消える訳にはいかない」
「いいや、お前はここで消えろ」
「何故だ。おれはただ在るだけなのに。在りたいだけなのに、何故邪魔をする」
刀の振動が収まった。
何を思ってメロネさんがこれを残したのか。
何を思って修さんが圧倒的な魔王に立ち向かっていったのか。
何故セレナは存在しない事になっているのか。
俺が見た少女は――俺とミラが見た少女は、幻だったのだろうか。
違う。
きっとあの少女は、実在したのだろう。
誰も知らない所で。
セレンさんですら知れないような、尊い場所で。
あの三人はきっと、実在していたのだろう。
夢という形で俺は過去に介入した。
介入した結果、何かを変えられたとは思わない。
だけど、俺は知れた。
誰も知らなかったことを。
誰も認識していなかった過去を。
その過程でお前がこっち側に来たのなら、けじめを付けるのは俺でないと駄目だろう。
捻じ曲がった過去と現在。
在ったはずが無かったことに。無かったものが在ることに。
「魔王。多分俺とお前は、違う所で会ってもこうして戦う事になってたと思うぜ」
人間の醜い罪を体現した魔王は。
消滅した。
◆
「改めて聞いてみても、やはり分からんな」
「だろうな。俺も分かってねぇよ」
レオルと俺は、歩いていた。
翼を創って飛ぶことも出来たが、どちらから言い出すという事もなく、二人とも歩いていた。
「……過去と現在、外側と内側。正確に把握できるのなんて、それこそ魔神くらいなんだろうな……」
あいつは全部分かっていた節がある。
いや、それもどうか分からない。
俺の記憶から読み取っただけかもしれないし、本当に見ていたのかもしれない。
だとすれば、あいつは自分の姉が魔王に喰われるのを見て、何か思う所があったのだろうか。
……分からないな。
聞いても答えないだろう。あいつは。
結局一連の騒動が何だったのかなんて誰にも分からない。
分かったのは、吸血鬼の王にも人間らしいところがあるって事くらいだろうか。
「余は散歩に出ただけだがな」
「まだ言い続けるか。別にもう怒っちゃねえよ」
「怒られる理由もない。散歩に――」
「分かった分かった。お前は散歩に行ってたまたまあいつと肩をぶつけたんだろ。分かったよ」
「分かれば良い」
初めてこいつを見た時は、まさかこうして肩を並べて歩く日が来るなんて――肩を並べて戦う日が来るなんて、微塵も思わなかったんだけどな。
やべぇ奴が来たってくらいで。
「……過去の夢とやらでオサムに会ったと言ったな」
「あぁ。夢なのか本当の過去なのかパラレルワールドなのかよく分かんないけど、確かに会ったよ。会って話もたくさんした」
「強かっただろう、あやつは」
「強かったよ。俺なんかより遥かにな」
「……余はあやつに二度負けている」
「……そうだったのか」
知り合いだったのは知ってたが。
修さん、そんな事言ってたっけ。
まぁ言いふらすような事でもないし、あの人の性格から考えて、レオルの性格を鑑みて言わなかったんだろうな。
「今の余は、あやつより強くなっているのだろうか」
「……どうだろうな」
強い。
という言葉の真意が、どこにあるのか俺には分からなかった。
単純に戦えば勝つとか、そういう話ではないだろう。
こいつは誰が一番強いのか、誰が一番強くあるべきなのかを分かっている。だから恐らく、今の問いに答えは無い。
「強さとはなんだと思う、ユウト」
「……さぁな。知らんよそんなの。数千年生きてるお前が、たかだか十数年生きてる俺に聞く事じゃないだろ。……ただ、お前も言った通り、修さんは強かった。それは間違いない」
「余はあやつに誇れることをしたのだろうか」
「誇るとか誇らないとか、気にしない人だと思うぞ」
ただ――これは伝えて良いのだろうか。
まぁ、良いか。
駄目なら駄目で、俺もそっちへ行った時に怒られるだろう。
「俺の中ではお前は強いし、そう修さんに伝えたら嬉しそうにしてたよ」
「…………そうか」
ばさ、と翼を広げ、レオルは先へ行ってしまった。
追いかけようと思ったが、何だあの速度。
ジェット機みたいなスピードで消えてしまった。
……俺、ここがどこかも分からないんだけど。
どうしろと。
コメント