女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第32話 吸血鬼の血

「では、血術けつじゅつの習得のお時間です」


 俺は今、マリアさんと向かい合い座っている。
 よーく見れば話す度に八重歯というには少し鋭い歯が見え隠れするが、それ以外は完全に人間だ。吸血鬼は自分の姿を変えることが出来るし、擬態しようと思えば絶対気付かれないんだろうな。


「お願いします」


 見様によっちゃあ女教師に見えるマリアさんに思わず敬語を使ってしまうと、マリアさんは


「敬語は使わないでください。調子が狂うので」
「……分かった」


 承知いたしましたとでも言おうかと思ったが、この人がどの程度のギャグの通じる人か分からない以上あまりふざけるのも良くないだろう。
 特に今は教わっている立場だしな。


「姉は感覚に頼った戦い方をするので恐らく実戦形式で教わったかと思いますが、わたしはそんな事ないので安心してください」
「……まぁ、マリアさんがラリアとかなり違うタイプの人間だって事はよくわかるよ」


 名前が似ているだけで中身は全然違う。
 あいつ、見た目に精神年齢まで引っ張られてんじゃないか。


「血術は名前の通り血に関するものですが、まずユウト様の思う血とは違うものだという事を理解してください」
「……と言うと?」
「血は血でも《吸血鬼の血》です。体を巡っている液体ではなく、体を覆っている力・・・・・・・・だと意識してください」


 よく分からないな。
 血って赤いあれじゃないのか。
 俺だって怪我した時は普通に血が出るし、色も当然赤だ。治るときに蒸発してしまうが。


「吸血鬼は血そのものが特殊なものになっています。血がそのまま力となります。例えば――」


 す、とマリアさんは右手を差し出してきた。
 ……なに?
 握手?


「わたしの手を思い切り握ってみてください」
「良いのか? 思い切りなんてやったら骨が粉々になるぞ」
「ならないので大丈夫です」
「……まぁ、やれと言うならやるけどさ」


 マリアさんの手を握る。
 ひんやりとしてて気持ち良い。
 肉どうこうとかじゃなく、骨そのものが細いような気がする。


 線が細いって言うのかな。


 マリアさんに言われた通り思い切り……は流石に気が重いのでじんわりと力を強くして行く。


 みしみしと。
 みりみりと。 


 全力の1割も出していないが、恐らくこの時点で普通の握力計だったら砕けているだろう。


 マリアさんは未だ涼しい顔だ。


「この程度じゃありませんよね? わたしの見込みではもう20倍くらいは出ると思ってるのですが」
「……良いのか?」
「大丈夫です」


 そこまで言うなら。
 吸血鬼だから仮に砕けてしまったとしても治るし。


 ごめん――と心の中で言いながら、全力で握った。
 ……が、マリアさんは先ほどまでの表情を崩さなかった。


 右手も、砕けていない。
 どころか、同じ力で握り返してきている。


 嘘だろ。
 吸血鬼は確かに力が強いが、俺が本気で全力で力を解放すればそれを上回るはずだ。それこそ俺の全力を受けて平気だったのなんて吸血鬼の王くらいである。


「す、すみません。あまり長い時間はもたないので、そろそろ緩めてくださると助かります」
「あ、ごめん」


 ふ、と力を緩める。
 のと同時に、マリアさんも力を抜いたようだ。


「どういうカラクリなんだ? マリアさん、もしかしてレオル並の怪力なのか?」
「まさか。あの方は常に今以上の力を出す事が出来ますが、わたしは少ししか――それも体の一部に限っての事です。今のが、血術の力です」


 とにかく血術とやらが凄いというのは伝わったが。
 血のイメージの違いは未だに分からない。


「自分の血の中に、魔力のような力がある事をイメージしてください」
「あ、俺魔力ないんだけど」
「え!?」
「……なんかごめん」
「いえ……極稀に魔力を持たずに生まれる人の子がいる事は知っていましたが、実際に目にするのは初めてだったので……すみません、取り乱しました」


 極稀なのか。
 俺の場合は別の世界から来ているから魔力なんてなくて当たり前だ。
 或いはずっと使ってなかったからめっちゃいっぱいあるみたいなのがありがちな展開か。残念ながら俺は普通に無かった方だが。


「でも魔力が無いのなら、確かにイメージはしにくいですよね……。分かりました。では、わたしの血を吸ってください」
「え、でもそれは」


 吸血鬼同士の吸血は食事でも眷属造りでもなく、殺し合い。
 な、はずだ。


「もちろん殺さないでくださいよ。わたしが血術を使うので、その時の血――エネルギーを吸って直接どんな感じなのか覚えてもらいます」
「なるほど」


 と言いつついまいち分かってないが。
 そんな方法で分かるなのか?


「では、どうぞ」


 と、マリアさんがぐい、と首元を露出した。
 おぉ……なんか雰囲気があれだな。
 いけない事してる気分だ。


 実際、吸血行動って性的な官能も得られる部分あるからな。
 なんか浮気をする気分だ。


「心配しなくともセレン様やミラ様には言いませんよ」
「ししし心配なんてしてねぇし」


 それにセレンさんはともかくミラは別に知られたって構わないだろう。


「では、失礼して」


 かぷ、と首元にかぶりつく。


「んっ……」


 マリアさんが少し呻き声をあげる。
 ……俺を吸血鬼にしたあの女と、セレンさんの血しか吸った事なかったからあまり意識しなかったが血って人によって味わいが変わるものなんだな。


 カニバリズム的な意味合いでなく、なんというか――


「なるほど。分かりました」
「……分かって頂けたのなら、何よりです……」


 血を――エネルギーを吸われてぐったりとしているマリアさん。
 だが、そのお陰で血を血として扱うのでなく、血を力として認識するというイメージが出来た。


 なら……血術ってのはきっと――


「すごい……もう出来かかってますよ。ほとんど完成です」


 体中にエネルギーを行き渡らせるイメージ。
 そしてそれが出来た事によって実感する。


 吸血鬼の王。
 あいつがどれだけやばい奴なのかを。


 俺が血術を完璧に習得してもあいつの防御力までは届かないだろう。
 どちらかと言えば俺の血は攻撃力に寄っている。


 俺の矛があいつの盾を穿つ事が出来るのかは、まだ分からないが。
 俺には聖剣もあるしな。
 色々と絡みに絡み合って条件が常に変動する。


「ありがとう、マリアさん」
「いえ、これも王の為となる事ですから。わたしの仕事の範囲内です」


 そういえば、あいつは俺たちの――こっち側の味方になったんだ。
 俺があいつを倒せるかどうかは関係ないのか。


 強いて言えば、吸血鬼の王と同じくらい強いであろう竜王に認められるくらい強くなっているのかどうかだが……竜王も吸血鬼の王――レオルくらいチョロければ良いんだけどなぁ。


 あいつはあんな感じの性格だからほだす……というかなあなあで済ます事が出来たが、竜王がどうかというのは会ってみるまで分からない。


 ……いや。
 どういう性格なのかはセレンさんに聞けばわかるのか。


 竜王の性格を知っているであろうセレンさんが会いに行こうとしているという事は、レオル程でなくともちょろい可能性は高い。


 というかちょろくあって欲しい。


 出来れば殴ったり殴られたりは無しの方向で行きたいものだが。
 そういえば、マリアさんがいる理由は竜王からの指定があったからなんだよな。


 四人で来い、と言う。
 四人という縛りを課す事に何の意味があるかはまだ分からないが、どうせ面倒臭いことなんだろうなぁ。四人……四人ねぇ。


 四天王とかそんな感じのワードが浮かんだが、まさかその通りという事はあるまい。
 なんで四人なのかも教えてくれなかったと言っていたし、なんかサプライズみたいなのがあるのだろうか。
 良い方向のサプライズだと良いなぁ。

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