女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第28話 ロックオン

「ラリア=スカーレットはわたしの姉です。ほら、髪の色も同じでしょう」


 ショートポニーテール風に纏めてある髪を触りながら、王の秘書――マリア=スカーレットは言う。確かに言われてみればラリアも黒髪だったな。あっちはおかっぱだったけど。
 名前も似てる。ラリアとマリアか。


 ただ、あっちがロリなのにこっちはなんでスレンダーお姉さんなんだ。


「わたしと姉では吸血鬼になった時期が違いますので。吸血鬼になると、なった時点で成長はほとんど止まってしまうんです」


 はぁん。
 姉妹で吸血鬼になったタイミングが違う……というのがどういう状況でそうなるか知らないが、吸血鬼になると成長が止まるのか。


 てことは俺の身長ももう伸びないのか?
 嘘だろ……
 185㎝が俺の生涯の目標だったのに。


 嘘だけど。


「というか、こっちに来ちゃって大丈夫なのか? あいつ……王サマ一人にして良かったのか?」
「わたし以外にも秘書はいますので。同僚にはわたしがいない間の事は既に頼んであります」


 おお。さっすがー。
 できる風の女じゃなくてできる女か。
 こういう人に限って何か致命的な隙があるんだよな。


 というかあって欲しい。
 必要な要素だよね。


「もしかしたら戦闘になったりするかもだけどその辺りは大丈夫?」
「問題ありません」


 問題ないと言うのなら問題ないのだろう。


 と、いう訳で。


 俺たちはこの四人で竜王のいるという、竜の海へと向かう事となった。













 《竜の海》へと向かうには、幾つかの壁がある。
 壁と言っても物質的なそれでなく、行く手を阻む壁とかそんな感じの意味の壁だが。


 竜の海の周りをぐるりと取り囲むように、障害があるのだ。
 吸血鬼やエルフ族、それに人間からの進攻を防ぐ為だと言うが、その内容を聞けば過剰にも程があるだろうというものだった。


 壁は全部で三つ。


 一つは死の森と呼ばれる樹林帯だ。


 もう如何にも、といった感じだが、端的に言えば中堅以上の冒険者が数人がかりで倒さないといけないような魔物が群れを成しているのが死の森だとの事。


 通り抜ける直前にヌシと呼ばれる巨大なゴーレムがいるらしいが、そこまで辿り着いた者はほとんどいないのだとか。


 二つ目。


 死の海。


 竜の海と被ってんじゃんとか死の森と被ってんじゃんとかいうツッコミは抜きで、話の内容だけ聞いてみればやはり恐ろしいものだった。


 海には戦艦を丸呑みにするような鯨や、肉と見れば食らいついてくるやたらと素早い鮫がいるとの事だ。船を持っていっても呑まれ、泳ごうとするものなら鮫に肉片にされる。


 これも最後にヌシがいるらしい。
 海竜と呼ばれる竜らしいが、これがまたアホみたいに強い。らしい。


 なにせその海そのものがその竜なのだから。
 何を言っているか分からないと思うが、俺も分かってない。


 多分分かってるのは実物を空から見たことのあるセレンさんくらいだろう。


 三つ目。


 死の山。


 死とつくのはもはや定番と化しているが、これもやはり死と冠するだけに相応しいえぐさを持っている。
 高さは30000メートル。さんまんめーとる。


 三万って。
 それって宇宙まで行っちゃったりしないの?
 この世界だとまた違うのかな。


 というかそんだけでかければどこからでも見えるだろうと思えば、竜の海がある場所がここの真反対――すなわち、俺たちから見て星の裏側にあるのだそう。


 高いだけならまだしも、やっぱりそこにも凶悪な魔物が大量にいる。
 その上足場は不安定で、上に行けば行くほど酸素も希薄なものとなる。


 もはや普通の人間では踏破できないレベルだ。


 それら三つの壁を乗り越えて、ようやく竜の海へと辿り着く。


 竜の海は島らしい。
 なら竜の島と言えよと思ったが、それは竜王本人に言えば良い事だ。


 まず地球(と言うか分からないが便宜的にそう呼ぶ)の裏側まで行かないとならない。


「竜車で走っても三ヵ月は最低でもかかりますね」


 との事だった。
 三ヵ月……
 途中で町やら村やら経由して食料等を調達しないといけない事も考えれば、軽く半年くらいはかかりそうだ。


 まぁ今まで特にこれと言った目標もなく移動しながら金稼ぎしてきた事を考えれば、目的地がはっきりしているだけ楽かもしれない。


 多分移動中にもちょこちょこ冒険者ギルドで依頼は受けるから、目標の30億にも届くしな。
 エルランスから貰った10億がやっぱ大きい。今更返せと言っても返さないからな。


 さておき。


 三ヵ月もかかると分かったのなら、ぐずぐずしている余裕もない。
 元々移動は続けてたのだから特別な用意も必要なく、その日の内に出発した。


「マリアさんはどれくらい血吸わなくて平気?」
「わたしは二週間くらいが限界ですが、ストックは半年分以上ありますので心配はいりません」


 そういえばこの人は生き物を影に入れられるのか。血も劣化させずに保存できるのだろう。たぶん。それにしても血のストックってぞっとしないものがあるな。
 ちなみに。


 誰かに言われた訳ではないが、吸血鬼同士の吸血は食事の意味を持たない。
 という事を直観的に理解している。


 吸血鬼が吸血鬼を吸う時は、そいつを消したい時くらいだ。
 喉の渇きくらいなら誤魔化せるかもだけど。




 全然前後の脈絡はないが、最近セレンさんとの絡みが薄い気がする。
 ラリアに一ヵ月精神的に拉致されたり、エルランスに付き合って竜人狩りをしたり、ミラと二人で依頼にでかけて吸血鬼の王に遭遇されたりで忙しかったからな。


 竜車の窓から景色を眺めているセレンさんは見ているだけでも見惚れてしまいそうな程美しいが、手の届く距離にいるというのに何も絡まないというのも悲しい。


 よーし。


「ていっ」


 ぽか、と俺の頭に軽い衝撃が加わった。


「ぐはっ」


 痛くはないけど言ってみたりして。


「何すんだ」


 手刀を構えたミラが、いつもの無表情で俺を見ていた。


「邪まな気配を感じた」
「…………」


 否定は出来ない。
 だが断じてそれはお前に向けたものじゃない。
 セレンさんと絡ませろ。


 絡みに絡ませろ。
 べろんべろんに。


「ボクが今止めてなかったらユウトはきっと牢屋行きだった」
「俺嫌われ過ぎじゃねぇ?」


 セレンさんの肩をがっと掴んでびっくりさせようと思ってただけなんだが。
 既にセレンさんは俺とミラの騒ぎに気付いてあらあらうふふな感じで微笑ましそうに見てるし。正妻の余裕と言うやつだろうか……


 流石はメインヒロインだ。
 俺の嫁。


「マリアもドン引きしてる」
「してるのか?」
「いえ別に。普段もっとひどいのを見てるので」


 ……あいつ普段どんななんだ。
 想像しなくても大体想像つくが。
 あいつの基本属性は吸血鬼の王でなく『アホ』だ。


「マリアさんの許可も貰った。邪魔者はあとお前だけだ」
「裏切られた……」
「お前さえ物理的に黙らせれば俺の勝ちは目前だ」
「命の危機を感じる……」
「命までは取らないさ。取っても貞操までだ」
「命の危機を感じるべきはお前だ」


 ずびし、と。
 目を突いてこようとするミラ。


 勿論本気ではないので難なく躱す。
 動きに躊躇はなかったが。


 ……本気じゃないよな?


「ちっ」
「お前自分が無表情キャラだって事最近忘れてないか?」


 俺の中で勝手に付けたキャラ設定だが。
 でも実際こいつが笑ったりしてるとこ見たことないんだよな。
 雰囲気で落ち込んでるとか楽しそうとかは分かるけど。


 ちなみに今は楽しそうな方に入る。


「ボクみたいに無表情な奴ほど心のうちで何考えてるか分からないものだよ」
「それはそうだが……」


 お前は割と分かりやすい部類だと思うぞ。
 無表情は無表情でも雰囲気が雄弁に語り過ぎだ。


「今も虎視眈々とユウトの首を狙っている」
「俺、首落とされても死ぬか分からないぞ」


 どっちを本体として復活するのかはちょっと興味あるが。
 体から頭が生えるのか、頭に体が生えるのか。


「どうやったらユウトに好かれるか考えてる」
「え」
「え」
「冗談」


 もう一人の「え」はセレンさんだった。
 こいつ、とんでもない爆弾を放ちやがった。


 マリアさんもくすくす笑ってるし。
 ミラと同じような無表情属性かと思ってたら意外と表情豊かなんすね。

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