女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第20話 ロリババア

「ラリア=スカーレットじゃ。ラリアと呼んで良いぞ」


 山の奥の森の奥の小さな小屋に、その人はいた。
 黒を基調とした洋風のドレス(らしきもの)を身に纏い、高々と宣言したその身長は俺より――どころかミラより低い。黒いおかっぱの髪もどこか幼さを強調しているような気もする。
 小学生と見紛う程である。
 見た目もそんな感じ。


 こんなのなんて言うんだっけ。


 そうそう、ロリババ――


「誰がババアじゃ。消すぞ」


 ぴし、と人差し指で指される。
 ただ指で俺を指しただけだ。
 それだけなのに、動いてはいけないと直感する。


「良い勘をしておるわい。においからして、まだ成りたてじゃと言うのにな。……して、おぬしらはなんじゃ。何をしにここに来た?」


 出会って五秒で命の危険を感じたが、どうやら本題に入れるようだった。
 というか俺が悪いんだけどね。初対面の女性に向けてババアはないぜ、流石に。















「魔神とやらがロードの奴を丸めこんで、おぬしらに牙を剥いておると。そしてそこの小僧が吸血鬼になってしまったので、そのスキルの扱い方を教えて欲しい、と。そういう訳じゃな?」


 事情を全て把握しているセレンさんに説明を任せていた結果、吸血鬼――ラリアはすぐに状況を飲み込んだ。年の功ってところか。流石に理解が早い。
 いや本当は何年生きてるかとか知らないけどさ。
 口調と雰囲気だけで判断してるけど……少なくとも俺よりは年上だ。絶対。


「はい。どうかお力添えを願えませんでしょうか?」
「断る。が、そこの小僧に吸血鬼のスキルを教えるのは吝かでない。むしろ、覚えておかねばこれから戦っていけぬじゃろうからの。借りてくぞ。なに、数分もあれば一人前に育ててやるわい」


 そう言ってがしっと俺の後ろ首を掴んで、いつの間にか見知らぬ場所にいた。
 ……え?
 なにこの急展開。
 付いていけないんだけど。
 ここどこ?


「ここは儂の作った外界との接触を魔的な意味で断ってある特別な空間じゃ。見た目は普通の広場じゃがな」


 ……確かに言われた通り、広場にしか見えないが。
 さっき数分もあればって言ってたけど、そんなにすぐに出来るようになるものなのか?


「無理に決まっておろう。この世界は外と少しばかり時間の流れが違っての。こちらでの一月はあちらでのほんの数分じゃ」
「そんな強力な魔法が……」
「外法じゃがの。おまけに儂とて生涯に一度しかこの魔法は使えん。そういう理になっておる。制限時間もあるしの」


 見た目は小学生。
 しかし、言葉遣いやその雰囲気から老いた戦士のような印象を受けるラリア。そんな人物が何故、


「なんで俺なんかにそんな重要な魔法を?」
「なんでってそりゃあ。おぬしが人間と吸血鬼の橋渡し役になるかもしれぬと、見た瞬間に思ったからの。儂は直感に従って生きておる。この500年、その直感が外れたことなど一度もないわ」


 よく分からん。
 500年も生きている奴の思考なんて分からなくて当たり前かもしれんが……


「今日から一月。この中での一月、あちらでの数分間、儂が直々に修行をつけてやる。剣技から吸血鬼としてのスキルから何から何までな。それでマスターしきれんかったら、ロードの爺に殺されるだけじゃ」
「王ってのは男なんですね」
「そりゃあの。おぬしの周りには女子しかおらんからがっかりしたかもしれんが」


 なんだそりゃ。
 がっかりと言うよりは、


「男なら遠慮なくぶっ飛ばせますからね。そっちの方がありがたいです」
「ふん。今のおぬしを見ておる限り、王の奴を倒すのは何千年先になる事やら……と言った感じだが、それを何百年か頑張れば、までには引き上げてやろう。まずは今のおぬしの純粋な強さを見たい。ほれ、かかってこい」
「俺、多分あなたが思っている以上に強いですよ」
「たかが知れとるわ」


 聖剣を抜き、前にダッシュする。
 一歩目から亜音速。それが比喩でないほどの急加速。
 を、ラリアは右手一本で食い止めた。


 力ずくで。


「今のを力ずくで止められたと思っておるうちは半人前どころの話じゃあないの」


 ラリアの影から。
 槍のようなものが出てきた。
 影で出来たものか――。


 聖剣で咄嗟に防ごうとすると、足元に激痛が。


 ラリアの影が、俺にかかっている。
 足が串刺しにされていた。


 それも、返し刃がついてて滅茶苦茶痛い。


 治ろうが治ろまいが痛いものは痛いのだ。
 あー……いてぇ。


「ほれほれ、これで終わりじゃないじゃろう?」


 右手の掌底を、鳩尾に喰らう。


「ぐ、ふ……!」


 その手をなんとか掴んでへし折――ぶん、と投げられた。


「判断が遅い。行動が遅い。全てに無駄がある」


 どごん、と音がしそうなくらいの勢いで地面に叩きつけられる。
 肺の中の空気が全て抜けて、苦しい。
 その上にラリアは足を乗せた。


「まだまだじゃの。聖剣の力もありでこの程度じゃ、今まで生きてこれたのが不思議なくらいじゃ」


 ばきばきばき、と肋骨がへし折られる。
 その中にある心臓も、踏みつぶされる。


「ぐ……が……ッ」
「今じゃ。影で反撃せぇ」


 なんて言われたって!
 出来ねぇもんは出来ねぇんだよ!!


 ぶわ、と。
 ぶわわ、と影が逆立った。
 一つ一つが棘のように、剣のように。
 鋭利な刃物として、この世に現れた。


「ふむ。なかなかやるでないか」


 それは全てラリアが躱した結果に落ち着いたが。
 ……やれば出来るもんなんだな、影動かすのも。


「きっかけさえ掴めてしまえばすぐなものよ。あとおぬしに教えるのは状態変化――霧になったり影になったりする事や、物を影に入れられるようにする事くらいかの」


 そこから先は、


「全て実践形式じゃ。おぬしにはあまりに戦闘経験が少ない。いずれその足元を掬われるぞ」


 と言う訳で、唐突に始まった俺の特訓イベント。
 これでパワーアップ出来るのなら言う事はないが……


「ここからは実戦の中で色々掴んでいくしかないの。影を使用しての戦闘が板に付けば、聖剣を常に最も近いところ――影に潜ませておけるようになる」
「なるほど」


 確かにそうすれば、最初にあの吸血鬼の女に襲撃された時みたいな醜態は晒さなくて良いわけだ。


「さぁ休んでおる暇はないぞ。儂ら吸血鬼に休息なぞほとんどいらん。休みなしでガンガン行くぞ。この一月で10年間分の修行を済ませるつもりでやれ」


 さっきまでセレンさんやミラと乳繰り合ってたのに……
 何が悲しくてこのロリババアの相手をしなくちゃいけないのか。


 はぁ。
 すると、ラリアはサディスティックな笑みを浮かべながら、


「貴様の考えている事なぞ考えずとも分かるぞ。覚悟しろガキ。死なない程度に――もしかしたら間違えて死んじゃう程度に痛めつけてやるわ」


 どうやら俺に安息の地はないらしい。















 
 ――。
 気が付けば、セレンさんとミラが心配そうに顔を覗き込んでいた。


「……俺が気を失ってどれくらい経ちました?」
「ほんの数分の間でしたけど……大丈夫ですか? 何しろ突然の事だったので……」


「ほれ見ろ。言ったじゃろう」


 セレンさんの声に割り込んできたのは、この一ヵ月間・・・・・・飽きる程聞いた声。ドSロリババアことラリアだった。
 あいつはこの一ヵ月間……つまりはこの数分間の間、気を失っていなかったのだろうか。そういえば中で言ってた気もするな。代替用の人形があるとか何とか。
 便利な能力を持った女だ。


「セレンさん、ミラ、行こう。ここからすぐに離れないと」
「え、ですが――」
「早く離れないとロードが来るんです。そうなったらここにある戦力だけじゃ敵わない」


 吸血鬼の王ヴァンパイアロード
 全ての吸血鬼の始祖にして最強の吸血鬼。
 最強で、最悪だ。
 完全なる人間の敵と言って良い。


「ラリアさんは」
「あの婆さんは大丈夫ですから。見た目はあんなんでも、そこらの吸血鬼とか格が違います。あれだけ違えば生物としての根底から違ってそうですけど。とにかく、俺たちがここにいるとまずい。婆さ――ラリアさんの結界をすり抜けて、王に気付かれる」


 婆さんと言おうとした瞬間にラリアに睨まれた。
 比喩でなく視線だけで人を殺せる奴に睨まれるなんて堪ったもんじゃない。


「よく分からないけど分かった。とにかく離れよう、セレン」
「……分かりました。けど、ちゃんと説明はしてくださいね」
「勿論ですとも」


 そうしてバタバタと、俺たちはこの小さな小屋を出ていったのだった。
 去り際に、


「気を付けろよユウト。敵は吸血鬼だけでない」


 と、ラリアが呟いたのが辛うじて聞こえた。
 そんな事分かってるよ。分かってますよ、師匠。















「で、どういう事なんですか?」


 再び竜車に乗り込み(専用のを購入した。今まではタクシーだが、今は自家用車だ。ちなみに御者はいらないらしい。理屈は知らない)、ラリアのいた小屋から離れて行く。
 あそこにいたのは現実の時間にしてほんの数分だと思うと、とんだとんぼ返りもあったもんだ。


 セレンさんの疑問ももっともである。


「実は俺、あそこで一ヵ月くらい過ごしてるんです。精神世界で、ですけど。一番最初に俺とセレンさんが会ったところみたいな」


 それを聞いたミラが、


「それボクは知らないんだけど」
「言葉の通りだよ。現実じゃなくて精神の中で一ヵ月経ったんだ」
「ふぅん。よくわかんないや。続けて良いよ」


 じゃあ聞くなよ。


「この世界の者がそんな事出来るんですか……!?」
「ラリア……彼女は一生に一度きりの超必って言ってましたけど。出来たみたいですね」
「なるほど……流石は吸血鬼の王ヴァンパイアロードの最初の眷属、出来る事も桁違いなんですね」
「え? そうなんですか?」
「知らなかったんですか?」


 そんな意外そうに言われても。
 あのロリババア、そんな事一言も言ってなかったぞ。
 吸血鬼の王に鉢合わせするような事があったら戦おうとせずにすぐ逃げろとは何度も言われたが。見た目の特徴なんかも聞いてないな。見ればわかるとか言われて。


 王の最初の眷属だったのか。
 だからあんなに強いのだろうか。
 いや、多分普通に努力してあの強さなんだろうな。


「ともかく、その一か月間の間に、今やってる修行が終わったらすぐに出ていけと言われたんですよ」
「その理由は?」


 ミラが良いタイミングで合いの手を入れてくれたので、続けて喋る。


「ラリアは吸血鬼の王ヴァンパイアロードと全面的に対立をしています。見つかると追手が来たりして面倒なので結界を張っていると言っていました。王に属する者のみを排除する結界を。でも、そんな中に王に属してこそいないものの、吸血鬼・・・が入ってきてしまった。長い間あそこにいれば王は俺たちの存在に気付き、即座に動いていたでしょう」


 今はまだ。
 王と対峙するには早い。早すぎると言われた。
 ラリアは圧倒的な強さだったが、王はその上を行くと言う。彼女が敵わないのなら俺が敵う道理もない。とは言え、彼女と俺の強さのベクトルは違う方向に向いているらしいが。
 王の眷属でも、俺の回復能力には驚いていた。
 吸血鬼の中でも最上位――もしかしたら王そのものを超えてすらいるかもしれない、と。


 勝機があるとすれば俺の吸血鬼じゃない部分・・・・・・
 そこの修行はラリアにつけて貰ってないから、今のまんまじゃ到底無理だという事だろう。


 いずれは王とも決着をつけねばならないのだろうが。
 まだその時じゃない。


「なるほど……だから旅の同行も断ったのですね。長い期間目を欺き続ける程の結界を張るのはそう容易な事ではないですから」
「そういう事ですね」


 実際のところどうかは分からないけど。
 ただ面倒だから、な気もしないでもない。
 本人に確認してみないと分からないが。


「それにしたって、ボクらは完全に骨折り損だね。ユウトは勝手にパワーアップしたのかもしれないけど、こっちは数分起きないユウトを前に慌てふためくセレンくらいしか見れてない」


 それはそれで見てみたいものだが……
 ロリババアと過ごした一ヵ月よりも価値のある映像だろう、それ。
 過ごしたっつっても二人とも吸血鬼だし精神世界だしで、寝たり風呂入ったりがないからサービスシーン皆無なんだよな。
 血で血を洗うような毎日だった。比喩でなく。


「慌てふためくセレンさんの映像は後でまたどうにかするとして、俺だけでなく俺たち・・・にも利益がなかった訳じゃない」


 そうして俺は、ポケットに入れてあった豆をセレンさんとミラに見せるように掌に転がる。


「これをぷちっと潰すとラリアを呼べるらしい。一回限りだそうだが。使いどころを考えて使え、だとさ」
「へぇ。今潰したりするとどうなるのかな」
「ブチ切れて皆殺しにされるというルートもあり得なくもない。やめてくれ」


 まじでやりかねん、あの女なら。
 実際できるだけの力を持っている。唯一対抗できそうなのはセレンさんだが、魔法ってその特性上、発動が遅いのがネックなんだよな。
 吸血鬼のスキルはほとんど全部ノータイムで発動出来てしまうから、超接近戦だとほぼ最強だ。


 俺も吸血鬼が相手だと不死身があんまり意味なかったりするし。
 血を吸われたら回復遅くなるからなぁ。全部吸われたら多分普通に死ぬんだろう。


 あぁ。全然関係ない話だが、


「セレンさん。今ってどこに向かってるんです?」
「新しい拠点です。あのヒュドラ討伐の報酬の払いが滞るくらいなので、他の街へ移ってまた環境をリセットしようかと」


 そういえばそうだったな。
 あのドラゴン――結局ヒュドラと名付けた――の討伐報酬は、5億ゴールドという超大金になった。流石に一括で払えないので何度かに分けて銀行口座みたいなものに振り込まれることになったが、その支払いが続いている間に更にあの街から搾り取るなんて事は流石にやれない。


 次の街はどんなところかな。

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