女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜
第16話 迫るもの
ミラは、近づいてくる人間の気配を感じていた。
いつもと変わらぬ無表情。だが、その内心は今までになく焦っている。
セレンは、あの大規模な――大規模すぎる魔法を放った後、意識が朦朧としている。魔力が枯渇した者に現れる症状だ。
今は自分が肩を貸してなんとか立ってはいるが、この分ではセレンはどこかに隠れて貰った方が良さそうだ、とミラは判断した。
「セレン。隠れてて」
「……で、ですが……」
「良いから」
ミラはセレンを連れ、近くに茂みに隠れた。
そこに力なく渋る彼女を置いて、再び元の場所に仁王立ちする。
武器を構えて。
近づいてくる人間の気配は、ユウトのものではなかった。
高速で移動しているその気配は、知っている者のものではなかったが、知っているモノだった。悪意。殺意。死の気配。
それが近づいてきていた。
それを、人間が持ってこちらに向かってきていた。
気付いたのは、セレンが魔法を放った直後の事だった。
わざとこちらに分かるように気配を放っている事に気付いたのは、セレンを隠そうと決断する直前だった。
粘つくような威圧感が、近づいてきて。
そこだけでも、あの男――ユウトとは違う、と改めて思う。
確かにユウトは時々……戦闘時も、そうでない時も、超常的な、人を超えた何かを見せる時があった。それが力そのものにしろ、その考え方――人間性にしろ。
だが、こんなにも研ぎ澄まされていて、それでいてねめつけるような殺意は出さなかった。
荒々しく粗削りで、隙だらけで、必死な男だった。
そして。
いつの間にか、そいつはいた。
ミラの目の前に立っていた。
◆
居る、と認識した瞬間にミラは動いていた。
意識を外したつもりはない。常に警戒していた。しかし、その警戒を潜り抜けてそいつは――その男はそこに立っていた。
狙うは心臓。
確実に殺すつもりで、持っていたナイフで突いた。
「素晴らしい判断だ。でも動きが遅い。君がナイフで突いている間にオレは5回は顔面を殴れた」
ナイフは、受け止められていた。
その男の左手の、人差し指と中指で挟むように。
言葉の通り――否。殴られなかったが、目の前には男の右の拳が。鼻先まで突き出されていた。
駄目だ。敵わない。
普段のミラであれば、こう判断した次の瞬間には逃亡する準備が整っていた。逃げ足の速さは誰よりも自信がある。
逃げ足、と聞くと否定的な言葉に聞こえてしまうが、これは戦闘に置いて重要な要素である。
敵と距離を置き、作戦を練り直す。
或いは二度と出会う事がないように気をつける。
この場合、ミラがとるべきだった措置はこの場から逃げ、二度とこの男と遭わないようにする事だった。だが、彼女はそうしなかった。
その代わりに、男に問う。
「ユウトの関係者?」
「いや、ターゲットだ。後ろの女神も含めてね」
ターゲット。
目的。
――女神。
女神……?
そう言えば、とミラは思い返す。
ユウトという少年と、セレンという少女について、ミラはほとんど何も知らない。
二人とも遠い地の生まれで、訳あって旅をしているとしか。その訳が何やらかなり込み入ったものである事は承知しているが、それも差し迫ったものではないようだし、ギリギリまでミラは彼らに同行するつもりでいた。
時折出る、聞きなれない単語はその『訳』に関する事なのだろうと聞き流していた。
その中に、『女神』という言葉もあった。
これに関してはユウトが――セレンを好いているあの少年が、比喩か何かで出している言葉だと思っていた。
だがそうではないらしい。
事が済んで自分もセレンも、そしてユウトも生きていたら。
一度詳しく話を聞いてみよう。
――生きていたら。
ミラは、その男と距離をとった。
男は追撃せず、こちらを見据えている。臨戦態勢ではなく、ただこちらを観察するように。次はどうするのだろうという、好奇心さえ感じるような視線だった。
男は――ユウトと同じ、黒髪で黒目だった。
顔立ちもどこか似ている。
この男とユウトは同じ地の生まれなのかもしれない。
雰囲気は致命的に違うが。
この男は危険だ。
そして、思い出す。
「あなたが『サトウ』?」
「サトウ? あぁ、斎藤を聞き間違えたのか。正しくはサイトウだ。誰から聞いたのかは知らないが、知ってしまってるんなら生かしておく意味もなくなった。悪いが死んでもらうぞ」
サトウ――もといサイトウが、明確な殺意を放った。
死ぬ。
ここでボクは死ぬ。
そう、心の中で呟いた。
不思議と恐怖は無かった。
本来、自分はもう死んでいるようなものなのだから。
奴隷になった時点で、死んでいたようなものだから。
あの時、彼に助けて貰わなければ、奴隷商を殺せたとしてもすぐに捕えられ、死罪になっていただろう。殺せなかったとしても物好きな金持ちに買われ、飼い殺されていただろう。
彼らに救ってもらった命。
ここで散らす事を惜しく思うほど、ミラは冷徹な人間ではなかった。
そして。
それを看過する程、緑崎 優斗は出来た人間ではなかった。
「てめぇ――俺の大切な仲間に何してやがる!!」
聞きなれた声。
中々聞かない怒声。
聖剣を携えた元人間、誰よりも人間らしい吸血鬼になった少年が、怒りと共にやってきた。
いつもと変わらぬ無表情。だが、その内心は今までになく焦っている。
セレンは、あの大規模な――大規模すぎる魔法を放った後、意識が朦朧としている。魔力が枯渇した者に現れる症状だ。
今は自分が肩を貸してなんとか立ってはいるが、この分ではセレンはどこかに隠れて貰った方が良さそうだ、とミラは判断した。
「セレン。隠れてて」
「……で、ですが……」
「良いから」
ミラはセレンを連れ、近くに茂みに隠れた。
そこに力なく渋る彼女を置いて、再び元の場所に仁王立ちする。
武器を構えて。
近づいてくる人間の気配は、ユウトのものではなかった。
高速で移動しているその気配は、知っている者のものではなかったが、知っているモノだった。悪意。殺意。死の気配。
それが近づいてきていた。
それを、人間が持ってこちらに向かってきていた。
気付いたのは、セレンが魔法を放った直後の事だった。
わざとこちらに分かるように気配を放っている事に気付いたのは、セレンを隠そうと決断する直前だった。
粘つくような威圧感が、近づいてきて。
そこだけでも、あの男――ユウトとは違う、と改めて思う。
確かにユウトは時々……戦闘時も、そうでない時も、超常的な、人を超えた何かを見せる時があった。それが力そのものにしろ、その考え方――人間性にしろ。
だが、こんなにも研ぎ澄まされていて、それでいてねめつけるような殺意は出さなかった。
荒々しく粗削りで、隙だらけで、必死な男だった。
そして。
いつの間にか、そいつはいた。
ミラの目の前に立っていた。
◆
居る、と認識した瞬間にミラは動いていた。
意識を外したつもりはない。常に警戒していた。しかし、その警戒を潜り抜けてそいつは――その男はそこに立っていた。
狙うは心臓。
確実に殺すつもりで、持っていたナイフで突いた。
「素晴らしい判断だ。でも動きが遅い。君がナイフで突いている間にオレは5回は顔面を殴れた」
ナイフは、受け止められていた。
その男の左手の、人差し指と中指で挟むように。
言葉の通り――否。殴られなかったが、目の前には男の右の拳が。鼻先まで突き出されていた。
駄目だ。敵わない。
普段のミラであれば、こう判断した次の瞬間には逃亡する準備が整っていた。逃げ足の速さは誰よりも自信がある。
逃げ足、と聞くと否定的な言葉に聞こえてしまうが、これは戦闘に置いて重要な要素である。
敵と距離を置き、作戦を練り直す。
或いは二度と出会う事がないように気をつける。
この場合、ミラがとるべきだった措置はこの場から逃げ、二度とこの男と遭わないようにする事だった。だが、彼女はそうしなかった。
その代わりに、男に問う。
「ユウトの関係者?」
「いや、ターゲットだ。後ろの女神も含めてね」
ターゲット。
目的。
――女神。
女神……?
そう言えば、とミラは思い返す。
ユウトという少年と、セレンという少女について、ミラはほとんど何も知らない。
二人とも遠い地の生まれで、訳あって旅をしているとしか。その訳が何やらかなり込み入ったものである事は承知しているが、それも差し迫ったものではないようだし、ギリギリまでミラは彼らに同行するつもりでいた。
時折出る、聞きなれない単語はその『訳』に関する事なのだろうと聞き流していた。
その中に、『女神』という言葉もあった。
これに関してはユウトが――セレンを好いているあの少年が、比喩か何かで出している言葉だと思っていた。
だがそうではないらしい。
事が済んで自分もセレンも、そしてユウトも生きていたら。
一度詳しく話を聞いてみよう。
――生きていたら。
ミラは、その男と距離をとった。
男は追撃せず、こちらを見据えている。臨戦態勢ではなく、ただこちらを観察するように。次はどうするのだろうという、好奇心さえ感じるような視線だった。
男は――ユウトと同じ、黒髪で黒目だった。
顔立ちもどこか似ている。
この男とユウトは同じ地の生まれなのかもしれない。
雰囲気は致命的に違うが。
この男は危険だ。
そして、思い出す。
「あなたが『サトウ』?」
「サトウ? あぁ、斎藤を聞き間違えたのか。正しくはサイトウだ。誰から聞いたのかは知らないが、知ってしまってるんなら生かしておく意味もなくなった。悪いが死んでもらうぞ」
サトウ――もといサイトウが、明確な殺意を放った。
死ぬ。
ここでボクは死ぬ。
そう、心の中で呟いた。
不思議と恐怖は無かった。
本来、自分はもう死んでいるようなものなのだから。
奴隷になった時点で、死んでいたようなものだから。
あの時、彼に助けて貰わなければ、奴隷商を殺せたとしてもすぐに捕えられ、死罪になっていただろう。殺せなかったとしても物好きな金持ちに買われ、飼い殺されていただろう。
彼らに救ってもらった命。
ここで散らす事を惜しく思うほど、ミラは冷徹な人間ではなかった。
そして。
それを看過する程、緑崎 優斗は出来た人間ではなかった。
「てめぇ――俺の大切な仲間に何してやがる!!」
聞きなれた声。
中々聞かない怒声。
聖剣を携えた元人間、誰よりも人間らしい吸血鬼になった少年が、怒りと共にやってきた。
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