女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜

子供の子

第9話 ご主人様

「カストロは然るべき機関に身柄を受け渡しました。罪状から考えて極刑は免れないでしょう。あの村の生き残りの方々と、ミラちゃんの提案です。村の方はなんとか再生するためにこれから頑張ると言っていました。それから――」


 ぼう、としていた。


 俺はあの後、三日間意識を失っていたらしい。
 文字通りの死闘の後だ。泥のように――それこそ死んだように眠っていたらしい。目が覚めた時、真っ先に目に入ったのはセレンさんの綺麗なブロンドの髪だった。その少し下には当然、整い過ぎていると言って過言でない程端正な容姿が。
 付きっ切りで看病してくれたのだとミラは言っていた。
 あいつ自身もちょこちょこ交替して俺の事を看ていた、とはセレンさんから聞いたことだが。


 俺の代わりにセレンさんが泣いてくれたお陰で、俺はなんとか崩れずに済んでいるのだと思う。頭に血が上っていたと言うと言い訳染みているが、実際その通りだった。過剰な反応だった。


「優斗さん、聞いてます?」
「え、あぁ聞いてます聞いてます。結婚式の日程ですよね」
「――もう、やっぱり聞いてなかったんですね。もう良いです」


 つん、と可愛らしく拗ねる動作を見せると、セレンさんはにっこり笑って、


「そろそろお昼ですし、ご飯持ってきますね。話の続きは食べながらでもしましょう」
「すみませんわざわざ。もう結構普通に動けると思いますよ、俺」
「明日までは安静にしててください。心配しなくても、嫌でも明日からは働かないと、なんですから」
「やっぱり体全然動きません。今にも死にそうです」
「はいはい。それだけ元気があれば大丈夫ですね」


 立ち上がって、念を押すように顔をずいっと近づけられて実際に念を押される。


「立ち上がってラジオ体操とかしないでくださいよ。日本だと何を思ってかたまにやってましたけど――」
「そんなところまで見られてたんですか、俺。ちょっと過去に行って自分を矯正してきます」
「だからじっとしててくださいって」


 笑って、セレンさんは部屋を出ていった。
 最後にもう一度「本当にじっとしててくださいよ」と念に念を重ねて。ここまで言われてラジオ体操するほど俺も捻くれてないので流石にじっとしておこう。


 
 扉が開いた。
 セレンさんがもう戻ってきたのか、俺がラジオ体操をしていないか不意打ちで見に来たのかと思ったら、深い青の髪、無表情、低身長低反発のミラだった。


「何か失礼な事を考えられたような気が」
「気のせいだろう」


 とことこと歩いてきたミラは、先ほどまでセレンさんが座っていた椅子にちょこんと座る。カストロをとりあえず処分して憑き物が落ちたのか、先日までと比べて幾らか雰囲気が丸くなったような気がするな。


「あの日」


 唐突にミラは切り出す。


「あの日ユウトが直接手にかけた人間は、合計で46人」
「――――」


 突然何を、と思う反面、そんなに俺は暴れていたのかと驚きもする。そしてどこか、納得もする。


「その中で死んだのは一人」
「……え?」
「砕けた大剣を持った大男以外は死んでいない。それだけ言いに来た」
「……そうか」


 本当にそれだけ言って、ミラは出ていった。


「…………」


 本当か嘘かは判断出来なかった。
 何人かは死んでてもおかしくないような手応えを感じた覚えがある。だが、所詮は俺の感覚の話だ。本当は死んでいないかもしれない。
 ミラがただ嘘をついただけの可能性もある。
 少しでも俺の負担を軽減しようと、調べようと思えば調べられてしまう程度の嘘だが。必死に考えて言ってくれたのかもしれない。


 いずれにせよ、深く追求はしない方が良いのだろう。
 忘れるわけではない。
 死んでいようが死んでいまいが、死んでもおかしくないような事をした事は紛れもない――薄れようもない事実だ。
 深くこの胸に刻み込んで、後ろは振り返らずに。


 前を向いて。


 なんだか体を動かしたくなってきたな。
 ラジオ体操でもするか。




「させませんよ」


 立ち上がろうとした瞬間、セレンさんが入ってきた。タイミングが良いというか間が悪いというか。ちょうど言いつけを破ろうとした瞬間の事だった。例えるなら勉強しようとしたらオカンが一階から(子ども部屋って大抵二階にあるよね)勉強しろよーとか声をかけられるような間の悪さ。
 あれって本当なんなんだろうな。


「もう、やっぱり動こうとする。少しはじっとしててください」
「何のことですか。天地神明に誓って俺は全く動こうとしてません。この目を見てください。嘘をついている人間の目に見えますか?」
「女神に誓えますか?」
「すみませんでした!」


 と言うか俺が普通に悪いのだから最初から謝れよ、という話である。


 こんな感じで何事もなく一日が過ぎ、翌日。

















 大吼狼ロアウルフ
 体長は1メートルから3メートル、体重は200㎏から500㎏にまでなるという巨大な狼の魔物である。狼って実物見たことないけど、あんなに凶悪な顔してるものなのか? 番犬ケルベロスの方がまだ穏やかな顔をしてそうだ。


 事前に調べた情報によると、小さな個体が先陣を切って、大きい奴が留めを刺しに来るという群れでの狩りを得意とするらしい。
 鉄砲玉と大砲か。
 しかも大砲の方は遠吠えそのものが質量を持つらしい。言っている意味がよく分からないと思うが、俺が文献で読んだ限りだとモン〇ンの大型モンスターが叫ぶときにハンターが耳を塞ぐ動作をするだろう。あれの強化版で、体ごと吹き飛ばされる感じだ。
 そういえばそういうモンスターもいたな。序盤のクエストで出てきた時はおっかなびっくり攻め込んで呆気なく即死したものだが……。
 話が逸れてしまった。


 ともかく、ロアウルフは普通に戦えば非力な人間は簡単に吹き飛ばされてしまう。だから基本的に魔法で攻めるのがセオリーなのだが。


 この依頼は一人でやる。


 と言い放ったミラは、魔法が不得手らしくとても攻撃に使える程ではないのだとか。
 まぁ彼女の実力を見るために受けた依頼でもあるから、一人でやってくれるなら分かりやすくて良いのだが……。武器はナイフ。俺を刺したやつだ。リーチの短い武器だし、近づいて攻撃するしか手段がないと思うのだがどうやって攻略するのだろうか。


 隠匿魔法を全員にかけ、草原でくつろいでいるロアウルフの群れを遠くから見る。
 今回の依頼はあれを全て掃討する事だが、本当に一人で出来るのか?
 かなり大きいのもいる。あれが恐らく群れのボスだろうが、言ってしまえばオークなんかよりよっぽどか強そうに見える。
 実際魔物の強さとしてはロアウルフの方が上らしいし。


「どうやって狩るんだ?」


 訊いてみると、何故かミラは俺の首元を見ながら。


「首を切り裂けば大体の生き物は仕留められる」


 と言った。
 なんで俺を見て言うんだ。
 俺だって首落とされたら死ぬと思うぞ。多分。この前、ライザーに斬られた時の治り方から言ってそれでも治ってしまう可能性は無きにしも非ずと言ったところだが。
 セレンさんは個人差があると言っていたが、聖剣と言い不死身と言い、どうやら俺はびっくり人間の適正があるみたいだ。


 ちなみに、セレンさんとミラには俺がライザーに一度致命傷を負わされた事を伝えてない。
 ミラに伝えてないのはついでみたいなものだが、セレンさんに言って余計な心配されたくないし。


「一応、私も援護する準備はしておきますが優斗さんもいつでも飛び出せるようにしておいてください。
 ミラちゃんは補助魔法いりますか?」
「必要ない。行ってくる」


 ふ、と風が吹いた。
 いや、ミラが動いたのだ。
 一歩目からトップスピードだった。しかも異様に速い。ロアウルフは見た目の通り索敵能力が高い魔物で、隠匿魔法の誤魔化しを含めても100メートル以上は離れてないと安全圏とは言えない。当然俺たちも余裕を見て150メートルくらい離れていたのだが、その距離をものの数秒で移動しきったミラは、既にロアウルフ達を相手に獅子奮迅の働きを見せていた。


「すっげぇ……」


 ロアウルフ達がミラの接近に気づいたのは、一匹目の首が落ちた後だった。
 ナイフが円を描くように煌めく度に狼が倒れて行く。中には首ではなく額を一突きにされたものや足の腱を切られたものもいるが、ミラが踊るようにナイフを振るう度にどんどんロアウルフの群れは削られていった。


 群れの中に切り込んで十秒程だろうか。
 ロアウルフの群れは全滅していた。


 圧倒。圧巻。圧勝。実力なんて改めて量るまでもなく、彼女は常人離れしていた。
 魔法は使えないと言ってたはずなんだが……人間って極限まで鍛えるとあんな動きが出来るものなのか? いや、俺の知ってる世界の人間の限界とこの世界の人間の限界はある程度異なるのかもしれない。


「多分あのナイフが《神器》か、それに類するものですね」


 ふと、隣で魔法の準備をしていたセレンさんが俺に聞かせるように呟いた。


「神器って何ですか?」
「優斗さんが持ってる聖剣も神器の一種です。性能は他のそれと比べて随分と上ですが。一般的に神器とは、持ち主のある一点の……ステータスを強化する武器です。あのナイフは脚の力を強化するタイプの神器でしょう。蹴りの威力も、或いは優斗さんに匹敵するかもしれません」
「へぇ……ゴロゴロあるものなんですか、神器って」
「いえ。多いと感じるか少ないと感じるかは人それぞれですが、世界中を探しても100個くらいしかないと思います」


 それをたまたまミラが持っていたのか。


「もう一つの可能性としては、あのナイフが《魔具》である、というものですね」
「魔具?」


 また新しい固有名詞が出てきたぞ。


「魔具は神器を模して造られた模造品レプリカです。強化される度合いは本家より劣りますし、何かしらのデメリットが付いてます。こちらは多く出回ってますね。中堅より上の冒険者ならほとんどみんな持ってるくらいに。ミラちゃんのナイフがどちらなのかは、直接聞いてみないと分かりませんが……」
「なるほど……なんかミラが手ぇ振ってますよ」


 セレンさんと顔を見合わせ、そちらへ寄っていくとミラはあっちへふらふらこっちへふらふら、今にも倒れそうになっていた。


「ど、どうしたんだ」
「ボクのナイフは一瞬脚が早くなるけど、物凄く疲れるんだ……もう動けない」


 無表情で言い放つミラ。


 えー……。
 魔具で確定っぽいがデメリット大きすぎないか。


「あ。魔具だった場合、得られるメリットが大きければ大きいほどデメリットも大きくなるんです」


 今思い出したかのように付け足すセレンさん。
 というか本当に今思い出しただろう。「あ」て。


「ユウト、ボクを背負って良いよ」
「何様だお前」


 背負うけどさ。


 軽いなーこいつ。
 小柄な見た目だが、想像していた以上に軽い。
 俺の筋力は聖剣によって強化されているが、戦闘時以外――というか特別力む時以外は通常とほとんど変わらない。普段より多少疲れにくくなってる感じはあるけど。要はオンオフが出来るのだが、オフ状態でも軽いと感じる程度には軽い。


 まぁ胸ないし。
 背中に当たるものがほとんどない。
 女の子をおんぶする事のメリットがゼロだ。置いてこうかな、こいつ。


「ユウト」
「なんだよ」
「あなたみたいな不死身でも、比較的簡単に殺す方法があるんだけど」
「へえ? どうやるんだ」
「絞殺」


 ミラの腕は俺の首に回っていた。おんぶしているのだから当たり前だが。生命の危機だった。


「ボクはまだ成長途中だ」
「……お前今幾つだよ」
「17歳」
「…………」


 ……成長期は過ぎている気がする。
 なんて考えたら、首に回る腕の力が強まった。


 なんだこいつ! 人の心が読めるのか!


「ユウトくらい底の浅い人間の心を読むなんて朝飯前」
「すげぇ!」


 今そこで微笑ましく見守ってる女神様が失ったスキルじゃないか。


 とまぁ冗談半分面白半分で過ごす。
 俺とミラの主従関係は未だに継続しているのだが、俺はそういった態度で接しないしミラも気にしてない。こいつはもう少し気にするべきだと思うんだけど。
 まぁ良いけどさ。
 普通、異世界ファンタジーの奴隷少女ってご主人様とか呼ぶんじゃないのか。普通に名前呼びされてるんだけど。ご主人様なんて堅苦しい呼び方はやめて名前で呼んでくれと言うイベントが発生した後ならまだしも、最初っからタメだもん。


 ちなみに俺とミラの主人奴隷の関係が継続している理由は、「ユウトとセレン。こんな優良物件を手放すなんてとんでもない」なんて言ってこいつから奴隷である事を望んだのだ。
 別に奴隷じゃなくても一緒に行動すれば良いと思うのだが……。まぁその辺りはおいおいミラと話してけば良いか。


「今夜楽しみにしてると良い。ご主人様」
「!?」


 本当にこいつは心が読めるのかもしれない。

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