女神と一緒に異世界転移〜不死身の体と聖剣はおまけです〜
第2話 一文無し
異世界へ行くに当たって、身辺整理をする時間を貰った。
家族や友人への挨拶、部屋にある秘蔵のお宝の処理、HDDの徹底的な破壊など色々やる事はあるが、まず一番に済ませないといけないのは両親への挨拶だろう。
「ちょっと世界を救ってくる」
家に帰るなり両親にそう告げると、
「そうか。頑張れ」
「途中で投げ出すなよ」
との母と父の言葉だった。
あっさりしすぎているって?
こんなもんだろう、高校生の時の両親との距離って。
うちは放任主義なのだ。
いや、実際はもう少し問答があったが、親子水入らずの会話をここで挿入するのは無粋だろう。結局はこうした形に落ち着いた。
蛙の子は蛙なんて言うが、それはつまるところ、蛙の親も蛙なのだ。
友人たちに伝える方法は幾らか悩んだが、学生の間で異様な普及を見せている某グループトークアプリのタイムラインにぽんと載せるだけにしておいた。
『自分探しの旅に出ます。探さないでください』と。
これでOK。
蛙の親が蛙なら友達もまた蛙だろう。精々両生類だ。なんて失礼な(?)事を考えながら、秘蔵の宝たちをビニール紐で縛って(健全な本で上下挟むのはマナーというものだ)、近所の本屋にある資源回収ゾーンに置く。幸運な中学生が回収される前に見つけ出すことが出来るか否かは神のみぞ知るってところだ。
後であの泣き虫な女神様に聞いてみようか。
HDDはどうするかな。
割っても内容を復元することが出来るとかいう恐ろしい噂を聞いたことがある。
……庭にでも埋めとくか。
何百年か何千年後かに貴重な過去の遺物として発見されるかもしれない。受け継がれて行くべき文化だ。
さて。
「準備オッケーだ。女神様」
人っ子一人いない橋の下。
どこへともなくそう呟くと、俺は例のあの空間に居た。
いや、あの時と違うのはここが精神世界でなく、俺の体が実体を持っているという点か。いつの間にかここに居たのではなく、ここへワープしてきたのだ。
「もう良いんですか?」
俺をここへワープさせた張本人――女神である、セレンさんが問う。
「良いんですよ、あれくらいで。変に湿っぽいのは俺も、俺の両親も、俺の友達にも合わない」
「そうですか……。優斗さん、敬語」
「あぁ」
異世界に行くに当たって、セレンさんに敬語を使うのをやめるって話だったな。
そういうセレンさんは俺に敬語をやめないが。
不公平である。男女差別だ。
「区別です。あなたと私はこれから、対等な人と人になるんですから」
「それってセレンさんが俺に敬語を使うのをやめない理由にはなってないじゃないか」
「私は良いんですよ。そういうキャラ付けです」
人差し指を口の前に持ってきて悪戯っぽく笑うセレンさんだった。
かわいいしどうでもいいや。
「優斗さん。最後に聞きますが、本当に良いんですね? あなたとは全く関係のない、縁もゆかりもない世界を、命をかけて救う事」
「男に二言はないって聞いたことありませんか?」
「聞いたことありますよ。下界を見ている時に、優斗さんの口から10回ほど」
かっこつかない話である。
俺の人間性がダダ漏れじゃないか。プライバシーはどこへ行ったのか。
「そんな優斗さんだからこそ、選んだんですよ」
「俺に惚れたら火傷するぜ」
「火傷させてみてください――今じゃ、低温火傷程度ですよ」
俺とセレンさんの体を不思議な光が包み込み――気が付けば、俺は見知らぬ場所にいた。
◆
すっげー!
というあまりにも幼稚で単純な叫びを上げなかったのは、俺にしては僥倖と言ったところだろうか。唐突に切り替わった視界に飛び込んできたのは、如何にもなファンタジー世界だった。
馬車を引くのはなんだこれ、小さいドラゴンみたいな大きなトカゲみたいな。コモドドラゴンという厨二心くすぐる実在の爬虫類をそのままでかくした感じだ。ただし色は綺麗な水色である。
そうなると馬車じゃないな。爬虫類車か。トカゲ車か。
そしてそのトカゲ車に乗ってたのもまた、一言で表すならトカゲ男だった。
いや、これはきっとリザードマンだ。そうに違いない。そうとしか言えない見た目だった。
そのリザードマンの乗ったトカゲ車が通り過ぎた後には、中世ヨーロッパ風だ。いや、多分実際の中世ヨーロッパはまた違ったものなのだろうが、あくまでも風であり、その根拠は俺の知識にある程度のものなのだから現実との違いはさもありなんだ。
煉瓦っぽい造りの家とか建物とか、集合住宅みたいなやつとか。
ちょうど煉瓦造りの家から出てきた親子は、あれはエルフか? エルフだろう、あの特徴的な耳と整った容姿。俺の知ってるエルフそのものだ。
最初に堪えたすっげー! がまた喉をついて出そうになるが、すんでのところで再び堪える。
堪えられたのは俺の胆力によるものではなく、後ろから聞き覚えのある声をかけられたからだ。
「優斗さん、あまりきょろきょろしてると無駄に怪しまれますよ」
「……っ!」
振り向くと、綺麗なブロンドの髪を後ろで一括りにし、『皮の鎧』とでも言うのだろうか、なんというかありふれた『異世界ファンタジーにおける冒険者っぽい服装』になっているセレンさんがいた。
しかしそのようないわばジーパンにパーカーみたいな誰が着ても同じようなイメージになる服装であっても、美しさは衰えることはないようだ。
こんなん俺がきょろきょろしてようがしてまいが注目を集めるに決まっている。
「イメチェンってやつですか?」
「もう、優斗さん敬語……いえ、急には難しいようなので少しずつで良いので慣らしてってくださいね。
そしてこれはイメチェンであり、この世界における正装のようなものですよ。あちらで言うジーパンにパーカーみたいな扱いです」
奇しくも表現が一致した。
いやまぁ、いざ見てみるとそんな感じの表現しか出てこないだけなんだけどさ。本当にそういうオーソドックスというか、ありふれた感じなんだよ。
あ、心読めるんだっけセレンさん。
以心伝心どころの話じゃないじゃん。
「優斗さんもこんな感じになってますよ。よく似合ってます。ちなみに今は心読めませんよ。その手のそれっぽさはほとんど失われていると言って良いです」
それこそ心を読んだかのような事をにっこり微笑みながら言われ、若干慄きつつ自分の体を見下ろす。
確かにセレンさんと同じような恰好になっていた。唯一違うのは、腰に剣が提げてあるところだ。
「これは例の……?」
剣の柄の部分を撫でながら確認すると、セレナさんはこくりと頷き、
「見た目はそれほど特別な印象は抱かないと思いますが、効果は女神の太鼓判つきですよ」
なるほど、これが聖剣か。
とすると現時点で俺は不死性を帯びているわけだ。どんなもんなのだろう。
「俺ってどれくらいまで怪我とかして大丈夫なんですか?」
「これと言った基準はあってないようなものですけど、擦り傷や切り傷程度なら一瞬で治ってしまうくらいですね。腕とか脚とか切断されるまでの怪我になると、個人差があるのでなんとも言えませんが……」
腕とか脚とか切断される可能性があるって事か。こえー。
「あ、でも私の治癒魔法でくっつけれるので大丈夫ですよ」
果たしてそれは大丈夫なのか。
心を読めないというのは本当らしく、若干的外れなフォローを入れてくるセレンさんにほっこりするやらこれからに戦慄するやらで大変だが、とりあえず今からは何をすれば良いんだろうか。
「そうですね。まだ時間に余裕があるので宿でもとって――」
と、そこでセレンさんの言葉が止まった。
「…………優斗さんには戦闘経験を積んでもらう必要があるので、まず冒険者組合が経営しているギルドへ向かいましょうか」
うん?
明らかに何かを誤魔化そうとしている顔だった。
案外考えが顔に出やすい人らしい。
「冒険者ギルドって言ったらあれですよね。薬草とってきたり魔物倒したりして依頼をこなし、報酬を貰う」
「そ、そうです。報酬を貰うところです」
目が泳いでいた。
報酬を貰うところねぇ。
「セレンさん、俺の考えが間違ってたらビンタでもハイキックでも食らわせてもらって構わないんですけど、もしかして俺たちって今、一文無しですか?」
「…………すみません」
すっかりしょげてしまった女神様。
どうやら今の俺たちは、今夜の宿どころか飯が食えるかどうかも怪しいらしい。
家族や友人への挨拶、部屋にある秘蔵のお宝の処理、HDDの徹底的な破壊など色々やる事はあるが、まず一番に済ませないといけないのは両親への挨拶だろう。
「ちょっと世界を救ってくる」
家に帰るなり両親にそう告げると、
「そうか。頑張れ」
「途中で投げ出すなよ」
との母と父の言葉だった。
あっさりしすぎているって?
こんなもんだろう、高校生の時の両親との距離って。
うちは放任主義なのだ。
いや、実際はもう少し問答があったが、親子水入らずの会話をここで挿入するのは無粋だろう。結局はこうした形に落ち着いた。
蛙の子は蛙なんて言うが、それはつまるところ、蛙の親も蛙なのだ。
友人たちに伝える方法は幾らか悩んだが、学生の間で異様な普及を見せている某グループトークアプリのタイムラインにぽんと載せるだけにしておいた。
『自分探しの旅に出ます。探さないでください』と。
これでOK。
蛙の親が蛙なら友達もまた蛙だろう。精々両生類だ。なんて失礼な(?)事を考えながら、秘蔵の宝たちをビニール紐で縛って(健全な本で上下挟むのはマナーというものだ)、近所の本屋にある資源回収ゾーンに置く。幸運な中学生が回収される前に見つけ出すことが出来るか否かは神のみぞ知るってところだ。
後であの泣き虫な女神様に聞いてみようか。
HDDはどうするかな。
割っても内容を復元することが出来るとかいう恐ろしい噂を聞いたことがある。
……庭にでも埋めとくか。
何百年か何千年後かに貴重な過去の遺物として発見されるかもしれない。受け継がれて行くべき文化だ。
さて。
「準備オッケーだ。女神様」
人っ子一人いない橋の下。
どこへともなくそう呟くと、俺は例のあの空間に居た。
いや、あの時と違うのはここが精神世界でなく、俺の体が実体を持っているという点か。いつの間にかここに居たのではなく、ここへワープしてきたのだ。
「もう良いんですか?」
俺をここへワープさせた張本人――女神である、セレンさんが問う。
「良いんですよ、あれくらいで。変に湿っぽいのは俺も、俺の両親も、俺の友達にも合わない」
「そうですか……。優斗さん、敬語」
「あぁ」
異世界に行くに当たって、セレンさんに敬語を使うのをやめるって話だったな。
そういうセレンさんは俺に敬語をやめないが。
不公平である。男女差別だ。
「区別です。あなたと私はこれから、対等な人と人になるんですから」
「それってセレンさんが俺に敬語を使うのをやめない理由にはなってないじゃないか」
「私は良いんですよ。そういうキャラ付けです」
人差し指を口の前に持ってきて悪戯っぽく笑うセレンさんだった。
かわいいしどうでもいいや。
「優斗さん。最後に聞きますが、本当に良いんですね? あなたとは全く関係のない、縁もゆかりもない世界を、命をかけて救う事」
「男に二言はないって聞いたことありませんか?」
「聞いたことありますよ。下界を見ている時に、優斗さんの口から10回ほど」
かっこつかない話である。
俺の人間性がダダ漏れじゃないか。プライバシーはどこへ行ったのか。
「そんな優斗さんだからこそ、選んだんですよ」
「俺に惚れたら火傷するぜ」
「火傷させてみてください――今じゃ、低温火傷程度ですよ」
俺とセレンさんの体を不思議な光が包み込み――気が付けば、俺は見知らぬ場所にいた。
◆
すっげー!
というあまりにも幼稚で単純な叫びを上げなかったのは、俺にしては僥倖と言ったところだろうか。唐突に切り替わった視界に飛び込んできたのは、如何にもなファンタジー世界だった。
馬車を引くのはなんだこれ、小さいドラゴンみたいな大きなトカゲみたいな。コモドドラゴンという厨二心くすぐる実在の爬虫類をそのままでかくした感じだ。ただし色は綺麗な水色である。
そうなると馬車じゃないな。爬虫類車か。トカゲ車か。
そしてそのトカゲ車に乗ってたのもまた、一言で表すならトカゲ男だった。
いや、これはきっとリザードマンだ。そうに違いない。そうとしか言えない見た目だった。
そのリザードマンの乗ったトカゲ車が通り過ぎた後には、中世ヨーロッパ風だ。いや、多分実際の中世ヨーロッパはまた違ったものなのだろうが、あくまでも風であり、その根拠は俺の知識にある程度のものなのだから現実との違いはさもありなんだ。
煉瓦っぽい造りの家とか建物とか、集合住宅みたいなやつとか。
ちょうど煉瓦造りの家から出てきた親子は、あれはエルフか? エルフだろう、あの特徴的な耳と整った容姿。俺の知ってるエルフそのものだ。
最初に堪えたすっげー! がまた喉をついて出そうになるが、すんでのところで再び堪える。
堪えられたのは俺の胆力によるものではなく、後ろから聞き覚えのある声をかけられたからだ。
「優斗さん、あまりきょろきょろしてると無駄に怪しまれますよ」
「……っ!」
振り向くと、綺麗なブロンドの髪を後ろで一括りにし、『皮の鎧』とでも言うのだろうか、なんというかありふれた『異世界ファンタジーにおける冒険者っぽい服装』になっているセレンさんがいた。
しかしそのようないわばジーパンにパーカーみたいな誰が着ても同じようなイメージになる服装であっても、美しさは衰えることはないようだ。
こんなん俺がきょろきょろしてようがしてまいが注目を集めるに決まっている。
「イメチェンってやつですか?」
「もう、優斗さん敬語……いえ、急には難しいようなので少しずつで良いので慣らしてってくださいね。
そしてこれはイメチェンであり、この世界における正装のようなものですよ。あちらで言うジーパンにパーカーみたいな扱いです」
奇しくも表現が一致した。
いやまぁ、いざ見てみるとそんな感じの表現しか出てこないだけなんだけどさ。本当にそういうオーソドックスというか、ありふれた感じなんだよ。
あ、心読めるんだっけセレンさん。
以心伝心どころの話じゃないじゃん。
「優斗さんもこんな感じになってますよ。よく似合ってます。ちなみに今は心読めませんよ。その手のそれっぽさはほとんど失われていると言って良いです」
それこそ心を読んだかのような事をにっこり微笑みながら言われ、若干慄きつつ自分の体を見下ろす。
確かにセレンさんと同じような恰好になっていた。唯一違うのは、腰に剣が提げてあるところだ。
「これは例の……?」
剣の柄の部分を撫でながら確認すると、セレナさんはこくりと頷き、
「見た目はそれほど特別な印象は抱かないと思いますが、効果は女神の太鼓判つきですよ」
なるほど、これが聖剣か。
とすると現時点で俺は不死性を帯びているわけだ。どんなもんなのだろう。
「俺ってどれくらいまで怪我とかして大丈夫なんですか?」
「これと言った基準はあってないようなものですけど、擦り傷や切り傷程度なら一瞬で治ってしまうくらいですね。腕とか脚とか切断されるまでの怪我になると、個人差があるのでなんとも言えませんが……」
腕とか脚とか切断される可能性があるって事か。こえー。
「あ、でも私の治癒魔法でくっつけれるので大丈夫ですよ」
果たしてそれは大丈夫なのか。
心を読めないというのは本当らしく、若干的外れなフォローを入れてくるセレンさんにほっこりするやらこれからに戦慄するやらで大変だが、とりあえず今からは何をすれば良いんだろうか。
「そうですね。まだ時間に余裕があるので宿でもとって――」
と、そこでセレンさんの言葉が止まった。
「…………優斗さんには戦闘経験を積んでもらう必要があるので、まず冒険者組合が経営しているギルドへ向かいましょうか」
うん?
明らかに何かを誤魔化そうとしている顔だった。
案外考えが顔に出やすい人らしい。
「冒険者ギルドって言ったらあれですよね。薬草とってきたり魔物倒したりして依頼をこなし、報酬を貰う」
「そ、そうです。報酬を貰うところです」
目が泳いでいた。
報酬を貰うところねぇ。
「セレンさん、俺の考えが間違ってたらビンタでもハイキックでも食らわせてもらって構わないんですけど、もしかして俺たちって今、一文無しですか?」
「…………すみません」
すっかりしょげてしまった女神様。
どうやら今の俺たちは、今夜の宿どころか飯が食えるかどうかも怪しいらしい。
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