痴漢されている少女と目が合った時、僕は初めて人を助ける為の勇気を振り絞った

新米武術家

最終話 人を愛するということ

  目が覚めるとそこは病院だった。どうやら連れてこられたみたいだ。
 上体を起こすと俺のすぐ側には規則正しい寝息を立てている天音の姿が。軽く頭を撫でてやると、だらしない顔で笑う。
 
 「どんな夢を見てるんだよ……」

 暫くの間その寝顔を堪能していると病室の扉が開き、天音のお母さんと執事のおじいさんが入ってきた。驚いて声をあげようとするも俺が人差し指を口に持っていき天音に視線を向ける。
 どうやら天音が寝ている事に気付いたのか頷くと静かに扉を閉じた。

 「この度は天音を助けて頂き、ありがとうございました。そして貴方に対する失礼な言動を謝罪します。本当に申し訳ありません」

 天音のお母さんは深々と頭を下げた。別に俺は何も気にしてはいない。むしろ素性の知れない男がいたら追い払いたくなるのが親心と言うものだろう。

 「頭を上げて下さい。気にしてないですし」

 「そう言って頂けると、大変助かります」

 「それとおじいさん、後悔しない方を選べたよ。ありがとな」
 
 俺は流石に面と向かって感謝を述べるのは恥ずかしいので視線を外しながら独り言のように呟いた。
  
 「ふふっ。左様でございますか」
 
 窓が開け放たれていて遮るものがない、日に染まる外の景色を眺めていると俺の横で天音がもぞもぞと身体を動かす音がした。

 「んっー、はぁ。 あれ……保次郎……様? 保次郎様!」

 天音は身体を起こして大きく伸びをすると俺の方を見る。最初は寝惚けているのか良く分からない状態だったようだが、すぐに覚醒して俺に抱きついてきた。
 
 「保次郎様! お身体の方は大丈夫なのですか?」

 「大丈夫だ。数年ぶりに身体を酷使したせいで少し疲れただけだ。明日は筋肉痛確実だな」

 そう言うと天音は笑った。窓からは風が入り込み綺麗な黒の長髪を揺らす。
 俺は堪え切れず、片手で天音の華奢な身体を抱きしめると、髪を優しく持ち上げてキスをする。
 自分の髪にキスをされている姿を見た天音はみるみる顔を赤らめ、隠すように俺の胸にグリグリと埋める。
 こうしていると俺と天音が一つになった気までする。
 俺はハッと我に返ると天音のお母さんと執事は気を利かすように出て行った。
 部屋の中には俺と天音の二人きり……
 天音は俺の胸から顔を離す。二人して見つめ合ったまま動かない。

 「なぁ、天音……まだ約束は有効だぞ」

 「はい、保次郎様。好きです! 私と付き合って下さい!」
   
 「奇遇だな。俺も天音が好きだ」
 
 どちらからともなく、抱きしめ合う。時間が止まってしまうと思うほどの幸せの魔法。

 「保次郎様……髪にキスも嬉しいですけど唇にキスを……」  

 天音は上目遣いで懇願する。その表情は妖艶で扇情的な雰囲気を纏っている。 

 「我儘だな。最後じゃなかったのか」

 「意地悪です。忘れてください」
 
 俺がそう言うと思い出したのか、恥ずかしそうな顔をする。
 忘れられる訳ないだろ。天音が初めて俺にキスしてくれたんだから…… それだけはいくら天音が忘れろと言っても譲れない。
 でも、キスならこれから何回だって、嫌というほどしてやる。

 「天音。目……閉じろ」

 「はい……」
 
 天音は目を閉じる。俺は頭を抱き寄せると触れるか触れないかの優しいキスをした。
                   
                了

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