君が見たものを僕は知っている

涼風 しずく

第5話 二人だけの約束

そんなこんなで始めての花見は終ろうとしていた。僕達は片付けを始める。なんだかんだでとても楽しい時間だった。この時間が終わるのが寂しくなるほど。


その帰り、僕達は信也の誕生日プレゼントとしてケーキを買うことにした。信也は帰り道にあるケーキ屋でじっくり吟味していた。信也のために来たけれど、こうしてケーキを目の前にすると僕も食べたい欲を掻き立てられる。


「うーん。どうしよっかな~?ショートにチョコ、チーズもいいなぁ~、あ、モンブランも捨てがたい」

そんな独り言を言いながら、信也はショーケースを顔を近づけて見ている。


「もう、そんなに悩むなら一人一個ずつにしてあげようか?」

煮え切らない態度の信也を見かねて凜が提案する。


「みんなはそれでもいいかな?」

確かに一個数百円ぐらいなのでそれでも良さそうだ。


「え!本当に!マジか!3種類選べるのか!」

信也は大喜びで店員さんにショートケーキとチーズ、モンブランを注文する。僕は自分と家族用にショートケーキを3つ追加で注文した。


「マジで!ありがとうな!俺もみんなの誕生日頑張っちゃおうかな!」

その言葉に僕と凜が「本当か?」「その言葉覚えてるぞ?」と信也にプレッシャーをかける。


「え?あ、あまりお高いのはダメだけどね。鈴佳ちゃんも期待しといてよ!」

プレッシャーに耐えきれず鈴佳に話を逸らした。


「え、あ、うん。ありがとう!」

鈴佳はそう言って笑ったが、僕にはその笑顔がひきつっているように見えた。


僕と信也は店員さんに商品を受けとり、三人でお金を払って店をでた。


そのまま僕達は帰り道を歩いていた。途中、信也と凜と別れて、いつものように鈴佳と二人で家路を歩く。


いつもより口数の少ない鈴佳。なんだか今日は元気がない気がする。今日はというか途中からかな?何かあったのだろうか?


「鈴。なんか元気なそうだけど、どうかしたのか?」

僕はたまらず聞いた。


「え?そうかな?そんなことないよ!元気!元気!」

その言葉もなんだか無理をしているように思える。


「いや、隠さなくていいよ。絶対になんかあったでしょ?伊達に付き合いが長いわけじゃないよ。何かあったらすぐに分かるよ」

鈴佳に何かあったのは明白だった。理由なんてない。僕には分かるんだ。


「え?えっとね……」

鈴佳は少し考えて、意をけしたように口をひらく。


「えっとね!誕生日で思い出したんだけどね!今年はさ蓮くんの誕生日に何処かいかない?例えば遊園地とかさ!」


「え?」

僕は驚いた。まさかそんなことを考えていたとは。断られるかもしれないと悩んでいたのだろうか。


「いや、いきなりでちょっとびっくりした。遊園地かぁ、久しく行ってないな。まぁ、まだ先だけど夏休みだしいいね!行こうよ!」

断る理由はなかった。最後の高校の夏休みだし、楽しみたい気持ちもあったから。


「それでね、蓮くんが嫌じゃ無かったら二人きりとかだと……うれ……いかも……」

最後の方はよく聞こえなかったけど、二人きりでとなると少し意識してしまう。でも、素直に嬉しかった。


「うん。二人で行こう!」

そう言うと鈴佳はいつもの、僕の大好きな笑顔を見せてくれた。僕もその笑顔につられて笑う。なんだかこんな時間は、ちょっとむず痒いけど幸せに感じる。今年の夏は楽しくなりそうだ。


僕達はいつものように僕の家で別れる。だけどいつもと違う。なんだか、心が風船のようにプカプカとしている。きっと遊園地の約束をしたからだろう。ただの約束でこんな気持ちになるとは。


それは鈴佳も同じだったようで、僕が見送った後ろ姿はスキップしているように見えた。僕は元気よく「ただいま!」と家の中へと入っていく。


僕のそのウキウキとした気持ちは、無意識に顔に出てしまっているらしい。夕食の時もニヤニヤとしていたみたいだ。


「どうしたの?蓮、何か嬉しいことでもあったの?」

母がニヤニヤとして聞いてくる。変な想像でもしているみたいだ。まぁ、あながち間違いでもないのだけれど。


「お母さん。そっとしてあげなさい。鈴佳ちゃんのことじゃきっと無いんだろうからな」

母に続いて父もニヤニヤとした顔で、分かりやすく僕のことをからかう。


まったくこの二人は子供みたいなんだから。いつもこうだ。特に僕と鈴佳のことになると、ニヤニヤと楽しそうにする。


「いや、別になんでもないよ!ただ、僕の誕生日、遊園地に一緒に行こうっていう約束をしただけ」

どうせ、そのうち話さなければいけないので言っておこう。


「あら!遊園地!?いいんじゃない!」

母は何故か自分のことのように喜んでいる。


「確かに遊園地はいいんじゃないか。ジェットコースターで一緒に叫んだり。お化け屋敷で手を繋いだり。観覧車でドキドキしたり、帰りに告白したりしてな!」

父もテンションが上がっている。ってかそれ誰の話だよ!


「あら、やだ。お父さんバラさないでよ。確かに一緒に遊園地に行って、その帰りに付き合ったんだけどね」

いやいや、二人の話かい!両親の惚気話なんて聴きたくないわ!


「いや、何いってんの二人とも!僕達はそんなんじゃないって!ごちそうさまでした!」

僕は逃げるように食器をキッチンへと持っていく。それでも、キッチンから二人の話し声は聞こえてくる。


「これは、付き合う報告がそろそろ聞けるかもしれないわね」


「何を言ってるんだよ。誕生日だからまだ少し先だろう。結婚の挨拶に来たときの練習をしておかないとな」


「あら、それこそまだまだ先じゃない。いや、あと数年後かもしれないわね」

そんな会話をして二人でクスクスと笑っている。僕はその横をするりと抜けていく。きっと、顔は真っ赤だっただろう。


僕は部屋に入ってベッドに倒れこむ。二人で遊園地に行くってことだけでこんなに嬉しいだなんて。こんなに鈴佳を意識してしまうなんて。あぁ、僕はこんなにも鈴佳のことが大好きなんだ。


―――私は机の前に座っていた。手にはあの日に蓮くんがくれた指輪をもっている。


「はぁ~、二人きりで遊園地なんて」

自分で言い出したのに、なんかものすごく恥ずかしい。でも、本当に行けるんだね!なんか夢みたい!


まるで、今の私はおとぎ話の中にいるみたい。自分ってこんなに乙女チックなところがあるだな。蓮くんのことを考えるだけでこんなにドキドキするだな。こんなに幸せになれるんだな。私はこんなにも蓮くんのことが大好きなんだ。


私はベッドに倒れこんで、お気に入りの人形を抱きしめながら、自分でも出したことのない声を上げて叫んで、ベッドをコロコロと転がっていた。


―――月曜日。いつものような朝。いつものように朝食を食べ、いつものように歯磨きをして、いつものように学校へむかうはずだった。


でも、どうしてだろう。鈴佳を目の前にするとなんだかいつものように、笑えない。緊張する。あれから、妙に意識してしまう。


「お、おはよう!」

僕は顔を見るのもはずかしくなって、下をむきながらぎこちなく挨拶を交わす。


鈴佳はというと、僕と同じように下をむきながら「おはよう」と挨拶をする。むず痒い。とてつもなくむず痒い。


「あらら、鈴佳ちゃんおはよう!早くいかないと遅刻するわよ~」

ゴミだしにでてきた母がニヤニヤと僕達を見ながら出てきた。


まったく本当にこの人は。僕はそんな母にそっぽを向いて「いってきます」と言って歩きだす。


二人で歩くこの通学路がとても長く感じるたのは、始めてだ。これも恋の魔法ってやつか。そんな柄にもないことを考えている自分が可笑しかった。


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