君が見たものを僕は知っている

涼風 しずく

第2話 命の代償

私は蓮くんと別れて家に帰るとすぐに机にむかい宿題をしていた。蓮くんから貰った指輪は机の中の小箱に大切にしまった。この指輪は一生分の宝物だ。


私は「よし」っと気合いを入れながら宿題にはげむ。その知らせが入ったのはちょうど宿題が終わった頃だった。


「鈴佳!」お母さんが勢いよく部屋のドアを開けて入ってくる。


「どうしたのお母さん。そんなに慌てて」


「蓮くんが!さっき交通事故にあって!病院に運ばれたって!意識不明の重体だって!」


私がその話を理解するには数分かかった。その間、頭の中でお母さんの言葉が何度も何度も繰りかえし再生されていた。


その話をやっと理解した時には私は泣いていた。


「そ、そんな、さっきまで一緒にいたのに。一緒に笑っていたのに。ねぇ!お母さん!蓮くんは大丈夫だよね!きっと助かるよね!」


私はまだ子供だったので、意識不明の重体がどれほど深刻なのかは分からなかった。でも、お母さんの反応でなんとなく分かってしまった。私には泣くことしかできなかった。そんな私を抱きしめてくれる母の温もりに更に涙が溢れだしてきた。


それから、20分ぐらい経っただろうか、お母さんは部屋を出ていき、回復の電話を待っていた。


私は机の引き出しをあけ小箱を取り出す。そう、蓮くんから貰った指輪だ。私はそれをギュッと握りしめる。そしてさっきまでの会話や、蓮くんの笑顔を思い出していた。


追いかけた小さいけど大きな背中。二カッと笑う顔。蓮くんの声が頭に響きわたる。一緒に走った時間やサークルに行ったことがもう昔のように感じる。


その時、私の頭にある文字が浮かんだ。


「サークル‥‥」


公園のサークル。都市伝説。一つだけ願いが叶う。


「そうだ!サークル!あそこに行けば!」


私は考えるよりと早く行動にうつしていた。2階にある部屋を飛びだし、バタバタと階段をかけおりる。そして、一直線に玄関へとむかうと、靴も履かずに外へと飛びだした。


「鈴佳!?どこにいくの!鈴佳!」


お母さんの声を背に私はがむしゃらに走った。私のどこにそんな力があったのか分からない。でも、私は一度もスピードを緩めずに走り続けた。途中、裸足だったから石や何かの破片やらを踏んで足から血が出ていた。そんなことも気にせず私はただただ、蓮くんを想いながら走り続けた。


もう、服が泥まみれで、木の枝に引っかけて破れようがお構い無しだ。そうして、たどり着いた。私はサークルの中心で両膝を地面につけた。蓮くんから貰った指輪を手に祈りを捧げるように、両の手の指を絡ませる。


「お願いがします!どうか!どうか!大大大好きな人を助けてください!蓮くんの命を救ってください!」


私の声は呆気なく空へと消えていった。願いが届いたのかは分からない。だから、私は何度も続けてお願いする。


すると、急に背後の草がガサッと音をたてて揺れた。私は思わずビクッと反応してしまう。風も吹いていない。なのに、不自然に草だけが動いている。


私はただただ呆気にとられてしまい固まってしまった。


すると、その揺れが私の方に近づいてきたのだ。カサカサと音をたて、徐々に近づいてくる。流石に私も恐怖を感じてしまう。


それでも、止むことなくどんどん近づいてくる。もうサークルと草の切れ目付近まできている。私はゴクンと唾を飲む。


ガサッ!


その音の正体がいよいよ姿を現した。黒い毛並み。ピンっと立った耳。細くのびる尻尾。まん丸な目。その正体は黒猫だった。


「な、なんだ黒猫かぁ」

私はふぅーと息を吐く。しかし、その安堵はつかの間だった。


「おい!少女!お前の望みはなんだ?」

え?声?でも、ここには私の他には誰も?


私がその声に戸惑っていると、また同じ声が聞こえる。


「おい!こっちだ!早くお前の望みを言え」


間違いない。今話したのは目の前にいる黒猫だ。


「ね、猫がしゃべった!?」


「はぁー。いいから早く願い事を言えよ!」


口の動きと声がピッタリだ。それに明らかに猫の方から声がきこえる。


「あなたは何者!?」


「なんだよ、自己紹介しなきゃいけないのかぁ?チッ面倒だなぁ。俺はアビス!人間の言う悪魔だな!」


あ、悪魔?そんな悪魔なんて存在するわけない。


そんな私の心情を察してか悪魔はこう言う。


「悪魔は信じないで、都市伝説は信じるんだなぁ」


え?確かに都市伝説は信じたけど……。


「それより、お前は無駄話をしていていいのか?願い事があるんじゃないのか?」


そうだ!私はこんなことをしている暇はない。こうしている間にも蓮くんは!


「あなたが、願い事を叶えてくれるの!?」


「ん?あぁ、なんでも一つだけ叶えてやるよ!ただ、その代わりに何か代償を払ってもらうことになるけどな」


幼い私には代償の意味がよくわからなかった。


「代償?それってどういう意味?」


アビスはハァーとため息をつく。


「代償っていうのは、そうだななんて言えばいいのか。例えばお前が何かを買うとしよう。そしたら、きっとお金を払うだろう?それと同じだ!何かが欲しければ、何かを差し出さなければいけない!そういうことだな」


凄く分かりやすかった。学校の先生になれそうなくらいだ。


「ってことは私の願い事を叶えてくれる代わりに、私が何かを差し出さなければいけないってことね。でもお金はそんなに持ってないよ」


「いやいや、お金とかではないよ。まぁ、気分によっていろいろだけどよ。とりあえず、お前の望みを聞こう!そうじゃねぇと代償もなにも考えつかねぇからな」


アビスはそういうと、猫のように後ろ足でほっぺたの辺りをカリカリとかく。


私の願い事。迷うことない。私はギュッと指輪と一緒に拳を握りしめる。


「私の願い事は一つだけ!蓮くんの命を助けてください!」


私は今までで、出したことのない大声をあげる。今度はその声がしっかりと響きわたったように感じた。


アビスはくわぁーと欠伸をして、背筋をグーっと伸ばす。


「なるほど、その蓮とやらの命を助けてあげればいいんだな」


私は力強く頷く。


「なるけど。うーん。命の取引か。うん。結構結構。でもだとすると代償はとても大きいものになるぞ。それでもいいんだな」


アビスは鋭い目つきで私を見つめる。


「覚悟はできている。それで代償は何?」


私の本気の表情を汲み取ったのか、アビスはフンの鼻を鳴らす。


「よし!それでは代償はね……」


ざわざわと風もないのに草原が騒いだ。


「うん。分かった!それで大丈夫!だから蓮くんを助けてあげて!」


「よし!わかった!お前の望みを叶えてやろう!」


アビスはそういうと、キラリと眩しい光を放って消えていった。


その後の事は覚えていない。私は疲れてしまいその場で眠ってしまったのだ。お母さんとお父さんが必死に探してくれたらしく次に目が覚めたのは自分の部屋のベッドの上だった。


目を覚ました私をお母さんが泣きながら抱きしめてくれたことを覚えている。そして、そんな私の耳に直ぐに朗報は届いた。蓮くんが目を覚ましたらしい。その寸前まではもう時間の問題だったらしいけど、奇跡的な回復はお医者さんにも説明ができなかった。私は心からホッとして、また泣いてしまった。


それから私達はずっと一緒だった。とにかく何をする時もいつも一緒だった。中学生になってもそれは変わらず、高校生になった今でもだ。


そして、3年生になった春。私はいつものように蓮くんの家の前にいた。ガチャっと玄関のドアが開くと眠そうな蓮くんが出てくる。私はいつものように満面の笑みを浮かべる


「おはよう!蓮くん!」


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