Chivalry - Foreign Samurais -

稲田しんたろう

第二話 戦いの始まり(1)

   ◆◆◆

  戦いの始まり

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 アランとディーノが打倒カルロを目標にしたあの日から二ヶ月が過ぎた。
 カルロの城にある書庫、その部屋の机で本を枕にして眠るアランの姿があった。窓から差込む暖かな春の日差しを受け、アランはゆっくりと目を覚ました。

(いつの間にか眠ってしまったのか)

 アランは机の上の本を閉じ、顔を洗いに水場へ向かった。机に置かれたままのその本にはこんなタイトルが記載されていた。

――「武器・兵器図鑑」

 アランはあの日以来、強力な武器を探していた。強い魔法使い、そう父のような魔法使いを倒せる武器を。
 しかし武器を探しはじめて数ヶ月経ったが、これといったものは見つかっていなかった。
 アランはまず武器に関係がありそうな場所に足を運んだ。刃物を扱う店はもちろん、鍛冶場、異国からの伝来品を扱う店にまで出向いた。
 アランが求める武器のイメージは重く大きいものだったが、見かける武器は誰にでも扱える軽いものばかりだった。大きいものはせいぜい槍くらいで、それでもアランを満足させる重量、力強さを備えてはいなかった。
 街で探すことを諦めたアランはこうして書庫にこもり本を漁るようになった。そして昨日、ついに期待できるタイトルの本を見つけた。
 しかしアランの期待は早くも失望に変わっていた。この図鑑に記載されていた武器はどれも既に知っているものであった。
 自分が望む武器などこの世に存在しないのではないか――そう思うようになっていた。

   ◆◆◆

 城を抜け出したアランは貧民街へ赴き(おもむき)鍛冶仕事の手伝いをしていた。父から受けた傷が癒えたアランは、鍛冶仕事の手伝いとディーノとの訓練を再開していた。
 アランは時間があれば積極的に運動して体作りを行っていた。まだ見ぬ理想の武器を不足なく扱えるようにするために。
 鍛冶仕事の手伝いも以前より精力的に行っていた。体を酷使する鍛冶仕事はとても良い鍛錬になるからだ。
 真面目に働くアランはそれが評価されたのか、最近は親方から直々に指導を受けるようになっていた。熱心なアランは水を吸う砂のように親方の技術を吸収していった。

(見つからないなら、いっそ自分で作ってしまおうか)

 自分の鍛冶職人としての腕が着実に上達しているのを感じていたアランは、金床(かなとこ)に金槌(かなづち)を振り下ろしながらそんなことを考えていた。

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 鍛冶仕事を終えたアランはいつもの場所でディーノと訓練を行っていた。最近行っているのは以前のような木剣を用いた手合わせではなく、石斧を使った素振りである。
 この石斧を用いた訓練はディーノが提案したものだ。
 実際にこの訓練方法を選択したのは正解だった。重心が先端に寄るため、腕にかかる負荷が大きく良い鍛錬(たんれん)になる。さらに石の大きさを変えるだけで重量を簡単に調整できるすぐれものだった。

「おっとと…」

 素振りをしていたアランは武器に振り回され、危うく転倒しそうになった。

「アラン、腰をもっと落としたほうが振りやすいぞ」

 ディーノはアランに助言しながら、豪快な素振りを行っていた。
 ディーノは魔法能力は皆無だが、体格に恵まれていた。おかげでアランのより大きな石斧でも楽に扱えていた。
 アランは手を休め、ディーノの豪快な素振りを呆然と眺めた。
 するとしばらくして、ふと、頭の中にある武器のイメージが浮かび上がってきた。
 それは長い槍に大きな斧頭(ふとう)がついたものだった。
 自分にはとても扱えそうにないような代物だが、ディーノには似合いそうだなと、アランは思った。

 夢に向かって努力を重ねる二人。今思い返せば、この時期が最も幸せだったのではないだろうか。
 しかし二人の知らぬところで世界は生き物のように動き、変わっていた。そしてその影響は遂に彼らにも及ぶのであった。

   ◆◆◆

 ある国境付近で今日も戦闘があった。しかし戦闘と言ってもほとんどただのにらみ合いであり、時々飛び道具を打ち合っただけである。両軍に死者はでていない。
 カルロはそんな戦場をたらい回しにされていた。大抵の相手はカルロが睨みをきかせるだけで退散するからである。カルロだけではない。強い魔法使いはこのように様々な戦場を転々とさせられていた。
 それは相手にとっても同じで、敵国の力ある魔法使いもまた各地の戦場を移り歩いていた。
 しかし両軍の強い魔法使い同士が衝突し戦闘になることは滅多になかった。それは偶然ではなく、双方意図的にそれを避けていたからだ。強い魔法使いは貴重な国の財産であり、戦場で鉢合わせたとしてもにらみ合いだけで終わるのが普通であった。
 ここ二十年ほどずっとこんなことを繰り返していた。国境付近の戦線はまるで潮の満ちひきのように押したり引いたりしていた。
 戦闘が膠着状態になっている間、双方とも国の内部では魔法使いの増加と育成に力をいれていた。すこしでも強い魔法使いを生めよ増やせよ、そう言って国は魔法使い同士の積極的な交配を奨励しょうれいした。
 しかしこの膠着状態が解けるのも時間の問題であった。大きな戦闘を行っていないため、双方の国力、特に軍事力は大きくなる一方だった。あとはどちらが先にしかけるか、大きな戦いが始まるのはもう時間の問題となっていた。

   ◆◆◆

 一ヵ月後――
 ある報を受けたカルロは部隊を連れて馬を走らせていた。
 差出人はカルロの兄からだった。二人は腹違いの兄弟であったが、幼少時は共にすごしていた。彼はカルロほどではないものの強い魔法使いであり、軍事に明るく、前線で兵を率い戦線を支えていた。
 その兄から救援の要請(ようせい)があった。書状に書かれていた内容によると、兄が敵軍の激しい攻勢を受け苦戦中とのことだった。
 戦地に辿り着いたカルロは、敵軍に囲まれ孤軍奮闘している味方部隊を発見した。その味方部隊は兄の軍旗を掲げており、それを見たカルロはすぐさま敵軍に突撃した。
 カルロは炎の魔法で敵をなぎはらい、兄の軍旗を掲げる部隊を救出した。

「報を受け救援に参った! 兄上はいずこにおられる?!」

 カルロは味方部隊を庇う(かばう)ように敵の前に立ち、攻撃を開始した。しかしその瞬間、突如後方からあがった仲間の悲鳴にカルロは振り返った。
 そこでカルロが目にしたのは、救出した部隊に攻撃される仲間達の姿だった。

「!? 貴様ら、兄の兵ではないな!」
「まんまとかかったな。愚か者め」

 その兵士は口元に笑みを浮かべながら兄の軍旗を投げ捨てた。

「おのれ、兄上をどうした!」
「カルロ様! まずはこの窮地(きゅうち)を脱すことにご専念ください!」

 部下の声で我に返ったカルロは自部隊が完全に囲まれていることに気づき、すぐさま号令を発した。

「敵の包囲を突破して撤退するぞ! 私についてこい!」
「遅れるな! 先陣を切る将軍を援護せよ!」

 カルロと親衛隊のかけた号令によって部隊は秩序を取り戻した。兵達はすばやく隊列を整え敵陣に突撃した。
 深く鋭利に敵陣に食い込んだカルロ達は容易に敵を蹴散らし、包囲を突破した。
 しかしカルロの胸には不安があった。

(こんな手の込んだことをした割に脆すぎる……まだ何かあるな)

 カルロの不安は的中した。待ち受けていたように正面に敵部隊があらわれた。

(やはり伏兵がいたか!)

 立ちはだかる敵の数は決して多くはなかった。しかしそれは眼前の敵が精鋭であるということが容易に想像できた。

「後列の部隊は防御の陣を敷いて(しいて)敵の追撃を食い止めろ! 前にいる敵は私が相手をする!」

 この戦いはカルロの生涯において最大の死闘であったと言われている。この戦いをきっかけに両国の衝突は激化し、後の大戦へと発展していくことになる。

   ◆◆◆

 炎の大魔道士カルロ敗れる――

 このしらせはあっという間に国中に広がった。敵の罠にはまったとはいえ、自国最強の魔法使いが敗れたのである。みな動揺を隠せなかった。
 カルロは戦死したわけではなかったが重症を負っており、いまだ意識が戻っていなかった。その戦いで生き残ったものはカルロを含めわずか五人で、他の者達は全員カルロを逃がすためにその場にとどまり全滅していた。
 国はカルロ不在の穴を埋めるために徴兵を行った。国中に書状が配られ、その書に名が記されているものは戦地に赴くことになった。
 そしてその書状にはアランとアンナの名前があった。

   ◆◆◆

 国から命令を受けたアランとアンナは馬車で揺られながら戦地へと向かっていた。

「いやあ、やっぱり馬車の旅は快適でいいなあ!」

 その馬車の中にはディーノの姿もあった。ディーノはアラン配下の志願兵として特別に同行していた。

「しかもこんな可愛いお嬢さんと一緒ときた。これで酒でもあったら完璧だったな」
「お上手ですね。お世辞でもうれしいです」

 アンナとディーノは初対面であったが、問題なく打ち解けていた。アンナは奴隷階級の人間と話すことに抵抗を感じていないようだった。

「こんな楽しい方が兄様のご友人にいらしたなんて、今まで存じませんでした。兄様も人が悪いですわ。もっと早く紹介してくださったらよかったのに」
「そうだぞアラン。なぜもっと早く紹介しなかった」
「すまないな。今までその機会がなかった」
「ディーノ様、もっとお話をお聞かせ願えませんか? 恥ずかしながら私は外にでたことがあまりないので、ディーノ様の話はとても新鮮です」

 三人は馬車の中で昔話に花を咲かせた。ディーノの話にアンナは様々な表情を見せた。

(こんなに明るいアンナを見たのは久しぶりだ)

 ディーノが話している間アンナの笑顔が絶えることは無かった。

 話が弾む二人をよそに、アランの心は故郷に向いていた。
 アランは何気なしに懐に手を入れ、内ポケットにあるハンカチの存在を確かめた。
 アランは指でそのハンカチの刺繍をなぞり、その形を頭に描いていた。
 その刺繍の形は五芒星(ごぼうせい)。星の煌き(きらめき)を連想させるそれは、かつてこの地を治めていた偉大なる大魔道士が愛した形であり、今では魔除けの力を持つとして神聖な意味を持っていた。

 この五芒星は一時世を席巻(せっけん)した魔法信仰のシンボルにもなっていた。しかしアランの国ではその信仰は既に廃れて久しかった。
 このハンカチは戦争へ発つ前日にリリィからお守りとして渡されたものであった。リリィがこの形とその意味を知っていることにアランは少し驚いたが、アランはリリィに対し素直に感謝の気持ちを示した。

   ◆◆◆

 戦地へ向かうまでにアラン達はいくつかの街を通り抜けた。
 そこで彼らが見たのは、道端に無造作に捨てられている奴隷の者と思われる死体、乱暴に扱われる奴隷達、そして商品として陳列されている奴隷達であった。
 アラン達はその光景を見て何も言うことができなかった。カルロが治める街の奴隷達とは扱いが全く違っていたからだ。
 アラン達は知らなかった。カルロの治世がどれほど貧困層にやさしいものなのかを。そして今目の前に広がっている光景こそがこの世界の常識であることを。
 アランは後に「魔法使いの社会」というものがどのようなものなのかをその身をもって学ぶことになる。

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