Chivalry - Foreign Samurais -

稲田しんたろう

第一話 格差社会(1)

騎士道(シヴァリー:Chivalry)はそれ自身人生の詩である。
 (シュレーゲル 『歴史哲学』より)

武士道(シヴァリー)はその表徴たる桜花と同じく、日本の土地に固有の花である。
 (新渡戸稲造 『武士道』より)

 かつてある魔法使いはこう言った。
「私がまだ幼かった頃、魔法は希望の象徴だった。
 しかし今は違う。
 魔法という存在は嫉妬、差別などの暗い感情を生み、世に不幸をもたらすであろう」

 魔法――
 それはとても不思議な力。その力は人類に様々な恩恵をもたらした。
 時代が流れるとともに魔法への信仰、依存心は深まっていき、人類にとって無くてはならない存在となった。
 しかし神は残酷だった。
 魔法は誰にでも扱えるものではなかった。魔法を扱うには天性の素質が必要だった。
 魔法は強い力。それを扱える者は自然と社会の強者になった。
 人の欲望は果てしない。力を持つ者達はより大きな力を求めた。

 富、名声、権力――これらを巡り戦いは繰り返された。
 その犠牲になるのは常に弱者。魔法を扱えないものは血を流し、涙を飲むしかなかった。
 人は皆何かに価値を見出し、それを頼りに生きる。しかしこの世界は魔法の価値があまりに高くなりすぎていた。
 しかしどんな時代にも必ず終わりは来るのだ。この物語はそんな魔法使いの世の価値観を変えた者達の物語である。

   ◆◆◆

 二人の男が戦っている。
 場は戦場。
 しかし場に響くは二人の戦闘音のみ。
 兵士達は二人を囲むように円陣を組んでその戦いを見守っている。

「「雄雄雄ォッ!」」

 円の中心にいる二人が叫び合い、手を出し合っている。
 両雄の名はアランとリック。
 双方とも、この物語を語る上で外すことが出来ない者だ。
 そして両者とも、得意とする間合いは接近戦。
 アランが振るうは剣、対するリックは拳。
 魔力を帯びて光る鋼の刃と拳が何度も交錯する。
 魔法使いらしからぬ戦い方。
 リックは誇りある伝統と、受け継いだ技術がそうさせている。
 アランは違う。彼にはこの戦い方しか選択肢が無かった。
 アランは魔法使いとしては半端者。
 しかし今、アランは強者であるリックと互角に戦っている。
 交錯する刃と拳の速さは目に見えぬほど。素人目にはどちらが有利なのかすら分からない。
 単純な速度ではリックのほうに分がある。
 しかしアランはある能力と、剣捌きでその差を埋めている。
 そしてアランは苛烈な命のやり取りの中に身を置いているにもかかわらず、感動している。
 自分をこの舞台にまで引き上げてくれた奇妙な運命に感謝している。
 ここに至るまで長かった。
 何度も壁にぶつかった。挫折もした。一度はあきらめ、別の道を歩もうとすらした。
 だが、運命は呪いのようにアランを元の道に引きずり戻した。
 まずはその過程を話そう。
 物語はこの戦いの六年前から始まる。

   ◆◆◆

  格差社会

   ◆◆◆

 季節は冬――降り積もる雪の中、多くの男達の姿があった。
 耳を澄ましてみると穏やかではない叫び声が聞こえてくる。

「前列突撃! 弓兵部隊も援護しろ!」

 ここは戦場。怒声や悲鳴が響きわたり、弓と魔法が飛び交う死地。
 そんな中を悠然(ゆうぜん)と歩く一人の男がいた。
 男が腕を振るう。その度に兵士達が炎に飲み込まれていった。

「なんだこいつは、化け物か!?」

 彼は魔法使いであった。この戦場はたった一人の魔法使いによって阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄と化していた。

「味方の盾持ちをもっとこっちに回せ!」

 魔法使いが放つ炎を食い止めようと多くの盾が前線に並ぶ。しかしそれも空しく、兵士たちは盾ごと炎に飲み込まれていった。

「……!! 全軍撤退! 退け、退けえ!」

 勝機は無いと判断したのか、敵は速やかに後退していった。
 敵の姿が見えなくなり、後には焼死体だけが残った。

「化け物」と呼ばれた魔法使いは、敵のいなくなった戦場を退屈そうな表情で眺めていた。

(脆いな(もろいな)、我が軍はこんなやつら相手にてこずっていたのか)

 そんなことを考えていた魔法使いに、貴族らしき身なりの良い男が話しかけてきた。

「お見事でしたカルロ将軍。さすがは炎の大魔道士ですな」

 炎の大魔道士、そう呼ばれた男はお世辞など気にもかいさずに答えた。

「この戦いはこれで決したようなもの。あとは数だけで押し込めるでしょう」

 そのようですな、と言葉を返す貴族を置いて、魔法使いはその場から立ち去ろうとした。

「将軍、どちらへ?」
「城に帰ります」

 魔法使いは顔も向けずにそう言い残し、去っていった。

 炎の大魔道士、カルロ――
 彼はこの世界において類まれなる力を持つ炎の魔法使いである。
 彼の放つ炎は全てを燃やし尽くした。
 しかし彼は敵が無残に燃えていく光景になんの感情も抱いていなかった。
 彼は国に奉仕しているだけであり、国はそんな彼に高い身分を与え丁重に扱っていた。
 彼が存在するゆえにこの国は強国であった。国の優劣は魔法使いの優劣で決まる、そんな時代であった。

   ◆◆◆

 ある街の中心にあるカルロの居城――
 その城の存在感は大きく、「この城には王が住んでいる」と言われても信じられるほどであり、その城の雄大さはカルロの力がどれほど大きいのかを示していた。
 そして今日、長らく城を空けていた城主の帰還を多くの従者達が出迎えていた。

「お帰りなさいませ、城主様」

 城の主の帰還に、従者達が深く頭を下げる。

「お帰りなさいませ、お父様」

 続いて、従者達の中から顔を出した一人の少女が丁寧に頭を下げた。

「いい子にしていたかい、アンナ」

 アンナと呼ばれた少女は返事と小さな笑みを返した。

「……アランの姿が見えないが、どこにいる?」

 城主の質問に答えるものはいなかった。

「あやつはまた下賤(げせん)な者と遊んでおるのか」

 沈黙がそのまま答えとなった。

「帰ってきたら私の部屋に来るように伝えろ」

 城の主はそう言って怒気を含んだまま城の奥に消えていった。

 下賤(げせん)な者――
 カルロが指しているのは奴隷階級、またはそれに近い身分の人間のことである。
 この世界では人々の身分は一部の例外を除き魔法能力の高さのみで決まっている。
 魔法能力が高いものは国に召し上げられ、相応の身分とともに裕福な生活が保障される。
 しかし魔法能力が皆無な者、そういう者達は奴隷として他人に使役されることになる。

 奴隷と一言でいってもその境遇は様々である。
 多くのものは他人に使役される過酷な生活を送っているが、一部のものは理不尽な支配から逃れ、ひっそりと生活している者達もいた。
 そのような者達が集まり、ひとつの社会を形成している場所があった。そこは俗に「貧民街」と呼ばれていた。

   ◆◆◆

 同時刻、貧民街のとある場所で仕事に精を出す男達の姿があった。彼らは鍛冶師であり、戦争で使う武器の製作を行っていた。
 そしてそんな男達の中にアランの姿があった。

「アラン、こいつを親方のところに持っていってくれ」
「はい」

 アランと呼ばれた青年が金属の資材を抱え、親方のところへ走る。

「親方、ここに資材置いておきますね」
「アラン、すまんがついでにそこの炉に火をいれてくれんか」

 頼まれたアランは炉の前で手をかざし、意識を集中した。手が光るのと同時に炎が放たれ、炉に炎が吹き込まれた。
 見てのとおりアランもまた父と同じ炎の魔法使いである。由緒正しい身分ある人間である。しかしアランは頻繁に家を飛び出し、このように貧民街で奴隷の人達の仕事を手伝ったりしていた。

 そして仕事がひと段落し、腰を下ろして一息ついていたアランは、よく知った顔を見つけたので声をかけた。

「おーいディーノ!」

 ディーノと呼ばれた男はアランの声に気づき手を振り返した。大男であるディーノは街の往来の中でもよく目立つ。

「おう、アラン!」

 ディーノと呼ばれた青年は笑顔を返し、アランの隣に座った。
 近づくとその巨躯が放つ存在感はさらに増した。こうして並んでいると、アランが小さく見えるほどに。

「アラン、今日の仕事はもう終わったのか?」
「いや、今はちょっと休憩しているだけだ」
「そうか、じゃあ仕事が終わったらいつもの場所で」
「ああ」

 簡単な会話だけ交わしてディーノは去っていった。ディーノが言った「いつもの場所」、二人はそこで毎日欠かさずあることをしていた。

「………」

 アランは手を握り締め、その力強さを確かめた。腕を軽く振り、簡単な運動をして自身の調子を確認する。
「いつもの場所」で毎日やっていること、もう数え切れないくらいほど続けてきたことだが、それでも少し緊張していた。
 自身の体に問題が無いことを確認したあと、アランは残りの仕事を片付けにかかった。

   ◆◆◆

 日が沈みかけるころ、町のはずれにある広場で二人の男が木剣で打ち合っていた。

「でえや!」

 ディーノが対峙(たいじ)する男に切りかかる。男はそれを受け流し、すかさず反撃の態勢をとった。

「せい!」

 その男、アランが反撃の一撃を放つ。しかしそれは空振りに終わった。ディーノはアランの反撃の態勢を見てから素早く後方に距離をとっていた。
 お互いの距離がひらき、仕切りなおしとなる。双方とも構えを整え、次に放つ一撃を思案する。

 アランとディーノ、二人はこの場所で剣の特訓を毎日行っていた。
 この魔法使いが支配する時代に剣の練習など、赤の他人からすれば愚かしい、無意味な行為に見えるだろう。
 しかしディーノにとってはそうでは無かった。彼は魔法能力を持たない奴隷階級の人間であった。
 ディーノの家は、元は高い魔法能力を有する貴族の家系であった。しかし世代が移るとともに魔法能力は衰えていき、ディーノの親の代で奴隷の烙印を押されるほどに落ちぶれてしまっていた。
 ディーノはそんな家に生まれ、両親からかつての栄華の話を聞きながら育った。
 ディーノは力を欲していた。家を再興できるほどの力を。
 ディーノ自身、この特訓にどれほどの意味があるかはわかっていない。完全に無駄かもしれない。ディーノは心の片隅でそんなことを考えつつも、体を動かさずにはいられなかった。
 しかし魔法使いで、しかも名のある貴族であるアランがこんなことに真剣に付き合ってくれるのはなぜだろうか。ディーノは不思議に思っていた。俺達が親友だからだろうか?
 そんなことをディーノが考えている間に、二人の距離が徐々に詰まっていった。もうあと一歩でお互いの剣が届く距離だ。
 緊張が極限に達したとき、二人はほぼ同時に動いた。木剣を打ち合う大きな音とともに二人の体がぶつかりあった。

 ……今日の勝負の軍配はディーノにあがった。アランの木剣はその手から弾き飛ばされ、はるか後方にあった。

「今日は俺の勝ちだな」
「……くそっ」
「最後は惜しかったな、いい勝負だった」

 ディーノとアランは大きく息を吐き、身体の緊張を解いた。勝負の余韻よいんはなかなか冷めず、身体には滝のように汗が流れていた。
 二人がせっせと汗を拭っていると、いつの間にか二人の傍に近づいてきた一人の女が声をかけてきた。

「二人ともおつかれさま」

 そう言いながら女は水の入った壺を二人に差し出した。

「おお、気が利くな、リリィ」
「ありがとうリリィ」

 我先に壺を受け取ったディーノは浴びるように水を飲み始めた。

「おいおい、俺の分も残しておいてくれよ」

 女はそんな二人の様子を穏やかな表情で眺めていた。
 彼女の名はリリィ。ディーノと同じく奴隷の身分であり、二人とは幼馴染(おさななじみ)の関係にある。端正な顔立ちの美人だが、痛々しく荒れた手肌がその生活の苦しさを物語っていた。
 三人はそのままその場に座り込み、アランとディーノは先の勝負を振り返って話し合った。あそこでこうしていれば、こういう時はこうしたほうが、などと意見を言い合い、お互いをアドバイスしあった。
 話し込んでいるうちに内容は脱線していった。最近の仕事の話や、家庭についての話など、いわゆるただの雑談になった。
 こういうときたくさん喋っているのはいつもディーノであった。ディーノは喋り好きで、話が弾んでくると聞いてもいないことでもぺらぺらと口に出した。
 こんな時ディーノが必ず話すことがあった。それはディーノが抱いている夢、野望についてである。

「俺は将来大手柄をたてて偉くなってやるんだ、それで両親に楽をさせてやるんだ。それだけじゃない、こんなこともやってやる……」

 いつも同じ内容であった。しかしアランとリリィはそんなディーノの話に黙って耳を傾け、時々相槌を打っていた。
 アランは熱く語るディーノに共感しつつも、どこか冷めた目で見ていた。アランは知っているのだ。本当に強い魔法使いの力というのがどれほどのものなのかを。
 いつかディーノは現実の壁にぶちあたるかもしれない。でもそれまではディーノと一緒にこの甘い夢に酔っていよう、アランはそう考えていた。
 日が沈み、あたりがすっかり暗くなったころ、ようやくディーノの話が終わった。

「話過ぎたな。今日はもう解散にしよう」
「そうだな。それじゃあ、また明日」
「二人とも、また明日ね」

 そう言ってお互いに手を振り合い、それぞれ帰路についた。

   ―――

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