恋の魔法は苦手ですっ!

仁野久洋

恋の魔法は苦手ですっ!

「遊園地に行かないか、はつか? チケットもらったんだけど」


「いや」


 小鳥囀る爽やかな朝。一緒に登校している僕の誘いを、はつかは歯切れ良く断った。


 はつかはいつも無表情で何を考えているのか分からないヤツなのだが、気付くといつもそばにいる女の子だ。


 特に告白されるわけでもないので、当然付き合ってもいない。


 学校では人気があるらしく、時には僕の目の前でラブレターを差し出された事もあるはつかは、望めばいくらでもいい男と付き合えると思う。


 だが、辛い時、悲しいとき、嬉しい時、この一年、いつも必ず、なぜか僕なんかの横にいるのだ。


 僕は今、その真意を確かめるべく、勇気を出して遊びに誘ってみたのだった。


 が。


「即答かよ!」


「あら、不満かしら? 答えは早いほうがいいでしょう?」


「いや、そりゃいい返事ならそうだろうけど、悪い返事なら心の準備とかいるだろ?」


「それはリョウ、あなたの準備不足のせいだわ。物事を行う時は、常にあらゆる事態を想定して、心構えをしておくのが賢人というものよ」


「僕は賢人じゃないし」


「そうね。成績は中の中。平々凡々としたルックス。当たり障りの無い会話。確かにリョウには、賢人と呼べる要素が、何一つないのかも知れないわね」


「言いたい放題だな、はつか!」


 ……これでも学校の屋上から飛び降りるくらいの覚悟で誘ったんだけどね。


 と、僕は心の中で呟いた。


 精一杯の勇気を振り絞り、生まれて初めてのデートの誘いを一刀両断。その上、ここまで自分を冷静に批評されるとは。好きな子に「平々凡々」とか、もう終わってる感じだし。


 僕は朝日に照らされるのさえ恥ずかしくなってきたので、口をとがらせて俯いた。




 ――そんな二人の上空五十メートル――




「ようし、あの二人にしましょう、ファンタ」


「はいはい、お好きにどうぞ、ジア姫」


 相変わらず適当で考え無しなジア姫の言葉に、俺は無気力な声を返した。


 下界の人間達からは見えないが、俺達は宙に浮かび、はつかとリョウ、二人を観察していたのだ。


 そんな俺の名はファンタ。天空界の騎士。


 今日もジア姫のお供――子守とも言う――に駆り出され、下界の恋愛事情を眺めているのだ。


 ……くだらねぇ。恋愛なんざどうでもいい。早く帰ってメシにしたい。


「ちょっとファンタ! キミ、やる気はあるの? 私は下界の恋を百個叶えないと、自由に恋愛出来ないのよ!」


「はいはい、分かってますよ。あと百個叶えないといけないんでしょ? 恋愛成就率ゼロパーセント。全く立派な恋のキューピットもいたもんだ。
 ジア姫が何もしなければ叶った恋もあったでしょうに、お気の毒様ですねぇ、ターゲットにされた者達は……、はっ!」


 そこまで言って、俺はジア姫の手にある白いステッキが輝きだしたのに気がついた。


 まずい! 雷撃魔法が来る!


「ファンタァーッ!」


「ぎゃあぁぁぁぁ!」


 雷撃の直撃を受け墜落した俺は、下界の地面、アスファルトに盛大に顔を打ちつけてしまった。


 いたたた……。ジア姫に警護なんて必要なくね? と、彼女の魔法の威力には、護衛騎士の存在の必要性を、いつも疑問視してしまう。


 こんな事が毎日続いたんじゃ、身が保たない。


 さっさと恋愛”百”成就を完遂させて、俺も自由を手に入れなければ。


 とはいえ、ジア姫は箱入り娘の為か、どうも恋愛の機微ってもんが分かっていない。要するにお子ちゃまなのだ。キスしたら結婚しなければならないとか、本気で思っているようだし。


 はぁ。めんどくさいが、ここは俺がなんとかしなくては。


「まずはこの二人、リョウとはつか、だっけか? こいつらを無理矢理にでもひっつけてやる!」


 俺は雷撃で痺れる体で、剣を杖にしてなんとか立ち上がると、前方を歩くリョウ達に目を向けた。






「あのさ、はつか。お前、なんでいつも僕と一緒にいるんだ?」


「あら、迷惑かしら? 私は自分で言うのもなんだけど、結構かわいい部類に入ると思うわ。そんな私と一緒にいるリョウも、周りからは一目置かれているはずなのだけれど?」


 僕は恥かきついでに、思い切ってストレートに聞いてみた。


 そして、聞かなければ良かったと後悔した。


 いや、ここで心を折られてたまるものか。質問に質問で返すのも気に入らない。


「いや、そういう意味じゃなくてさ。その、なんて言うか……」


「何? 言いたいことはハッキリ言いなさい。ただでさえ気持ち悪い顔なのに、おしゃべりまで気持ち悪いなんて、もう救いようがないじゃない」


「えええええ! 僕、気持ち悪い顔なんて面と向かって言われたの、初めてだよ!」


 ちょ、本気でびっくりした! てか、そんな事言われて、「お前、僕の事好きなのか?」なんて、絶対聞けないし!


「……え? 初めて? そんな、まさか……?」


「そんなに驚くなよ! それじゃ何か? 僕のこの顔は、それぐらいの事は、何度も言われててもおかしくない顔だってことかあぁぁぁ!」


 分からない! なんなんだ、コイツは!


 僕は頭を掻き毟った。






「……やっぱりやめましょうか、ファンタ? この二人、全然見込みがなさそう……」


 振り向くと、ジア姫は俺の真後ろに、つーか、俺の肩に顎を乗っけてりょうたちを見ていた。


 近い近い! 顔が近すぎますよ、姫!


「はぁ。やっぱり姫は分かってませんねぇ。このはつかという女の子、相当素直じゃなさそうですよ」


 ドギマギするのを必死に抑えて視線を前に移すと、俺は姫に一言述べた。


 姫は火炎、雷撃等、攻撃系の魔法は得意でも、チャームなどの精神操作系魔法は大の苦手としている。


 姫に起こせる魔法による奇跡など、こと恋愛に関しては微々たるものなのだ。


 よって、ある程度見込みのありそうな二人でなくば、恋愛成就は不可能だろう。


「素直じゃない?」


「はい。口ではああ言っていますが、本気でそう思っていたなら、一緒になどいられませんよ」


「そりゃそうね。じゃ、なんであんなひどい事言うの?」


「面白いから、でしょうね。あれが彼女の、愛情表現なんでしょう」


「あー! なんか分かる! 私も、ついついファンタに攻撃魔法使っちゃうもんなー!」


「は?」


 怪訝な顔で振り返る俺に、姫は口を押さえ、真っ赤な顔で後退った。


 と、そこまではいいのだが、再び白いステッキが輝いた。……なんで?


「変な顔するな、ファンター!」


「うぎゃあぁぁぁ!」


 再度の雷撃に朦朧とする意識の中で、俺は素直に言葉を鵜呑みにするりょうをなんとかしなければ、と考えていた。






「……分からない」


「え?」


 不意に立ち止まり、目を伏せてそう言う僕に、はつかは相変わらずの無表情で振り返る。


「はつかの事が分からない。お前、なんで僕のそばにいるんだ? 僕をからかっているのか? 僕ははつかの言うとおり、見栄えも良くなきゃ、なんの取柄もない。
 僕は知ってるんだ。僕が皆になんて言われてるのか。リョウははつかのお供。まるでお姫様に付き従う、下僕のようだ、ってね」


「……そうね」


 はつかの口調は変わらない。やっぱり知っていたんだ。知っていて、なお僕に付いて来ていたんだ。


 それが心地よかったってこと、か?


 突然湧き上がる怒りに、僕は抗う術を持っていなかった。


 想いが堰を切ったようにあふれ出す。


「そうね、じゃないよ! それで僕がどれだけ情けない気持ちになったと思ってるんだ!
 僕ははつかのお供でもなければ、下僕でもない! 僕ははつかが、もしかしたら僕の事、好きなんじゃないかって、そう思ってた!
 でも、自信がないから、遊園地に誘ってみたんだ! ……それもキッパリ断られたんだ。残る理由は、はつかの自尊心を満足させる為……それしか、残ってないじゃないか……」


 拳を握り締め、怒鳴るように一気に話す僕の目線を、はつかは一時たりとも逸らさずに、真っ直ぐに受け止めていた。


「私は逃げない」と、無言で主張するように。






「喧嘩になっちゃったよ、ファンタ。これ、もうダメだよね?」


「ふ。いえいえ、恋愛というのは、ここから発展するものですよ、ジア姫」


 ジア姫、今度は地面にうつ伏せに倒れたままの俺の背中に乗っかっちゃってるけど。


 どうも俺を男として見てない気がするんだよなぁ。


 俺だって男なんだから、そんな事されたら理性のタガが外れる可能性だってあるんだぜ!


 ……まぁ、そんな事態になったら、俺は死刑にされるだろうけど。


「そうなの? てゆーか、ファンタっていつもそうやって偉そうなこと言ってるけど、キミだってそんなに恋愛経験無いはずじゃない?
 騎士になるのって恋愛してる暇無いくらい大変だって言うからさ」


「ふふふ、並みの男ならばそうでしょう。しかし、俺は普通じゃありませんからね。
 毎夜毎晩、コンパコンパで大忙しでしたよ。なにしろ騎士候補生といえば、とにかくモテる! いやぁ、楽しかったなぁ! あっはっはっはっは!」


「へー、そうなんだー」


 こめかみに血管と、不気味な笑顔を浮かべ、ジア姫は再再度、ステッキを取り出した。……だからなんで?


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください、姫! 今、今はあちら、リョウとはつかにご注意を!
 今なら、姫のしょうもない魔法でも、あの二人をなんとか出来るかも知れません!」


 姫のお尻に敷かれジタバタともがきつつ、俺は本気で進言した。


 そうだ。今、今なら、この粗暴な姫のお粗末な精神操作魔法でも、なんとかなるかも知れないのだ。


「……今、私の魔法をしょうもないって言わなかった、ファンタ? キミはいつもどさくさに紛れて毒舌を……まぁ、いいわ。キミがそんなに言うなら、少しだけ言う事を聞いてあげる。で、どうしたらいいの?」


「簡単ですよ。対象を怒らせる、『アングリー』の魔法を、リョウに向けて撃ってください。そうすれば……」


「ふぅん。ただでさえ怒ってる彼を怒らせて、一体どうなるのか、私には分からないけれど……失敗したら、責任は取ってもらうわよ、ファンタ!」


 姫の白いステッキが赤く輝くと、その光がリョウを覆った。






 これ以上は言っちゃいけない。言ってしまえば、これまでの僕らの関係も維持できなくなる。


 僕は喉まで出掛かった言葉を押し戻し、飲み込んだ。


 だが、直後、目の前が赤く染まると体がかあっと熱くなり……その言葉は、僕の口から飛び出していった。


「はつか。僕はいやがらせを受けたりもしてたんだ。きっとお前の事が好きなヤツからなんだろうと思う。でも、気にするといけないと思って、黙ってた。もう、無理だ。僕のことが好きじゃないなら……好きじゃ、ない、なら……」


「…………」


 はつかは黙って聞いている。


 表情から、彼女の感情は読み取れない。


 そこにまた苛立った僕は、とうとう言ってしまった。


「もう、僕のそばに、来ないで欲しい……」


 頭を垂れて、搾り出すようにそう言う僕の肩は、微妙に震えていたと思う。


 僕は生まれて初めて、空気が割れる音を聞いた気がした。


 しばらく、沈黙が続いたが、僕は顔を上げる勇気がなくて、その間ずっと下を見ていた。マンホールの蓋って、良く見ると凝ったデザインしてるなぁ、なんてどうでもいいことが頭をよぎる。


 はつかがその場を去った気配は、無い。


 僕は思いきって顔を上げた。






「!」


 視界に飛び込んだのは、僕が今まで見た事もないはつかだった。


 上がった眉尻。噛み締めた唇。スカートを握り締めながら、大粒の涙をポロポロと落とすはつかの頬は、まるで熟れたトマトのようだ。


 怒っている? いや、悔しい……のか? 


「いや」


「え?」


「私はリョウの側にいる」


「だから、なんで……?」


 そんなに悔しい思いをして、なぜ僕と一緒にいることにこだわるのか?


 僕ははつかの涙に戸惑いつつ小首を傾げた。


「私は、遊園地が嫌い。ジェットコースターとか絶叫系なんて、マジ死ねって思う。だから遊園地はソッコー断った」


「あ……」


「私は告白なんて出来ない。好きだからって好きなんて、そのまんま伝えることなんて出来ない。
 だから私は側にいる。好きな人の側にいる。いつかきっと、相手が告白してくれる。そう信じてる。
 私が好きになった人は、私よりも勇気がある人であって欲しい。普段はダメでも、いざとなれば頑張るし、頼りになるし、信じられる。
 私の好きな人は、そういう人。私が側にいるのは、そういう人なんだよ、リョウ……」


 零れ落ちる涙を気にも留めない様子で言葉を紡ぐはつかの姿に、僕は後頭部をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。


 いっそ、本当に殴られてて、脳みそが飛び散ればいい。


 僕はそれぐらいに自分を恥じた。






 そうだ。はつかは素直じゃない。僕が言わなければいけなかったんだ。


 はっきりしない関係は、全て僕の責任だった。


 僕が勇気を出して、言わなければならなかったんだ。


 それをはつかのせいにして、責めてしまうなんて。


 はつかは待っててくれていた。僕は、その期待に応えるだけで良かったのに。


 ただ、それだけだったのに。


「……す、好きだ、はつか! 僕と、僕と付き合ってください! これからも、一緒にいてください!」


 無意識に出た告白は、お世辞にもかっこいいとは言えないだろう。


 でも、言わずにはいられなかった。


 はつかを泣かせた。


 その自分自身への怒りが、告白という形になっていた。






「すっごーい! ファンタ、凄い! こうなるって分かってたの?」


「ふふふ、当然ですよ、ジア姫。俺の事は、これから恋愛マスターと呼んでください」


 俺はジア姫のお尻の下で、得意げに頷いた。


 ……こんな恋愛マスターはいねぇだろ、と、自分に突っ込みを入れながら。


「恋愛マスター、ねぇ。自分の事には当てはまらなさそうだけど……」


 そんな俺に、ジア姫の疑いの眼差しが突き刺さる。


 おかしいな? これだけいいとこ見せたら、完全に信用してくれそうなもんだけど。


「あ、はつかが返事するみたいだよ、ファンタ」


「返事は聞くまでもないでしょうが……。うん。いい事をしたあとは、気持ちがいいものですね」


 俺はジア姫とともに、はつかとリョウに注視した。






「いや」


「へ?」


 あ、あれ? 断られた? 僕の差し出した手は、所在無く空を掴む。






「えっ?」


「あれっ?」


 俺はジア姫と二人、目を点にして間抜けな声を出していた。






「今の告白は、まるで私が催促したみたいだったわ。だからノーカウントとします。
 いーい、リョウ? 私の事が好きならば、今度はちゃんと、自分で舞台を整えて、然るべきシチュエーションで告白するのよ」


 手を腰に、人差し指を立てそういうはつかの涙はすっかり乾き、いつもの無表情が戻っていた。


 え? シチュエーション? なんか、ハードル上がってないか?


「シ、シチュエーション、って、ど、どんな?」


 あまりの意外な展開に、僕の声は上ずり、動揺を隠せない。


「そんな事、自分で考えなさい。言っておくけど、私が満足出来ない告白であったならば、また断ります」


「ええええええ!」


 勘弁してくれ! 今のでも相当、精神的ショックはでかいんだから!


「いいじゃない。それでも私は、いつも、いつまでもリョウの側にいるんだから」


 はつかは僕の腕を優しく掴んで胸元に引き寄せると、にっこりと微笑んだ。


 つられて僕も微笑んだ。


 僕らは、歩き出す。学校へ向かい。そしていつか、告白の成功した未来に向かって。






「……これってどうなるの、ファンタ? 恋愛成就成功? それとも」


「失敗、でしょうね。はつかが自分で言ってました。ノーカウントだ、と」


「えええええ! そんなあぁぁぁ!」


 ガックリと姫は上体を突っ伏した。って、下には俺がいるんだから!


 胸、胸! 胸が背中に当たってる!


「はぁ~。私の自由恋愛への道は遠いなぁ~」


 俺の背中にしがみ付き、ため息するジア姫。あまりに落ち込んだその様子に、一つの疑問が首をもたげた。


「……そんなに恋愛したいなんて、誰か好きな人でもいるんですか、ジア姫?」


「ふぅ。ホント、恋愛マスターが聞いて呆れるわ」


 俺の質問に答える代わりに、ジア姫はむくりと体を起こすと、例のステッキを天にかざした。


 ゆっくりと俺の上から離れるジア姫をうつ伏せのまま横目で見ると、天空界でも評判のかわいい顔は、ふぐのように膨らんでいた。


「ぎゃあぁぁぁぁ!」


 俺は天空界にまで届くほどの勢いで、雷撃による悲鳴を轟かせた。


「なんでこんな人、好きになっちゃったんだろうなぁ……」


 肩をすくめるジア姫の呟きは、朝の光に溶けていった。






                          ~END~









コメント

コメントを書く

「童話」の人気作品

書籍化作品