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豆腐メンタル! 無敵さん

仁野久洋

阿久戸志連宣戦布告⑦

「そう……」


 むっと膨れた七谷が、前方を睨みつけて加速した。


「ふぅん……」


 阿久戸は、ナイフのように尖った視線を俺の横顔に突きつけた。かわいいともきれいともつかない阿久戸の中性的な顔は、こうなると妙に意味ありげで怖くなる。こんなに怖い男の娘キャラが出てくるラノベがあったら嫌だなって思いました。
 視線、痛い。マジ痛い。なんなんだ、こいつ? さっきといい今といい、一体何を怒ってやがる? どうにも、嫌な予感がする……。外れない、俺の嫌な予感、が……。
 気付けばもう、保健室のスライドドアの前にいた。




  *   *   *




「さて。じゃあ、留守先生に報告を……、っと、私が行った方が早いわね。直接無敵さんの状態を伝えてくるから、その間だけ見ててくれるかしら? 無敵さん、眠っているから、あんまりうるさくしないでね」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」


 無敵さんの眠るベッドの横で、俺は保健室の先生に頭を下げた。
 それにしても、保健室の先生は妖艶だった。なんだよあの色気。あんなんが学校にいたらまずいだろ。俺、保健室に通いたいと思います。


「無敵さん、薬だけは飲んでくれて良かったね」


 先生が出て行ったのを見計らい、七谷がほっと息をいた。相当心配していたらしいことが、その様子に見て取れる。


「ああ。ここの保健室の先生、医師免許持ってんだな。設備も本格的なのが揃っているみたいだし、ひょっとしたらここで緊急手術とかもやっちゃうんじゃないか、あの先生?」


 明るく清潔感に溢れた保健室を見まわしながらそう答えた。どんだけ生徒の健康に気を配っているのやら。この学校、やたら神経質なのでは?


「それにしても頑張ってたね、無敵さん。菜々美、ちょっと感動しちゃったよー」


 後ろ手に肩を上げて顔を傾ける七谷菜々美。はにかんだような笑顔が、やけに眩しい。こいつ、仕草がいちいち可愛いな。かと思えば急に乱暴になったりするけれど。それもこいつの魅力といえば言えなくもない、かな?
 おっと危ない。ビッチはこういうところも計算づく。思う壺にはまらないよう、気をつけねば。
 でも。
 こいつ、本当にこう、なんていうかいやらしさがないんだよな。男友達でいう“いいやつ”って表現が、一番ぴったりくる感じ。心の中では“ビッチ”とか思ってるの、もう悪いような気がしてきた。
 と、俺が心の中で謝罪していると、七谷は、


「でもさ。危なかったよね、オトっちゃん。無敵さんのどとーの演説のお陰で突っ込まれなかったけど、実は菜々美、『ここを誰かに突かれると終わる!』ってのがあったから。内心、ヒヤヒヤしてたんだよー」
「……え?」


 俺の思わぬことを言い出した。


 なんだそれ? あの号令議論で、そんなに致命的な部分があったのか? いや、俺自身にあったってことなのか?


「ふぅん。七谷さんって、実は結構怖いんだね」
「阿久戸?」


 俺にとっては意味不明な七谷の言葉も、阿久戸には通じたらしい。くすくすと小鳥の囀るような笑い声が、やけに癇に障った。


「あれー? 阿久戸くん、気付いてたのー?」
「当然だよ。僕はそこを一番気にしていたんだからね」
「そこってどこだよ、阿久戸? お前、そうやって優越感に浸りたいだけなんじゃないだろうな?」
「なんだって?」


 俺がそう言った直後、明らかに空気が変わった。空耳か、ぴしっとガラスにひびが入るような音が聞こえた。空間が、緊張している。太陽が雲に隠されたのか、保健室に差し込む日射しが暗くなる。


「優越感? ホズミくんに? 僕がかい?」


 ゆらり、と阿久戸の体が揺らめいた。その動きは幽鬼じみていて、七谷でさえも「ひっ」と短く悲鳴を上げるほどだった。


「きみは知らない。きみが、どれほど僕に劣等感を刻みつけたか、を……」


 ぐりん、と見開かれた阿久戸の目は、毛細血管が浮き上がり、赤い蜘蛛の巣のようだった。その目に、俺の肌がぷつぷつと泡立った。
 怖い。なんだこいつ。これは、絶対に正気じゃない!


「ホズミくん。きみ、どうしてクラス委員長を引き受けているんだい?」
「なに?」


 突然の意外な質問。阿久戸の奇怪な様子も相まって、すでに俺の思考は停止寸前だ。


「う。そ、それ。それだよ、オトっちゃん。菜々美が、さっき一番はらはらしてたの……」
「そうなのか?」


 俺の後ろに隠れ、俺の制服の裾を握り締めた七谷が、こくりと小さく頷いた。


「そもそも、きみはクラス委員長をやりたくなかったはずでしょう? どうしても拒否したければ、再び立候補を募った後、再推薦という手順を踏むことだって出来たんだ。なのに、きみはそうしなかった。なぜだい、ホズミくん? それは……」


 返事が出来ない。声が出せない。なぜなら、阿久戸がぶるぶると震え出したからだ。異常だ。奇怪だ。容姿が美しいだけに不気味過ぎた。俺は生まれて初めての恐怖に身がすくむという体験をしていた。


「それは! きみが今まで散々に憎んできた『間違い』ってやつじゃあないのかいっ!?」
「きゃああああああっ!」
「七谷!」


 突如として発された阿久戸の甲高い叫びにより、七谷がその場にぺたんとへたり込んだ。制服の裾をぎゅっと掴まれていた俺も、つられて少しよろけてしまう。


「なぜだい!? どうしてきみは間違ったことを寛容してしまったんだ! きみは正しいはずだろうっ! 常に! 正しくなければならないはずだろぉっ!」


 阿久戸は口角から泡を飛ばして叫び続けた。その目は限界まで見開かれ、ぎょろぎょろと、そしてぎらぎらと俺を間違いなく捉えている。


「『間違った人が寛容されるこの世界で。正しい人が糾弾されるこの世界で。それでも、オトは。白馬の王子様でいて欲しい』」
「――っ! それは! その、言葉は!」


 俺は落雷に打たれたようにびくんと体を震わせた。
 なぜだ? それは! 『莇飛鳥あざみあすか』の!


「あーあ。高校に入った途端、すぐこのざまか。間違った人間たちに流されて、それにすら気付いていない。僕はね、ホズミくん。そんなのは許せないんだ。絶対に、許せないんだよ。莇飛鳥の為にも、ね」
「あ、ああ、うっ……」


 がくがくと体が震える。体に力が入らない。誰、だ? 阿久戸。お前は、一体、誰、なん、だ……?


「オトっちゃん? オトっちゃんっ!」


 七谷が、俺の体を抱きしめた。その温かさすら、今の俺には届かない。


「僕が何者なんだろうって、そう思っているだろう? 教えてあげるよ。知ってもらわなきゃ、僕がこの高校にまできみを追いかけてきた意味がないからね。まぁ、正確には莇飛鳥を追ってきたんだけど。彼女も、ここに入学する予定、だったから……」


 そこまで言うと、阿久戸はぎゅううと唇を噛んだ。そこから、一筋の赤い線がつーっと伸びた。


「お、追い、かけて……?」


 莇のことを知っているということは。それも、かなり詳しく知っているというのなら、俺が以前に住んでいた街から来たってのは嘘じゃないってことだろう。
 あの、街から。俺が“逃げて”きた街から。


「逃がさないさ。莇の無念を晴らさなきゃ。誰かが、きみに莇の無念をぶつけなきゃ。僕はその一念でここに来た。八月一日於菟。きみに”耐え難い苦痛”を与えるために、ね」


 阿久戸はそこで言葉を切ると、保健室の真っ白な天井を見上げた。ふ、と優しげな表情を目に浮かべて。無敵さんはその横で、苦しそうな呼吸を繰り返して眠っている。俺も、浅い呼吸を繰り返すようになっていた。まずい。過呼吸寸前の症状だ。


「そ、それは、“あの事件”のことを言ってるの? 違うよ! あれは、オトっちゃんのせいじゃないっ!」
「なな、たに……?」


 反論した? それも、あてずっぽうじゃあなさそうだ。なんだよ、お前。
 お前も、一体、何者なんだ!?





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