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豆腐メンタル! 無敵さん

仁野久洋

三日目七谷水難事件②

「じゃあ、菜々美が拭いてあげよっか、オトっちゃん」
「ああ、まぁ、お前でもいいか。じゃ、頼む……、って、あれれれれれぇ?」


 妄想から現実に戻ってみれば、七谷がにやにやしながら俺の机に座っている。俺を見下す青い瞳が冷たい軽蔑の光を放っていた。


「あれれれれれぇ? じゃない。貴様、自分の下劣な妄想を垂れ流ししていたぞ」
「ええええええええええ! げ、下劣っ!」


 前の席に座る黒野が、本のページをぱらりとめくり、振り返りもせずに教えてくれたが。


「ふーん。オトっちゃんって、そーゆー人なんだねー。留守先生が好きなんだー。年上が好みなのー?」
「あ、あばばばばば」


 七谷の青い瞳はどこぞのエクソシストみたいな炎を映している。ように、俺には見えた。そうそう、その青い炎は魔王の息子である証なんだよな。てことは、七谷は魔王の息子?
 そうか! 昨日、俺が「こんなやついたっけ?」って思ったのは、実は七谷が男だったからなんだ! おとといの入学初日は普通に男の姿で登校し、翌日からは女装してきた! 謎は、全て解けた! じっちゃんの名に懸けて!


「解けてないよ! 菜々美、ちゃんと女の子だし!」
「え? そうなの?」


 俺の推理はわずか数秒で破綻した。推理が声に出ていたようだ。自己申告を鵜呑みにするなど探偵として失格ではあるが、七谷の性別を確かめる術を持っていないのだから仕方が無い。


 だってそうだろう? おっぱいなど作れるのだから、触ったくらいで真贋を見極めるのは不可能だ。なにしろ俺は、本物のおっぱいがどんな感触なのかさえも知らないのだ。となれば、見て分かる所。それも、特に専門的な知識がなくとも一見して分かるような部分で確かめるしかないだろう。そんな所、見せてくれるわけがない。だから不可能だと言ったんだ。
 なに? 諦めるな? お前の真実への探求心はそんなものなのか、だと? いいだろう、そこまで言われては俺も男。やれるだけのことはやってやる!


「七谷っ!」
「見せないよ?」


 決意を秘めた俺の願いを、七谷はばっさりと拒否しやがった。てか、当たり前だろ常考。


「だよな。ま、もちろん冗談だから忘れてくれ」


 俺は髪と制服を拭いたタオルを机に置いた。それを七谷が丁寧に折り畳んで置き直す。なんだそのさりげない気遣い。些細なことだけど、俺ってそういうの、結構弱いんだが。
 それにしても俺、髪はぐちゃぐちゃだし、制服は水を吸ったところだけ暗い色になっちゃってる。かなりかっこ悪いけど、ま、どうってことないか。
 だって「見て見て。ホズミのヤツ、すっげー情けない感じ。ぷーくすくす」とか笑っているやつらがいるくらいだしな。嫌われ者の俺がかっこ良くしてたって誰も喜んだりはしないのだ。むしろ情けない姿を晒した方が、世の為人の為になんぼか貢献出来るだろう。


 笑いたくば笑うがいい! 俺はそれを快感にまで昇華することで抗おう! それが俺の戦い方! 笑う方も笑われる方も勝者となるこのWIN‐WIN理論に死角はない! これでみんながハッピーだ!
 ただ、唯一の懸念は、俺の性的嗜好に問題が発生するかも知れないことだ。そのうちに「虐待されないと愛を感じられないんだ」とか言い出すかも。それで幸せならそれでもいいけど、なんだこの卑屈でリスキーな戦い方。やっぱ全然ハッピーじゃねぇぞ。


「くすっ。変わらないね、オトっちゃん」


 七谷が小さく微笑む。その笑顔は、春の到来に咲き誇る桜の花のようだった。いつ散ってしまうのかとドキドキさせる無垢な小悪魔。小さな小さな薄紅色の桜の花だ。いや、見惚れている場合じゃない。こいつ、今、すげー気になること言ったぞ!


「ちょっと待て、七谷。変わらないねって、それはどういう」
「あ。そういえばさ、昨日は結局どうなったの? オトっちゃん、菜々美たちが帰る頃になっても、教室に戻って来なかったじゃん?」
「それは……。その前に、さっきの言葉の意味を」
「ねねね。どうなったのどうなったの? 無敵さんには会えたの? ねーねー」


 俺の質問はスルーされた。七谷のサイヤ人的話題転換力の前には、俺などただの地球人だ。


「……会えたよ。家にも上がって話したけど」


 やっぱこいつ苦手だ。強引な会話するやつって、俺の天敵なんだよなぁ。


「ふーん、そーなんだー。やーらしー」
「何がやらしいんだ? 会って話すしかなかったんだからしょうがないだろ」
「どうだかー。で、なんで休んだの、無敵さん?」
「わからん」
「わからん? なんで?」
「聞いてないから」


 説明が面倒なので、俺はそのまんま答えた。


「なにしに行ったの、オトっちゃん? オリエンテーション欠席してまで」
「それを言われると二の句が継げないが……」


 七谷に言われるまでもない。ホント、何しに行ったんだ、俺。
 あの後、デルモ男から逃げ切った俺は、まさかの補導をされていた。当然だ。平日の朝、制服を着た高校生が繁華街をうろついているのだから。運悪く警官に発見された俺は交番に連行され、尋問を受けたのだった。交番には、もう用が無かったのに。
 俺は不良とかでは無い。街にいた理由も、担任の先生に頼まれたからだ。自分の誇りを守る為、俺は必死で説明した。が、警官がそんな話を簡単に信じてくれるはずもなく。
 警官は学校に電話確認をするに至った。その電話を受けたのが、運悪く校長先生であったらしい。俺を交番まで引き取りに来た留守先生は、引きつった笑顔を浮かべていた。


「お待たせ、ホズミくん。さ、学校に帰りましょう。先生ね、この後、また校長室に行かなくちゃならないの」


 昨日のように、泣くまで説教をされるのだろう。ごめんなさい、先生。俺のせいで。とか一瞬思ったが、やっぱりこれは留守先生のミスだろう。警官も「生徒を使いに出すなんて。しっかりしてくださいよ、先生」なんて、嫌味ったらしく留守先生に言ってたし。
 朝の俺の予感は当たっていた。留守先生は、一昨日同様、やはり昨日も負けたのだ。何かに。


 なんてことは、七谷はおろか、誰にだって話してはいけない。「な、内緒よ、ホズミくん。これは先生とホズミくんだけの秘密なのっ」と、留守先生にお願いされてしまったからな。
 誰かに話せば、その時点で二人だけの秘密では無くなってしまう。そんなの嫌だ。だって、もったいないだろう?
 女教師との秘密の共有? それも確かにいいだろう。だが、これは俺が体を張って手に入れた『カード』でもある。いつか、何かに使えそう。そっちの方が重要なのだ。やっぱり俺ってサイテーだぜー☆ いえーい☆


 あと、気になる事と言えば、無敵さんが持っているはずの俺の携帯だが……。あいつ、今日、ちゃんと持ってきてくれるんだろうな?
 あのデルモ男に渡してたりしたら全力で殴ってやる。女とて容赦せん。手加減したらひらりとかわされそうな気がするし。その上、反撃とかありそうだし。クロスカウンター喰らってる自分が鮮明に想像出来るし。やっぱ怖いな、あいつ。


 そして、くだんの無敵さんが朝の教室に降臨した。それも、衝撃的な姿で。





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