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豆腐メンタル! 無敵さん

仁野久洋

二日目欠席入浴中⑤

 なぜ「やっちまった」なのか? 考えるまでもない。今、この瞬間、あのネコを救えるのが俺だけだという状態に置かれてしまったことがだ。
 人通りはおばちゃんばかり。みんな、とにかく俺よりネコから遠い位置にいる。ダンプからネコまでは二十メートルくらいだろう。おばちゃんからネコまでもそれくらいだ。つまり、あのおばちゃんたちがダンプより速く走れない限り、ネコを助けることはかなわない。
 ぜってー無理。あのおばちゃんが実はサイボーグだったりしたら素敵だけど。ベビーカーが実はボンドカーで、ロケット付いてて空まで飛べるとかでもいいけれど、そんなことがあるわけない。
 こんな時、ラノベだったら超能力《レールガン(電磁加速砲)》の使い手であるヒロインが、コイン使ってあのダンプカーを吹っ飛ばし、華麗に助けてくれるのに。で、「危なかったわね。怪我はない?」って、にっこり笑ってくれるのに。その言葉はダンプカーの運転手さんにかけてあげてくれよ。多分死んだと思うけど。まぁいいさ。その辺のリアリティは物語に必要ないし。モブキャラに人権とか無いし。
 てか、そろそろマジでヤバいことになっている。くだらない現実逃避をしている間にも、ダンプは着実に前進しているのだ。


 どうなる? どうする? 考えろ、俺!


 あのネコが轢かれて死ねば、女の子はマジで大泣きするだろう。「みーちゃん」って呼んでるからには、あの子の飼い猫である可能性が高いしな。それがぺちゃんこになって、一瞬でグロテスクな姿に変わり果てたら、一生残るトラウマにもなりかねない。


 だがしかし。
 ここからダッシュでネコを救うのは相当キツい。ネコどころか、俺まで一緒にぺちゃんこになった場合、それを見たあの子は、トラウマが残るくらいじゃ済まないぞ。踏まれたケチャップのチューブみたいになんのかな、俺? そんなのネコどころの騒ぎじゃない。もう精神が崩壊してもおかしくないレベル。


 と、その時。俺の視界の端から、“何か”が急速に現れ出した。
 ぶぅん、ぶぅん、と風を切り、唸りを上げて回転しつつ、にゃんこを目指す物体。俺の視界は定点カメラそのままなのだが、まず判別出来たのは小さな車輪だった。徐々に全貌を現す謎の高速飛行物体。それは。


「ベ、ベビーカーかよ!?」


 その物体を識別したと同時に、俺の《ブレイン・バースト》が解除されていた。
 ダンプの目前に、その挑戦的なベビーカーが突っ込んだ。カミカゼ特攻ベビーカーだ。刹那、ダンプのブレーキがキキキキキと悲鳴を上げた。にゃんこは自らを目指す二つの脅威に怯えてしまい、竦んだままで動けない。にゃんこがどちらかの餌食となるのは確実だ。


「いや! ベビーカーの方が一瞬早い!」


 俺は拳をぎゅっと握り込んだ。


「みーちゃぁんっ!」


 ガードレールから手を伸ばした少女が、悲痛に絶叫する。


 ガアアアアアアアアア!


 ダンプは。
 そのまま何を撥ね飛ばすこともなく、通過した。相当焦ったのか、大音量のホーンをパァーンと鳴らして走り去る。道路に残された物は何もない。にゃんこが潰されたような痕跡は無かった。カミカゼベビーカーは、反対側の歩道で横倒しになり、車輪をからからと虚しく回していた。


「みーちゃん!」
「おっと。ちょっと待とうね」


 まだ車の行きかう車道に飛び出し反対側へ渡ろうとした少女を、俺は後ろからひょいと持ち上げて思い留まらせた。


「でも! みーちゃんが!」


 足を浮かされ成す術がない少女は、振り返って俺に叫ぶ。おお。かわいいじゃないか。涙で顔がぐちゃぐちゃだけど、笑顔が俺の想像通りなら、将来有望な少女だな。


「大丈夫。みーちゃんなら、きっと大丈夫。だから、な? 信号が青になったら、そこの横断歩道から見に行こう」
「ほんとう?」


 ぐし、と少女が鼻を鳴らした。なんかこの感じ、つい最近見たことあるな。ま、いい。


「ああ。お兄ちゃんが保証する。みーちゃんは無事だ」


 少女を安心させようと、俺は努めて優しい笑顔で断言した。俺の自信が伝わったのか、少女は「うん。分かったぁ」と涙を拭いた。その様子にもう大丈夫だと判断した俺は少女をとんと地面におろし、一応念のために手を繋いで横断歩道の方へと歩き出す。
 手を繋いだのは念のためだよ、念のため。他意はないぞ、絶対に。俺はロリコンとかじゃないからな。
 その時、背後からとんでもない金切り声がした。


「な、なんてことをしてくれるの、あなたっ!」


 若い女性の声だ。あ。これ、多分あのベビーカーの持ち主だな。……待てよ。そういや、あのベビーカーの“中身”はどうなった? 中身入ったままであれだけ飛んだら?


「いやいや。んなアホなこと、あるわけ……」


 自分の恐ろしい想像を振り払うべく、俺はそろそろと振り返った。だが。


「あ! ま、待ちなさい、あなた!」
「ひゃあぁぁぁ。ごごご、ごめんなさいぃぃぃ」


 赤ちゃんを抱いた女性が手を伸ばす先にある建物の角を、とんでもなく聞き覚えのある声の主が、ひゅん、と曲がったところだった。ちらりと見えた黒髪と、情けなさ過ぎて苛立ちすら覚える謝り方。そして、そのとてつもない身のこなし。どう考えても“ヤツ”だ。姿など視認せずとも特定出来るくらいに“ヤツ”だった。


「お兄ちゃん。信号、青になったよ」
「あ。う、うん。さ、行こうか」


 俺がここにいる理由を作った張本人である“ヤツ”が、なぜこの場面でとは思ったが、女性の腕に赤ちゃんが抱かれている以上、さっきのベビーカーに中身はない。とりあえずは安心だと自分に言い聞かせ、手を繋いだ少女と横断歩道を渡る。


「みーちゃーんっ!」
「みゃー」


 転がったベビーカーの座席から、無事なにゃんこが顔を出した。少女はにゃんこを抱きあげると、「悪い子めぇ。心配させてくれちゃってぇ」と笑顔で頬ずり。
 うん。この子、やっぱり笑顔が凄くかわいい。俺の目に狂いはなかった。ついでに頭も正常だ。俺はロリコンではないのだから。


「あら……? そう。そういうこと、だったの。あの子、怒っちゃったりして、悪いことしたかな、私……」
「え?」


 ひとり言かと振り返ると、先ほど“ヤツ”に怒鳴っていた若いママが、俺たちの後ろに立ってベビーカーを覗きこんでいた。


「それにしても、あの子……。小さな体をしていたけど、一瞬で赤ちゃんをベビーカーから引っこ抜いて私に渡し、こんな所まで投げ飛ばすなんて……。一体、何者なのかしら?」


 それは俺が聞きたかった。わずかに関わっただけの人にまで、”ヤツ”はこれほどに問題を提起する。


「さぁ? まぁ、台風に近いもんなんじゃないですかね? あれは、きっと“天災”です」


 あちこちひしゃげてぼろぼろになったベビーカーを見て、この若いママが哀れになった俺は、ついそんな言葉を返していた。


「そっか。天災じゃあ仕方が無いわね。おじいちゃんに頼んで、また新しいの買ってもらおうねー、ゆーた?」


 俺の答えが気に入ったのか、若いママは抱っこしたゆーたくんのぷくぷくほっぺにキスをした。もし俺が結婚するなら、こんな人がいいなと思いました。まる。うーん。俺って年上好きらしい。これは発見。


「どうもありがとう、お兄ちゃん。ゆりは感謝するのです」


 そういう少女へと手を振り返し、俺は再び交番を求めて歩き出した。
 あの少女、名を閖上由理花ゆりあげゆりかと言うらしい。なぜだか自己紹介をされ、「お兄ちゃんって、モテるでしょ?」とまで聞かれた。俺も一応名乗り返しておいたが、さすがに「メアドを教えて欲しいのです」という要求にはやんわりとお断りを入れさせてもらった。
 なのに、「じゃあこれっ」と無理やりに渡されたのは、一枚の名刺。その名刺には「閖上由理花」という表示の下に、PCと携帯の二つのメアドと、TEL番が書かれている。
 小学生が名刺持ち? 今時の小学生には普通なのかな? とか訝しむも、俺は「ありがとう」と愛想笑いをしてその名刺を胸ポケットに仕舞った。
 そんな俺たちの隣で閖上由理花の名を聞いたシャレオツママは、「え? うそでしょ?」と呟いたまま、なぜだか硬直してしまっていた。


「きっとまた会えるのです。いつか、きっと。……無敵さんにも、きっと」


 去り際に閖上由理花が呟いた。


「え?」


 振り返ると、そこに閖上由理花の姿はもうなかった。





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