最弱無敵のエンドフォース -絶望からの成り上がり-

ワールド

第40話 感情

 優達が繭を破壊した直後。白土は一度は諦めた。
 ただ、マルナに叱咤されて。走り続ける。
 後ろからは多数の憲兵団に勇者晴木と楓が追って来ている。
 戦力差は歴然。こちらの対抗手段はほぼ無いに等しい。
 エンドが生成された所で。戦闘の経験もない白土にとってあまり意味はない。
 マルナの力も【ペンダント】がないと本来の力を発揮されない。

 魔術も学んでいないため。幾ら、エネルギーがあってもそれを使用する術を知らなければ。
 何も意味はなさない。味方もいないこの状況で逃げ切る事は絶望的だろう。

 遠方から。攻撃の嵐が白土に降り注ぐ。
 弓や魔術によって作られた火玉や氷の柱が迫って来る。
 マルナは危機を感じて白土の周りに防御壁を張る。
 これで、しばらくは逃げる時間を稼げる。

 ――――だが、その時。攻撃は白土が逃げる道を塞ぐように。
 近くの民家に命中する。瓦礫が崩れ、視界も動きも封じられる。
 そして、さらに衝撃的な事が目の前で目撃してしまう。

「い、いたいよぉ……」

 窓から放り出された少年。爆風によって吹き飛ばされたのか。
 無傷の白土とは対照的に。地面に頭を打ち付けて血まみれになっている。
 呆然としながら。その場で立ちすくしていると。子供などお構いなしに。背後から再び攻撃が発射される。

「やめて……やめろぉぉぉ!」

 白土は少年を助けようとするが。間に合わず、爆風によって小柄な体は吹き飛ばされる。
 炎が発生し、白土は瞳を見開きながら。少年の安否を確認しようとする。
 だが、それも虚しく。片手がちぎれて動かなくなった子供がいるだけ。

 表情を険しくしながら。白土は、吐き気が止まらなくなる。それと同時に。
 自己嫌悪に陥る。自分のせいだと。目的の為に自分が殺したようなものだ。

『走って下さい! 悩むのは後です! ここで立ち止まっていては更に犠牲が増えるだけです』

「……っ! あぁぁぁぁぁぁぁ! くそ! ごめんなさい!」

 顔がクシャクシャとなり。白土は鼻水を垂らしながら。泣き叫びながら走る。
 街中はパニックとなり、逃げ行く人で溢れる。
 それを見て一人の憲兵団が晴木に対して指摘する。

「少し宜しいですか?」

「何すか?」

「避難がまだ完全には進んでいません……確かに、貴族や一部の非戦闘員は既にこの付近から逃げ出しましたが」

 晴木は憲兵団の男の意見に。溜息をつきながら呆れている。
 そして、手に持っている黄金の剣を男に突き出す。
 顔の直前で止められたそれ。男は思わず地面に驚きながら尻餅を着く。

 本気の瞳。お前など何時でも殺してしまえると。代替品のような扱い。
 先程までの威勢が嘘のように。男は勇者の前に頭を下げる。

「だからどうした? 今回の目的は、あいつを軸とした【生贄】を増やすことだ」

「ひ、ひぃ! まさか……」

「本来の目的とは違ったんだが、まぁ……この後の処理はあいつが攻撃を仕掛けた【正当防衛】だと言い張ればいい」

 晴木の考え方。それは自分の方が年上の男を戦慄させるもの。
 多少の犠牲は仕方ない。いや、それを生かせればもっといい。
 今回のこの白土を引き戻すのも名目上はそれだ。

 しかし、裏ではもっと汚く狡猾で常人では考え付かないような。

 そんなやり方を平気で遂行する。それは、人を救う勇者でも。幸せに導く勇者でもない。

 破滅。地獄に引きずる使者。男は自分の方が年上だと忘れて。
 体を震わせながら。涙を流す。
 さらに晴木は追い撃ちをかける。

「言っておくが、あんたの家族は別の場所に避難済みだ……」

「は、はぃ?」

「この都市は人が集まり過ぎた、最近の状態が続くといつかは【食糧】や【エンド】が尽きて、今度は争いの対象が……ガリウスから人になる」

「いや、確かに最近は物価の価格も上がり、見えない圧力がかかっていると」

「そうだな、いいのか? あんたの家族が飢えて苦しむ姿や、エンドがなくなってガリウスへの対抗手段がなくなって無残に殺される姿を想像してみろ」

 先を見据えている。この勇者は先ほど亡くなった尊い少年の命よりも。それによって救われる多数の命を優先している。
 達観している程の騒ぎではない。晴木はこのワールドエンド来てから。
 精神的にも成熟していた。この若い勇者に自分が意見する程の器ではないと。

 男は引き下がってしまう。家族を引きあいに出されてしまって。完全に会話の主導権は相手に握られてしまう。
 そして、デンノットを手に取り。散っている楓に連絡をする。

『楓? 聞こえるか?』

『ほいほーい! バッチリ聞こえるよ』

『予想通り、白土は【西門】に向かっている……まぁ、東門の次に警備が手薄だからな』

『了解! 殺さずに苦しめればいいんだね! あー楽しみ!』

 一方的に連絡を遮断して。楓は狂気染みた表情で。西門で複数の憲兵と共に待ち構えていた。
 これでこちらの勝利は確実。当初の目的以上の成果が期待出来る。
 話によるとマルセールもほぼ壊滅状態という事。晴木はそれを聞いてほくそ笑む。

(本当なら白土の力で戦っている出水達にエンドを供給したかったが……まぁ、仕方ないか)

 強い戦士を育てるには時間も労力もかかる。
 別に彼ら、彼女らが死んだとは思ってはいない。しかし、最悪の状態は全滅。
 それを防ぐために白土を呼んだ。だが、あのような状態となってはそれも出来なくなった。

 ――――晴木は残念だと。そう感じて剣を鞘におさめる。

 余裕の晴木と楓とは変わって。白土は走り方など気にせず。
 ただ、前進するだけだった。途中に体がよろけて転ぶ事もあった。
 しかし、すぐに立ち上がる。諦めない。絶対そう誓って。
 体力が尽きようと、心が折れようと。大粒の涙を流してそれを零しながら。

『ユイナ! そろそろ私の防御壁も……』

「ぐぅ! 大丈夫! エンドはまだ……え?」

 西門まで距離はまだある。
 だが、遂にマルナとのリンクの力が途切れそうになる。
 支えられていた防御壁は薄くなり、そこを集中攻撃するかのように。
 白土は矢を両腕に受けてしまう。的確に狙われたそれは。白土の動きを止めるのにはあまりにも痛過ぎた。

『そ、そんな! 立って! 追撃が来ます!』

 辺りは煙が立ち込めて。白土は流れている自分の血を見る。
 マルナに言われて。両膝をついて状態を起こそうとする。
 治療も出来ないし、相手にも対抗が不可能。
 役立たずの自分。そして、中途半端な正義感でさっきの子供を助けようとした。
 助けられるはずもないのに。

 それでも。白土は右腕の矢を引き抜く。激痛なんて気にせず。背後から火球が迫っている。
 だが、避ける事は出来ない。もう、白土はどうしようもないと感じていた。

 しかし、その途端に。見えない何かに体が引っ張られる。
 白土はその身を任せて。間一髪で火球を避ける。
 民家との影に隠れて。ひとまずは安心と言ったところか。

 そして、感触が人の手だと白土は気が付く。

「間に合ったわぁ、白土さん」

「み、御門さん!? どうして?」

 驚きのあまり大きな声を出そうとした。
 だが、口を塞がれて即座に体を密着させる。
 それと同時に再び攻撃が白土達を襲う。
 でも、何故だか分からない。先程よりも怖くない。豊満な暖かい温もりを感じながら。
 やっと来てくれた自分の味方に号泣してしまう。

「……よしよし、手を離さないでねぇ? ここからは、私も協力してあげるわ」

 御門は優しく微笑みながら。民家との間の隙間道を通って行く。
 地理を知り尽くしている御門にとって、裏道はよく知っている。
 そして、驚いたのは。堂々と御門が大通りに姿を晒した事。
 一斉に憲兵団がこちらに振り向く光景が頭を過る。

 ――――が、全くの無反応。拍子抜けだ。
 目を点にしながら。その仕組みが分からなかった。

「やっぱり見えてないのねぇ? ふふ、滑稽ね」

「御門さん、これって……」

「貴方は何も気にしなくていいのぉ! でも、絶対に【この手は離さないでね】」

 発言と同時に手を握る力が強まる。言われなくても。白土は指先を絡めながら。離されないように。
 合図を出してこの場は静かに歩く。姿は見えなくても、音は消せない。
 足音や小石を蹴る音。繊細なそれも憲兵団に聞こえては元も子もない。

 攻撃は止まる。これで安全は確保され、無駄な死者も出ない。
 幾ら、晴木でもこれ以上は無差別に人は殺せない。
 そう、【普通の人間】なら。ここで追撃は終わる。

「……! シーファ!」

 珍しく御門が叫ぶ。名前を呼ばれて潜伏していたシーファ。
 無差別に広範囲の炎魔術が繰り出される。
 得意の水魔術でシーファは水の壁を作る。蒸発しそうなぐらいの勢いで。守った以外の場所は火の海となる。

 すぐにシーファは身を隠す。しかし、一瞬にして大勢の人の命が失われる。

「これで、よく見えるようになったな」

 晴木にとって視界を邪魔する建物だったのだろう。
 自身も攻撃に加わり、これは白土を見つけ出す算段でもある。
 この破壊力なら。姿を見せると思っていた。だが、これでも確認出来ない。

 張本人の白土は。声を必死に抑えて。泣き声を発しないように。
 今度は自分でその口を塞ぐ。御門は無表情のまま。白土の手は離さず。
 無言で目的地まで走り続ける。

 後ろは振り返らない。何人死のうと。犠牲になろうと。御門は【白土を逃がす】事を最優先としている。
 エンド能力を二人分維持しながら。走りながらも体力も精神もすり減らす。
 ここまでする意味は果たしてあるのだろうか。過去の自分だったら、有り得ないだろう。

 あの【勇者側】に自分はいると思う御門。この光景。【他者の不幸や苦しみ】姿を見る事で。
 彼女のように感情豊かで魅力的な人物になれると。戻れると信じていた。
 だが、それは間違いだった。

 ――――確信したのは。この残虐な光景を目の前にして。感じるのは胸の痛みだけ。

 いや、あの時。飛野に毒の注射を仕掛けた時から。感じていたのかもしれない。

「み、御門さん……?」

「あ、あれ……わ、わたし?」

 瞳に溢れる水滴。御門は自分に起きている異変に気が付く。
 体全身が熱い。昂るそれは間違いなく泣くという感情。
 御門は悲しいはずなのに。やっと取り戻せた泣くという事を。
 不本意ながら嬉しいと思っていた。

 当たり前の事柄だ。しかし、その当たり前が御門にとって特別だった。

(ふふ、やっぱり彼女【白土さん】は私にとって……)

 大切な存在。守りたい存在。御門は強くそう胸の中で感じた時には。
 二人は西門に到着していた。上手く裏道を使ったのと、走り続けたからだろう。

「待ってたよ! じゃあ、殺すね!」

 だが、そこで待ち構えていたのは。
 高すぎる壁。魔導杖を透明化している二人に向けながら。
 多量のエンドを注ぎ込んだ魔術を。容赦なくお見舞する。
 御門は止む無く。白土と繋いでいる手を離す。その瞬間に。白土の透明化は解かれる。

 これでは恰好な的。御門は涙を手で拭う。機敏に動きながら楓によって作られた。
 氷の槍を避け続ける。しかし、最後の一本を片腕に受けてしまう。
 痛みによって御門のエンド能力も解除されてしまう。

 透明化【ステルス】は確かに強力な能力。だが、弱点は繊細なエンドの制御が必要という事。
 量と緻密なコントロール。さらに、これを二人分していた御門は異常と言える。

 だから、白土と手を繋ぎ、彼女からエンドを借りて少しでもその負担を軽減しようとしていた。

 手が離された時。全てが総崩れとなる。

 御門は負傷した右腕を抑えながら。白土はしつこいと思いながら。

 そして、楓は高い位置から二人を見下ろしながら。

「透明化、なるほどね! でもね、私の前じゃそんなの無効なの」

「み、御門さん! 逃げて、貴方を巻き込む訳には……」

「何言ってんの? 逃がさないよ? 特にそこの汚い白髪! よくも、私の大切な腕に弓矢を放ってくれたわね?」

 楓は腹を抱えて笑った後。どうしようもないのか。大声でネジが外れたように。
 止まらない笑い声を二人に浴びせる。そして、落ち着いた後。
 狂気の表情でこう宣言する。

「さて、どういう風に殺して欲しい? あ、そうだ! 殺す前に痛めつけないとね! きゃはははははは!」

 楓にとって。二人を殺して。痛めつけて。そうすればまた優に一歩近付ける。
【自分の事を待っている優】のためにも。ここで、この二人は自分の手で何とかしなければならない。

(優! 待っててね! また、三人で何処かに行こうよ!)

 最早、彼女に正常な意識も考えもない。ただ、【叶いもしない夢】を願うだけ。
 自分の保身を最優先としたのに。これでは本末転倒ではないか?
 と、事情を知っている白土はそう言いたかった。届くはずはないが。

 二人は遂に本当の意味で追い込まれる。
 御門が加わっても、この人数の憲兵団と楓には勝てない。真っ向勝負をしようと言うなら。
 無傷ではこの西門は突破出来ない。ラグナロへの被害も広がる。

 ――――しかし、混沌としているこの状況で。

 あの地下牢では遂に白土達と同じ。このラグナロからの脱出を試みる者達がいた。

 そう、彼ら、彼女らは。この西門を目指していたのだ。

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