最弱無敵のエンドフォース -絶望からの成り上がり-

ワールド

第35話 脱走と絶望

 ラグナロ城下街。他の都市と比べて規模が大きく一通りの物は揃う店。
 豊富な娯楽施設。武器屋に更に個人用にカスタマイズして貰える鍛冶屋もある。
 作成された武器や防具は、ラグナロの巨大戦力を支えている。
 普段は気品と活気で溢れているこの城下町。しかし、勇者である晴木の通達。
 それによって街の雰囲気は一変していた。

「城から奴隷が逃げ出した!? や、やばくねえか!」

「安心しなよ、地下牢の奴らなんてゴミのような存在、すぐに憲兵団の人が殺してくれるって」

「それに情報を提供したり、生け捕りにしたら報酬があるんだって!? さっすが、勇者様! 考える事が素敵」

 脱走者と聞いているこのラグナロの者達。元々、地下牢にぶち込まれた人間に人権などない。
 貴族の道化として扱われたり、拷問で痛めつけられる場合もある。
 男性の場合も悲惨だが、女性の場合はもっと酷い仕打ちをされたケースも少なくない。

 鎖に繋がれ、劣悪な環境に立たされ、酷い食事に風呂さえもままならない。
 ただ、生きているだけ。いや、生かされているだけ。

 胸にを手を当てて。白土は建物の中からその光景を見ていた。
 幸いにも飛ばされた場所。それは、倉庫。大量の食糧と酒類。そして、弓と弓矢が置いてあった。
 最低だと思いながらも、白土は首に繋がれた鎖を気にも留めず。
 微かに見える外の景色から目を逸らす。

『何とか足と手に繋がれた鎖は解きました、ですが今の私の力では……』

「いえ、ありがとうございます、これで、やっとスタート地点に立てました」

 耳に届くその女性に白土はお礼を言う。

 彼女、それは女神と名乗る女性【マルナ】。白土はそれだけ聞いてとりあえず詮索は控える。
 ただ、彼女からは信用を得るために。逃亡の作戦を練りながら。
 何故、このような状況になったのか軽く説明をする。

 それは、自身のエンド能力と彼の持っている不思議なペンダント。
 それに反応し、マルナが再びこの世界に舞い降りた。
 祈りの力。そして、【特異者】同士を結びつける性質がある。

 だから、優の戦う姿が自分に届き、声も聞こえた。さらに、現在も自身のエンドが減り続けている。
 しかし、嫌な気分ではない。むしろ、とても心地いい。
 これも、祈りの力とマルナの力。偶然が重なった。それでも、こうして離れていても彼(優)の力になれている事はとても嬉しい。

 見つかったら、殺されるだけでは済まない状況なのに。

 顔が緩み、全身が満たされる。でも、これだけじゃ体も心も物足りない。

 彼に。優に絶対に会ってやる。白土のその強い気持ちがマルナにも届く。

『あの、信じてくれるのですか?』

「何をですか?」

『いえ、初対面の私に女神などと言われて、混乱させてしまって申し訳ないと』

「そうですね、ですけど貴方がいなかったら私は彼と会わないで一生を終えていた……何時か、覚悟を決めて地下牢から抜け出す瞬間を待っていたのかもしれないですね」

 本当だったら。地下牢の閉じ込められている同じクラスメイト。
 いや、救えることなら全員を。あの地獄から救い出してあげたかった。
 自分だけという事実が。白土の胸を痛めつける。
 でも、ここまで来たら引き返せない。白土の言葉にマルナも心を打たれたのか。
 間を開けた後。白土に優しく諭すように語り掛ける。

『まだ会って間もなくてこんな事を言うのは失礼かもしれませんが……慕えるのが貴方のような方でよかった』

「こちらこそ、自分の欲求だけで貴方を利用しまうかも、汚い人間です私は」

『ふふ、正直なんですね、寧ろそちらの方が信用出来ます』

 短い時間ながら。マルナと白土は波長が合う。まだ、理解は少ないが現状を打破する上で。
 白土にとってマルナの力と知識は必ず必要になる。
 正直にその事を告げた。しかし、嫌悪はせずにマルナはそれを受け入れる。

 話は白土をこのラグナロから逃げ出す。まずはその一点に絞る。

 まず、ラグナロには四つの門があり、関所となっている。
 東西南北に各一つずつ。そして、これもまた運命か。
 一番防衛が浅く、他の観光のために設けられているという【東門】。それが、白土の現在位置から一番近い。

 この倉庫から。マルナは白土に指示して、紙とペンを用意する。大まかな地図と進路を決めてそれを頭に叩き込む。
 途中に。馬を用意する事が出来れば、逃走の成功率は飛躍的に上がる。

 本当なら。転移魔術で移動出来れば楽で確実。だが、現在の白土とマルナの状態。
 一心同体と言っても、【リンク】は不完全。マルナの言うペンダントがあれば。
 女神としてのマルナの本来の力は取り戻す。これは、ますます優に会わなければと白土は誓う。

 ――――大まかな逃走劇は決まった。後は、覚悟と上手く運が回ればと。

 作戦と道のりが決まり、白土に緊張が走る。しかし、マルナが安心させるように。
 元気付けながら。白土の迷いを拭い去る。これで、後は成功させるだけ。

 勢いよく弓矢と弓を手に取って。背中にそれを背負って静かに倉庫の扉を開く。

 幸いにも。周りに人気はいない。白土は、久しぶりに浴びる外の空気と光を浴びながら。進んで行く。
 体力がかなり低下しているのか。思えば、優が生贄になりこのラグナロに来てから。
 走る機会も奪われていた。こうやって、自分の足で地面を駆け抜ける。それが、こんなにも気持ちの良いものなんて。
 きっと、この世界に来る前だったら味わえない感覚だろう。

 白土は、首に繋がれる鎖を引きずりながら。金属音をなるべく響かせないように。
 東門へと目指して行った。

「隠れてないで出て来ーい! 俺が捕まえて、ぐへへへへ」

「何考えてんだよ! でも、脱走者は女かぁ……はは! こりゃ楽しみが増えたぜ」

「たく、男共は! 拷問していたぶる方が楽しいのに」

 危ないと、白土は建物の物陰に隠れる。
 聞こえてくるのは、汚い言葉の数々。
 息切れを起こしながら、白土は眉を近付けながら。険しい表情をする。

 ――――醜い。同じ人間なのに。この扱いの違い。

 ゲラゲラと気品も何もない。これが、ラグナロの現状。弱い者が強い者に淘汰され、利用される世界。
 しかし、これがこの世の真理かもしれない。目を背けても、否定しようと。結局はこうなる。
 認めたくない。でも、認めざる得ない。

 白土は仕方がないと思いながら。来た道を引き返し、逆回りをする。
 別にこれは逆に好転。上手くいけば、馬を引き連れて行けるかもしれない。
 そうなれば、後は強引にでも突破出来る。

『馬が保管されている場所はここから近いです』

「こうなったら馬も引き連れて行きましょう! どちらにせよ、この街から抜け出してからも重要ですからね」

 街から逃走出来た所で。今度はガリウスから逃げ出さなければならない。
 先の事を見据えて。ここで、馬を調教させて置かなければ。
 白土は扉をこじ開けて、保管所へと侵入して行く。

 物事というのは、本当に上手くいく時は本当にすんなりと遂行出来るものだ。
 運も白土の味方をしている。中に人はいない。いたら最悪、持って来た弓で仕留めるか。マルナの魔術で何とかするしか他ない。
 白土は軽く口笛を鳴らす。馬がそれに反応し、白土に歩み寄って来る。
 近くにあった餌を咄嗟に手に取って飼い慣らす。地下牢にあった本を読んでおいてよかった。馬の調教師の仕方。そして、乗り方。
 基本的な事は学んでいる。後は、それを実践で生かすだけ。

 生唾を飲みながら。白土は、一頭しか残っていなかった馬に跨る。
 馬特有の泣き声を発しながら、始めての感覚に白土は少し興奮する。

『ここまでは順調ですね、後は……私にお任せください』

「お願いします、ここまで来たら、もう東門に突き進むだけですね」

 意を決して。白土は馬を操り、この場所から出て行く。
 先程よりも目立つが、そんな事はもはや関係ない。
 圧倒的な機動力を手に入れたこの状況で。

「いたぞ!」

 馬に跨って体を揺らしながら。白土は街の憲兵団に見つかる。
 慣れない乗馬だが、段々と感覚が掴めてきた。

 そして、同時にマルナは白土を守る力を発生させる。

『防御壁【シールド】』

 青白い光が馬と白土を包み込む。
 こうなっては弓矢や大砲の攻撃も通じない。
 周りも何が起きているのか分かっていない。
 動きを止めようとしている行為が、逆に爆風を発生させて白土を隠す。

 エンドで作られたそれはエンドによる攻撃でしか破壊出来ない。
 憲兵団が舐めていたのか。コストの低い、通常の弓などで攻撃した結果がこれだ。

 白土は感謝しつつ。一気に加速する。風にのったそのスピードはもう誰にも止められない。

『東門が見えてきました』

「はい、このまま突っ込みます!」

 次第に白土の表情が緩和していく。
 やっとこのラグナロから脱出が出来る。彼と、笹森優と会える。
 胸を躍らせながら、馬を走らせていく。

「やっぱりここに来ていたのね……はい、【パラライズ】」

「――ぐぅ!」

 完璧だった。全てが上手くいっていた。それなのに、ある人物の登場によって。
 足場が全て崩れ落ちたかのように。急に動きが止められ、その反動に耐え切れず。
 乗馬の姿勢を保てなくなり、地面に転げ落ちてしまう。
 顔を地面に擦り付けてしまい、皮が破れ流血する。その痛みよりも、追って来た。そして、会いたくない人物に衝撃を受けていた。


 ――――――――夏目楓。幾度となく対面した彼女。最後まで彼女に苦しめられてしまうのか。

 楓のエンド能力は通常の魔術も全てにエンドが含まれている。
 そのため、マルナの防御壁では防げない。出力も楓の方が圧倒的に上であるためか。
【魔導杖】を持ちながら。楓は、白土とは対照的に綺麗な服装を身にして華麗にしている。
 それも含めて惨めな姿に思わず楓はせせら笑う。

「汚い服に顔……貴方じゃ優に会っても相手にされないわね」

 もう少しで援軍もやって来る。憲兵団の他に騎士団や他の冒険者もやって来るだろう。

 味方は誰もいない。白土はあの時の。優が生贄になった時の状況と重ねる。

 助けを求めても誰も手は差し伸べてくれない。
 戦意を完全に喪失させるほどの絶望。
 普通にやっても絶対にこの苦境は乗り越えられない。

 でも、白土は力強く立ち上がる。

 着ている布切れのような服。それを手で引き千切り、流血する頬をそれで拭う。

 弱気な表情もそれで拭うように。
 白土は楓の挑発ともとれるその言動にも一切興味を示さず。

 ただ、自身の目的の為に。勇気を振り絞る。

「それはどっちかしらね?」

「はぁ……この期に及んでまだそんな事を」

「私は貴方と違って迷わないし、笹森君を想う気持ちだけは負けるつもりはない!」

 痺れていて動けるはずがないのに。白土は全身に力を込めて抗う。
 その反動で筋肉は悲鳴を上げる。激痛が白土を襲っているはずなのに。
 お構いなしに動き続ける。楓はパラライズの出力をさらに高める。

『解析出来ました、その痺れを解除します』

 すぐにマルナがそれを解除する。楓の最大出力のパラライズはマルナによって解かれる。
 流石は白魔導士の楓。レベルが高く、女神であるマルナでも解析に時間がかかった。

 謝りながらマルナは白土を苦しめた事に申し訳無さを感じる。
 ただ、動けるようになった白土。

 背中に装備している弓を手に取って楓に向ける。

(弓を装着し、後ろに引いて、相手に狙いを定める! ぶっつけ本番だけどそんなの知った事か!)

(動きが解かれた!? あいつにそんな力はないはず、ただのエンドが多いだけなんだし)

 お互い血相を変えて。白土は段々と迫って来る足音に焦りを感じながら。
 額に汗を流しながら。片目を閉じて。確実に一発で命中させるように集中する。

 一方で。楓は強力な魔術を使用した反動のためか。
 数十秒のインターバルが働いている。およそ、十秒間。不覚にもこんな相手に使ってしまったと。
 後悔しながら、楓は魔導杖を白土に向ける。

 後、五秒。白土は手を震わせながら。後、三秒。楓は確実に白土を黙らせるために。残り全てのエンドを魔導杖に伝える。

(距離的にあいつの弓は絶対に私の攻撃の前に弾かれる、晴木は捕まろと言ったけど、最悪……殺してもいいよね)

(必ず、命中させる! ここで惨めに私の放った矢で苦しめ!)

 残り二秒。白土は手を離し、弓矢を楓に向かって放つ。確かに、楓の推測通り。白土の力量も加味して。この放たれた弓矢が楓に届く事はない。
 楓は口元を緩めて。魔導杖が光りだす。

 残り一秒。弓矢は中間地点まで到達する。しかし、このままでは白土の弓矢は楓の攻撃によって防がれる。
 予想通りの結末に。楓は完全に油断している。
 防御も何もしていなく、慢心している。

 その瞬間。大声で。白土は肺活量を最大限にして。その名を叫ぶ。

「マルテさん!」

『はぁぁぁぁぁ! 届いて下さい! 瞬間加速【アクセル】!』

 そこから。弓矢は急激に速度を増して。楓に向かう。
 予想外の出来事に。楓は瞳を見開きながら。咄嗟に反応する。
 左腕を弓矢に向けて差し出してしまう。弓矢はそれを無残に貫こうとする。
 しかし、楓の着ている服は防具の役割もしている。エンドが含まれており、ダメージは最小限に抑えられる。

 だが、威力も速度も増した白土の放った弓矢。完全には防ぎきる事は不可能である。

 魔導杖を地面に落とし、楓は地面に蹲る。

「がぁぁぁぁぁぁ、この糞女! 私の、私の腕に!」

「仕留め損ねた! でも、まだ弓矢はある!」

『女神で本来こう言う言葉はご法度でしょう……ですが、あの人を殺さない限りここは進めません』

 今なら殺れる。マルナも助長するように。左腕を抑え付けながら。殺気を込めながら睨みつけている。
 楓にとって初めてまともに受ける痛み。激痛でどうにかなってしまいそうだ。
 皮肉にもあの優と同じ個所に受けてしまう。

 白土はすぐに弓矢を装着する。今ならただ弓を放つだけで。楓を殺すことが出来る。
 激高し冷静な判断力を失っている。今がチャンス。
 楓はよろよろと立ち上がり、最早そこに過去の姿はない。
 しわが目立ち、そこに美しさや可愛さなどはない。醜い獣。ガリウスと何も変わらない。

「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」

 魔導杖を勢いよく拾い上げる。
 利き腕ではない右手で。地面に血の水たまりを作りながら。
 時間を稼げば憲兵団や助けも来る。こちらの勝利は確実。そして、相手の馬も逃亡し機動力もない。

 楓は狂気染みた表情で。再び、エンドを杖に込める。

「ここで惨めに死ね! この糞女!」

「悪いけどそれは出来ない……貴方を殺して私はここを進む!」

 互いの想いが交錯し。同時に攻撃が放たれようとする。

「おいおい、街を壊すなよ、それに楓……可愛い? 顔が台無しだぞ」

 黄金の剣と銀色の鎧。颯爽とこの場に登場した勇者。
 楓の攻撃を中断し、白土が放った弓矢をいとも簡単に弾く。
 彼は両膝を地面に着く白土を見る。もう少しで突破出来たのに。それが適わなかった。

 白土は放心状態に陥り、最悪の二人組を見る。

「それで、殺して先に進むんだろ? やってみろよ?」

 晴木は笑う。黄金の剣を地面に突き刺す。剣を使うまでもないという事か。
 そして、それと同時に。他の援軍もこの場所に到着する。

「あいつか、おっと勇者様と……その付き人もいるぞ」

「あの女のためにこの人数か、随分と騒がせたな」

「だけど、これで終わりだね」

 白土は囲まれる。これで、もう逃げられる見込みはゼロになった。
 無理な話だった。白土は泣き崩れる。希望を感じたのが馬鹿だった。
 たった一人で。女神の力を借りようと。数の多さは覆せない戦況。

 剣や弓などの武器が白土に向けられる。

 駄目だ。殺される。

『諦めないで! まだ、可能性は……ユイナ!』

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

「晴木、こいつ殺してもいい? 左腕をやられてイライラしてるんだけど」

「まぁ、殺すのには惜しい、それよりも拷問して痛めつけた方がお前にとっても都合がいいだろ」

 聞くに耐えない会話が繰り広げられている。耳を塞ぎ、マルナの言葉も届かない。

 楓と晴木がゆっくりと白土に歩み寄る。

 謝り続ける白土を見下し、腹を抱えて笑っている楓。

 もう助からない。白土は助けを求める事すらもう出来なかった。

 これから始まる地獄に。怯えるだけ。

 しかし、この都市中が白土に注目している中。
 監視のいなくなった地下牢では虎視眈々と。
 もう一つの脱走劇が始まろうとしていた。

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