最弱無敵のエンドフォース -絶望からの成り上がり-

ワールド

第19話 歪な愛と新たな刺客

 それは勇者と貴族の食事会が終わった直後だった。
 晴木は自室に戻るなり、ガリウスの討伐に向かっている者の報告書を受け取る。
 書かれている詳細に目を通して静かにそれを机に置く。

 イモラの討伐は順調。後、二日程で全てを倒し切る予定だ。
 だが、それ以上に勿体無いと思ってしまう事実を知る。

「三人一気に失ったか」

 戦死の欄に八代、冴島、大森の名前を見て晴木は椅子に深くもたれかかる。
 悲しいというより惜しい。八代の強靭な防御壁。連携による追い込み。
 優秀な人材をつまらない形で亡くした事に、苛立ちを隠せなかった。

 貴族の衣装の上着を脱いで乱暴に床に放り投げる。

 誤算だった。ただ、晴木の考えでは単純にイモラに倒されたとは考えにくい。
 実力的に対応可能だったと判断した。だからこそ、三人に任せた。
 様々な可能性を考えながら晴木は深く考える。

 そして、報告書の最後の一文。晴木はそこに留まる。

 その瞬間に、晴木の予感は確信に変わる。

【飛野翔太の感知によって笹森優のエンド反応を確認、生存の可能性有り】

 席を立ちあがり、窓から見えるラグナロの街を見る。
 自分が率先して生贄にした過去の元親友。怯えながら、涙を流しながら。
 クラスメイト、村人。ほぼ全員の協力で笹森はあの狂化の壺の生贄となった。

 その手に入れたエンドで全員の武器を作り、ラグナロの移住権も手に入れた。

 自らの部隊も作り、気が付けば憲兵団の中でも一二を争う強固なものとなった。

 むしろ、ここまでが順調過ぎた。

 まだこの街を完全に見下ろすには時間がかかる。
 晴木は目を瞑り、次の作戦を頭の中にイメージする。

 常に最悪の事態を想定して行動する晴木。
 もしもの時だったが、葉月達に増援に行かせたのは正解だった。
 本人たちの意志によるものだが、ルキロスが上手く誘導してくれた。
 これで、イモラの討伐には支障はないだろう。ただ、葉月達には悪いが、晴木はさらに依頼を積み重ねるように。

 書斎から書類を取り出す。それと同時に、自室の扉が静かに開く。

「は、晴木! 大変なの!」

「ああ、俺も葉月から届いた途中経過の書類で気付いたところだ! たく……面倒な仕事を増やしてくれるな」

 入って来たのは普段着の楓だった。黒を基本としたローブに身を包みながら今にも泣きそうな表情だった。
 他の者が仕事に明け暮れる中。楓は休息を貰い、日々の業務の疲れを取り除いていた。
 ただ、報告を受けて落ち着いていられず、悲痛の叫びで訴える。

 楓にとっても大切な仲間と先生。殺されたことが許せなかった。

 特に八代は何度か世話になり、勉強など日常のことで何度か相談した。

 それもあり、楓は守りたい存在であった。

 対照的に晴木は泣き続ける楓に察せられないように背を向けながら薄く笑う。

(まあ、八代先生との裏の関係を楓とかにバレたら色々と弁明しなければいけないし、これはこれで好都合か)

 いい方向に物事を切り替えて晴木は本題に入る。
 楓を慰めながら、頭の上に優しく手を置く。
 猫のように撫でながら、晴木は耳元で笹森のことを囁く。

「後、恐らくだがあいつが……優は生きているって報告もあった」

「……っ!? え?」

 楓がそれを聞いた瞬間。目を大きく見開く。動揺を隠しきれないのか。
 晴木から少し離れて、両手を口につけて塞ぐ。
 優が生きていることに本当は危険だと思わなければいけない。
 想像出来ない程の憎悪をこちらに抱いており、再会した時はきっと戦うことになる。

 だけど、楓は抑えきれず笑顔になる。

(優が……優が生きてる! また、この三人で一緒に戦えるのかな)

 あの日。優を生贄に指名して、目の前で晴木と唇を合わせ愛を誓った。
 それが正解なのか。それとも間違っていたのか。
 楓にもその答えは分からずじまいだった。

 ただ、楓は信じている。また、三人で一緒に集まって共に戦えることを。

 興奮が止まらず、胸の高まりが強くなっていく。
 こんなにもドキドキとしたのは晴木に告白され、一線を越えた時以来。
 仄かに表情を赤面しながら、鏡を見ると女の顔になっていることに気が付く。

 やはり、まだ優への想いは捨てきれていなかった。

 しかし、同時に自分への保身。身の安全も保障されていないと駄目なのである。

 だからこそ、優を生贄にして力を得たというのは仕方がないこと。
 そうしなければ、遅かれ早かれ全員が死んでしまう。
 目の前で優は身を呈して自分のことを守ってくれた。左腕を失い、血まみれになりながら。

 その後ろ姿を見て、湧き上がる感情は頼もしさと恐怖。

 確かに、優は自分のことを命がけで守ってくれた。

 だけど、同時に楓には植え付けられた闇を抱えてしまう。

 それは、【自分は絶対にこうはなりたくない】と考えてしまった。

 自分が一番可愛いと思うし、血は流したくない。

 優より晴木を選んだ理由はここの部分が大きいのだろう。晴木なら、強大な力を持っているし自分を守ってくれる。

 これは仕方がないこと。そう、仕方がないことなのだ。

 どんどんと自分が醜い存在になっているのは自覚している。この世界に来てからそれが露骨になっている。
 そして、楓が自己嫌悪に陥っている間。晴木は、構わず楓の胸を乱暴に触る。
 豊満なそれは弾力があり、思わず楓は甘い声を漏らしてしまう。
 敏感な所を的確に弄られ、この瞬間だけは優のことなどどうでもよくなってしまう。

 それぐらいに心地よくて、刺激が強く、心も満たされる。

 服の布越しでも晴木の温もりを感じる。そして、だらしなく楓は涎を垂らし、追い打ちをかけるように。
 晴木は力を強くしながら、低い声で問いかける。

「優にはこんなこと出来ないだろ? いい加減にあいつのことなんか忘れろよ」

「……っ!? で、でも、また……」

 思考が停止する。初めての時もこんな感じで押し倒された。
 誘導されるようにそのまま一夜を共にした時。楓は求められるままに体を晴木に預けた。
 そして、ベッドの上で楓は遂に口走ってしまう。言ってはいけない事。
 晴木に言わされた感は否めないが、それでも楓は今でも心が痛む。

【優のことはどうでもいいから、もっと愛して!】

 激しく、盛り上がっている中とは言え。楓は行為の後、ベッドの上で涙を流す。
 どうしてこんなことになってしまったのか。やはり、優を救うべきだったのか。
 罪悪感で押し潰されそうな時も、晴木は優しく抱いてくれた。

 幸せだと思ってしまった。目尻に涙を溜めながら、今も晴木の大きくて逞しい腕に抱かれている。

 言いかけた【三人でまた一緒になろう】。遮られ、楓はこれ以上は何も言わなかった。

 今日もこのまま最後までいってしまうのか。まだ、書類の整理などの仕事も残っているのに。

 楓は駄目だと思いながらも、この密室で声を上げる。
 何も考えられない。考えたくない。
 楓が自ら晴木の服の袖を引っ張り、口づけを求めようとした。

「はーい! 晴木くぅん? 呼び出されたから来たけど……お邪魔だった?」

 現れたクラスメイトに楓はすぐに元の状態に戻る。

 冷や汗をかきながら、すぐに乱れた服装を整える。
 こんなところを目撃されては楓は落ち着いていられない。

「あ、あの! 私……し、仕事が残ってるから、じゃあね!」

 慌てながら部屋を後にする楓。晴木は、その後ろ姿を目で追うこともなく、入れ替わりで現れた女子に視線を向ける。

 神秘的な雰囲気を持つ彼女は優雅に歩きながら晴木に近付いて行く。

 名前は、御門玲奈(みかどれいな)。紫色の長い髪はこの世界に来てから変化させたもの。
 トロンとした目付きでおしとやかな性格。常に落ち着いており、何を考えているか分からない。
 楓や葉月と同じく、容姿も整っているため隠れた想いを寄せる者は多い。

 クラスでも本人は全く意識してないが、上の位置に属していた。
 そして、それはこの世界に来てからも同じだった。

 彼女も食事会に参加しており、要領の良さと巧みな会話で上の者にも好かれている。

 晴木はそこ部分も評価しているが、御門の真価はそのエンド能力にある。

 机に置いた書類を御門に渡す。それを見て、御門はすぐに自分の役割を察する。

「あぁ……なっるほど! つまり、私のエンド能力で状況を確認しろってことだよね?」

「話が速くて助かるな、これはお前にしか出来ないこと、頼むぞ御門」

 珍しく、晴木が頭を軽く下げて頼み込む。
 御門は微笑みながら喜んで了承する。無理な要求はしない御門。
 自分が友達のために頑張れるなら。自分の能力を生かせる場面があるだけで嬉しい。

 だが、それだけで動ける程。御門という女は安い人物ではない。
 不意に自分の唇を晴木に合わせようとする。
 晴木はそれを受け入れ、御門は手に取った書類を床に落とし、それに集中する。
 唾液が混じりあい、時計の針が進んでいく。時間を忘れて二人はそれに没頭する。

 しばらくして、絡み合った舌を離し、御門と晴木は見つめ合う。
 熱を帯びて、湯気が出そうなぐらいだ。欲望が膨張し、お預けをくらった晴木の体を疼いている。

「頬のほうがよかったぁ?」

「いや、凄い興奮した、楓より上手いな」

「ふふ、その言葉が今回の依頼の前報酬? ううん、もっと……」

 二人がさらに先のことをしようとした瞬間。扉が開き、入って来たのは楓だった。
 どうやら、忘れ物をしたそうで仕事に必要な資料を置いてきてしまったようだ。
 楓は慌てて、恥ずかしがりながら、大量の資料を持ち上げる。
 しかし、不可解なことに。御門の姿が何処にも見当たらなかった。

 晴木に聞いたら、もう去って行ったと言うだけ。
 疑問に思ったが楓は今日中に終わらせないといけない仕事を思い出し、駆け足で再び去って行った。

 服装の乱れと表情で勘付かれると思ったが、難なく誤魔化すことが出来た。

 それもこれも御門のエンド能力のおかげである。

「危なかったね……もう少し気付くのが遅かったらバレていたかもね」

「心臓に悪いとは思わないが、楓に今バレると面倒くさいからな」

「私はバレてもよかったけどなぁ、押し切れる自信あるしぃ」

 御門はエンド能力を解除して、晴木の前に姿を現した。

 そう、彼女の能力は透明化【ステルス】というもの。

 潜入や捜査に持ってこいの能力で晴木はこの御門の能力を非常に高く評価していた。
 実体化するまで、物音や気配で察知しないといけない。
 さらに、着ている衣服などにも適用されるため、非常に厄介。

 戦闘にも大いに役立つことから、御門は貴族として主に働いていたが、今回は戦闘に参加することとなった。

 晴木は葉月達と合流することを命じて、御門は軽く返事をする。

 さらに彼女はどんな場面でも冷静。怒っている所や悲しんでいる所を見たことがない。

 笑顔は魅力的だが、状況によって感情に左右されない。これは、中々出来ることではない。
 ましてや、自分達はまだまだ幼い。周りから青臭い子供だろう。

 御門を信じて、笹森優の調査。そして、葉月達の支援。
 目的が決まり、御門は早速準備に取り掛かるために自室へ戻ろうとする。

 しかし、御門はふと思ったことを晴木に伝えようと振り向く。

「そう言えば思ったことがあるんだけどぉ? 風間君は楓ちゃんのこと飽きてるよね?」

「突然どうした?」

「うーん……あんまりよく分からないけど、風間君にとって楓ちゃんは手に入れた時点でもう興味が薄れているんでしょ? 女の私には、それが凄く分かるよ」

 せせら笑いながら御門は晴木に指摘する。
 見透かされていたか。晴木も連鎖して軽く笑う。
 小声で正解と言って、水を浴びた魚のように御門の心は弾む。

 もはや、晴木にとって楓に何も魅力はなかった。ただ関係だけを続けている。

 自分の言うことに全て肯定し、従ってくれる。都合がいい女というのに変わりはない。

 ただ、そんな人形のような彼女に何も女としての魅力が感じられなかった。

 時に怒り、時に意見を述べる者。そういう、人間らしさ。晴木は御門の問いかけに素直に頷く。

 しかし、別に対抗するつもりはなかったが、晴木は御門にも指摘することがあった。

「お前、感情が欠落している自覚はあるのか? これは男とか女とか関係なく、結構やばいと思う」

「ふふ、私に怒って欲しい? でも、むーりかな? それって疲れるし、笑っている方が何かと都合がいいでしょ?」

 御門は会釈をして晴木に背を向けた。その直後。瞳の輝きさは消え、灰色が御門の瞳を覆う。
 無表情のまま、晴木に託された依頼を全うするために。足を進める。

 そして、晴木は誰もいなくなったこの部屋で再び椅子に座り考え込む。

 御門に言われた楓に対しての興味。元々愛などなかった。他人の大切な物を奪う感覚。これに当てはめただけのもの。
 あの時の優の泣き顔や絶望した表情。思い出すだけで背筋がゾクゾクとしてくる。
 人の運命を自分の手で崩壊させ、常に大切に思っていた人を目の前で奪った。

 それが済んだ今。晴木は、楓の後始末のことだけが脳裏に浮かぶ。我ながら屑だと思う。
 しかし、人間などこんなもの。目的が済めば用済みと考える者も少なくない。

 晴木は、そんなことを思いながら窓から見える空の雲を見つめていた。

 そして、物事はさらに激化する方向に向かっていた。

コメント

  • ワールド

    ありがとうございます。無駄に心理描写があるのと長いので楽しんで頂けて嬉しいです。

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  • 橋本

    正直なこと言うと楓たち早く○して欲しいです。不愉快なので。作品自体はとても面白くて大好きなのでこれからも頑張ってください

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