最弱無敵のエンドフォース -絶望からの成り上がり-

ワールド

第17話 覚悟と現実

 早朝。宿屋のベッドから目覚めたのは出水だった。
 あまり寝られず、だらしなく乱れた服装を整える。
 戦闘用の服に着替え、外に出る。朝日を浴びながら、出水は剣を取り出し稽古に励む。
 稽古というか、これは習慣となっている。人気がいない場所で隠れて修練にする。
 これはサッカー部の時も続けていたこと。

 汗を流しながら、自らのエンド能力を鍛えようとする。
 使えば使う程。強化されていくような感覚がある。あの、剣の達人であるルキロスにも認められた。
 これは誰にも負けないし、負けないものだと思っていた。

 ただ、やはり晴木の存在は出水にとって大きいもの。
 一年間の間に何度も相手をしたが、一度も届かなかった。
 それほどに勇者のエンドというのは優秀であった。

 高い壁を感じた。登っても、辿り着けない。余裕に立っている晴木がいる。
 見下し、こちらを冷やかし、出水を落とすことなど容易。
 だが、出水にとって壁は登るより壊す方が得策だと感じた。

 しばらく、剣を振った後。持って来た水を口に含み、一休みとする。

 誰もいない広場の噴水のベンチ。木の香りを感じながら、出水は偉そうに座る。

 こういう時間は貴重で久しぶりの出水。

 心地よい空気を感じながら、快晴の空を見上げる。

 穏やかな時間が流れている。肌でそれを受け止め、また記憶が蘇る。

 思い出したくないあの悲劇。

 ――――――――

 ――――

 ――

 やれるだけのことはやった。もう、実力では笹森を助けることが出来ない。
 クラスメイトから拒絶され、幼馴染である夏目にも断れる。
 村人であるアイリスには自分の覚悟を伝えた。狂化の壺という性質について出水は考えた。
 生贄に捧げるなら必ず死ぬと周りは思っている。いや、あの壺は一目見ただけで異様。

 ただ、ルキロスは【死ぬかもしれない】という曖昧な回答。それに、狂化の壺という名前。

 もしかすると、あの壺に入り、耐え抜けば強大な力が手に入るかもしれない。

 リスクは高いが、もしこの考えた仮定が正解なら、出水にとって好都合。
 クラスからも自ら生贄になった英雄として拝められる。

 考えれば考える程に。自分が汚く、器が小さい男だと感じる。ただ、綺麗事など言ってられない。

 出水がアイリスに言った覚悟の一言。

【俺が笹森の代わりに生贄になる】

 知り合ったばかりの村人にしか言えないもどかしさ。

 いや、自分が生贄になると宣言すれば動いてくれるかもしれない。

 きっと晴木もルキロスも黙っていないだろう。
 自分のエゴだろう。自分勝手だと思うが、それでも出水は諦められなかった。

 今日の戦闘訓練はそのことが頭が一杯で集中出来なかった。

 終了後。その事に気付かれたある人物に指摘される。

「ねぇ? あんたどうしたの?」

 偉そうな口調だが、何処か優雅な雰囲気がある。
 振り返るとそこにはウェーブのかかった髪を触る葉月の姿があった。
 疲れ果てた表情で出水は、葉月と向き合う。

「今日の戦闘訓練、いつもならあんたのエンド能力で楽勝だったのに……動かないせいで、手間がかかったじゃないの」

 肩を鳴らしながら、葉月は腕を組む。意識されない程度に適当に動いていたつもりでいた。
 ただ、いつも動き過ぎていたのが裏目に出た。
 他の者に気付かれてなくても、葉月にはお見通しだった。

「多分、うちだけじゃなくて、蓮も飛野もそして晴木も楓も気付いていたと思う」

「なんだ……結構人気者じゃん」

「それで? どうして、そんなに悩んでいるの? 生贄は笹森ともう決まっているのに、後はあいつが意識を取り戻すのを待つだけ」

「いや、まあ、お前には言っておくべきか」

 出水は周りを見渡し、誰もいないことを確認する。
 遅かれ早かれ全員の前で言うつもりだが、ここで重要人物に言っておくのは悪くない。
 戦力的にも、そして人望も悔しいがこの生意気なお嬢様の方がある。

 葉月は鼻で笑いながら、あらたまる出水のことを嘲笑う。

「笹森の変わりに俺が生贄になろうと思うんだ」

「……は? それ本気で言ってんの?」

 当然の反応だろう。葉月は目を見開き、服の袖をぎゅっと掴む。
 対する出水は強い黒い瞳で、困惑する葉月を逃さない。
 虚言などではない。この場で口からでまかせを言う程、出水は軽い男ではない。

 村の整備されていない道の上。二人の間に沈黙が走る。

 ただ、先に葉月は耳に手を当て髪を掻きながら細い目で出水を見る。

 そして、冷静に現在の自分の胸の内を打ち明ける。

「やめときなさいよ、なんでわざわざそんな貧乏くじを引こうとするのよ」

「貧乏くじ? いや、俺はそうとは思ってねえよ! 問題は、笹森が生贄になるという事実をどう曲げるかだけだ」

 出水は自分の考えていることを葉月に話す。
 数分、今までの流れを話し、葉月は口元に手を当てる。考えている。考察している。
 それに、出水はこれを話すのが葉月で良かったと思っていた。我ながら運がいい。

 納得させる武器が渦中にあり、出水はそれを掴んでいる。
 希望に満ち溢れながら、出水は少量の汗を額に垂らしながら葉月に訴える。

 ただ、出水はこの葉月の性格をあまり理解してなかった。いや、しているつもりだった。

 高慢で自信があり、何より芯が強い。でも、その芯を揺らせばバランスは崩れ、自分の方に倒れてくる。

 そう、信じていたのに。足らない出水の話を付け足すように。

 葉月は静かに口を開く。

「結局、あんたは自分のことしか考えていないのね」

「……っ! あぁ!? 確かに、これだけじゃ自分のことしか考えていないと言われてもしょうがねえよ! だけど、お前だってほんとは笹森が生贄になるのは都合が悪いんだろ?」

「私が? それまた何でよ?」

 これだけでは聞こえが悪い。自分の都合だけで代わりに生贄になると言っている。
 もちろん、理由はそれだけではない。全部話したうえで、出水は葉月の気持ちも見抜いていた。
 それは、葉月が晴木のことを好きということ。このような心理戦による交渉は得意ではない。
 出水は頭をフル回転して、必死に突破口を開く。

「笹森が生贄になればもう完全に夏目と晴木は付き合うことになるぜ? それでもいいのか?」

「あーそれもそうね、それは問題ね」

 葉月が晴木に好意を持っているというのは一部の間では有名だった。
 本人には直接聞いていないが、性格的に気付いているだろう。
 出水も風の噂で耳には入っていた。これを利用させて貰い、葉月に協力させるように仕組む予定だった。

 ただ、当の本人は興味無さげに振る舞っている。薄い反応に出水は項垂れる。
 不発に終わりそうなこの揺さぶり。葉月は、自分の胸に手を当てる。
 そして、出水を弾くように強い目付きでこう言い放つ。

「確かに、私は晴木のことが好きよ」

「それなら……!」

「だけど、あんたと笹森を比べた時にどちらが今後に役に立つか、そんなの明白じゃない?」

「お前はそれでいいのかよ? 今ならまだ晴木を奪い返せるチャンスだろ? 夏目が笹森と晴木どちらかに迷っている時にアタックすれば……」

「そもそも、今の状態で晴木の心を掴めないなら、例え楓を振り切って付き合えても儚く散るだけよ」

 葉月にとってそんなやり方で意中の相手を自分ものにしても。結局、時間と共に気持ちは薄れていく。
 自分の魅力で引き寄せないと長くは続かない。
 それに、それ以上に葉月には守りたい存在があった。親友、共に戦う仲間。自分の身はもちろん。

 出水と同じく目的があり譲れない。歪に見えるクラスメイトも葉月にとっては大切な存在であった。
 もちろん、全員とは言えず、葉月も心の中では笹森も生贄にすることをあまり望んではいない。

 その事実に出水はとても以外な表情を見せる。

 だが、首を激しく横に振り、葉月は勘違いさせないように補足する。

「でも、望んでいないだけで、あいつが生贄になるのは仕方がないと思っているわ」

「そこはどうしても譲らないんだな」

「さっきも言った通り、現状の所、あんたを失ったら大きな力を失うことになる! 笹森が生贄の候補に名前が挙がっているのって、弱くて使い物にならないからでしょ? しかも、左腕を失っているし」

「でも、夏目を庇って左腕を犠牲にするとか、中々出来ることじゃねえだろ? 正直、あいつのこと見直さねえか?」

 自分があの状況に陥り、笹森と同じ事が出来るなんて思えない。
 左腕がなくなるなんて気が狂いそうになる。
 笹森が夏目のことを好きかは出水には分からない。しかし、あの気迫は尊敬したい。
 だが、葉月はそんな笹森を想いながらせせら笑う。

「見直すも何も、私だったら自分の剣で倒して救っていたわ」

「いや、だから」

「そもそも、自分の能力以上の相手だと分かっているのに、何も勝算もなく助けに行くのってどうなの? それで、確かに笹森は左腕を失い楓を守った英雄的な扱いを受けるけど……楓はどうなるの?」

「どういうことだよ」

「ふん! 頼んでもないのに助けられて、自分のせいで左腕を失ってしまった……これがどれほど精神的な苦痛を受けるのかあんたには分かるの?」

 互いの意見が水と油のように。全く融合せず、平行線を辿るだけ。
 出水は目の前の葉月がイラつくが、言っていることは別に間違ってはいない。
 こういう考え方もあると納得するしかない。場数を踏んでいるかのような物言い。流石はお金持ちのお嬢様。
 普段から、色々なものを見てきて経験して来ているのだろう。

 一般人の視線から景色を見ている出水には思考でぶつかっても勝てない。

 それに、この議論には決定的な欠陥があった。

 容赦なく、葉月は話を切り替えながら出水に言い放つ。

「それに、生贄になるってあんた言ったけどそもそもそんな本当に覚悟があるの?」

「……っ! 言っただろ! もう覚悟は出来ているって」

「ほほほ、それはやめといた方がよいですよ?」

 影から現れたように。ルキロスが突然と二人の前に姿を見せる。
 出水は思わず剣に手を置き、気に入らない様子で葉月はルキロスを見る。
 そして、ルキロスは出水にあの壺のことを説明する。

「話は聞かせて貰いました、出水殿、代わりに生贄になるということだが、本当ですか?」

「趣味が悪いな、隠れて聞いてたのかよ?」

「いやいや、少し気がかりな事を話されていたので」

「はっきり言えば? 言いたい事があるからこの場に出てきたんでしょ?」

 葉月に諭され、ルキロスは白い髭を触る。
 そして、瞑っている目を少し開け、戸惑う出水を導くような言い方をする。

「うむ、はっきり言っておくが、あの壺は今までの生贄にされた者の憎悪が詰まっておる、お主の考えは浅はかで必ず後悔することになるぞ?」

「耐えて見せる、だからこそ俺は」

「言ったではないか? 例え、助かっても体中の皮膚は高温で使い物にならなくなり、自我を失い、まともに動くこともままならない……確かに、力は手に入るがそれはもはや人の道から離れたもの……本当にそれでいいのか?」

 表情を険しくしながら出水はルキロスの発言を聞く。
 それはもう知っている。だけど、現状の自分に満足は出来ない。
 こんな形でクラスメイトが生贄になることが今後にいい方向になるとは思えない。

 ただ、この老人が言っていること。出水は、両足を震わせながら壺のことを思う。

 体中の皮膚が破れ、顔も焼け爛れる。壺の憎悪を全て受け止めなければならない。
 自我を失い、ガリウスのように本能のままに動く。
 そんな自分を想像したら、出水は今までの威勢が嘘のように消え失せる。

 進んでいた足が止まる。一度は前を向いたのに、また背を向ける形となってしまう。

 そして、その瞬間。ルキロスは、出水に向かって杖を向ける。

 急に眠気が襲い、出水は地面に両膝を着く。
 どうしようもなく、両目を閉じそうになる。仕方がないと思いながら、自分の剣に手を取る。
 だが、間に合わず出水はそのまま地面に横たわってしまう。

 動かなくなった出水に葉月は駆け寄る。

「ちょっとあんた何したのよ!」

「心配するではない、私の魔術で眠らせただけだ」

「どういうつもりよ、こんなことして許されると思うの」

「許すも何も、それなら彼を起こして再び話し合いを続行させますか? 大丈夫です、何もしなければ彼はしばらくは起きませんよ」

 ルキロスはそれだけ言ってこの場から立ち去って行った。
 葉月は出水を肩に抱える。そして、横目で溜息をつきながらボソッとこう言った。

「世話が焼けるわね、でも、こっちの方があんたにとっても幸せよ」

 そして、出水が眠っている間に笹森の生贄の儀式は始まっていた。

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