付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~

わんた

第63話 最後の願い

「兄さん……」

 黒騎士と悪魔が激闘を繰り広げている横で、兄さんは血の海の中で倒れていた。

 鍛え上げられた肉体、死線を越えて培った経験、戦士としての意地、そんなものは種族による圧倒的な戦闘能力の差の前には無意味だった。

 生きているかどうか分からない。すぐに回復してあげたいけど、ニコライじいちゃんから買ったポーションは、衝撃によって瓶が全て割れてしまって使えない。

 なんでいつも僕は考えが甘いんだッ!

 最後に残った唯一の家族、いつも僕を守ってくれる大事な人を助けることができないなんて!

 こうすればよかったと、後悔がおしよせてくる。

 今すぐ助けに行きたいと心が叫ぶけど、戦闘は続いている。常人ではあれば余波だけで死んでしまうほど激しい攻防だ。軽率に動くことはできない。

「くッ。アイツは変身もできるのか……」

 悪魔の腕はいつの間にか再生していた。

 さらに姿も人からカマキリのような姿に変わりながら、無言で叫ぶ黒騎士の攻撃を次々と防ぐ。時折、反撃もしていて、お互いの力は拮抗しているように思えた。

 何で曖昧な表現をしたかというと、音を置き去りにした激しい攻防は、目で追えないし、判断できないからだ。二人が動く度に、この世界の常識が壊されていく。

 まるでここは舞台の上か何かで、古代を再現した作品に間違って入り込んでしまったのではないかと錯覚に陥ってしまう。

 悪魔が言葉だけで放つ光線のような魔術は、歴戦の戦士でも回避は不可能。それを黒騎士は躱すどころか、剣で打ち払うことすらあるから驚きの連続だ。

 僕みたいな普通よりちょっと強い程度の人では、戦闘に入り込める余地は一切なく、過去の戦いがいかに苛烈だったのか、まざまざと見せつけられている。

「隙が見つけられない……」

 無力感が襲ってくる。前世で死んだときの記憶が僕を蝕む。今なら黒騎士のもとになった、彼女の気持ちが痛いほど分かる。

 目の前の悪魔は人の手に余る。倒す手段を提示してもらえるのであれば、人をやめることになっても迷わず選だろう。別の悪魔と契約したって構わない。

 でも、非常に残念ながら、この場で手を差し伸べてくれる人はいないのだ。

 黒騎士は狂ったように……ううん、長い年月をかけて狂ってしまたので、僕の命令なんて聞かない。最後に残った復讐の炎だけで動いているようなものだ。

 状況を打破したいのであれば、自分で道を切り開くしかない。だから、悪魔を倒す確率が最も高い方法を選ぶことにした。

「レオと同じ方法なのが嫌だけど、仕方がないか……。早く倒して兄さんを助けないと……」

 残された僅かな魔力を使って身体に魔術陣を描く。アミーユお嬢様に使われた禁忌の魔術陣と似ているけど、少しだけ違う。

 それは、誰かの魔力を吸い取るのではなく、自分の生命力を魔力に転換する魔術。

 足りない魔力は、どこからか持ってくる。同じ道を選んで進んだ者だからこそ、結論は一緒だった。レオは他者を犠牲に、僕は自己を犠牲にするだけの違い。

 大切な何かが抜けていき、ついに目には何も映らなくなった。
 全身の感覚が鈍くなっていく。
 先ほどまで煩かった戦闘音も今は聞こえない。

 その代わり、体中に魔力が駆け巡った。失ったものを補うように、この世界にある第六感がとぎ澄まれていき、真っ暗な世界に光り輝く二つの魔力の塊が浮かんだ。

 黒騎士と悪魔だ。3メートル近い塊が悪魔のほうだろう。

「僕は、まだ、戦える」

 視界に頼らなくても周囲の状況は分かる。
 二つの輝きは同じぐらい。お互いに何度もぶつかり合っているけど、すぐに決着がつくようには思えなかった。

 刺青に生命力から変換した魔力を流す。筋肉ではなく、魔術の効果で身体が動かせるようになった。

 不思議と、死に対する恐怖は薄い。
 一度経験したからだろうか?

 前をしっかり向くと、兄さんがいたところが薄く光っていることに気づく。

「よか……った」

 魔力が残っていると言うことは生きている証拠に他ならない。地上には兄さんの仲間がいる。避難と包囲が終わればすぐに来るはずだ。

 うん、ここで悪魔さえ何とかできれば、多分間に合う。いや、間に合わせる。

 目の前の問題さえ解決すれば後は他人に任せられるなんて、何とも都合の良い状況。最高じゃないか。

 心は熱く、頭は冷静。僕の人生、その全てを賭けよう。

 戦闘の中心をぐるりと回り込むようにして、ゆっくりと移動する。悪魔に気づかれているみたいだけど、何もしてこない。

 小者に構っている余裕はないってことかな?

 妨害はなく、予定していたポジションで様子を見守る。
 あとはタイミングを待つだけ。

「――! ――!」
「強敵、なり」

 僕にはゴーレムの声は聞こえないから妄想でしかないんだけど、魔力の揺らぎから「死ね!」「殺す!」「消えろ!」といった言葉が思い浮かんだ。

 第六感はどんどん研ぎ澄まされていって、視覚で見るより情報量が多い。

 さっきまでは光の塊だったけど、姿形は目で見るのと変わらないほどリアルで、次の動作まで予測できる。武術の達人って、いつもこんな世界を見ていたのかと、場違いな感想が思い浮かんだ。

「全力を見せる、なり」

 攻防は落ち着くどころか激しさを増している。

 まだだ、我慢するんだ。生命力が減っていくのをあえて意識しないようにしながら、スナイパーが標的を待つような感覚でじっとしていた。

「………………きた」

 長期戦になることを覚悟していたけど、意外なほど早くチャンスは訪れた。

 黒騎士が鎌となった悪魔の両腕を切り落としたのだ。
 一瞬の隙を突いた見事な連撃に声を上げたくなる。

 魔力弾を放ちながらバックステップで距離をとった悪魔に、僕は持てる全てを使って魔力に変換し、身体能力を強化。全力で走り出した。

「うぉぉぉぉっ!!!!」

 不意打ちでができるなんて甘いことは考えていない。ボロボロになった体に気合いを入れるために声を出した。

 たった一歩、大きく踏み出しただけで、悪魔の目の前に立つ。きっと、石畳には僕の足跡がくっきりと残っているだろう。

 身体能力が大幅に向上したことに感謝をしながら、抱きついた。両腕は再生中のため、すぐに振りほどかれることはない。

「何をする気、なり?」
「地獄にご招待するよ」

 悪魔の体に直接、魔術文字を書く。地面から光の紐が伸びて、密着している僕ごと縛り付ける。たっぷり魔力を込めたので、いつもより本数は多く、強度もある。

「ワレを捕まえたつもりか? 甘い、なり」

 そんなことは知っている。悪魔の力は嫌ってほど理解させられたし、一秒も経たずに解除されるだろう。

 でもな、僕には、そんな僅かな時間で十分なんだよ。

「≪黒騎士≫、僕ごと切り捨てろ!!!」
「――――――――!!」

 全身から黒い靄のようなものが立ち上がっていた黒騎士は、僕が命令をする前から動き出していた。兜から除く赤い目が怪しく光る。

「ぬっ!?」

 危険を感じ取った悪魔が拘束の魔術が無効化すると同時に、左胸――人であれば心臓がある部分に剣が吸い込まれるようにして刺さり、何かが割れる音が聞こえた。

「ッ!」

 僕の左肩が熱した鉄を押しつけられたような痛みを感じる。耐えられずに力が抜けていき、悪魔から離れてしまった。

 感覚が鈍っている状態でこれなんだから、普段だったら痛みに耐えられずに転げ回っていただろう。

「――!」
「小癪、なり」

 全てを使い切って倒れ込んだ僕の近くで、精細を欠いた動きをする悪魔と黒騎士の一騎打ちが再開されていた。

 ただ、先ほどとは違って明暗はくっきり分かれている。

 黒騎士の剣を回避できず、防ぐこともできずに、体が削られていく。体に刻み込まれた傷が十を超えたころに、ようやく剣が首を捉えて、悪魔の頭が宙に舞う。

 地面に落ちる前に、元が何の形だったのか分からないほど、みじん切りにされた。

 頭部をなくした悪魔は、力なく倒れ、動き出すことはなかった。

 自分の血で沈んでいくような感覚の中、安堵する。

 主犯のレオは死に、呼び出された悪魔も倒した。これでアミーユお嬢様を狙う勢力は、今後、衰退する運命は避けられないはずだ。

「≪黒騎士≫……兄さんを…………助けて、ね」

 最後は命令ではなく、お願い。
 なとも僕らしいな、と思いながら意識が薄れていく。

 もう、指一本動かす力もないや。魔力に変換する生命力すら残っていない。体が冷たくなっていくのが分かる。

 兄さんのことは気がかりだけど、きっと他の人が何とかしてくれるはず。

 そうやって思い込むことで心が楽になる。抵抗する気力はわかず、数瞬後には完全に暗闇に落ちていった。

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