付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~

わんた

第61話 決死

 獣のような叫び声を上げながら、走る勢いを殺さず跳躍。足を前に出してレオが作り出した結界に衝突する。

 勢いが殺され着地すると同時に、ガラスが割れるような音がととともに砕け散った。

 レオは再び魔術を使おうと空中に文字を書く。あれは≪風塊≫だ。
 僕を吹き飛ばす気なのだろう。そうはさせない!

 立ち上がりながら右手を振り上げながら近づき、剣に見立ててまっすぐ振り下ろす。手刀だ。強化された肉体はイメージしたとおりに刃と化す。

「ッ!!」

 腕がぼとりと重い音を立てて落ちた。血が噴水用のように吹き出し、周囲を赤く染める。僕も例外ではない。顔に血が付着した。

 けど、そんなことは気にしていられない。
 ここでトドメを刺すッ!
 アミーユお嬢様を助けるんだ!

 痛みに顔をゆがませたレオの側頭部に向けて回し蹴りを放つ。
 鱗の赤い破片が宙を舞った。

 人とは思えないほど質量のある物に当たり、反動で姿勢が崩れてしまう。

 火蜥蜴が身をていして攻撃を阻止したのだ。全身にヒビが入り、大きなダメージを受けてはいるけど、入れ墨の力を使っても一撃では倒すことができず、火蜥蜴の動きは止まらない。

 後ろ足で直立すると、主人を守るために僕にのしかかり、押し倒してくる。

 不安定な体制だったので、抵抗できずに倒れてしまった。前足で両腕を押さえられてしまう。

「そのまま時間を稼げ!」

 視界の端でレオが離れていくのが見えた。

 逃がすかッ!

 反撃のために蹴り上げようとして隙を見せたところで、尻尾が首を絞めてきた。ギチギチと不吉な音が耳に届く。骨まで強化されているので折られる心配はないけど、この体勢から抜け出すには時間がかかりそうだ。

 この場には無防備なアミーユお嬢様がいる。すぐに抜け出すべきだろう。覚悟は決めてある。出し惜しみはなしだ。

「うぉぉぉぉ!!」

 気合いを入れると入れ墨の光が強くなる。それと同時に体から力があふれ出し、そして何かが抜けていく。

 両腕の拘束を無理矢理ほどき、首を締め付ける尻尾を握りる。引きちぎるつもりで力を入れると、徐々に首への圧力が減っていく。ゴーレムとの力比べに勝てるほど、今の僕は超人的な肉体を手に入れているのだ。

 数秒拮抗したかと思うと、ブチンと音を立てて尻尾が切れた。

 仕切り直そうと僕から離れる火蜥蜴を押さえつけて、一抱えはありそうな首に手を突き入れる。

「恨むなら主人を恨んでねッ!」

 固い肉を裂いて突き進む。中心にたどり着くと、手にギリギリ収まるほどの丸い石に触れた。

 ゴーレムの核となる宝石だ。動力源になっていて、なくてはならない物だ。

 それを握りしめると思いっきりり引き抜く!

「!!!!!!」

 痛みを感じないはずなのに、大きくのけぞった。生物を模した影響なのかもしれない。生々しい動きに驚きながらも火蜥蜴のそばから離れ、転がるようにしてアミーユお嬢様の元に戻った。

 ケガを負ったレオが人質に使うかもしれないと心配していたけど、そんなことななかった。目を閉じて眠ったままの姿だ。

 そこでようやく気づく。レオはどこにいる?

 周囲を探すとすぐ見つかった。壁によりかかり、すぐに力尽きて倒れてしまいそうなほど、瀕死の状態だ。

 アミーユお嬢様に危害を加える決定的な隙だったはずなのに……諦めたか?

 いや、違う。顔は青ざめ、ついに座り込んでしまったが、目だけは死んでいない。

 血だまりの中心でレオは嗤っていた。

 止血もせずに何をしている?

「魔術陣には……魔力が豊富に含まれた……血液が必要で……した」

 それには気づいていた。だからここには死体が山のようにある。
 これほどの血を使うのかと、驚いたぐらいだ。

 もう使えるようになっても不思議では――。

「まさかッ!!」

 狙いに気づいた僕は≪魔力弾≫を放つ。けど、それはレオには届かない。

 最後の力を振り絞った火蜥蜴が立ちはだかって防いだのだ。キラキラと輝くように砕け散り、力尽きてかき消えていった。

 その後ろには、短い魔術文字を書き終えたレオがいる。

 魔力によって光っていた文字がその輝きを失うのと引き換えに、床一面に描かれた魔術陣が発光した。あまりのまぶしさに目を閉じてしまうほど強い。部屋中に魔力が吹き荒れ、空気が振動する。

「…………ここは?」

 アミーユお嬢様の声だ。周囲の急激な変化によって意識を戻したのだろう。

「敵陣です。必ずお守りします」
「敵? レオが?」
「はい」
「そうですか……先生がいるなら安心ですね」

 疑問に思うことはたくさんあるだろうに、僕の言葉を素直に信じてうなずいてくれた。

 その間にも魔術陣の光は強くなり、辺り一面が白く塗りつぶされていく。
 アミーユお嬢様を抱えると、部屋の出入り口まで移動した。

 何が起こるのか見届けずに逃げ出すわけにはいかない。レオは身動きがとれないとはいえ、アミーユお嬢様を一人にさせるわけにもいかないので、ここ様子を見守るのがベストだと思う。もう少し人手があれば良かったのに。

「おいおい。俺がいない間に、すげぇことになっているな」

 そんな祈りが通じたのか、頼もしい声がした。

「顔にかかった血ぐらい拭いておけよ」
「兄さん!」
「よう、元気だったか?」

 階段から黒騎士を先頭に兄さんと騎士が数名降りてきた。
 僕のメッセージは無事に伝わったみたいだ。

「魔術陣が光っているのか?」
「うん。古代文明を破壊した、何かが召喚されるはず」
「それはヤバいな」
「うん。ヤバい。だから、アミーユお嬢様をこの場から逃がして欲しいんだ」
「お前はどうする?」
「もちろん、倒す」

 兄さんは数瞬の間だけ沈黙すると、後ろに控える騎士に指示を出した。

「お前たちはお嬢ちゃんを連れて屋敷に戻れ。その後は援軍を連れてここに戻ってこい。それまで、俺たちが抑えておく」
「ご武運を!」

 アミーユお嬢様はすがるような目で僕を見るけど、さすがにお願いは聞いてあげられそうにない。ここから先は、間違いなく激しい戦いになるからだ。

「危険です。逃げてください」
「先生……」

 良い子だ。言葉を飲み込んでくれた。わがままを言ってはいけないと、分かっているのだろう。
 騎士にアミーユお嬢様を預ける。

「お願いします」
「任せてくれ」

 視線を騎士から離す。

「それは、行ってきます」
「戻ってきてくれますか?」
「……はい」

 召喚される敵が悪魔だと仮定すれば、生きて帰れる保証はない。勝てるかどうかなんて分からないから、返事が遅れてしまった。

 そんな心の機微を感じ取ったのか、儚い笑顔を浮かべてながら手が伸び、僕の頬に触れる。

「私の先生はクリスさんだけです。信じていますから」
「光栄に、思います」

 言い終えると、アミーユお嬢様をつれた騎士が階段を駆け上がった。
 最後に見せる顔は笑顔にしたかったけど、どうだっただろうか? ちゃんとわらえていたと思いたい。

 振り返って部屋を見る。

 光は収まり、中心には黒く角が生えた人型の生物が立っていた。

 魔力の塊のような存在は、そこにいるだけで強い圧迫感を感じる。戦い慣れた僕や兄さんですら、視界に入れた瞬間、恐怖によって気が触れそうになったほどだ。

「あれはヤバい。何もんなんだ」
「悪魔って存在らしいよ」

 あの存在はレオが離していた悪魔に違いない。
 一目見てそう思えるほど、隔絶した力を持っているように感じたからだ。

「仲間を上において正解だったな」

 気のせいかもしれないけど、声が震えているように聞こえた。

「兄さんは逃げても良いんだよ?」
「バカか。俺は弟を置き去りにして逃げる兄ではないぞ」

 強がりでも心強い。最後までそばにいてくれるのは、いつも兄さんだったな。

「で、こいつを召喚したレオはどうなっている?」
「あそこで死んでるよ」
「ちっ、満足そうな顔をしやがって」

 悪魔の足下にはレオが倒れていた。血だまりの中でピクリとも動かない。
 死んでいると思って間違いないだろう。

 公国の将来を憂いて事件を起こしたというのに、あっけない幕切れ。目的なんて何も達成できていないのに、満足そうな顔をしていた。少しは後始末をする僕らの身になって欲しい。

「ワレ、再誕」

 魔力のこもった言葉に体が金縛りにかかったように動かなくなる。
 僕は入れ墨に魔力を提供することで、なんとか抵抗できたけど、兄さんはまだダメみたいだ。

「召喚者はすでに死んでいるが、ワレ、義理堅い。望み通り、国を滅ぼしてやろう……だが、先ずはゴミ掃除だ」

 悪魔の視線が僕の体を射貫く。
 まだ入れ墨に魔力を供給していたので体が硬直する程度で済んだけど、その一秒にも満たない時間で、状況は大きく変化していた。

「え?」

 黒騎士が悪魔に斬りかかったのだ。

 ゴーレムは命令がなければ動けない。自ら考え・行動するなんて、それはゴーレムの域を超えて生物といっても過言ではない。そんなあり得ない行動をした黒騎士を見つめながら、驚きのあまり動けずにいた。

「クリス!!!!」

 兄さんの声で頭が再起動する。

「多少予定は狂ったが、許容範囲だな?」
「う、うん。一気にたたみかけよう!」

 僕と兄さんは左右に分かれて飛び出し、攻防を繰り広げる悪魔に駆け寄っていった。

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