付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~
第53話 家捜し
部屋は薄暗く、誰かがいるような気配はない。
もしかしたら空き家に襲撃犯の仲間が潜んでいるかもしれないと警戒していたけど、そんなことはなさそうだ。
「すでに逃げた後みたいだな」
僕を襲ったショートソード……は、もう持っていないから、チンピラの男性でいいか。彼は、物怖じせずにズカズカと音を立てて家に入る。
玄関と直結したダイニングは、木製の椅子と、丸いテーブル。壁には背の高さほどある棚があった。どれも使い古されており、所々、剣で切りつけたような傷が見受けられる。
壊滅した組織が使っていたということだから、ここで抗争があったのかもしれない。そんなことを想像してしまうほど、建物や家具の痛みは激しい。
「何もねーな。奥に行ってくる」
つまらなさそうな声を出すと、チンピラの男性は奥にあるドアを乱暴に開けて、先に進んでしまう。わずかな隙間から通路が見えた。
危ないよ、と呼び止めようと思ったけど、そういえば彼の名前を知らないことに気づいて止まる。実行に移すことはなく見送ってしまった。
もう彼は用済みだ。呼び止める意味はない。
首を横に振って気持ちを切り替える。先ずは、この家を調べることを優先しよう。
空き家だったらしいけど、意外にも室内の空気は淀んでいなかった。床には足跡がいくつかあり、最近になって人の出入りがあったことを証明している。
人数は三人、そのうち一人は女性――といったように、足跡だけで推測できれば良かったんだけど、残念ながらそんなスキルは持っていない。こんなことなら、狩人だったナナリーさんを連れてくれば良かった。
後悔しながら立ち上がると、ふと、背の高さほどまである木製の棚が目に入る。
ビンが所狭しと並んでおり、そのほとんどは中身は入っていない。だが、いくつかは色とりどりな液体が残っているようだ。
この色別けされた独特な配置は見覚えがあった。
「付与液?」
身体能力が向上する付与液は赤といったように、色と効果には関係性がある。もちろん例外はあるから大雑把な分類しかできないけど、分かりやすいので、保管するときは色別にすることも珍しくはないんだ。
ニコライじいちゃんのお店なんかも、お客が探しやすいようにって、色で分けて陳列している。僕のお店も同じだ。
棚の横まで歩くと、膝をつく。
予想通り劣化防止用の魔術陣が刻み込まれていた。目を凝らしてみると、薄暗い部屋を照らすように、ほんのりと淡く光っている。付与液に閉じ込められた魔力がとどまっている証拠だ。
数週間前に描かれていたのであれば、付与液ごと気化して、魔術陣の跡がうっすらと残っていただけだろう。
この明るさからすると、僕が休暇をもらった頃に描かれたと思う。その頃から空き家は使われ始めたのかな?
ここに付与液を必要とする人物が滞在していたのは間違いない。それもある程度、魔術や付与に関する知識のある人物だ。この条件に当てはまる職業は、付与液の販売人、魔術師、付与師ぐらいしかいない。
この中から、さらに条件を絞っていく。
付与液はスラム街では売れないので、付与液の販売人は除外する。棚に残っているビンから推測すると、魔術師では手が余る。あの数の付与液の特性を完全に理解して、使いこなせるとしたら、それは付与師だけだ。
「慌てるな。可能性が高いと言うだけじゃないか。例の付与液を作っているとは限らない。決めつけずに、焦らず、証拠を集めるんだ」
他にも手がかりが残っていないか、棚を移動させて壁を探し、床に地下室への入り口がないか叩いて確認する。
時間を掛けて回ってみたけど、他に怪しいところはなかった。
まだ一つ目の部屋だ。他に手がかりがあるかもしれない。
そうやって自分を奮い立たせていると、先に進んでいたたチンピラの男性が戻ってきた。
「これを見てくれ」
彼が手に持っていたのは、どの家庭にでも一つはありそうな鉄製のスプーンだった。遠目から観察すると、先端の方が少し黒ずんでいるように見える。
それに気づいた瞬間、僕の脳内に電撃が走るような衝撃を受けた。
「貸して!」
奪い取ると、まずは匂いを嗅ぐ。鼻をつくような刺激臭と共に、甘い香りを感じとった。
ラウム液の材料の中には、甘い香りを発する薬草が含まれていて、強い匂いを発することで有名だ。さらにラウム液は金属を黒く変色させる効果もあるので、このスプーンでラウム液を取り扱った可能性は十分にある。
「これはどこで?」
「一番奥の部屋に大部屋がある。そこの床に落ちていた」
僕は返事を聞いた瞬間には飛び出して、ドアを開け、通路を渡ると奥の部屋に入った。
三十人は入れるであろう大きさの部屋の中心には、大きいテーブルが置いてあり、ビンや羊皮紙が散乱していた。
僕が探していたのは魔術陣が描けそうな部屋であり、そういう意味では物が多くて適しておらず、求めていた場所ではない。
けど、違法な付与液を作っていた現場として見たらどうだ?
可能性は高いと思う。詳しく調べよう。
羊皮紙には付与師が使う記号が書かれており、それがラウム液、エスパス液を調合するときに使う計算式だというのが分かる。メモ書きは意味をなさない言葉の羅列ばかり。恐らく、暗号化しているのだろう。
時間をかければ解読できるかもしれない。けど、今はその時間がないので、暗号化しなければいけないほど、後ろめたい内容が書かれているとだけ覚えておくことにして、懐にしまう。
しゃがんで石畳の床を丁寧に観察すると、隙間に細切れになった葉があった。それも一つではない。いくつも見つかる。それらの多くは無臭だが、一つだけ甘い香りを出す葉があった。
ラウム液の原料となる薬草だ!
「ここで付与液を作っていたのは間違いなさそうだね」
魔術陣を描いている現場を押さえることは出来なかったし、アミーユお嬢様の行方は分からないままなのは変わらない。でも、製造現場だと思われる場所を発見したので、大きく前進したはず。
しかも場所はスラム街。丁寧に聞き込みをすれば、見慣れない人間がどこに行ったのか、目撃証言は集まりやすいはずだ。
僕が聞いても騙されるか可能性もは高いけど、チンピラの男性を使えば、その可能性は低くなる。もしくは、ここら辺のまとめ役を紹介してもらってもいい。
そういった人たちは、真っ向から公爵家に繋がる人を騙そうとはしないだろう。十分な見返りを提示すれば協力してくれるはず。
「希望が少しだけ見えてきた」
完全に油断していた僕の周囲が、ふと、薄暗くなった。
夜になった? いや、違う! この形は人影!
全身に鳥肌が立ち、危機感を覚えた僕は、跳ねるようにして横に転がる。ワンテンポ遅れて、ドン、と石畳を叩く音が聞こえた。
先ほどまでいた場所を見ると、チンピラの男性が金属の棒を振り下ろしているところだ。
「ちっ」
このタイミングで裏切り?
疑問に思いつつも、入れ墨に魔力を軽く通して身体能力を向上させる。
くるりと反転して逃げだそうとした彼の足を刈って倒すと、腕をひねって上に乗り、取り押さえた。
いろいろな感情がこみ上げるなか、責めるような口調で大声を出した。
「どうして!?」
「言うと思うか?」
素直ではないその一言で、頭に血が上った。
こっちは押し問答する時間すら惜しいんだ! さっさと答えろ!
体を床に押しつけながら、腕を思いっきりひねる。ポキっと、乾いたが部屋に響いた。
「アァァァァアァア!!!」
チンピラの男性が悲鳴を上げた瞬間に、やり過ぎてしまったと後悔したが、すぐに心を落ち着かせる。
「抵抗は無駄だよ。おとなしくするんだ」
そう言いながら、使い物にならなくなった腕を離す。
「もっと優しく扱え」
僕が予想していた以上に彼は痛みに慣れているようで、先ほどのように悲鳴を上げることもなければ、話せない状態でもなさそうだ。
実力差ははっきりと分かっているので、抵抗するつもりはないようだ。逃げだそうとはしなかった。
もしかしたら空き家に襲撃犯の仲間が潜んでいるかもしれないと警戒していたけど、そんなことはなさそうだ。
「すでに逃げた後みたいだな」
僕を襲ったショートソード……は、もう持っていないから、チンピラの男性でいいか。彼は、物怖じせずにズカズカと音を立てて家に入る。
玄関と直結したダイニングは、木製の椅子と、丸いテーブル。壁には背の高さほどある棚があった。どれも使い古されており、所々、剣で切りつけたような傷が見受けられる。
壊滅した組織が使っていたということだから、ここで抗争があったのかもしれない。そんなことを想像してしまうほど、建物や家具の痛みは激しい。
「何もねーな。奥に行ってくる」
つまらなさそうな声を出すと、チンピラの男性は奥にあるドアを乱暴に開けて、先に進んでしまう。わずかな隙間から通路が見えた。
危ないよ、と呼び止めようと思ったけど、そういえば彼の名前を知らないことに気づいて止まる。実行に移すことはなく見送ってしまった。
もう彼は用済みだ。呼び止める意味はない。
首を横に振って気持ちを切り替える。先ずは、この家を調べることを優先しよう。
空き家だったらしいけど、意外にも室内の空気は淀んでいなかった。床には足跡がいくつかあり、最近になって人の出入りがあったことを証明している。
人数は三人、そのうち一人は女性――といったように、足跡だけで推測できれば良かったんだけど、残念ながらそんなスキルは持っていない。こんなことなら、狩人だったナナリーさんを連れてくれば良かった。
後悔しながら立ち上がると、ふと、背の高さほどまである木製の棚が目に入る。
ビンが所狭しと並んでおり、そのほとんどは中身は入っていない。だが、いくつかは色とりどりな液体が残っているようだ。
この色別けされた独特な配置は見覚えがあった。
「付与液?」
身体能力が向上する付与液は赤といったように、色と効果には関係性がある。もちろん例外はあるから大雑把な分類しかできないけど、分かりやすいので、保管するときは色別にすることも珍しくはないんだ。
ニコライじいちゃんのお店なんかも、お客が探しやすいようにって、色で分けて陳列している。僕のお店も同じだ。
棚の横まで歩くと、膝をつく。
予想通り劣化防止用の魔術陣が刻み込まれていた。目を凝らしてみると、薄暗い部屋を照らすように、ほんのりと淡く光っている。付与液に閉じ込められた魔力がとどまっている証拠だ。
数週間前に描かれていたのであれば、付与液ごと気化して、魔術陣の跡がうっすらと残っていただけだろう。
この明るさからすると、僕が休暇をもらった頃に描かれたと思う。その頃から空き家は使われ始めたのかな?
ここに付与液を必要とする人物が滞在していたのは間違いない。それもある程度、魔術や付与に関する知識のある人物だ。この条件に当てはまる職業は、付与液の販売人、魔術師、付与師ぐらいしかいない。
この中から、さらに条件を絞っていく。
付与液はスラム街では売れないので、付与液の販売人は除外する。棚に残っているビンから推測すると、魔術師では手が余る。あの数の付与液の特性を完全に理解して、使いこなせるとしたら、それは付与師だけだ。
「慌てるな。可能性が高いと言うだけじゃないか。例の付与液を作っているとは限らない。決めつけずに、焦らず、証拠を集めるんだ」
他にも手がかりが残っていないか、棚を移動させて壁を探し、床に地下室への入り口がないか叩いて確認する。
時間を掛けて回ってみたけど、他に怪しいところはなかった。
まだ一つ目の部屋だ。他に手がかりがあるかもしれない。
そうやって自分を奮い立たせていると、先に進んでいたたチンピラの男性が戻ってきた。
「これを見てくれ」
彼が手に持っていたのは、どの家庭にでも一つはありそうな鉄製のスプーンだった。遠目から観察すると、先端の方が少し黒ずんでいるように見える。
それに気づいた瞬間、僕の脳内に電撃が走るような衝撃を受けた。
「貸して!」
奪い取ると、まずは匂いを嗅ぐ。鼻をつくような刺激臭と共に、甘い香りを感じとった。
ラウム液の材料の中には、甘い香りを発する薬草が含まれていて、強い匂いを発することで有名だ。さらにラウム液は金属を黒く変色させる効果もあるので、このスプーンでラウム液を取り扱った可能性は十分にある。
「これはどこで?」
「一番奥の部屋に大部屋がある。そこの床に落ちていた」
僕は返事を聞いた瞬間には飛び出して、ドアを開け、通路を渡ると奥の部屋に入った。
三十人は入れるであろう大きさの部屋の中心には、大きいテーブルが置いてあり、ビンや羊皮紙が散乱していた。
僕が探していたのは魔術陣が描けそうな部屋であり、そういう意味では物が多くて適しておらず、求めていた場所ではない。
けど、違法な付与液を作っていた現場として見たらどうだ?
可能性は高いと思う。詳しく調べよう。
羊皮紙には付与師が使う記号が書かれており、それがラウム液、エスパス液を調合するときに使う計算式だというのが分かる。メモ書きは意味をなさない言葉の羅列ばかり。恐らく、暗号化しているのだろう。
時間をかければ解読できるかもしれない。けど、今はその時間がないので、暗号化しなければいけないほど、後ろめたい内容が書かれているとだけ覚えておくことにして、懐にしまう。
しゃがんで石畳の床を丁寧に観察すると、隙間に細切れになった葉があった。それも一つではない。いくつも見つかる。それらの多くは無臭だが、一つだけ甘い香りを出す葉があった。
ラウム液の原料となる薬草だ!
「ここで付与液を作っていたのは間違いなさそうだね」
魔術陣を描いている現場を押さえることは出来なかったし、アミーユお嬢様の行方は分からないままなのは変わらない。でも、製造現場だと思われる場所を発見したので、大きく前進したはず。
しかも場所はスラム街。丁寧に聞き込みをすれば、見慣れない人間がどこに行ったのか、目撃証言は集まりやすいはずだ。
僕が聞いても騙されるか可能性もは高いけど、チンピラの男性を使えば、その可能性は低くなる。もしくは、ここら辺のまとめ役を紹介してもらってもいい。
そういった人たちは、真っ向から公爵家に繋がる人を騙そうとはしないだろう。十分な見返りを提示すれば協力してくれるはず。
「希望が少しだけ見えてきた」
完全に油断していた僕の周囲が、ふと、薄暗くなった。
夜になった? いや、違う! この形は人影!
全身に鳥肌が立ち、危機感を覚えた僕は、跳ねるようにして横に転がる。ワンテンポ遅れて、ドン、と石畳を叩く音が聞こえた。
先ほどまでいた場所を見ると、チンピラの男性が金属の棒を振り下ろしているところだ。
「ちっ」
このタイミングで裏切り?
疑問に思いつつも、入れ墨に魔力を軽く通して身体能力を向上させる。
くるりと反転して逃げだそうとした彼の足を刈って倒すと、腕をひねって上に乗り、取り押さえた。
いろいろな感情がこみ上げるなか、責めるような口調で大声を出した。
「どうして!?」
「言うと思うか?」
素直ではないその一言で、頭に血が上った。
こっちは押し問答する時間すら惜しいんだ! さっさと答えろ!
体を床に押しつけながら、腕を思いっきりひねる。ポキっと、乾いたが部屋に響いた。
「アァァァァアァア!!!」
チンピラの男性が悲鳴を上げた瞬間に、やり過ぎてしまったと後悔したが、すぐに心を落ち着かせる。
「抵抗は無駄だよ。おとなしくするんだ」
そう言いながら、使い物にならなくなった腕を離す。
「もっと優しく扱え」
僕が予想していた以上に彼は痛みに慣れているようで、先ほどのように悲鳴を上げることもなければ、話せない状態でもなさそうだ。
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