付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~
第52話 スラム街
みんなと別れた僕は、人の間を縫うようにして走り、スラム街に入った。
呼吸を整えるために立ち止まると息を深く吸って、僕は一瞬意識を失いそうになった。
辺り一面にすえた臭いが漂っている。悪臭に耐えられなかったのだ。
慌てて周囲を確認する。
道にはゴミや糞尿があり、離れたところには人らしき物体が転がっている。もしかしたら死体がそのまま放置されているのかもしれない。
壁が崩れかけた家からは、部外者を警戒する人が僕を覗くように見ている。それは決して心地よい視線ではなく、不快指数だけが上昇する。
どこからか、ヒソヒソと話す声も聞こえてきた。
この町に生まれ住んでから十数年も経過している。第二の故郷であり、知らないところなどないと思っていたけけど、スラム街は初めて訪れた町のように感じられた。
この世界に転生した時のような心細さを感じながらも、アミーユお嬢様を助けるために奥へと進む。
突き当りを右に曲がって大通りから見えない場所につくと、僕の前に巨漢の男性が立ちふさがった。顔には切り傷がいくつもあり、丸太のように太い腕、その手にはショートソードが握られている。
凶悪な人相と僕を見下す視線。さらには武器を持っていることから、友好的な相手ではないことは明白だ。
とっさに逃げようとして反転すると、建物の陰から顔面にいくつものピアスがついている人間と、病的なほど痩せてた乱れたロングヘアーの男性二人がゆっくりと出現した。近くはないが遠くもない距離で立ち止まる。
「おいおい、顔を見ただけで逃げようとするなんてつれねぇな。お前に用があるんだ。ゆっくりしていけよ」
僕のことを待ち伏せしてたのか?
罠に嵌められた? 誰に? 犯人を追っていることに気づいて待ち構えていたのか?
追加の襲撃はないと思っていたけど、甘かったみたいだ。
アミーユお嬢様のことが気になって、周囲の警戒が疎かになっていたことに後悔するけど、それも一瞬だけだ。すぐに気持ちを切り替えて振り返る。
最初に立ちふさがった男性は、余裕そうな笑みを浮かべて、ショートソードをもてあそんでいた。
「逃げ道なんかねーよ。諦めな」
「どうすれば見逃してもらえますか?」
「そうそう。人間、素直なのが一番だぜ」
早々に白旗を上げた僕を見て男性はニヤリと嗤い、親指と人差し指で輪を作る。
先ほどまで高鳴っていた心臓が、ジェスチャーを見て落ち着いた。
金を出せということか。アミーユお嬢様を襲撃した奴らは金銭が目的で動いているわけではない。カモフラージュの可能性は残っているけど、恐らく事件とは関係のない、スラム街に住んでいるチンピラだろう。
それが分かれば、なんてことはない。
実力で排除するまでだ。
指先に魔力を集めて空中に魔術文字を書く。
「なっ! こいつ魔術師だ!! やべぇ。逃げるぞ!!」
ちょっと違う。惜しかったね。慌てて逃げる彼らを睨みつけながらも動きは止まらない。≪拘束≫と書き終わると、地面から光の紐が出現した。
並列で起動させた魔術は正面の男性だけではなく、後ろにいた二人も拘束する。抜け出そうともがいているけど、無駄だ。
魔術が使えなければ消すことはできないし、チンピラ程度の力で引きちぎれるほど僕の魔術は甘くない。
「聞きたいことがあるんだ」
少しでも自分を大きく見せようとして、笑いながらショートソードを持ったリーダーらしき男性に近づく。
「な、なにが聞きたい?」
僕の目論見は達成できたようだ。恐怖で顔を引きつりながらも会話に応じた。
「なんで僕を襲ったの?」
「ガキが一人でここに来たんだ。襲うのは当たり前だろ? クソッ、魔術師ならそれっぽい恰好をしろってんだ!」
返事をしないで相手の顔に近づいて顔を覗き込む。
逃げようとしてもがいているようだけど、光の紐で全身を拘束されているので、腕一本動かせない。
「ウソではないみたいだね」
「あ、当たり前だろ!」
顔面蒼白、何をされるか分からない恐怖の表情から、アミーユお嬢様をさらった犯人の一味ではないと断定した。
組織的に動いていた彼らなら、この隙に攻撃してくるか、もしくは僕の魔術を無効化するぐらいはしただろう。
「じゃぁ、もう一つ質問。そこそこ大きい空き家ってある?」
「こ、こんな場所だ。いくつも……ある」
「じゃぁ、屋根が残ってて、最近、人の出入りが多かった所は?」
「お前、何を調べている?」
「質問をしているのは僕の方だけど?」
再び、空中に魔術文字を書こうとする。
「ま、待ってくれ!」
「答えてくれる?」
無理やり笑顔を作る。顔の筋肉がピクピクと引きつっているように感じた。
脅すのは苦手だ。早く会話を終わらせたい。
「もちろんだ! だから物騒な指を下ろしてくれないかっ!!」
悲鳴のような懇願をした男性は、出会ったころのような強者の余裕はなかった。僕はそのことに少しだけ心を痛めながら、これ以上の脅しは不要だと思い、指に集めた魔力を開放して腕を下ろす。
「心当たりはあるの?」
「一つだけ……ある。少し前に壊滅した組織の家がまるまる残っている。ここ最近、誰かが利用した形跡が残っていた。住んではいないようだが、一日何回か出入りを繰り返しているとの噂だぜ」
一人で探すには時間が惜しい。この人の話を信じて動いたほうが効率が良いかも。僕は数舜、思考してから結論をだした。
「拘束を解いてあげるから、そこに案内して。あ、後ろの二人は用済みだからもういいよ」
二人の拘束を解くと、ショートソードを持った男性を一瞥してから、脱兎のごとく逃げだした。
「仲間だったのに見捨てられちゃったね」
「魔術師に逆らうバカはいねーよ」
「それも、そっか」
ショートソードを取り上げてから魔術を解除する。
「案内、してくれるよね?」
「そうしたら見逃してくれるか?」
「うん。安心して。約束は守るよ」
「……ついてこい」
僕の言葉を聞いて小さくため息をついた男性は、背中を見せて歩き出した。
どっちが悪役なのかわからない。こんな姿、アミーユお嬢様には見せられないや。
慣れないことをした疲労感を覚えつつも、見失わないように後を追う。迷路のような道を何度も曲がり、時には崩れかけた壁を乗り越えて歩く。もしかして騙されているのではないかと、疑いはじめたころに、僕の家より大きい建物が目に入った。
所々、争ったような傷がついているものの、石造りの建物全体は無事だ。屋根が壊れている、壁に穴が空いているといった様子はない。周囲には崩れかけの家とかがあるので、不自然に感じるほど普通だ。
「僕が言った条件にぴったりだね」
「だろ? 目的地に案内したんだ。帰っていいか?」
「まだ仕事は残っているよ。中に案内して」
抗議しようと口をパクパクと何回か動かしていたけど、諦めたようで言葉として発することはなかった。ついてこい、と小さくつぶやくと歩き出した。
優秀な案内人を手放す理由はない。何より中に人がいた場合、盾は必要だ。真っ黒な思考にそろそろ嫌気がさしそうだけど、それでもアミーユお嬢様を助けるためだと、自分に言い聞かせる。
大義のためであれば人は悪魔になれる。
何となくそんな言葉を思い浮かべながら、自己嫌悪感を押し殺して、ドアの前で立ち止まっている彼に追いつき、声をかけた。
「ノックでもするの?」
「なわけないだろ。この家は誰の所有物でもない。そして、ここはスラムだ」
暴力的な笑みを浮かべると勢いよく蹴る。遠目からは分からなかったけど、木製のドアはすでに半分以上壊れていたようで、勢いよく吹き飛んでいった。
「ここの流儀だ。覚えておいて損はないぞ」
暴力的な行為で少しスッキリしたのだろうか。僕の方を向いて野蛮な笑みを浮かべていた。
「誰もいないみたいだな。ついてこい」
僕は小さくうなずくと、意外に頼りになる男性の背を追って家の中に足を踏み入れた。
呼吸を整えるために立ち止まると息を深く吸って、僕は一瞬意識を失いそうになった。
辺り一面にすえた臭いが漂っている。悪臭に耐えられなかったのだ。
慌てて周囲を確認する。
道にはゴミや糞尿があり、離れたところには人らしき物体が転がっている。もしかしたら死体がそのまま放置されているのかもしれない。
壁が崩れかけた家からは、部外者を警戒する人が僕を覗くように見ている。それは決して心地よい視線ではなく、不快指数だけが上昇する。
どこからか、ヒソヒソと話す声も聞こえてきた。
この町に生まれ住んでから十数年も経過している。第二の故郷であり、知らないところなどないと思っていたけけど、スラム街は初めて訪れた町のように感じられた。
この世界に転生した時のような心細さを感じながらも、アミーユお嬢様を助けるために奥へと進む。
突き当りを右に曲がって大通りから見えない場所につくと、僕の前に巨漢の男性が立ちふさがった。顔には切り傷がいくつもあり、丸太のように太い腕、その手にはショートソードが握られている。
凶悪な人相と僕を見下す視線。さらには武器を持っていることから、友好的な相手ではないことは明白だ。
とっさに逃げようとして反転すると、建物の陰から顔面にいくつものピアスがついている人間と、病的なほど痩せてた乱れたロングヘアーの男性二人がゆっくりと出現した。近くはないが遠くもない距離で立ち止まる。
「おいおい、顔を見ただけで逃げようとするなんてつれねぇな。お前に用があるんだ。ゆっくりしていけよ」
僕のことを待ち伏せしてたのか?
罠に嵌められた? 誰に? 犯人を追っていることに気づいて待ち構えていたのか?
追加の襲撃はないと思っていたけど、甘かったみたいだ。
アミーユお嬢様のことが気になって、周囲の警戒が疎かになっていたことに後悔するけど、それも一瞬だけだ。すぐに気持ちを切り替えて振り返る。
最初に立ちふさがった男性は、余裕そうな笑みを浮かべて、ショートソードをもてあそんでいた。
「逃げ道なんかねーよ。諦めな」
「どうすれば見逃してもらえますか?」
「そうそう。人間、素直なのが一番だぜ」
早々に白旗を上げた僕を見て男性はニヤリと嗤い、親指と人差し指で輪を作る。
先ほどまで高鳴っていた心臓が、ジェスチャーを見て落ち着いた。
金を出せということか。アミーユお嬢様を襲撃した奴らは金銭が目的で動いているわけではない。カモフラージュの可能性は残っているけど、恐らく事件とは関係のない、スラム街に住んでいるチンピラだろう。
それが分かれば、なんてことはない。
実力で排除するまでだ。
指先に魔力を集めて空中に魔術文字を書く。
「なっ! こいつ魔術師だ!! やべぇ。逃げるぞ!!」
ちょっと違う。惜しかったね。慌てて逃げる彼らを睨みつけながらも動きは止まらない。≪拘束≫と書き終わると、地面から光の紐が出現した。
並列で起動させた魔術は正面の男性だけではなく、後ろにいた二人も拘束する。抜け出そうともがいているけど、無駄だ。
魔術が使えなければ消すことはできないし、チンピラ程度の力で引きちぎれるほど僕の魔術は甘くない。
「聞きたいことがあるんだ」
少しでも自分を大きく見せようとして、笑いながらショートソードを持ったリーダーらしき男性に近づく。
「な、なにが聞きたい?」
僕の目論見は達成できたようだ。恐怖で顔を引きつりながらも会話に応じた。
「なんで僕を襲ったの?」
「ガキが一人でここに来たんだ。襲うのは当たり前だろ? クソッ、魔術師ならそれっぽい恰好をしろってんだ!」
返事をしないで相手の顔に近づいて顔を覗き込む。
逃げようとしてもがいているようだけど、光の紐で全身を拘束されているので、腕一本動かせない。
「ウソではないみたいだね」
「あ、当たり前だろ!」
顔面蒼白、何をされるか分からない恐怖の表情から、アミーユお嬢様をさらった犯人の一味ではないと断定した。
組織的に動いていた彼らなら、この隙に攻撃してくるか、もしくは僕の魔術を無効化するぐらいはしただろう。
「じゃぁ、もう一つ質問。そこそこ大きい空き家ってある?」
「こ、こんな場所だ。いくつも……ある」
「じゃぁ、屋根が残ってて、最近、人の出入りが多かった所は?」
「お前、何を調べている?」
「質問をしているのは僕の方だけど?」
再び、空中に魔術文字を書こうとする。
「ま、待ってくれ!」
「答えてくれる?」
無理やり笑顔を作る。顔の筋肉がピクピクと引きつっているように感じた。
脅すのは苦手だ。早く会話を終わらせたい。
「もちろんだ! だから物騒な指を下ろしてくれないかっ!!」
悲鳴のような懇願をした男性は、出会ったころのような強者の余裕はなかった。僕はそのことに少しだけ心を痛めながら、これ以上の脅しは不要だと思い、指に集めた魔力を開放して腕を下ろす。
「心当たりはあるの?」
「一つだけ……ある。少し前に壊滅した組織の家がまるまる残っている。ここ最近、誰かが利用した形跡が残っていた。住んではいないようだが、一日何回か出入りを繰り返しているとの噂だぜ」
一人で探すには時間が惜しい。この人の話を信じて動いたほうが効率が良いかも。僕は数舜、思考してから結論をだした。
「拘束を解いてあげるから、そこに案内して。あ、後ろの二人は用済みだからもういいよ」
二人の拘束を解くと、ショートソードを持った男性を一瞥してから、脱兎のごとく逃げだした。
「仲間だったのに見捨てられちゃったね」
「魔術師に逆らうバカはいねーよ」
「それも、そっか」
ショートソードを取り上げてから魔術を解除する。
「案内、してくれるよね?」
「そうしたら見逃してくれるか?」
「うん。安心して。約束は守るよ」
「……ついてこい」
僕の言葉を聞いて小さくため息をついた男性は、背中を見せて歩き出した。
どっちが悪役なのかわからない。こんな姿、アミーユお嬢様には見せられないや。
慣れないことをした疲労感を覚えつつも、見失わないように後を追う。迷路のような道を何度も曲がり、時には崩れかけた壁を乗り越えて歩く。もしかして騙されているのではないかと、疑いはじめたころに、僕の家より大きい建物が目に入った。
所々、争ったような傷がついているものの、石造りの建物全体は無事だ。屋根が壊れている、壁に穴が空いているといった様子はない。周囲には崩れかけの家とかがあるので、不自然に感じるほど普通だ。
「僕が言った条件にぴったりだね」
「だろ? 目的地に案内したんだ。帰っていいか?」
「まだ仕事は残っているよ。中に案内して」
抗議しようと口をパクパクと何回か動かしていたけど、諦めたようで言葉として発することはなかった。ついてこい、と小さくつぶやくと歩き出した。
優秀な案内人を手放す理由はない。何より中に人がいた場合、盾は必要だ。真っ黒な思考にそろそろ嫌気がさしそうだけど、それでもアミーユお嬢様を助けるためだと、自分に言い聞かせる。
大義のためであれば人は悪魔になれる。
何となくそんな言葉を思い浮かべながら、自己嫌悪感を押し殺して、ドアの前で立ち止まっている彼に追いつき、声をかけた。
「ノックでもするの?」
「なわけないだろ。この家は誰の所有物でもない。そして、ここはスラムだ」
暴力的な笑みを浮かべると勢いよく蹴る。遠目からは分からなかったけど、木製のドアはすでに半分以上壊れていたようで、勢いよく吹き飛んでいった。
「ここの流儀だ。覚えておいて損はないぞ」
暴力的な行為で少しスッキリしたのだろうか。僕の方を向いて野蛮な笑みを浮かべていた。
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