付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~

わんた

第51話 見習ネットワーク

コウ君たち見習いの仕事は雑用だ。


店の掃除から始まり、商品の棚卸し、接客、ハンターギルドから素材を受け取るなど、その業務は多岐にわたる。


薄給な上にさらに一人ではこなせない量の仕事が来ることも珍しくないので、他店の見習い同士が助け合うことも多く、そんな彼らの横のつながりは強い。


一人で勉強していた僕にはあまりわからないけど、仲間意識というのだろう。


いつか正式な弟子になることを夢見て、お互いに励ますあうような関係。そんな物語に出てきそうな関係が少し少し羨ましく、憧れてしまう。


ちょっと思考がずれちゃった。


何が言いたいかというと、見習同士のネットワークはバカに出来ないという話。


亭主の浮気から奥さんの浪費、さらには他店の経営状況といったところまで、表に出ない情報も把握してたりする。


主婦の井戸端会議がバカに出来ないのと同じで、彼らのネットワークだって真実の一端にたどり着いている可能性がある。


「コウ君、仲間内ではどんな噂があるのかな?」


期待してはダメだと言い聞かせているけど、僕は必死な声を出していたと思う。


彼の言葉で何かを見つけられるかもしれない。そんな期待感がどうしても湧き上がってしまうんだ。


「あの、これは仲間から聞いた話なんですが……ラウンド商会がハンターに高額の薬草採取を依頼していたみたいなんです。それも上限無しで。全て買い取るという方法です」
「ほぅ。それは珍しい」


ニコライじいちゃんが感心したような声でつぶやいた。


ラウンド商会は公国でも一、二位を争うほど大きい商家で、直接ハンターに依頼することは少ない。専用の下請け業者に任せているからだ。


業者にも任せられない特別な依頼。それも普通ではない薬草採取といったら、怪しさは増すばかり。


「薬草採取なんか、日銭を稼ぐ程度だったはずだが」
「はい。だから仲間も記憶に残っていたらしいんです」


ハンターの依頼は大量にあり、日々更新される。昨日の依頼を覚えている人などほとんどいない。


薬草採取なんてありふれた仕事で、誰がどんな依頼を出したなんか覚えている方が珍しいと思ったけど、ありえないほどの高額だったからこそ覚えていたのか。


普通は十円で販売しているチョコレートが、一万円で売っていたら記憶に残るね。


「で、どんな薬草だったんだ?」
「レニバ草でした。なんだか美味しそうな名前ですよね」


えへへと照れ笑いするコウ君を見ながら、僕は驚愕していた。


レニバ草とはラウム液の材料として使われる。他の付与液にも使われるから採取自体は禁止されていないはず。


この島であれば、どこにでも生息する薬草だから首都のハンターギルドに依頼を出していても不思議ではない。ないんだけど、絶対数が少ないから見つけるのが非常に難しい。砂漠のどこかに埋もれている、宝石を見つけるような難易度だ。


だから高額だったんだ。色々と納得したよ。それに難易度はともかく、彼らがしたいことも分かった。


付与液が売っていないなら作ればいいってことか。


確かに規制によって製造と販売が停止して、恐らく製造方法も非公開になった。けど、つい最近の出来事だから、僕みたいに知識を持っている野良の付与師はそこそこいるのだろう。


その中にはお金を積まれたら、販売が禁止されている付与液の調合をやってしまう人もいるはず。


大金を使い、リスクまで背負ってまで作りたいことを想像すると、今まで聞いた中では一番有力な情報だ。ラウンド商会について調べない手はないだろう。


「その依頼はいつ達成されたか分かる?」
「依頼を見たのが二ヵ月前で一週間後にはなくなっていました。割の良さそうな仕事だったので、薬草採取をしているハンターは、全員その依頼を受けていたようでした」


材料さえあればラウム液は数日で完成する。調合の難易度はそれほど高くない。


他の材料も平行して集めていたと考えると、ラウム液だけではなくエスパス液すら作られていると考えた方が良いかも。


最悪、御使いの召喚準備は終わっている可能性がある。アミーユお嬢様を救出する時間は思っていたより少ないかもしれない。


「貴重な情報をありがとう。すごく役に立ったよ!」


コウ君の手を握って心からお礼を言った。


「よかったです。もしかして、これからラウンド商会に行かれますか?」


急いで歩き出そうとした足が止まる。


商会に直接行って、問いただしてもラウム液など作っていないで、終わってしまうだろう。大きな商家であれば権力に対する備えもあるだろうし、騎士だけで強引に進めるのも難しそうだ。


このまま店に行くのは悪手かもしれない。


喜んでいた心が急速にしぼんでいく。


その代わりに焦りがジワジワと僕を締め付けてきた。


考えろ! 頭を回せ! 集めた情報から新しい視点を見つけるんだ!


「付与液が出来ただけでは意味がない。召喚の魔方陣を描く必要があるからだ。あれは複雑だから、かなり大きなサイズになるよね。人が訪れない広い空間で召喚する必要がある。風や雨が降らない室内なら完璧だ。でも、付与液が気化するときに密閉された空間だと作業中に気を失ってしまう可能性もあるから、通気性の良い場所であることも条件としては必要だ。だから地下室はダメ。人の出入りがあっても不思議ではない大きい倉庫辺りなら条件にあうかな。あとは、空き家とかか。永久付与液でなければ、魔方陣を書いてから数日以内に召喚する必要もある。生け贄が必要なパターンの召喚であれば、すぐに作業を開始するだろう。すると今か、これから、魔方陣を描く場所の出入りが激しくなるはず。動きがあれば、隙は生まれる。見つけるなら……今だね」


ブツブツと独り言を呟いている僕を気味悪そうに見ていたコウ君から離れると、入り口に待っている兄さんに近づく。


「ラウンド商会が所有している倉庫、5~6人が住めそうな大きめな空き家を重点的に探そうと思う」
「そこにお嬢ちゃんがいるのか?」
「もしくは、召喚の魔方陣を描いている人、かな。可能性は五分五分。もしかしたらもっと低いかもしれない」
「けど、ゼロではないということか」
「うん」
「なら無視するわけにはいかないな!」
「時間が惜しいから別れて探したいんだ。兄さんたちは手分けして、ラウンド商会の倉庫を当たってもらえる? 僕はスラム街中心に空き家を探してみる」


条件に該当する空き家は多くないと思うし、スラム街に集中しているので僕一人でも十分。それより首都の至る所に点在している倉庫を調べる方に人手を割いた方が良い。


「一人で大丈夫か?」
「もちろん、先生だからね」
「……成長したな」


この一言は僕にだけ聞こえたようだ。
兄さんは、目を細めて薄く笑っている。


「いいぜ。騎士の権限で中を確認させてもらう。お前も頑張れよ!」
「うん! 生徒を助けるのは先生の役目だからね」


お互いに拳をぶつけ合う。
僕はお店を出ると急いでスラム街へと向かっていった。

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