付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~

わんた

第39話 魔術師ルッツの過去

「両親の最後を知るために、ここまで来ました。聞かせてもらえませんか?」


偶然出会えた幸運を逃したくない。性急かもしれないけど、僕の思いを伝えることにした。


目の前の男性は少し驚いた表な表情をしたけど、すぐ無表情に戻る。普段から感情を押し殺して生活しているのだろうか? あえて無表情を貫いているように感じた。


「分かったが、その前に墓参りがしたい」


人を殺せそうな視線のせいで見落としていたけど、彼の手には花束があった。赤色を中心に黄色、オレンジといった母さんが好んでいた暖色系でまとめられている。


「ゆっくりしてください」


片腕の男性は歩き出し、僕の横を通り抜け、墓前でしゃがんだ。
一本の腕を器用に動かし、枯れた花をまとめてから端に寄せてから、みずみずしい花を置く。


その動作は洗礼されていて、初めて墓参りに来たとは到底思えなかった。きっと、何度も来ているのだろう。


数秒間、地面を見つめてから立ち上がる。後ろを振り向いて僕に話しかけてきた。


「待たせたな。行きつけの店に案内する。少し遅い昼食でも取りながら話そう」
「分かりました」


彼の言う通り、立ち話で済ませるような内容ではないのは確かだ。この場で今すぐ聞きたいという気持ちを抑えて、提案に乗ることにした。


二人とも無言のまま町の中心に戻ると、一軒の古びた食堂に入る。石で作られた建物には、所々、穴が開いている。戦場の痛々しい傷跡がここにもあった。


けど、食堂として使える分、他の建物よりかはマシな状態なのだろう。


「料理はいつものを、二人分だ」
「今日もご利用ありがとうございます。ご案内しますね」


本当になじみの店のようだ。女性の店員に話すとテーブル席に通された。周囲のテーブルには、まばらだが食事をしている客もいる。


向き合うように座り、しばらくすると頼んでいた肉料理が運ばれてきた。


「まずは自己紹介からしよう。俺の名前はルッツ。魔術を使うハンターだ。ヘルセ奪還のために、クリス君の両親と一緒に行動していた」


話を聞きながら肉を口に入れる。血の臭みを塩でごまかした味が広がった。ゴムのように硬く、飲み込むのにも一苦労する一品だ。何度も咀嚼して、時間をかけて飲み込んでから質問をする。


「珍しですね。何か理由でも?」


日雇い労働のハンターになる魔術師は少ない。よほどの理由がない限りは、魔術の研究をするか、金持ちのお抱えとして働くことになる。命をチップにした仕事をする階級ではないのだ。


「雇い主の娘と恋愛してな……それだけならまだしも、雇い主の妻にも手を出してクビになった」
「えっ!?」
「あれは若気の至りだった……」


その殺し屋みたいな風貌で? 恋愛? 依頼主の娘を暗殺したって、言われたほうが納得できるよ?


それによく生きているね。魔術師の雇い主って、社会的地位の高い人たちだよね? その場で殺されてもおかしくはない。どうやって生き延びたのか、話しを聞きたくなるレベルだ。それを、よくある話しみたいに言わないで!


「まぁ、そんなこともあって、ハンターをするしかなかったんだ」
「そ、そうなんですね」


そんなことって、ルッツさん……。
あまりにも住む世界が違い過ぎて、理解が追いつかない。相槌をするしかできなかった。


「魔術を使える珍しいハンターということもあり、同じ部隊に所属したクリス君の両親とは、頻繁に話していた。その時に"うちの息子は優秀な付与師になる"と、よく話題に上がっていたので、今でも覚えている」


ルッツさんの前では魔術しか使ってないし、僕からは一言も“付与師“という単語は出していない。もし父さんたちから話を聞いてなければ、レア職業である付与師という単語は出さず、”魔術師”と言ったはずだ。


それに両親は、付き合いの浅い人間に家族の話はしないタイプだった。二人から僕の事を聞いているということは、ルッツさんのことを信用できると判断したからに他ならない。


そうであれば二人の判断を尊重して、両親と仲の良かった戦友として接しようと思う。


「ハンターの敵はモンスターだ。俺は、人間との戦いには慣れていなかったし、嫌悪感もあった。敵国の人間と戦うたびに落ち込み、クリス君の両親に愚痴を聞いてもらった。俺がまともな人間として生きていられるのも、彼らのおかげだ」


同族殺による精神的な辛さは僕にもわかる。最初の頃は僕も、兄さんに話を聞いてもらったものだ。


「色々と端折ったが、俺の事は少しわかってもらったと思う。で、二人の最後が知りたいんだったな。どこまで聞いてる?」


ルッツさんのまとう空気が変わった。
出会った時の様に鉛のように重い。目つきも鋭く、声のトーンも低くなった。


「モンスターの大群に襲われて、部隊が壊滅したと聞きました」


これが公式見解。きっとこの情報だけなら、ここまで来なかった。


「ですが、個人的に依頼した調査で、死体には剣で叩き切ったような傷や矢が刺さったとしか思えない穴が空いていたと、証言を入手しました」


二度目の両親の死。
もう一度、家族を守るチャンスを与えられたのに、またしても失ってしまった。


調査を始めたきっかけは、罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。どうしても最後を知りたかった僕は、大金を払って調査をした。その結果がこれだ。


腹の底から沸々と煮えたぎった感情が這い上がってくるのを感じる。それを僕は必死に抑えた。相手の姿は見えないけど、格上なのは間違いない。短絡的に行動してしまえば、たどり着く前に消されてしまう。


落ち着け。感情を爆発させるのは最後でいい。


「よく調べたな。なるほど。だから、ここまできたのか」
「はい」


驚くほど低く、冷たい声が出た。
きっと今の僕の顔は、酷く醜いものになっているだろう。


「俺の見た範囲で良ければ話そう」


僕が本気だと分かったのか、やや前のめりになったルッツさんは、テーブルに手を置いて話し出した。


「まず始めに言っておくが、モンスターの大群に襲われたのは事実だ。そこで俺の片腕は、オーガーに引きちぎられて失った。あまりの痛さに死ぬかと思ったほどだ」


港町ヘルセ奪還部隊を襲ったモンスターの襲撃は本当だったのか。ということは、その後に何か問題が発生たのかな?


僕は脳内で様々な出来事を妄想しながら、静かに次の言葉を待っていた。


「その襲撃で、部隊の大半を占めていた多くのハンターは死んで、俺やクリス君の両親といった運の良いヤツと、騎士だけが生き残った」


前世の軍事的感覚で表現するのであれば全滅だ。組織的な戦闘などできず、撤退もしくは再編成するべき状態。


でもそれは、前世での話だ。この世界であれば、指揮官さえ生きていればヘルセに行っていたはずだ。逃げ帰ってしまえば指揮官の責任になるからだ。その決定に合理性はない。個人の感情を優先した判断だ。


「戦闘が終わってすぐに、俺の腕を治療してくれたのがヘーデさんだ。治療が終わりそうになった頃に、騎士が近くに来たんだが……」
「顔は覚えていますか?」
「いや。痛みと出血のせいで覚えていない。騎士と判断できたのも、金属鎧の音がしたからだ。あんな豪華な装備をしていたのは、公爵家お抱えの騎士しかいないからな」


騎士が両親の死に関与しているのか? いや、早とちりは良くない。話しを聞く限り、騎士ではない可能性も残っているのだから。


「治療の途中からヘーデさんと騎士で、言い争いが始まった。エトムントさんも合流すると、"出所を教えろ"、隠すとためにならないぞ"、"国のために全て献上しろ"といった、断片的な言葉が聞こえてきた」
「……それで?」


ようやく本題だ。この先に何か事件が起こったのは間違いない。
ゴクリとつばを飲み込んで、ルッツさんの言葉を待っている。


「分からん。言い争いの途中で気を失った」
「へ?」


肩透かしを食らった僕は、間抜けな返事をしてしまった。


気を失うってどういことだよ!? ここで寝ちゃダメじゃないか! 依頼人の娘と奥さんに手を出した根性を、ここで出さないで、いつ出すんだっ!


終わってしまったことを責めても意味はないと分かりつつも、そう思わずにはいられなかった。


「目覚めたら、死体の山と一緒に放置されていた。きっと、もうすぐ死ぬと判断されたのだろう」


仲間の死体から這い上がる。なんて悲しく、寂しい出来事なのだろう。
僕は頭を切り替えて、恐る恐る質問をする。


「その山に両親は?」
「いた」
「そう、ですか……」


全身の力が抜けたように感じた。僕はゆっくりと椅子の背もたれに体重を預ける。


ルッツさんが気を失ってから目覚める間に何かがあった。キーとなるのは、両親と言い争っていた騎士と思われる人間になる。


そいつが今も生きているか分からないけど、誰だったのか把握したい。どんな手を使ってでも聞き出したい。でもそれは、今は出来ない。


「放棄された荷物を漁って食いつないだ俺は、何日も遅れてヘルセに到着したが、既に戦闘は終わっていた」


全滅状態だった部隊だけで奪還することは不可能だ。その当時は終戦間際だったから、敵国の人間はヘルセから逃げ出していたのだろう。


「恩人が死んで、見捨てられた俺は、部隊に戻る気にならなくてな。ここで余生を過ごし、クリス君と出会った」


部隊に戻らなかった理由も分かる。金の切れ目が縁の切れ目ともいうように、金や扱いが悪いと、ハンターが離れる理由になるのだ。


それが人間同士の争いであればなおさらだ。
人類を守るという大義名分すらないのだから。


大枠は分かったし、重要な人物も見えてきた。これからどうしようか。ルッツさんと同じような人を探してみるか、それとも騎士の方を調べてみるか? 兄さんは、なったばかりと言え騎士だ。調べれば何らかの情報が手に入るかもしれない。


食事をしながら頭に浮かび上がった選択肢を検討していると、ふと聞き慣れた単語が耳に入った。


「おい。知っているか? ハンター仲間に聞いたんだが、公爵家が襲撃されたらしいぞ」


公爵家? 襲撃?
ハーピーの襲撃事件が脳裏をよぎり、僕は立ち上がるとハンター風の男二人の前に立った。


「その話、詳しく教えてもらえませんか?」
「お、おう。だが大した話は聞いてないぞ」


僕は無言で、公国銀貨一枚をテーブルの上に置く。
男は不審に思いながらも銀貨を手に取って懐に入れた。


「今日、到着した知り合いのハンターの話だ。公爵家が主催していたパーティーでケガ人が出たらしいぞ。こんなご時世に派手なことをしているんだ。ざまぁねえぜ」


行商しながら移動してたので、後から出たハンターと同時期に到着するのも不思議ではない。それよりパーティーって単語が気になる。アミーユお嬢様が参加していた可能性が高いからだ。


公爵家主催なら安全だろうと思っていた僕が甘かったのかもしれない。残っていればよかった! いや、そうしていたらルッツさんに出会えなかった。この選択は間違いではなかったはずだ。それに今は、後悔するのは後回しだ。


「ありがとう」


お礼だけを言って席に戻る。


ハンターが寄り道せずに来たのであれば、恐らく3~4日前の話になる。すでに事件は解決しているか、落ち着いているはずだ。でも僕は、この場に留まるつもりはない。


手がかりは見つけた。首都に戻っても調査の続きは出来る。であれば、今はアミーユお嬢様の無事を確認する方が先だろう。


「用事が出来ました。これから出発の準備をするので失礼します。今度お会いしたときには、必ずお礼をします」
「礼は土産話でいい。気をつけろよ」
「はい!」


事情を知らないルッツさんは色々と聞きたかったはずだ。それに、情報をもらうだけで渡すことは出来なかった。これで関係を断たれても仕方がないと思っていたけど、次に会う約束をしてくれた。


ありがとうございます。今回はその優しさに甘えさせていただきます。次に会った時は色々と話ししますから。


そんな気持ちを胸に抱いて僕は食堂を飛び出し、保存食を買い漁る。
数時間ほどの滞在しただけで、僕は港町ヘルセを後にした。

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