付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~
第37話 地方の現実
日が上がり始めた早朝。眠れない夜を過ごした僕は、あくびをしながら階段を降りる。宿の外に出て曇り空を見上げながら、井戸に向かった。
「ふぅ……」
冷たい水を顔にかけと、眠気が一気に吹き飛ぶ。悩みを洗い流してくれるようだ。
「おはよう。早起きだね!」
振り返ると、レーネが後ろに立っていた。数歩後ろにコテルさんもいて、軽く手をあげて挨拶をしてくれる。
「この村にぴったりな曇り空だね。パパ、予定通り朝食を食べたらすぐに出るの?」
「もちろんだ。時間は貴重だからね」
「だって。クリスも大丈夫?」
「はい。あまり長居したくないですし、すぐに出ましょう」
否定する理由はない。
それに僕は他の村、町の様子も見たかった。この村と同じように生活が苦しく不満がたまっているのか、それとも幸せに暮らしているのか、この国の現実をこの目で見たいと思っている。
「なら決まりだね! 食堂に行こう!」
「え、え!?」
レーネは僕の手を取ると、一階の食堂へ引っ張ろうとする。昨日の一件から急に距離が近くなったようで、未だになれない。僕は顔を赤くしながら、なされるがまま歩き出した。
井戸の広場から離れ、宿のドアノブに手を触る。
「少し待つんだ」
コテルさんの緊張した声で、僕たちの動きが止まった。耳に手を当てて、離れた場所の音を拾おうとしている。
「外が騒がしい。最低限の装備を持ってきて、護衛をしてくれ」
「「はい」」
ハンターの顔に戻った僕たちは、二階に駆け上がり急いで装備を身につけると、コテルさんとともに村のメインストリートに出た。
「これは……」
村にある唯一の出入り口は、手には農具や槍を持っている村人が殺到していた。数人の村人が血を流して倒れ、罵声が飛び交い、殺気立っている。
さらに十数人の男性が、戦闘エリアを見守るように様子を見ている。戦う勇気はないが、逃げ出すこともできない。そんな人たちなんだろう。
「魔狼を殺せ! 仇を討つんだ!!」
魔狼――人の腰ほどもある銀色の狼型モンスターだ。単体の強さはゴブリンより少し上という感じで、武器さえあれば村人でも倒せるレベル。けど、あいつらは常に集団で行動する。討伐の難易度は意外に高く、新人のハンターがよく殺されていた。
「魔狼と戦っているようですね。後ろに下がっていてください」
僕の後ろに隠れるようにして、コテルさんが移動した。
「クリス! 助けないの!?」
僕の行動が予想外だったようで、レーネさんが非難するような目で睨みつけてきた。
彼女の言いたいことはわかる。村人なら手こずる相手でも、僕だったら怪我を負うことなく倒せる。それでも動かない僕を責めたいのだろう。
……状況が許すなら、今すぐ助けに行きたい。
「僕はコテルさんの護衛として雇われています。危険が迫っている今、ここを離れるわけにはいきません」
だが今は、プロのハンターとして依頼を優先しなければいけない。それが他人を見捨てる結果になったとしても、レーネに非難されてもだ。
けど、前世の自分が、なんのために戦う力を身につけたんだと心の中で叫んでいる。苦渋の決断だった。
「そ、そうかもしれないけど――」
「レーネ! クリスが正しい!」
納得いかないレーネさんが僕に詰め寄ろうとしたところで、コテルさんが一喝した。
「お前もプロのハンターなんだ。クリスを見習いなさい」
「…………でも」
肩を落とし、顔を下に向けて、弱々しい声を出した。ポタリ、ポタリと、涙が落ちて、地面にシミを作っている。
さすがに依頼主であり父親のコテルさんには逆らえないようだ。もう、先ほどのような勢いはない。
コテルさんは泣いている娘を放置したまま僕に質問をする。
「プロのハンターとしての意見が聞きたい。勝てると思うか?」
「もうしばらくしたら入り口は突破され、村中が荒らされる結果となるでしょう」
コテルさんは、騒ぎが収まるまでこの場が安全かどうか知りたいのだろう。そう予想して答えを返した。
「そうすると、ここで待つより逃げたようが良いか……」
「三人だけなら可能でしょう。ですが、荷馬車は村の柵を超えることはできません」
モンスターの襲撃に備えて、村の周囲には頑丈な木製の柵がある。人だけであればよじ登ることもできるけど、荷馬車はそうもいかない。
「荷馬車に乗って入り口を突破するのは無理です。でもこのまま待っていても、コテルさんの身の安全は保証できますが、荷馬車はそうもいきません」
同様に、人とモンスターが入り混じった戦場を突破するのも無理だ。馬が魔狼に食べられて終わりだ。
それに命と同じぐらい大切な荷物と馬。それを今この場で、見捨てる判断を下す商人はいないだろう。
「……何か考えはあるか?」
この場に留まっていても、いつかは襲われる。逃げ出すことはできない。
コテルさんは縋りつくような声で、僕に話しかけた。
「目視できる程度に離れた敵。これは魔術で攻撃するには適した距離です。今なら、この場を動かずに倒すことも可能です。大切な商品を守るために、戦わせてもらえないでしょうか?」
「クリス!?」
レーネがバット顔を上げて、潤んだ瞳で僕の顔を見つめている。
ずるい。その目には弱いんだ。期待に応えたくなる。
「状況を正しく理解した上で戦うのであれば問題ないですよね?」
公爵家に雇われた家庭教師としては、この状況は見過ごせない。ただでさえ不穏な空気がただよっているんだ。生活は苦しいけど、救いはある、希望はある、そう思ってもらわなければいけない。
だから僕は戦う理由を探し、それを提案したのだ。
「……仕方がない。クリスの言う通りだ。護衛をしながら魔狼を退治してくれ」
「その依頼、達成して見せます」
一礼をしてからレーネさんの方を向く。
彼女はすでに剣を持っていて、今すぐにでも飛び出しそうな体勢だ。
「レーネさん。見学している人を避難させてください。魔狼が目視出来たら魔術を使います」
「クリスありがとう!! 任せて!」
飛び出すようにして走り出した。
「ハンターのクリスが魔術を使う! 戦わない人間は避難して!」
レーネは、戦闘エリアを遠巻きに見ている男性の集団に近づく。
大声で周囲に警告すると、逃げる口実を手に入れた男性たちは、お互いの顔を見て頷くと無言で走り去ってしまった。
戦いなれていない村人なら仕方がないか。それにこれでようやく、戦闘の状況が見えるようになった。
魔狼は十匹。戦っている人は……十人ほど? 門の入り口でなんとか侵入を抑えている状況だ。
「邪魔だな……」
敵は視認できているけど、攻撃魔術を直接叩き込むのは危険だ。誤爆の可能性がある。まずは魔狼の動きを止めよう。
僕は《拘束》の魔術を複数書き、連結させる。グミのように弾力性のある光の紐が魔狼の足元から出現した。
連結させたので拘束力、本数が増えているので、アイツら程度では引きちぎれないだろう。
「なんだこれ!」
「誰かが助けてくれたのか!?」
戦っていた村人が、動きを止めて周囲を見渡している。
レーネがその間を駆け抜けて、魔狼の首を跳ね飛ばした。
「クリスの好意を無駄にしないで! 早く動いて! 今のうちにトドメを刺すの!」
さすがハンターだ。何をやるべきか分かっているし、それを他人に示している。
それに先ほどの一撃。体はブレず、流れるような動作だった。彼女の戦いを初めてみたけど、その若さに似合わない実力を兼ね備えているかもしれない。
なるほど。これなら父娘だけで行商に出れるわけだ。
僕が考察している間にも事態は進み、レーネの手によって最後の魔狼は息絶えた。
「嬢ちゃんすげーじゃねぇか!」
村人がレーネに殺到する。
誰よりも前に出て活躍したんだ。まぁ、こうなるよな。
「ちょ、ちょっと! 私は止まっている敵を切った――」
まさか自分が注目されるとは思っていなかったのか、武器を手放して両手を振って否定している。けど、村人の興奮がその程度で収まるはずがない。すぐに囲まれて姿が見えなくなってしまった。
「助けなくていいんですか?」
僕は後ろを向いて父親であるコテルさんに声をかけた。
「たまには、表立って褒められることも必要だろう」
そう言ってコテルさんは、寂しそうな目をしながらレーネさんを見ていた。
「ふぅ……」
冷たい水を顔にかけと、眠気が一気に吹き飛ぶ。悩みを洗い流してくれるようだ。
「おはよう。早起きだね!」
振り返ると、レーネが後ろに立っていた。数歩後ろにコテルさんもいて、軽く手をあげて挨拶をしてくれる。
「この村にぴったりな曇り空だね。パパ、予定通り朝食を食べたらすぐに出るの?」
「もちろんだ。時間は貴重だからね」
「だって。クリスも大丈夫?」
「はい。あまり長居したくないですし、すぐに出ましょう」
否定する理由はない。
それに僕は他の村、町の様子も見たかった。この村と同じように生活が苦しく不満がたまっているのか、それとも幸せに暮らしているのか、この国の現実をこの目で見たいと思っている。
「なら決まりだね! 食堂に行こう!」
「え、え!?」
レーネは僕の手を取ると、一階の食堂へ引っ張ろうとする。昨日の一件から急に距離が近くなったようで、未だになれない。僕は顔を赤くしながら、なされるがまま歩き出した。
井戸の広場から離れ、宿のドアノブに手を触る。
「少し待つんだ」
コテルさんの緊張した声で、僕たちの動きが止まった。耳に手を当てて、離れた場所の音を拾おうとしている。
「外が騒がしい。最低限の装備を持ってきて、護衛をしてくれ」
「「はい」」
ハンターの顔に戻った僕たちは、二階に駆け上がり急いで装備を身につけると、コテルさんとともに村のメインストリートに出た。
「これは……」
村にある唯一の出入り口は、手には農具や槍を持っている村人が殺到していた。数人の村人が血を流して倒れ、罵声が飛び交い、殺気立っている。
さらに十数人の男性が、戦闘エリアを見守るように様子を見ている。戦う勇気はないが、逃げ出すこともできない。そんな人たちなんだろう。
「魔狼を殺せ! 仇を討つんだ!!」
魔狼――人の腰ほどもある銀色の狼型モンスターだ。単体の強さはゴブリンより少し上という感じで、武器さえあれば村人でも倒せるレベル。けど、あいつらは常に集団で行動する。討伐の難易度は意外に高く、新人のハンターがよく殺されていた。
「魔狼と戦っているようですね。後ろに下がっていてください」
僕の後ろに隠れるようにして、コテルさんが移動した。
「クリス! 助けないの!?」
僕の行動が予想外だったようで、レーネさんが非難するような目で睨みつけてきた。
彼女の言いたいことはわかる。村人なら手こずる相手でも、僕だったら怪我を負うことなく倒せる。それでも動かない僕を責めたいのだろう。
……状況が許すなら、今すぐ助けに行きたい。
「僕はコテルさんの護衛として雇われています。危険が迫っている今、ここを離れるわけにはいきません」
だが今は、プロのハンターとして依頼を優先しなければいけない。それが他人を見捨てる結果になったとしても、レーネに非難されてもだ。
けど、前世の自分が、なんのために戦う力を身につけたんだと心の中で叫んでいる。苦渋の決断だった。
「そ、そうかもしれないけど――」
「レーネ! クリスが正しい!」
納得いかないレーネさんが僕に詰め寄ろうとしたところで、コテルさんが一喝した。
「お前もプロのハンターなんだ。クリスを見習いなさい」
「…………でも」
肩を落とし、顔を下に向けて、弱々しい声を出した。ポタリ、ポタリと、涙が落ちて、地面にシミを作っている。
さすがに依頼主であり父親のコテルさんには逆らえないようだ。もう、先ほどのような勢いはない。
コテルさんは泣いている娘を放置したまま僕に質問をする。
「プロのハンターとしての意見が聞きたい。勝てると思うか?」
「もうしばらくしたら入り口は突破され、村中が荒らされる結果となるでしょう」
コテルさんは、騒ぎが収まるまでこの場が安全かどうか知りたいのだろう。そう予想して答えを返した。
「そうすると、ここで待つより逃げたようが良いか……」
「三人だけなら可能でしょう。ですが、荷馬車は村の柵を超えることはできません」
モンスターの襲撃に備えて、村の周囲には頑丈な木製の柵がある。人だけであればよじ登ることもできるけど、荷馬車はそうもいかない。
「荷馬車に乗って入り口を突破するのは無理です。でもこのまま待っていても、コテルさんの身の安全は保証できますが、荷馬車はそうもいきません」
同様に、人とモンスターが入り混じった戦場を突破するのも無理だ。馬が魔狼に食べられて終わりだ。
それに命と同じぐらい大切な荷物と馬。それを今この場で、見捨てる判断を下す商人はいないだろう。
「……何か考えはあるか?」
この場に留まっていても、いつかは襲われる。逃げ出すことはできない。
コテルさんは縋りつくような声で、僕に話しかけた。
「目視できる程度に離れた敵。これは魔術で攻撃するには適した距離です。今なら、この場を動かずに倒すことも可能です。大切な商品を守るために、戦わせてもらえないでしょうか?」
「クリス!?」
レーネがバット顔を上げて、潤んだ瞳で僕の顔を見つめている。
ずるい。その目には弱いんだ。期待に応えたくなる。
「状況を正しく理解した上で戦うのであれば問題ないですよね?」
公爵家に雇われた家庭教師としては、この状況は見過ごせない。ただでさえ不穏な空気がただよっているんだ。生活は苦しいけど、救いはある、希望はある、そう思ってもらわなければいけない。
だから僕は戦う理由を探し、それを提案したのだ。
「……仕方がない。クリスの言う通りだ。護衛をしながら魔狼を退治してくれ」
「その依頼、達成して見せます」
一礼をしてからレーネさんの方を向く。
彼女はすでに剣を持っていて、今すぐにでも飛び出しそうな体勢だ。
「レーネさん。見学している人を避難させてください。魔狼が目視出来たら魔術を使います」
「クリスありがとう!! 任せて!」
飛び出すようにして走り出した。
「ハンターのクリスが魔術を使う! 戦わない人間は避難して!」
レーネは、戦闘エリアを遠巻きに見ている男性の集団に近づく。
大声で周囲に警告すると、逃げる口実を手に入れた男性たちは、お互いの顔を見て頷くと無言で走り去ってしまった。
戦いなれていない村人なら仕方がないか。それにこれでようやく、戦闘の状況が見えるようになった。
魔狼は十匹。戦っている人は……十人ほど? 門の入り口でなんとか侵入を抑えている状況だ。
「邪魔だな……」
敵は視認できているけど、攻撃魔術を直接叩き込むのは危険だ。誤爆の可能性がある。まずは魔狼の動きを止めよう。
僕は《拘束》の魔術を複数書き、連結させる。グミのように弾力性のある光の紐が魔狼の足元から出現した。
連結させたので拘束力、本数が増えているので、アイツら程度では引きちぎれないだろう。
「なんだこれ!」
「誰かが助けてくれたのか!?」
戦っていた村人が、動きを止めて周囲を見渡している。
レーネがその間を駆け抜けて、魔狼の首を跳ね飛ばした。
「クリスの好意を無駄にしないで! 早く動いて! 今のうちにトドメを刺すの!」
さすがハンターだ。何をやるべきか分かっているし、それを他人に示している。
それに先ほどの一撃。体はブレず、流れるような動作だった。彼女の戦いを初めてみたけど、その若さに似合わない実力を兼ね備えているかもしれない。
なるほど。これなら父娘だけで行商に出れるわけだ。
僕が考察している間にも事態は進み、レーネの手によって最後の魔狼は息絶えた。
「嬢ちゃんすげーじゃねぇか!」
村人がレーネに殺到する。
誰よりも前に出て活躍したんだ。まぁ、こうなるよな。
「ちょ、ちょっと! 私は止まっている敵を切った――」
まさか自分が注目されるとは思っていなかったのか、武器を手放して両手を振って否定している。けど、村人の興奮がその程度で収まるはずがない。すぐに囲まれて姿が見えなくなってしまった。
「助けなくていいんですか?」
僕は後ろを向いて父親であるコテルさんに声をかけた。
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