付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~

わんた

第27話 最後の特殊個体

遠くから会話が聞こえ、僕は重い瞼を開いた。何日も徹夜した後のように頭は重い。いまなら何時間でも寝れそうな気がする。


「お、起きたな」


幼い頃からずっと聞いている声だ。そんな人間は死んでしまった両親と兄さんしかいない。兄弟だからといって勝手に人の部屋に入らないで……え?


いや、それはおかしい。僕が寝泊まりしているのは自宅ではなく、公爵家の一室だ。兄さんが気軽に入れる場所ではない。なのにどうして声が聞こえる? まさかこの僕がホームシックにでもなったか!?


「二日も寝続けていたんだぞ」


その一言で、全てを思い出した! 僕は魔力切れで倒れ――!!


「どうなったの!?」


僕は体にかけられていた毛布を乱雑に投げ捨て、体を起こす。


あの場にいたハーピーが全滅したのは覚えている。でも、その後の記憶が一切なかった。死人は出なかった? ケガ人は? アミーユお嬢様は無事なのか? 様々な疑問が頭の中を駆け巡る。


「あー。それは……」


言いづらそうに、ほほをかいている。くそッ! 何かあったに違いない! ふらつきながらも立ち上がり、兄さんの胸ぐらをつかむ。


「早くお――」
「私から説明させてください」
「アミーユお嬢様?」


予想しなかった声に驚き、後ろを振り返る。
長い青い髪を揺らし、緑色のアーモンド形の瞳で、僕をじっと見つめていた。


「まずは、お礼から。モンスターから助けていただきありがとうございました」


スカートの端をちょこんとつまみ、頭を下げる。お茶会で披露したお嬢様スタイルだ。


「そして……不甲斐ない生徒で申し訳ございません。モンスターを前にして動けないなんて、見捨てられても文句は言えません……」


声は震え、アミーユお嬢様の目からポタポタと涙が床に落ち、絨毯に広がっていく。


「私は…………私は、動けません……でした」


何度も繰り返し、宝石からゴーレムを出現させる訓練をした。自信だってあっただろう。なのに、本当に使うべき場面で使えなかった。動けなかった。


大きな衝撃だっただろう。それこそ、今まで積み重ねてきた自信が一気に崩れ去っても不思議じゃない。


「初戦闘なんてそんなものです。誰も気にしていません」


どうにかしてフォローしてあげたい。そう思っていたけど、口から出たのは突き放すような言葉だった。


女の子が、それも子供が泣いているのに! これだから僕は! なんでいつも肝心なところで適切な言葉が選べないんだッ!


「確かに初戦闘とは、誰だって失敗はする」


僕を一瞬見てから、ニヤリと笑ってアミーユお嬢様に話しかける。
こんな時、いつも助けてくれるのが兄さんだ。


「あれは10歳の頃だったか? クリスの初戦闘に付き合った時は大変だったぞ。ゴブリンを前に、腰を抜かして半泣きしていたんだからな!」


「せ、先生が?」


アミーユお嬢様が勢い良く顔を上げる。どうやら兄さんの話に興味を持ったようだ。


「普段はすまし顔しているけど、怖がりなんだぜ。初戦闘の後は一人で寝れないし、お漏らしもするしで、大変だったんだ!」


両手を広げて、おもらしが何か重大な事件のように語る兄さん。役者の様に振舞う姿に、アミーユお嬢様は話に引き込まれていた。


「先生がお漏らし……」
「他にも――」
「に、兄さん!?」


って、確かにちょっとした事件だったけど、そこまで言わなくてもいいんじゃないかなっ! アミーユお嬢様も笑わないでくださいっ!


「自分の足だけで最後まで立っていた、アミーユお嬢ちゃんの方が立派だぞ」
「お嬢ちゃんなんて失礼だよ!」
「ここはプライベートな空間だから大丈夫です。うふふふ。それに先生のお兄様、お気遣いありがとうございます。先生のお話を聞いて元気が出ました」
「え、うん。元気が出たならよかったけど……」


アミーユお嬢様の目は、まだ濡れているけど、さっきより声は明るく、わずかに微笑んでいた。暴露話一つで元気になるなら……あり……なのか?


「そうだ。お前は細かいこと気にしすぎだ」
「兄さんがズボラなだけだよ……でも、お嬢様が元気になって良かった」


僕は大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。よし、さっきのことは忘れよう!


「で、お嬢ちゃん。クリスの話は後でたっぷりと話すとして、そろそろ質問に答えてやったらどうだ?」
「あ、そうでした!」


何かを思い出したようだ。パンと音を立てて両手を合わせる。


「クリス先生が倒れた後ですが、レオ様がハーピーを全滅させたので、ケガ人も出ることなく一旦解決しました」


誰も死なず、ケガ人すら出なかった。モンスターの襲撃にしては奇跡的に被害が少ない。というか、被害といえば魔力切れで気絶した僕ぐらいか……。だんだか、少し悲しくなってきたぞ。


「ですが、この問題が終わったわけではありません。またこの館を襲ってくる可能性があるそうです」
「どういうこと?」


群れは全滅させたんだ。普通に考えれば、襲撃できる個体が残っているはずがない。


なぜそこまで警戒する必要があるんだ?


「俺が特殊個体を追っていたのは知っているよな?」
「この前、伝言で聞いたよ」


その答えは、兄さんが知っているようだ。アミーユお嬢様から説明を引き継いだ。


「襲って来たハーピーの群れは一部だ。本体の群れにはボス――特殊個体が一体残っている。仲間が殺されたんだ。逆上して襲ってくる可能性も否定できない」


特殊個体は知能が高い。しかも中途半端にだ。群れの仲間が全滅したからといってすぐに逃げることはしない。プライドを傷つけられた思って、逆上する可能性の方が高い。確かに襲撃を警戒する理由になる。


それに公爵家だって、襲われたままで終わらすはずがない。貴族としてのプライドが許さない。群れが残っているのであれば、殲滅させたがるだろう。


「……ヤラれる前にヤレってことだね」


結局人間もモンスターも変わらない。プライドのぶつけ合いだ。


「そうだ。オーガーを討伐した部隊で襲撃することが決まっている。明日には出発するはずだ」


レックス騎士団長の所か……するとリア公爵夫人とデューク騎士長の部隊が来るな。あれ? そう言えば、この前のオーガー討伐が成功したら騎士になるとか言ってたけど、どうなったのかな?


「兄さんは騎士として参加するの?」
「まだだ。手続き中で、騎士になるのはもう少し先だな」


あの話が続いているのであれば問題ない。兄さんが騎士になったらお祝いしなきゃな。


「そんなことより、アミーユお嬢ちゃんも現場を知るために参加するぞ」
「誰がそんなことを! まだ早いっ!」


ちょっとした幸せな妄想が吹き飛んだ。さっきまで動けなかったと、泣いていた子を連れて行くなんて許せるはずがない。現場を知るのだって、もっと大きくなってからでも間に合う。


無理をする必要なんてないんだ! リア様の差し金だな! こうなったらクビになる覚悟で抗議してやるっ!


そう思って歩き出そうとしたら、袖を引っ張られて止まってしまった。


「私が志願しました。先生が未熟者の私を心配してくれるのは嬉しいのですが、このままでは嫌なんです!」
「ッ! ですが……」


振り向くと覚悟を決めたアミーユお嬢様がいる。あまりの覇気に気圧されて言葉が詰まる。


子供にこんな顔をさせるなんて。なんて僕は無力なんだ……。


「先生、お願いします!」
「………………仕方がないですね」


見つめ合うこと数秒。
話が下手な僕が説得できるわけもなく、折れることになった。


「その代わり私も同行します」


説得できないのであれば、僕が守ってあげれば良い。それが現状で僕がとれる最良の手段だろう。


「ありがとうございます!!」


飛び跳ねて喜ぶアミーユお嬢様の頭を撫でてから、気持ちを切り替える。


特殊個体を相手に油断はできない。オーガーの時はギリギリだったし、ハーピーだって試験中でなければ、甚大な被害をもたらしていただろう。


「兄さん、それで作戦の概要は?」
「ここから半日歩いた北部の森に巣があると分かっている。騎士と魔術師の混合部隊が、包囲してから襲撃する手はずだ。お嬢ちゃんは森の入り口にある本陣で待機だな」


戦場から離れた場所で待機なら安全か? いや、油断は良くない。信用できる人は一人でも多く確保しておきたい。


「案内役が終わったら、本陣に戻るの?」
「残念ながらな。公爵様の館が襲われたんだからな。騎士様たちだけで解決したいんだろう」
「くだらないプライド。でも、そのおかけで僕らは安心できる」


兄さんのパーティが一緒なら、特殊個体が襲ってきても何とかなる。ようやく安心できる材料を見つけた僕は、討伐までの予定を組み立てる。


翌日、リア様に参加することを伝えると、あっさりと許可され、トラブルもなく当日を迎えることとなった。

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