付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~
第26話 ハーピーとの対決
ハーピーとの距離は、まだ離れている。お守りに渡した宝石を使えば迎撃することも可能だ。平常心を保ち、落ち着いて行動できれば問題ない。
アミーユお嬢様ならできる。……そう思っていただけど、彼女は血の気の引いた顔色をしていた。今にも倒れてしまいそうなほど、小刻みに震えている。
頭も良く、才能もある。だから僕は、まだ子供だという事実を忘れていた。モンスターと対峙するのも、戦うのも早過ぎたのだ。技術は大丈夫でも、心の準備は出来ていなかった。
「くそっ。今のスピードじゃ間に合わない!」
もう、目の前で家族が死ぬのは嫌だ!
切り札はここで使わせてもらう!
無意識のうちにギリギリと歯を鳴らしていた僕は、身体の中心に魔力を流す。体から顔にかけて刻み込まれた魔術陣が浮かび上がり、全身の身体能力が向上。目の前の光景がスローモーションのように、ゆっくりと動くようになった。
人間の枠を超えたこの感覚は、万能の神だと錯覚してしまうほどだ。
これなら間に合う!
踏み込むと同時に地面が沈み、たった一歩でアミーユお嬢様とハーピーの間に滑り込んだ。
「せ、先生……」
目を見開き、驚いた表情をして、僕を見ている。顔に浮かび出た、複雑な魔術陣に驚いているのだろう。一言、声をかけるべきなのだろうけど、そんな余裕はない。頭の中は怒りに支配されていた。
「お前、生徒を泣かせたな」
振り返り、迫り来るハーピーに向かって言葉をぶつける。痛みも忘れて、ただ前にいる敵だけを睨んでいた。
「ギャ! ギャッギャッ!」
棒立ちしている姿が隙だらけだと思ったのだろう。ハーピーがターゲットを僕に変えた。
先頭のハーピーが口を開き咬みつこうとする。その行動を冷静に観察し、タイミングを合わせて顔面を殴った。強化された拳が当たると、パンと水風船が破裂する音とともに、ハーピーの頭部が吹き飛んだ。
「……」
魔力の消費が激しい代わりに、強力な力を手に入れたけど……予想以上の結果だ。相手もその脅威を感じ取り、後続のハーピーは急旋回して上空に戻ってしまった。
「逃がさない!」
アミーユお嬢様を泣かせた責任を取ってもらおう。そう思って、一歩踏み出したところで力が抜けてしまい、膝をついてしまった。
「先生!! 顔が真っ青ですっ!! 休んでください!」
駆けつけたアミーユお嬢様が、必死になって僕を支えようとする。
魔力切れが近いのか……切り札の《全身強化》は、燃費が悪すぎた。それにムリに動いたから体中が痛い。万全とはかけ離れた状態だ。
「まだ余裕はあります。魔力が完全に尽きてしまう前に倒してしまいますから」
実際は座っているだけでも辛い。でも泣き言は無しだ! ここで無理をしなければ、いつするんだ!
「ダメですっ!! もし魔力が尽きてしまったら、死んでしまいます! そ、そんなの許しませんっ!」
「私の生徒は心配性ですね」
そう言って、アミーユお嬢様の頭に手を乗せる。
生徒にこんなことを言わせてしまうなんて、やっぱり僕は、まだまだ未熟だな。
「私を信じてください」
出来ているかどうか分からないけど、いつも通りに立ち上がる。
上空を見上げると、一回り大きいハーピーを囲んで旋回していた。群のリーダーなのだろう。あいつがこの場にいるということは、まだ僕とやりあう気らしい。
「さっさと始ーー」
「殴っただけで頭部を破裂させるなんて、非常識な付与師ですね」
動き出そうとした僕を止めたのはレオだった。他の人と一緒に逃げたかと思ったけど、まだここに居たのか。
「モンスターとの戦闘経験は少ないようですが……それでも戦うのですか?」
「魔力が切れかかっている、あなたよりは戦力になりますよ」
「レオ様だって魔力の残量は少ないのでは?」
さきまで僕に向って魔術を連発していた、レオ様の魔力総量は分からないけど、半分程度になっているはずだ。
「心配無用です」
そう言ってマナポーションを取り出し、一気に飲み干した。
貴重な品を二本も持っているなんて、立場……いや、格差の違いを見せつけられて、あまり気分は良くない。ただ強力な助っ人には違いない。
「羨ましいですか? 残念ですが、今ので最後です」
「仮に余っていたとしても、平民の私にはマナポーションの対価は用意できません。結局、借りないと思います」
「ふむ……」
僕の返答に何か思うことがあったようだ。少しだけ考えるような動作をしてから、再び話し出した。
「私は生まれた時から色々と持っています。逆にあなたは何も持っていない」
「こんなところで、嫌味ですか?」
まさか戦闘中に自慢されるとは思わず、みけんにしわを寄せる。
「違います。褒めているのですよ。何も持っていなかった平民のあなたが、私と同レベルの魔術を使えることに驚きました。他人に頼らず、寝る間も惜しんで修練したのでしょう」
付与師になるために、一人でずっと勉強をしていた過去。それを会ったばかりのレオに当てられてしまった。僕は才能もお金もなかった。だから血のにじむような努力を続けた。誰とも話さない日が、何日も続いたほどだ。
「……それが、何か関係あるのですか?」
見透かされたようで気に入らなかった僕は、冷たく返事をした。
「少しは他人を信用して、頼りなさいということです。あなたは一人で抱え込みすぎです。クリス、あなたは休んでいなさい」
予想外の発言に、思わず言葉を失ってしまった。
ケルト様の家庭教師だから、傲慢な性格だと思っていたけど違ったようだ。少なくとも魔術については、公正な考え方をしているのかもしれない。……ちょっと、他人に厳しい気もするけど。
少し悩んでから僕は《全身強化》を解除して、レオに任せることを無言で伝えた。
「中央のハーピーは特殊個体の可能性があります。注意してください」
「私の実力を見せつけるには好都合ですね」
レオはニヤリと笑うと、魔術陣が浮かび上がった両腕を、上空に向けて突き出した。
さっきまで僕に放った数多の魔術。それが一斉に、旋回していたハーピーに向かう。それも一度ではなく、何度も放たれ、まるでマシンガンのようだ。
避け切れるような数ではない。一匹、また一匹と、ハーピーが墜落していく。特殊個体だと思われるハーピーだけは、羽を巧みに操って避けている。だがその行動も、レオにとっては予想の範囲内だったらしい。
「上手いっ!」
特殊個体と最後に残った通常のハーピーが上空で衝突。直後、レオの魔術で射抜かれた。
わざと逃げ道を用意し、衝突するように誘導したのだ。腕に描いた魔術陣があるから発動は簡単けど……だからといって普通、そんなことは出来ない。少なくとも僕には無理だ。性格的に向いていない。
「私、あんな風に魔術を使えるようになるのでしょうか……」
僕と似たような衝撃を、アミーユお嬢様も受けたようだ。いつもなら「出来ますよ」と答えるところだけど、これは適性の問題だ。僕みたいに単純な思考だと、あの技術は習得できない。
「私では……残念ですが無理ですね…………レオ様に教わりますか?」
「違うんですっ! 私、クリス先生が良いです! 見捨てないでください!」
何を勘違いしたのか、僕の発言で慌てたアミーユお嬢様が、服をつかんで体を揺さぶる。
「ウッ」
立っているだけでも限界に近かったのに、頭が急激に動いて目の前が真っ暗になった。
どさりと音を立てて、地面に横たわる。体が思うように動か……ない……。
「先生! 先生! 死なないでっ!」
泣いているアミーユお嬢様に「大丈夫だよ」と言う代わりに、僕は意識を失った。
アミーユお嬢様ならできる。……そう思っていただけど、彼女は血の気の引いた顔色をしていた。今にも倒れてしまいそうなほど、小刻みに震えている。
頭も良く、才能もある。だから僕は、まだ子供だという事実を忘れていた。モンスターと対峙するのも、戦うのも早過ぎたのだ。技術は大丈夫でも、心の準備は出来ていなかった。
「くそっ。今のスピードじゃ間に合わない!」
もう、目の前で家族が死ぬのは嫌だ!
切り札はここで使わせてもらう!
無意識のうちにギリギリと歯を鳴らしていた僕は、身体の中心に魔力を流す。体から顔にかけて刻み込まれた魔術陣が浮かび上がり、全身の身体能力が向上。目の前の光景がスローモーションのように、ゆっくりと動くようになった。
人間の枠を超えたこの感覚は、万能の神だと錯覚してしまうほどだ。
これなら間に合う!
踏み込むと同時に地面が沈み、たった一歩でアミーユお嬢様とハーピーの間に滑り込んだ。
「せ、先生……」
目を見開き、驚いた表情をして、僕を見ている。顔に浮かび出た、複雑な魔術陣に驚いているのだろう。一言、声をかけるべきなのだろうけど、そんな余裕はない。頭の中は怒りに支配されていた。
「お前、生徒を泣かせたな」
振り返り、迫り来るハーピーに向かって言葉をぶつける。痛みも忘れて、ただ前にいる敵だけを睨んでいた。
「ギャ! ギャッギャッ!」
棒立ちしている姿が隙だらけだと思ったのだろう。ハーピーがターゲットを僕に変えた。
先頭のハーピーが口を開き咬みつこうとする。その行動を冷静に観察し、タイミングを合わせて顔面を殴った。強化された拳が当たると、パンと水風船が破裂する音とともに、ハーピーの頭部が吹き飛んだ。
「……」
魔力の消費が激しい代わりに、強力な力を手に入れたけど……予想以上の結果だ。相手もその脅威を感じ取り、後続のハーピーは急旋回して上空に戻ってしまった。
「逃がさない!」
アミーユお嬢様を泣かせた責任を取ってもらおう。そう思って、一歩踏み出したところで力が抜けてしまい、膝をついてしまった。
「先生!! 顔が真っ青ですっ!! 休んでください!」
駆けつけたアミーユお嬢様が、必死になって僕を支えようとする。
魔力切れが近いのか……切り札の《全身強化》は、燃費が悪すぎた。それにムリに動いたから体中が痛い。万全とはかけ離れた状態だ。
「まだ余裕はあります。魔力が完全に尽きてしまう前に倒してしまいますから」
実際は座っているだけでも辛い。でも泣き言は無しだ! ここで無理をしなければ、いつするんだ!
「ダメですっ!! もし魔力が尽きてしまったら、死んでしまいます! そ、そんなの許しませんっ!」
「私の生徒は心配性ですね」
そう言って、アミーユお嬢様の頭に手を乗せる。
生徒にこんなことを言わせてしまうなんて、やっぱり僕は、まだまだ未熟だな。
「私を信じてください」
出来ているかどうか分からないけど、いつも通りに立ち上がる。
上空を見上げると、一回り大きいハーピーを囲んで旋回していた。群のリーダーなのだろう。あいつがこの場にいるということは、まだ僕とやりあう気らしい。
「さっさと始ーー」
「殴っただけで頭部を破裂させるなんて、非常識な付与師ですね」
動き出そうとした僕を止めたのはレオだった。他の人と一緒に逃げたかと思ったけど、まだここに居たのか。
「モンスターとの戦闘経験は少ないようですが……それでも戦うのですか?」
「魔力が切れかかっている、あなたよりは戦力になりますよ」
「レオ様だって魔力の残量は少ないのでは?」
さきまで僕に向って魔術を連発していた、レオ様の魔力総量は分からないけど、半分程度になっているはずだ。
「心配無用です」
そう言ってマナポーションを取り出し、一気に飲み干した。
貴重な品を二本も持っているなんて、立場……いや、格差の違いを見せつけられて、あまり気分は良くない。ただ強力な助っ人には違いない。
「羨ましいですか? 残念ですが、今ので最後です」
「仮に余っていたとしても、平民の私にはマナポーションの対価は用意できません。結局、借りないと思います」
「ふむ……」
僕の返答に何か思うことがあったようだ。少しだけ考えるような動作をしてから、再び話し出した。
「私は生まれた時から色々と持っています。逆にあなたは何も持っていない」
「こんなところで、嫌味ですか?」
まさか戦闘中に自慢されるとは思わず、みけんにしわを寄せる。
「違います。褒めているのですよ。何も持っていなかった平民のあなたが、私と同レベルの魔術を使えることに驚きました。他人に頼らず、寝る間も惜しんで修練したのでしょう」
付与師になるために、一人でずっと勉強をしていた過去。それを会ったばかりのレオに当てられてしまった。僕は才能もお金もなかった。だから血のにじむような努力を続けた。誰とも話さない日が、何日も続いたほどだ。
「……それが、何か関係あるのですか?」
見透かされたようで気に入らなかった僕は、冷たく返事をした。
「少しは他人を信用して、頼りなさいということです。あなたは一人で抱え込みすぎです。クリス、あなたは休んでいなさい」
予想外の発言に、思わず言葉を失ってしまった。
ケルト様の家庭教師だから、傲慢な性格だと思っていたけど違ったようだ。少なくとも魔術については、公正な考え方をしているのかもしれない。……ちょっと、他人に厳しい気もするけど。
少し悩んでから僕は《全身強化》を解除して、レオに任せることを無言で伝えた。
「中央のハーピーは特殊個体の可能性があります。注意してください」
「私の実力を見せつけるには好都合ですね」
レオはニヤリと笑うと、魔術陣が浮かび上がった両腕を、上空に向けて突き出した。
さっきまで僕に放った数多の魔術。それが一斉に、旋回していたハーピーに向かう。それも一度ではなく、何度も放たれ、まるでマシンガンのようだ。
避け切れるような数ではない。一匹、また一匹と、ハーピーが墜落していく。特殊個体だと思われるハーピーだけは、羽を巧みに操って避けている。だがその行動も、レオにとっては予想の範囲内だったらしい。
「上手いっ!」
特殊個体と最後に残った通常のハーピーが上空で衝突。直後、レオの魔術で射抜かれた。
わざと逃げ道を用意し、衝突するように誘導したのだ。腕に描いた魔術陣があるから発動は簡単けど……だからといって普通、そんなことは出来ない。少なくとも僕には無理だ。性格的に向いていない。
「私、あんな風に魔術を使えるようになるのでしょうか……」
僕と似たような衝撃を、アミーユお嬢様も受けたようだ。いつもなら「出来ますよ」と答えるところだけど、これは適性の問題だ。僕みたいに単純な思考だと、あの技術は習得できない。
「私では……残念ですが無理ですね…………レオ様に教わりますか?」
「違うんですっ! 私、クリス先生が良いです! 見捨てないでください!」
何を勘違いしたのか、僕の発言で慌てたアミーユお嬢様が、服をつかんで体を揺さぶる。
「ウッ」
立っているだけでも限界に近かったのに、頭が急激に動いて目の前が真っ暗になった。
どさりと音を立てて、地面に横たわる。体が思うように動か……ない……。
「先生! 先生! 死なないでっ!」
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