付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~
第20話 オーガー試験
中庭に出た僕は、珍しい光景を目にした。3m近いオーガーが棒立ちしていたのだ。その頭部には、魔術陣が描かれている。
「催眠状態……たかが試験と、侮らないほうが良いですね」
「先生?」
僕のつぶやきに反応したのはアミーユお嬢様だ。試験開始直前まで、僕の近くにいるつもりのようだ。当然、周囲は反対したけど「準備を手伝うのも弟子の仕事です!」と言って、押し切った。
あれは、すごい剣幕だったなぁ……。コルネリア様も最後は、やや押され気味だったし。
アミーユお嬢様の結婚相手は苦労しそうだ。って、そんなこと考えていないで、家庭教師っぽいことをしますか。
「捕らえたオーガーを薬で眠らせて、催眠の付与をしたみたいですね。付与液の光ぐあいから、すぐに効果が切れるということはないでしょう」
「催眠状態でも、オーガーは戦えるのですか?」
「単純な命令ならわかるので”目の前にいる人間を殺せ”と言えば、まちがいなく襲ってきますね」
催眠状態になると、誰の命令でも聞いてしまう。付与した本人が襲われるケースもあるので、ある意味、欠陥魔術だ。莫大な費用もかかるし、めったなことでは使われない方法だ。
だからこそ、この試験に対するコルネリア様の意気込みが分かるというものだ。。
「……先生。大丈夫ですか?」
「もちろんです。私が、ものすごく強い所を見せてあげますよ」
言い終わると同時に、アミーユお嬢様の頭を撫でる。
「付与師の私が、魔術の使い方を実践します。これも授業なので、アミーユお嬢様はちゃんと見ててくださいね」
「はい!」
キョトンとした表情をしていたけど、すぐに元気な返事をくれた。
「危ないので、他の人と同じように離れてください」
数十メートル離れたところで、コルネリア様を中心に護衛の騎士や魔術師が見学している。もちろん、リア様も同じところにいる。アミーユお嬢様も、本来はそこに居るべきなのだ。
「先生! ケガには気を付けてください!」
アミーユお嬢様は僕の手を少しの間、握ってから、観客席に向かっていった。
子供特有の少し高い体温が、僕の手にも移ったようで、温かい。ここまで応援されて頑張れないようなら、家庭教師失格でしょ! 体の奥底から気力が湧き出てくる!
「始めましょう」
そのコルネリア様の一言で、オーガーの隣にいる付与師が命令を出した。
「目の前にいる人間を殺せ!」
命令を聞いた途端、今まで立っているだけだったオーガーが全速力で走ってくる。その動きは早く、野生の状態と変わらない。
「アミーユお嬢様。これから授業を始めます!」
観客席にも聞こえるほどの大声で叫ぶ。
「魔術師は、敵に近寄りません! 向こうから来る場合は、強引に引き離しましょう」
僕は素早く指に魔力を宿すと、前方の空間に魔術文字を書く。その間に近寄ってきたオーガーが、殴り付けようとして大きく振り被る。だが、その前に魔術が発動し、空気の塊が勢いよく放たれた。
まっすぐに飛ぶ圧縮された空気は、オーガーの胸を強打。勢いに負けて吹き飛び、数秒、空中に浮いてから地面に着地し、数回ほど地面の上を数回転がって、ようやく止まった。
僕はもう再び指先に魔力を宿すと、前面に新しい魔術文字を書く。
「近寄ってくるものは吹き飛ばしますが、止まっているものは拘束します!」
倒れているオーガーの近くにある地面が意志を持ったように動き出し、両手両足を拘束する。さらに、胴体、首といった部分にも土の紐がが何重にも絡みついた。
「拘束したからといって、トドメを刺すために近づくような魔術師は3流以下です。距離を取ったまま、確実に倒しましょう」
今度は両手の指に魔力を宿し、素早く魔術陣を描く。
魔術師では”魔術文字”までしか書けないけど、付与師であれば魔術陣すら戦闘中に描ける。もちろん時間は必要だけどね。
周囲のざわめきを無視して描き終えると、魔術陣が正常に動作し、黒く無骨な槍が数十本出現した。
魔術文字ではなく、魔術陣にした理由がこれだ。文字だと単純で簡単な効果しか発動しないけど、魔術陣にしてしまえば、一度に大量の槍を出現させることも可能だ。
僕の作り出した槍が、地面に縛り付けられているオーガーを突き刺した。全身の至る所に黒い槍が刺さっている。まるで針山のようだ。血溜まりができているし、誰が見てもオーガーは息絶えているように見える。
「トドメは念入りに。必ず、息の根を止めましょう」
言い終わると魔術文字を書いて《火玉》を作り出し、オーガーに向けて放つ。ぶつかると同時に爆発し、肉が周囲に散らばった。
ちょっとやりすぎてしまったみたいで、オーガーの近くにいた人たちに肉片が張り付いてしまった。
「先生すごいです!」
観客席の方を見ると、飛び跳ねて喜ぶお嬢様と、その隣で笑っているコルネリア様がいた。他の人たちは、頬を引きつらせている。
「試験の結果はどうでしょうか?」
僕は頭を下げて、結果が言い渡されるのを待つ。
「もちろん合格ですよ。戦い方を教えながらオーガーを倒してしまうなんて、リアは良い拾い物をしましたね」
「恐れ入ります」
「さて、モンスターとの戦いは問題ないことがわかりました。次は知識を試したいと思います。先ほどの部屋に試験用紙を置いてきたので、私たちが戻るまでに回答を記入しなさい」
残りの試験も今からやるつもりなのか。しかも「私たちが戻るまで」って、時計がない世界だから仕方がないけど、曖昧だなぁ……。
恐らく、こういった命令に対する反応も、試験の対象になっているはずだ。時間がないしすぐに行動するかな。
「それでは、急いで先ほどの部屋に戻ります」
「先生頑張ってください!」
アミーユお嬢様の声援を聞きながら、先ほどの応接室に向かって走り出した。
◆◆◆
「おかえりなさいませ」
応接室に戻ると、コルネリア様が連れてきたメイドが1名、出迎えてくれた。彼女が頭をさげると、首筋で揃えた金髪がさらりと流れるように動く。さすがは公爵家専属のメイドだ。動作は非常に洗練されている。
「ありがとう」
目つきが鋭いクール系美人のメイドさんと話してみたかったけど、ここは我慢だ。
短いお礼を言って、試験前に話していたテーブルに向かうと、紙とペン、インクが置いてあった。
「パパッと解けると良いけ……」
ソファーに座りペンを持とうとして、止めた。
僅かにだけど、ペンから魔力を感じる。触らず観察していると、ペン先の部分に付与の痕跡――極小の魔術陣があった。このサイズは普通の付与師が描けるものじゃない。そうとうな熟練者が時間をかけて描いたんだろう。
けど、幸いなことに、魔術陣の効果は分かりやすかった。ペンを持った者を気絶させる効果があるようだ。
テーブルの上に置いてあるんだから、このペンを使えってことなんだけど……。
「これも試験の一環かな?」
余計なことを考える時間はないか。この魔術陣に気づくことが裏試験だとしたら、別のペンを使っても問題はないはず。でも今回は実力を試されているのだ。
気付いた上で、この魔術陣に抵抗できれば、付け入るスキがないほどの証明になるはずだ。
メイドさんもいることだし、この場で実力を見せつけるのも悪くはない。僕は止めていた手を再び動かしてペンを持つのと同時に、メイドさんが息を飲む音が聞こえた。
「……っ」
ペンから伝わってくる魔力が、僕の体を侵食してくる。その速度は速く、すでに右腕全体に達している。でもそうなると分かっていれば、何とかなる。
体内の魔力を集めて侵食してくる魔力を押し出そうとする。うん。やはり大したことはない。
抵抗を始めてから数秒で、侵食してきた魔力は霧散した。魔術陣に使われている付与液からは、すでに魔力は感じない。このペンに描かれた魔術陣の効果が切れたのだ。
「さて、急いで問題を解かないと」
コルネリア様が戻ってくる前に終わらせないと! 僕は急いで問題用紙に書き込まれた文字を読む。
なるほど。魔術文字や付与液に関する内容が多い。これなら、すぐに解けそうだ。
唖然とした表情を浮かべるメイドさんを横目に、僕は問題用紙に答えを書き込んでいった。
「催眠状態……たかが試験と、侮らないほうが良いですね」
「先生?」
僕のつぶやきに反応したのはアミーユお嬢様だ。試験開始直前まで、僕の近くにいるつもりのようだ。当然、周囲は反対したけど「準備を手伝うのも弟子の仕事です!」と言って、押し切った。
あれは、すごい剣幕だったなぁ……。コルネリア様も最後は、やや押され気味だったし。
アミーユお嬢様の結婚相手は苦労しそうだ。って、そんなこと考えていないで、家庭教師っぽいことをしますか。
「捕らえたオーガーを薬で眠らせて、催眠の付与をしたみたいですね。付与液の光ぐあいから、すぐに効果が切れるということはないでしょう」
「催眠状態でも、オーガーは戦えるのですか?」
「単純な命令ならわかるので”目の前にいる人間を殺せ”と言えば、まちがいなく襲ってきますね」
催眠状態になると、誰の命令でも聞いてしまう。付与した本人が襲われるケースもあるので、ある意味、欠陥魔術だ。莫大な費用もかかるし、めったなことでは使われない方法だ。
だからこそ、この試験に対するコルネリア様の意気込みが分かるというものだ。。
「……先生。大丈夫ですか?」
「もちろんです。私が、ものすごく強い所を見せてあげますよ」
言い終わると同時に、アミーユお嬢様の頭を撫でる。
「付与師の私が、魔術の使い方を実践します。これも授業なので、アミーユお嬢様はちゃんと見ててくださいね」
「はい!」
キョトンとした表情をしていたけど、すぐに元気な返事をくれた。
「危ないので、他の人と同じように離れてください」
数十メートル離れたところで、コルネリア様を中心に護衛の騎士や魔術師が見学している。もちろん、リア様も同じところにいる。アミーユお嬢様も、本来はそこに居るべきなのだ。
「先生! ケガには気を付けてください!」
アミーユお嬢様は僕の手を少しの間、握ってから、観客席に向かっていった。
子供特有の少し高い体温が、僕の手にも移ったようで、温かい。ここまで応援されて頑張れないようなら、家庭教師失格でしょ! 体の奥底から気力が湧き出てくる!
「始めましょう」
そのコルネリア様の一言で、オーガーの隣にいる付与師が命令を出した。
「目の前にいる人間を殺せ!」
命令を聞いた途端、今まで立っているだけだったオーガーが全速力で走ってくる。その動きは早く、野生の状態と変わらない。
「アミーユお嬢様。これから授業を始めます!」
観客席にも聞こえるほどの大声で叫ぶ。
「魔術師は、敵に近寄りません! 向こうから来る場合は、強引に引き離しましょう」
僕は素早く指に魔力を宿すと、前方の空間に魔術文字を書く。その間に近寄ってきたオーガーが、殴り付けようとして大きく振り被る。だが、その前に魔術が発動し、空気の塊が勢いよく放たれた。
まっすぐに飛ぶ圧縮された空気は、オーガーの胸を強打。勢いに負けて吹き飛び、数秒、空中に浮いてから地面に着地し、数回ほど地面の上を数回転がって、ようやく止まった。
僕はもう再び指先に魔力を宿すと、前面に新しい魔術文字を書く。
「近寄ってくるものは吹き飛ばしますが、止まっているものは拘束します!」
倒れているオーガーの近くにある地面が意志を持ったように動き出し、両手両足を拘束する。さらに、胴体、首といった部分にも土の紐がが何重にも絡みついた。
「拘束したからといって、トドメを刺すために近づくような魔術師は3流以下です。距離を取ったまま、確実に倒しましょう」
今度は両手の指に魔力を宿し、素早く魔術陣を描く。
魔術師では”魔術文字”までしか書けないけど、付与師であれば魔術陣すら戦闘中に描ける。もちろん時間は必要だけどね。
周囲のざわめきを無視して描き終えると、魔術陣が正常に動作し、黒く無骨な槍が数十本出現した。
魔術文字ではなく、魔術陣にした理由がこれだ。文字だと単純で簡単な効果しか発動しないけど、魔術陣にしてしまえば、一度に大量の槍を出現させることも可能だ。
僕の作り出した槍が、地面に縛り付けられているオーガーを突き刺した。全身の至る所に黒い槍が刺さっている。まるで針山のようだ。血溜まりができているし、誰が見てもオーガーは息絶えているように見える。
「トドメは念入りに。必ず、息の根を止めましょう」
言い終わると魔術文字を書いて《火玉》を作り出し、オーガーに向けて放つ。ぶつかると同時に爆発し、肉が周囲に散らばった。
ちょっとやりすぎてしまったみたいで、オーガーの近くにいた人たちに肉片が張り付いてしまった。
「先生すごいです!」
観客席の方を見ると、飛び跳ねて喜ぶお嬢様と、その隣で笑っているコルネリア様がいた。他の人たちは、頬を引きつらせている。
「試験の結果はどうでしょうか?」
僕は頭を下げて、結果が言い渡されるのを待つ。
「もちろん合格ですよ。戦い方を教えながらオーガーを倒してしまうなんて、リアは良い拾い物をしましたね」
「恐れ入ります」
「さて、モンスターとの戦いは問題ないことがわかりました。次は知識を試したいと思います。先ほどの部屋に試験用紙を置いてきたので、私たちが戻るまでに回答を記入しなさい」
残りの試験も今からやるつもりなのか。しかも「私たちが戻るまで」って、時計がない世界だから仕方がないけど、曖昧だなぁ……。
恐らく、こういった命令に対する反応も、試験の対象になっているはずだ。時間がないしすぐに行動するかな。
「それでは、急いで先ほどの部屋に戻ります」
「先生頑張ってください!」
アミーユお嬢様の声援を聞きながら、先ほどの応接室に向かって走り出した。
◆◆◆
「おかえりなさいませ」
応接室に戻ると、コルネリア様が連れてきたメイドが1名、出迎えてくれた。彼女が頭をさげると、首筋で揃えた金髪がさらりと流れるように動く。さすがは公爵家専属のメイドだ。動作は非常に洗練されている。
「ありがとう」
目つきが鋭いクール系美人のメイドさんと話してみたかったけど、ここは我慢だ。
短いお礼を言って、試験前に話していたテーブルに向かうと、紙とペン、インクが置いてあった。
「パパッと解けると良いけ……」
ソファーに座りペンを持とうとして、止めた。
僅かにだけど、ペンから魔力を感じる。触らず観察していると、ペン先の部分に付与の痕跡――極小の魔術陣があった。このサイズは普通の付与師が描けるものじゃない。そうとうな熟練者が時間をかけて描いたんだろう。
けど、幸いなことに、魔術陣の効果は分かりやすかった。ペンを持った者を気絶させる効果があるようだ。
テーブルの上に置いてあるんだから、このペンを使えってことなんだけど……。
「これも試験の一環かな?」
余計なことを考える時間はないか。この魔術陣に気づくことが裏試験だとしたら、別のペンを使っても問題はないはず。でも今回は実力を試されているのだ。
気付いた上で、この魔術陣に抵抗できれば、付け入るスキがないほどの証明になるはずだ。
メイドさんもいることだし、この場で実力を見せつけるのも悪くはない。僕は止めていた手を再び動かしてペンを持つのと同時に、メイドさんが息を飲む音が聞こえた。
「……っ」
ペンから伝わってくる魔力が、僕の体を侵食してくる。その速度は速く、すでに右腕全体に達している。でもそうなると分かっていれば、何とかなる。
体内の魔力を集めて侵食してくる魔力を押し出そうとする。うん。やはり大したことはない。
抵抗を始めてから数秒で、侵食してきた魔力は霧散した。魔術陣に使われている付与液からは、すでに魔力は感じない。このペンに描かれた魔術陣の効果が切れたのだ。
「さて、急いで問題を解かないと」
コルネリア様が戻ってくる前に終わらせないと! 僕は急いで問題用紙に書き込まれた文字を読む。
なるほど。魔術文字や付与液に関する内容が多い。これなら、すぐに解けそうだ。
唖然とした表情を浮かべるメイドさんを横目に、僕は問題用紙に答えを書き込んでいった。
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