付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~
第16話 家庭教師の休日
家庭教師を始めてから6日目。今日は、休日だ。住み込みの家庭教師といえ、毎日働くわけではない。たまには、休日がもらえるのだ。
そんな貴重な一日を使って、他人に任せられない私物を、店から持ち帰ろうとしていた。
「今日は、楽しみですね! メイもそう思わない?」
「きっと素晴らしいお店だと思いますよ」
僕は今、馬車に乗っている。でも一人じゃない。なぜか、褐色の肌に銀髪メイド――メイさんと、アミーユお嬢様が一緒にいる。色白の肌に黒髪メイド――カルラさんは、なぜか御者をしているので、この場にはいない。
一人で帰る予定だったんだけど「私、クリス先生のお店、見学したいです!」と言われたら、断れない。護衛の問題で拒否しようとも思ったけど、リア公爵夫人が、騎士を10人も用意してくれたので、逃げ道がなかった。
「そんな期待しないでください。人が寄り付かない、古臭いお店ですから」
これは自虐でもなく、事実だ。だからこそ、お客がほとんどいなかったんだけどね。
「それこそ、付与師の工房ですね! 私、ワクワクしてきました!」
アミーユお嬢様が、手を合わせて喜んでいる。おとぎ話で出てくる魔術師や付与師の工房は、古臭くボロボロなのが定番だ。人を寄せ付けない、秘密の場所。それが工房だ。
でも、これから行くところは工房じゃなく、お店兼工房なんだ。本当は、人がいっぱい来る予定だったんだ……。
頭の中で人が来ない言い訳を考えていると、アミーユお嬢様が「よしっ!」と気合を入れて、僕に話しかけてくる。
「クリス先生。私、先生の工房を見学したいのですが……」
最後まで言い切らないのは、これが無茶なお願いだと、理解しているからだろう。工房は、その人の人生が詰まっている。そう言っても過言ではないほど、プライベートな空間だ。独自に編み出した技術が山のようにあり、例え貴族でも無理やり入ることは許されない。そんな場所だ。
僕の工房も永久付与といった、色々と危ないものが転がっているけど……正直、アミーユお嬢様のレベルでは、気づけないだろうな。外から見るぶんには、問題ないだろうけど……うーん。どうしようか。
「私からもお願いします。どうか、お嬢様の見学を許可していただけないでしょうか」
僕が悩んでいると、隣に座っているメイさんが、頭を深く下げる。
「お嬢様は、1年後に婚約者が決まる予定です。そうすれば、自由な時間などなくなってしまいます。どうか、お嬢様のお願いを受け入れてもらえないでしょうか」
メイさんの言いたいことはわかる。婚約者が決まれば、相手の家に縛られてしまい、自分の意思で外出するのも難しくなるだろう。それが、公爵家の令嬢とだとしても変わらない。この世界は男性の権利が強い世界なのだから。
それにアミーユお嬢様は、魔術的な才能に恵まれている。体内で生成できる魔力、それを操る能力、記憶力などだ。そして、その才能は遺伝する。とすれば、さっさと優秀な子供を産めといった、プレッシャーは間違いなく出てくる。一生のほとんどを、妊婦として過ごす……。そんなことだってありえる。
リア公爵夫人でさえ、魔術師として戦うことを強いられているのだから。アミーユお嬢様がどうなるか分からないけど、逆らえるはずがない。
それは日本の価値観をもって生まれた僕には、到底許容できるものではない。とはいえ、魔術師一人で変えられるほど、この世界は甘くない。今の僕ができることは、あまりにも少なかった。
「アミーユお嬢様は、私の生徒です。弟子と、言い換えてもいいでしょう。私の教えを受けているのであれば、工房を見学する権利は十分にあります」
だから出来ることと言ったら、このぐらいだ。少し甘い気もするけど、自分の秘密を少し晒すだけで、アミーユお嬢様の心が少しでも救われる。そう考えれば、帳尻は合うでしょ。
「本当によろしいのですか!?」
さっきまで暗かった表情が、パッと明るくなる。
「はい。ですが条件があります。工房に入るのはアミーユお嬢様だけです。護衛の騎士、メイさん、カルラさんの立ち入りは禁止します」
僕がいくら甘いといっても、さすがにこの一線は譲れない。
「メイ。それでいいですか?」
「入口で待機させていただけるのであれば……」
メイさんは少し考えた後、僕の提案を受け入れることにしたみたいだ。
「それで大丈夫です」
それから少し雑談すると、ようやく馬車が止まり、お店の前に到着した。
僕のお店の前に、豪華な馬車が停まっている。さらに家をぐるりと囲むように、10人の騎士が立っている。近所の人たちが好奇の目線で、僕のお店を見ている。
こんな物々しい状況になれば、事件が発生したと勘違いする人が出てきても不思議ではないだろう。
また変な噂が広がって、客足が遠のきそうだ。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまった。
「クリス先生?」
「いや、なんでもないです。早速ご案内したいのですが、少々お待ちください」
首を振ってから、ドアを開けて店に入る。予想した通り、空気は澱んでいて、ホコリ臭い。お嬢様が入る前に、鎧戸を開けて、部屋を明るくし、それと同時に空気を入れ替える。
店のカウンターから布を取り出すと、店にあるテーブルと椅子のホコリを取る。あまり待たせるわけにもいかないので、さっと拭いて終わりだ。
「お待たせしました。どうぞ中へお入りください」
アミーユお嬢様を先頭に、メイドの2人が店に入る。平民の家が珍しいのか、3人ともキョロキョロと周りを見ていた。
「お店なのに、商品がありませんね」
「メイ。これみて。ホコリがたまっている。こんな汚い店なら、繁盛しないのもうなずける」
「カルラ。あなたは相変わらず、口が悪いですね。思っていても、口に出してはいけません」
メイド2人の評価が、僕の心を深くえぐる。自分でもなんとなく思っていたことを、他人に指摘されると、つらいよね……。
「想像していた部屋より狭いですね!」
アミーユお嬢様は、これでも褒めているつもりなのだろう。メイドに笑顔で話しかけていた。
その声を聞きながら僕は、カウンターの奥にある棚に向かう。ほとんどは、持ち運ばれているけど、秘蔵の付与液はお店に置いたままだった。
床の隠し棚を開き、残っていた永久付与液などを荷物に詰め込む。他にもお店の帳簿なども袋に入れ、最後にミスリルのペンを回収して終わりだ。
この場で必要なものは入手したので、アミーユお嬢様のところに戻ると、大柄な男性が一人増えていた。
「兄さんなんでここにいるの?」
「なぜって、お前の店前が物騒なことになっていたからだろ」
騎士がお店を包囲したから、近所の誰かが兄さんに伝えたのかな? それにしても来るのが早い。
「それにしても、よく中に入れたね」
「ああ。玄関でちょっとモメたんだけどな。お嬢様が説得してくれたんだよ」
「アミーユお嬢様が説得? なんでそんなことに!?」
「ん? お前の兄だと言ったら、すぐだったぞ」
「いやいや。それはないでしょ。普通信じないよ?」
「それは、俺の人徳のおかげじゃないか?」
「そんなはずないでしょ……」
いつも通り、兄弟の会話を繰り広げていると、横から必死に笑うのを抑えている声が聞こえる。
兄さんから視線を外すと、両手で口を抑えているアミーユお嬢様がいた。
「クル……ス先生、変わり……すぎ……です」
突然兄さんが出てきたことで、口調が大きく変わったのが笑、いのツボに入ったみたいだ。メイドの2人も顔を背けながら、笑うのを我慢している。
「クルス先生のお兄さんのことは知っていたので、許可を出しました」
目尻に溜まった涙を拭いていた。
公爵家のお嬢様の家庭教師だ。身辺調査ぐらいするか。兄さんの外見まで、把握されていたのだろう。
「お気遣いありがとうございます」
兄さんが来たことで崩れてしまった、教師の仮面を再びかぶる。アミーユお嬢様の前では、しっかりした先生を演じたいのだ。
「驚いた! お前そんな話し方してたのか!」
でもその努力は虚しく、兄さんが背中をバシバシと叩いてからかってくる。そこで、全員の限界を超えたようだ。メイドさんも、アミーユお嬢様も声を出して笑い出した。
「兄さん!」
「いいじゃないか」
大雑把な回答に、僕は大きく肩を落とした。
そんな貴重な一日を使って、他人に任せられない私物を、店から持ち帰ろうとしていた。
「今日は、楽しみですね! メイもそう思わない?」
「きっと素晴らしいお店だと思いますよ」
僕は今、馬車に乗っている。でも一人じゃない。なぜか、褐色の肌に銀髪メイド――メイさんと、アミーユお嬢様が一緒にいる。色白の肌に黒髪メイド――カルラさんは、なぜか御者をしているので、この場にはいない。
一人で帰る予定だったんだけど「私、クリス先生のお店、見学したいです!」と言われたら、断れない。護衛の問題で拒否しようとも思ったけど、リア公爵夫人が、騎士を10人も用意してくれたので、逃げ道がなかった。
「そんな期待しないでください。人が寄り付かない、古臭いお店ですから」
これは自虐でもなく、事実だ。だからこそ、お客がほとんどいなかったんだけどね。
「それこそ、付与師の工房ですね! 私、ワクワクしてきました!」
アミーユお嬢様が、手を合わせて喜んでいる。おとぎ話で出てくる魔術師や付与師の工房は、古臭くボロボロなのが定番だ。人を寄せ付けない、秘密の場所。それが工房だ。
でも、これから行くところは工房じゃなく、お店兼工房なんだ。本当は、人がいっぱい来る予定だったんだ……。
頭の中で人が来ない言い訳を考えていると、アミーユお嬢様が「よしっ!」と気合を入れて、僕に話しかけてくる。
「クリス先生。私、先生の工房を見学したいのですが……」
最後まで言い切らないのは、これが無茶なお願いだと、理解しているからだろう。工房は、その人の人生が詰まっている。そう言っても過言ではないほど、プライベートな空間だ。独自に編み出した技術が山のようにあり、例え貴族でも無理やり入ることは許されない。そんな場所だ。
僕の工房も永久付与といった、色々と危ないものが転がっているけど……正直、アミーユお嬢様のレベルでは、気づけないだろうな。外から見るぶんには、問題ないだろうけど……うーん。どうしようか。
「私からもお願いします。どうか、お嬢様の見学を許可していただけないでしょうか」
僕が悩んでいると、隣に座っているメイさんが、頭を深く下げる。
「お嬢様は、1年後に婚約者が決まる予定です。そうすれば、自由な時間などなくなってしまいます。どうか、お嬢様のお願いを受け入れてもらえないでしょうか」
メイさんの言いたいことはわかる。婚約者が決まれば、相手の家に縛られてしまい、自分の意思で外出するのも難しくなるだろう。それが、公爵家の令嬢とだとしても変わらない。この世界は男性の権利が強い世界なのだから。
それにアミーユお嬢様は、魔術的な才能に恵まれている。体内で生成できる魔力、それを操る能力、記憶力などだ。そして、その才能は遺伝する。とすれば、さっさと優秀な子供を産めといった、プレッシャーは間違いなく出てくる。一生のほとんどを、妊婦として過ごす……。そんなことだってありえる。
リア公爵夫人でさえ、魔術師として戦うことを強いられているのだから。アミーユお嬢様がどうなるか分からないけど、逆らえるはずがない。
それは日本の価値観をもって生まれた僕には、到底許容できるものではない。とはいえ、魔術師一人で変えられるほど、この世界は甘くない。今の僕ができることは、あまりにも少なかった。
「アミーユお嬢様は、私の生徒です。弟子と、言い換えてもいいでしょう。私の教えを受けているのであれば、工房を見学する権利は十分にあります」
だから出来ることと言ったら、このぐらいだ。少し甘い気もするけど、自分の秘密を少し晒すだけで、アミーユお嬢様の心が少しでも救われる。そう考えれば、帳尻は合うでしょ。
「本当によろしいのですか!?」
さっきまで暗かった表情が、パッと明るくなる。
「はい。ですが条件があります。工房に入るのはアミーユお嬢様だけです。護衛の騎士、メイさん、カルラさんの立ち入りは禁止します」
僕がいくら甘いといっても、さすがにこの一線は譲れない。
「メイ。それでいいですか?」
「入口で待機させていただけるのであれば……」
メイさんは少し考えた後、僕の提案を受け入れることにしたみたいだ。
「それで大丈夫です」
それから少し雑談すると、ようやく馬車が止まり、お店の前に到着した。
僕のお店の前に、豪華な馬車が停まっている。さらに家をぐるりと囲むように、10人の騎士が立っている。近所の人たちが好奇の目線で、僕のお店を見ている。
こんな物々しい状況になれば、事件が発生したと勘違いする人が出てきても不思議ではないだろう。
また変な噂が広がって、客足が遠のきそうだ。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまった。
「クリス先生?」
「いや、なんでもないです。早速ご案内したいのですが、少々お待ちください」
首を振ってから、ドアを開けて店に入る。予想した通り、空気は澱んでいて、ホコリ臭い。お嬢様が入る前に、鎧戸を開けて、部屋を明るくし、それと同時に空気を入れ替える。
店のカウンターから布を取り出すと、店にあるテーブルと椅子のホコリを取る。あまり待たせるわけにもいかないので、さっと拭いて終わりだ。
「お待たせしました。どうぞ中へお入りください」
アミーユお嬢様を先頭に、メイドの2人が店に入る。平民の家が珍しいのか、3人ともキョロキョロと周りを見ていた。
「お店なのに、商品がありませんね」
「メイ。これみて。ホコリがたまっている。こんな汚い店なら、繁盛しないのもうなずける」
「カルラ。あなたは相変わらず、口が悪いですね。思っていても、口に出してはいけません」
メイド2人の評価が、僕の心を深くえぐる。自分でもなんとなく思っていたことを、他人に指摘されると、つらいよね……。
「想像していた部屋より狭いですね!」
アミーユお嬢様は、これでも褒めているつもりなのだろう。メイドに笑顔で話しかけていた。
その声を聞きながら僕は、カウンターの奥にある棚に向かう。ほとんどは、持ち運ばれているけど、秘蔵の付与液はお店に置いたままだった。
床の隠し棚を開き、残っていた永久付与液などを荷物に詰め込む。他にもお店の帳簿なども袋に入れ、最後にミスリルのペンを回収して終わりだ。
この場で必要なものは入手したので、アミーユお嬢様のところに戻ると、大柄な男性が一人増えていた。
「兄さんなんでここにいるの?」
「なぜって、お前の店前が物騒なことになっていたからだろ」
騎士がお店を包囲したから、近所の誰かが兄さんに伝えたのかな? それにしても来るのが早い。
「それにしても、よく中に入れたね」
「ああ。玄関でちょっとモメたんだけどな。お嬢様が説得してくれたんだよ」
「アミーユお嬢様が説得? なんでそんなことに!?」
「ん? お前の兄だと言ったら、すぐだったぞ」
「いやいや。それはないでしょ。普通信じないよ?」
「それは、俺の人徳のおかげじゃないか?」
「そんなはずないでしょ……」
いつも通り、兄弟の会話を繰り広げていると、横から必死に笑うのを抑えている声が聞こえる。
兄さんから視線を外すと、両手で口を抑えているアミーユお嬢様がいた。
「クル……ス先生、変わり……すぎ……です」
突然兄さんが出てきたことで、口調が大きく変わったのが笑、いのツボに入ったみたいだ。メイドの2人も顔を背けながら、笑うのを我慢している。
「クルス先生のお兄さんのことは知っていたので、許可を出しました」
目尻に溜まった涙を拭いていた。
公爵家のお嬢様の家庭教師だ。身辺調査ぐらいするか。兄さんの外見まで、把握されていたのだろう。
「お気遣いありがとうございます」
兄さんが来たことで崩れてしまった、教師の仮面を再びかぶる。アミーユお嬢様の前では、しっかりした先生を演じたいのだ。
「驚いた! お前そんな話し方してたのか!」
でもその努力は虚しく、兄さんが背中をバシバシと叩いてからかってくる。そこで、全員の限界を超えたようだ。メイドさんも、アミーユお嬢様も声を出して笑い出した。
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