付与師とアーティファクト騒動~実力を発揮したら、お嬢様の家庭教師になりました~

わんた

第5話 第二次討伐隊への参加

赤紙をもらった翌日、騎士団に所属している一般兵士からお迎えが来た。
どうやっても逃したくないようで、準備が終わるまで店内でじっと観察されている。逃げ出すわけにもいかないので素直に従い、迎えの馬車に乗ること10分。


カイル都市の東西南北に騎士団があり、各方角の守護とモンスターの討伐を担っている。僕が乗った馬車はそのなかでも、南に位置する南部騎士団の施設に入っていた。


最終防衛ラインとしての役割を与えられた施設は石垣に囲まれ、なかにはグランドや研究施設などが多数点在していた。主な建物は三つ。正面から見て左にあるのが魔術文字の研究を行う魔術塔。右側が騎士や一般兵の訓練を行う騎士塔。そして中央が作戦本部および待機場といった役割に分けられている。
僕が載っている馬車は迷うことなく、中央の建物に向かって進んでいる。


螺旋の階段を登り、二階の再奥の部屋が目的地だったようで、案内の兵士がドアをノックしてから入室した。


「失礼します! クリス付与師をお連れしました!」


部屋にいたのはひとりの男性だった。
おでこが広くなり白髪が目立つ男性で、眼光は鋭く、体格も良く、胸元には勲章らしきモノが三つぶら下がっている。何かを書いていたようで、椅子に座りインクのついたペンを走らせていたが、兵士の声を聞いて作業を中断して顔を上げた。


「ありがとう。君は本来の業務に戻りなさい」
「はっ!」


案内した兵士は敬礼をしてから、部屋を出て行ってしまった。


「はじめましてだね。南部騎士団を取りまとめている騎士団長のレックスだ。クリス君、きみを歓迎する」


そういって椅子から立ち上がりこちらの方まで歩み寄ると、手を差し出してきた。ここで拒否するわけにもいかないので、僕も手を差し出して握手をすることにする。


「クリスです。こちらこそ丁寧にご案内していただきありがとうございます」


「よろしく頼む。すでに他の付与師は作戦室に集まっている。私が案内するから、ついてきてくれ」


すぐに部屋から出て行き、三階に上がる。少し歩くと「作戦室」と描かれているドアが目に入る。中に入ると細長い机を囲むように十人前後の人が座っていた。


奥の席は誰も座っていないので、おそらくレックス騎士団長の席だろう。その両隣には三人いた。一人は、肩まで伸びている青い髪に緑の瞳をした女性だ。この世界では珍しいメガネをかけている。


その隣に同じ髪と瞳の色をした幼い少女が居た。恐らく、メガネの女性の子供だと思うけど……なんで、ここにいるんだ? 社会科見学? 平民を呼びつけるほどの状況で?


「おい。早く座れ」


立ち止まって考えこんでいると、三人目の男性に注意された。髪の短い金髪でがっしりとした体形。見た目からして騎士なのは間違いないだろう。


「クリス君はそこの空いている席に座ってくれ」


どこに座ろうかと周囲を眺めていたら、レックス騎士団長に席を指定された。ドアに近い場所で、分かりやすく席が一つだけ空いている。金髪の男性の機嫌が悪そうなので、僕は急いで座ることにした。


上座下座を考えて席順を決めているのであれば、最も立場の低い人間として扱われているのだろう。他に座っている付与師の顔を見渡すと、大手の付与ショップのオーナーや魔術に関する研究で大きな成果をあげている付与師など、業界の重鎮が多くいた。また僕のように、街の片隅で付与ショップを経営している、「なぜこの場に呼ばれているの分からない」人もいた。


集まったメンツの内容は極端だ。そんな印象を抱えたまま会議が始まった。


「改めて自己紹介させてもらう。私は南部施設の騎士団長をしているレックスだ。右前にいるのが騎士隊長のデューク・ホルダー。左前にいるのが魔術師長のリア・ヴィクタールだ。彼女は大公の第三夫人でもある」


魔術師長は大公の奥さんだったとは思わなかった。そうすると、そこに座っている少女は公爵様の娘!? 驚きのあまり彼女を見つめていたら目があったようで、手を振られた。人懐っこそうな笑顔が印象的だが、この場で手を振り返すわけにもいかないので、軽く会釈をして視線をレックス騎士団長に戻した。


「さて。既に知っていると思う、が五十人規模の討伐隊がオーガー十体に返り討ちにあった。どうやら特殊個体が二体もいたらしく、そいつらに一方的に蹂躙されたそうだ。デューク。それで間違いないな?」


斜め前にいる騎士長と思われる人に向けて確認をとった。


「はい。間違いありません。現在は、騎士団の斥候が偵察をしています。最新の情報では、オーガーたちは都市から馬で一時間程度の距離にあるノト村を占拠しています。村人の避難は終わっているので、人的な被害は一切出ていません」


「占拠?」


「村にあった備蓄などを食べているそうです。通常のオーガー共にそんな知恵はありませんので、特殊個体が指揮をとっていると思われます」


村人たちは襲われる前にカイルに逃げていたので人的被害はない。その代わり、家・畑といった村の財産は根こそぎ奪われたようだ。元に戻るまで年単位の月日が必要だろう。公国から復興支援をしてもらえなければ、避難した人の何人かは、スラム街に住むしかなくなるかもしれない。


いや、首都付近の村といっても一年前の戦争で財産は取られ、建物は壊されていたので、村人たちに余裕はない。復興支援してもらわなければ、村人全員がスラム街の住人になってもおかしくはない。そうするとさらに治安が悪化しそうだ。


「それで我々に何をして欲しいのだ?」


彼らの会話を遮ったのは、白髪の長いヒゲが目立つ老人だった。彼は確かヴィクタール公国の各都市に支店を構えている付与ショップのオーナーだったはずだ。不機嫌な気持ちを隠すことなく態度に出しているあたり、立場的にはレックス騎士団長と同格に近いのだろう。


「ヤツらが村で食料を漁っている隙に討伐する。その協力をしてほしい。具体的には明日、ハンターと軍の合同の討伐隊が出るので付与師五名を貸して欲しい。どうだ?」


「付与師として貸し出すが、実際は魔術師として使うのだろう?」


「……そうだ」


魔術を使う条件は魔力が扱え、魔術文字を理解していること。
付与師は両方とも条件をクリアしているので、魔術師として運用することは可能だ。だが魔術師として作戦に参加するということは、前線に出ることを意味し、あの恐ろしいオーガーと対峙しなければならない。街の中でモノに付与しているだけの人には荷が重い役割だろう。


「話にならんな。なぜ前線に出なければならん。それはお前たちの仕事であって、我々の仕事ではない」


そう断るのは自然な流れだし正論だ。
レックス騎士団長もこの程度の反論が来ることぐらいは想定していたはずだ。


「カイル都市の危機でもか?」


「先の戦争と違い危機ということでもあるまい。確かに特殊個体は強いが、数は少ない。損害のことさえ考えなければ倒し方などいくらでもあるだろう」


あえて挑発しているのかもしれないけど、今の発言はまずい。レックス騎士団長をはじめ、リア魔術師長とデューク騎士長まで睨みつけている。さすがに「何人死んでもいいから、俺のために戦え」という人に我慢ならなかったのだろう。


「なるほどでは、オーナー傘下にある付与師は参加しないと?」


「むろん。我々の仕事ではないからな」


「では、フリーの諸君はどうだろうか? 第二次討伐では家族が参加する人もいるとは思うが、君達も仕事ではないと言って断るか?」


なるほど。なぜ僕に声を掛けたのかの謎が解けた。家族にハンターがいる人たちを呼んだわけか。有名どころは義理で声をかけただけで、本命は弱小の付与師なのだろう。兄さんが参加するのに欠席するわけにはいかない。最初から答えは決まっていた。


「討伐できたら公国金貨一枚と、討伐に貢献した付与師には素材をそのまま渡そう。どうだ?」


「もちろん参加します」


もともと断るつもりはなかったので、即答する。そして、僕の声が引き金となり、六名の付与師の参加が決定した。

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