ドラゴンさんは怠惰に暮らしたい
深夜のご飯
歩きながらお互いに自己紹介をする。少女――神宮寺風音は、なんと正真正目の17歳。女子高生だった。そうすると少し困ったことになる。世の中には青少年保護育成条例というものがあり、18歳以下の深夜外出を規制しているのだ。
悪い大人から守るために作られた規制であり、本人の同意があったとしても保護者の同意がなければ、警察に見つかったらアウトだ。
さて、どうやって誰にも見つからずに飯を食べるか?
タクシーで俺の家に行くのはダメだ。彼女に無用な不安を抱かせてしまうし、何より本当に言い逃れが出来ない。浅はかで、人としてありえない行動だ。
とはいえ、繁華街にあるファミレスへ入れば通報待ったなしだ。風音は制服のままだからな。
そこで俺は第三の選択肢として、職場に戻ることにした。
公私混合? ふん、本部にバレなければ問題なし。すでに閉店の準備は終わり、全員帰っているはずだ。目撃者はいない。
裏道を歩けば警察と遭遇する可能性は低いし、この方法が最善だ。
「居酒屋に案内する」
「え? でも……」
前に追い出されたときの記憶が呼び戻されたのだろう。
大丈夫なの? と、言いたげな視線を投げかけてくる。
「俺は店長だからな。それに、閉店しているから文句を言う客はいない。安心しろ」
一瞬、顔に警戒心が浮かんだが、すぐに消えた。
俺が子供に手を出すなんてありえないから、余計な心配だといいたいころだが、信頼関係が築けていないので、言葉にしても無駄だろうな。世の中諦めも必要だ。
「こっちだ」
着いてこなければ、それでも構わない。一人先頭を歩いて前に進む。
数歩離れた位置から足音が聞こえてくるので、俺を信じることにしたようだ。これだけ離れていれば、言い逃れも容易だろう。珍しく予定通りに進んでいる。
先ほどよりさらに暗い路地に入り、道端で寝ている酔っ払いを通り過ぎた。
喧嘩をしているような声が聞こえれば、道を変えて進む。雑居ビルの非常用階段を上がると、ようやく裏口に到着した。
ポケットから鍵を取り出し、ドアを開ける。
ギィとさび付いた音とともに、ぬるい風がほほをなでた。
「店の奥に座敷があるから、そこで待っててくれ」
「こういったお店に入るの初めてです。三田さんは、これからどうしますか?」
「料理だよ。安心しろ、君には小汚い店に見えるかもしれないが、ちゃんとしたメシは出すから」
思わずもれてしまった嫌味な言葉に気まずくなり、返事を聞かずに立ち去る。
前途有望な子供に嫉妬してしまうとは、我ながら情けない。俺が輝くような人生を送っていないのと、彼女が中流家庭以上の生活をしていることと関係ないのにな。
キッチンは丁寧に清掃されれていた。洗い残しの皿はないし、ごみも捨て去れている。バイトの皆は店長不在でも仕事をこなしてくれたのだ。
さて、何を作ろうか。
女性だし、深夜だから、脂っこい食べ物は避けるよう。焼いたホッケと白米、味噌汁、ついでに温野菜でも作れば良いか。
量は少なめにする。足りなければ、また作ればいいからな。
居酒屋のメニューは何度も繰り返し作ってきた。目を閉じてでも問題ないくらいにだ。手早く作り終えるとお盆に載せて、座敷のある部屋へと向かう。
「待たせたな」
「いえ、ありがとうございます。美味しそうな匂いですね」
ここにきて、ようやく神宮寺の笑顔を見た気がした。
普段接客しているのと同じ動作で配膳をする。
「オレンジジュースはおまけだ」
「ありがとうございます」
俺が正面に座ると、小さく「いただきます」とつぶやいてから食事が始まった。魚をキレイにほぐず箸使から見ても、育ちはは良いのだろう。
小さい口に運ぶと、顔がほころび、作った者の心を満たす。
お互いは無言のまま、時折、食器の音がこだまする。
「これだけは聞いておきたい」
食事が半分ほど進んでから、唐突に声をかけた。
別に虚を突きたかったわけではなく、腹が程よく満たされたから事情を聞こうとしただけだ。
「はい」
正面に座る風音は、箸を置いてから、背筋を伸ばしてこちらを見つめる。
「別に食べながらでもいいぞ」
「ちゃんとお話したいので」
「分かった。では聞きたいんだが、君はなぜ、あんな場所にいたんだ?」
「…………抑えきれなかったんです」
少しためらいながらも、意外なことに素直に話し始める。
ずっと我慢して、ようやく話せるといった様子で、止まる様子はない。
「小さいころから親が敷いたレールの上を歩いてきました。今まで、それは嫌ではなかったんです。私のことを考え、時には意見を取り入れてくれたので。でも、つい最近、婚約者といわれて男性を紹介されたときに、気づいてしまったんです」
「気づく?」
「はい。この男性と結婚させるために、ここまで私を育てたんではないかと」
政略結婚? テレビで女性の権利を叫ぶ、この現代に? まったくもって、時代錯誤な考え方だ。普通は考えられない行為……だが、上流階級の方々にはありえるのか?
政治家の発言を見ると、感覚がおかしいと首をかしげることも多い。持っている利権、資産、権力を維持するために、一般常識では考えられないことをする人がいても、まぁ不思議ではない。
と、すると、正座をしてまっすぐに見つめてくる風音は、想像していた以上に上流家庭の生まれかもしれない。
おいおい、そんな人物を深夜に引きずり回したと分かれば、職務質問レベルじゃ終わらないぞ。
俺なんか、上流国民様にとって、道端に転がっている石ぐらいの価値しかないからな。
「結婚するにしても、せめて初恋ぐらいはしてみたい。そう思ったら、感情が抑えきれなくなって……いつの間にか家を飛び出して、あそこにいたんです。これから、どうすればいいか分からなかったので、三田さんに拾ってもらって安心しました」
随分と真っ直ぐな性格に育っているじゃないか。これが育ちの良さってやつなのか? 生まれも底辺の俺にはよく分からない。
だが、まぁ、悪い男に捕まる前に発見できてよかった。こう、無防備な子を見ると保護欲に駆られるのは、年をとった証拠なのかな。
「朝まで過ごしてもいいが、どうする?」
「それは……」
「俺のことは気にしなくていい」
無言のまま数秒経過すると、風音は自らの判断で答えを出した。
「逃げても何も解決しませんので、ご飯をいただいたら両親に電話します」
腹が満たされ落ち着けば、当然の結論だな。
ここに住む! と言われなくて安心した。
「それから私の気持ちをきっちり伝えたいと思います」
親と正面から戦うことを選んだのか。強い子だ。俺が高校生の頃なんて反抗期だったからな、会話などほとんどなかった。
二人とも死んでしまったので、今となれば後悔ばかりが押し寄せてくる。
「それがいい。話せるときに、話しておけ。メシを食べたら親に連絡をするといい。」
「はい」
自分ではできなかったことを、他人に押しつける、自分に重ねてしまう人の気持ちが分かった気がした。年寄りがお節介になるはずだ。
そてにしても本当に動作が洗礼されている。お手本のような動作は、見ていて気持ちがよい。見入っていたら、いつのまにか米粒一つ残さずに、食べ終わっていた。
「料理ありがとうございました。美味しかったです」
箸を置いて、両手を合わせて礼をする。
厳しくしつけられたのだろうと思わせる所作だった。
「おう。片付けてくるから、電話でもしておくんだ」
「はい。その前に、一つだけお願をしてもいいいですか?」
思いもよらぬ質問に、膝を立てた中腰の状態で止まる。
脳内に質問される内容がいくつか思い浮かぶが、現実味がないので却下していく。
俺と彼女は今夜限りの関係だ。どう考えてもたいした内容ではないだろう。
不審に思いながらも、断る理由はないので無言でうなずいた。
「連絡先を交換してもらえませんか?」
は? こいつは何を言い出すんだ?
いくつもの偶然が重なって出会っただけの男性に、普通、連絡先を聞くか?
ありえない。JKとおじさんの組み合わせは、ドラマやアニメだから成立する。ようはフィクションなのだ。現実では、疎まれ、蔑まれる。それが当たり前だと、そうでなければ、納得がいかない。
「俺……と?」
「はい」
もう一度聞き返すが、どうやら間違いないようだ。
どうして今になって、そんな都合のよい展開が訪れるのだ。退院したときとにも感じたが、人とのつながりができることは、ありがたく、嬉しいことだが、なぜ手遅れになってからなんだ。
ここで叫びたくなったが、理性を総動員して唾と一緒に飲み込む。
「落ち着いたらお礼をさせてください……あと、こうやって話せる人が、いないので……ご迷惑でなければ……」
「断る理由はないな」
深く息を吐いてから、ポケットに手を突っ込む。
お互いに携帯電話をだして、連絡先を交換。フレンドリストに初めて、プライベートで関係を持った人の名前が表示された。
「意外と簡単に手に入ってしまうものなんだな」
「え?」
「それじゃ、皿を洗ってくる」
ずっと、フレンド一覧に友達が表示されてほしかった。なんて、言えるわけがない。
ごまかすように食器をお盆に入れると、そのままキッチンに向かって歩き出す。
「いってらっしゃい」
もう何年ぶりか分からないほど、懐かしく、心が温まる言葉をもらい、俺の人生も捨てたものではないなと、思えてしまった。
悪い大人から守るために作られた規制であり、本人の同意があったとしても保護者の同意がなければ、警察に見つかったらアウトだ。
さて、どうやって誰にも見つからずに飯を食べるか?
タクシーで俺の家に行くのはダメだ。彼女に無用な不安を抱かせてしまうし、何より本当に言い逃れが出来ない。浅はかで、人としてありえない行動だ。
とはいえ、繁華街にあるファミレスへ入れば通報待ったなしだ。風音は制服のままだからな。
そこで俺は第三の選択肢として、職場に戻ることにした。
公私混合? ふん、本部にバレなければ問題なし。すでに閉店の準備は終わり、全員帰っているはずだ。目撃者はいない。
裏道を歩けば警察と遭遇する可能性は低いし、この方法が最善だ。
「居酒屋に案内する」
「え? でも……」
前に追い出されたときの記憶が呼び戻されたのだろう。
大丈夫なの? と、言いたげな視線を投げかけてくる。
「俺は店長だからな。それに、閉店しているから文句を言う客はいない。安心しろ」
一瞬、顔に警戒心が浮かんだが、すぐに消えた。
俺が子供に手を出すなんてありえないから、余計な心配だといいたいころだが、信頼関係が築けていないので、言葉にしても無駄だろうな。世の中諦めも必要だ。
「こっちだ」
着いてこなければ、それでも構わない。一人先頭を歩いて前に進む。
数歩離れた位置から足音が聞こえてくるので、俺を信じることにしたようだ。これだけ離れていれば、言い逃れも容易だろう。珍しく予定通りに進んでいる。
先ほどよりさらに暗い路地に入り、道端で寝ている酔っ払いを通り過ぎた。
喧嘩をしているような声が聞こえれば、道を変えて進む。雑居ビルの非常用階段を上がると、ようやく裏口に到着した。
ポケットから鍵を取り出し、ドアを開ける。
ギィとさび付いた音とともに、ぬるい風がほほをなでた。
「店の奥に座敷があるから、そこで待っててくれ」
「こういったお店に入るの初めてです。三田さんは、これからどうしますか?」
「料理だよ。安心しろ、君には小汚い店に見えるかもしれないが、ちゃんとしたメシは出すから」
思わずもれてしまった嫌味な言葉に気まずくなり、返事を聞かずに立ち去る。
前途有望な子供に嫉妬してしまうとは、我ながら情けない。俺が輝くような人生を送っていないのと、彼女が中流家庭以上の生活をしていることと関係ないのにな。
キッチンは丁寧に清掃されれていた。洗い残しの皿はないし、ごみも捨て去れている。バイトの皆は店長不在でも仕事をこなしてくれたのだ。
さて、何を作ろうか。
女性だし、深夜だから、脂っこい食べ物は避けるよう。焼いたホッケと白米、味噌汁、ついでに温野菜でも作れば良いか。
量は少なめにする。足りなければ、また作ればいいからな。
居酒屋のメニューは何度も繰り返し作ってきた。目を閉じてでも問題ないくらいにだ。手早く作り終えるとお盆に載せて、座敷のある部屋へと向かう。
「待たせたな」
「いえ、ありがとうございます。美味しそうな匂いですね」
ここにきて、ようやく神宮寺の笑顔を見た気がした。
普段接客しているのと同じ動作で配膳をする。
「オレンジジュースはおまけだ」
「ありがとうございます」
俺が正面に座ると、小さく「いただきます」とつぶやいてから食事が始まった。魚をキレイにほぐず箸使から見ても、育ちはは良いのだろう。
小さい口に運ぶと、顔がほころび、作った者の心を満たす。
お互いは無言のまま、時折、食器の音がこだまする。
「これだけは聞いておきたい」
食事が半分ほど進んでから、唐突に声をかけた。
別に虚を突きたかったわけではなく、腹が程よく満たされたから事情を聞こうとしただけだ。
「はい」
正面に座る風音は、箸を置いてから、背筋を伸ばしてこちらを見つめる。
「別に食べながらでもいいぞ」
「ちゃんとお話したいので」
「分かった。では聞きたいんだが、君はなぜ、あんな場所にいたんだ?」
「…………抑えきれなかったんです」
少しためらいながらも、意外なことに素直に話し始める。
ずっと我慢して、ようやく話せるといった様子で、止まる様子はない。
「小さいころから親が敷いたレールの上を歩いてきました。今まで、それは嫌ではなかったんです。私のことを考え、時には意見を取り入れてくれたので。でも、つい最近、婚約者といわれて男性を紹介されたときに、気づいてしまったんです」
「気づく?」
「はい。この男性と結婚させるために、ここまで私を育てたんではないかと」
政略結婚? テレビで女性の権利を叫ぶ、この現代に? まったくもって、時代錯誤な考え方だ。普通は考えられない行為……だが、上流階級の方々にはありえるのか?
政治家の発言を見ると、感覚がおかしいと首をかしげることも多い。持っている利権、資産、権力を維持するために、一般常識では考えられないことをする人がいても、まぁ不思議ではない。
と、すると、正座をしてまっすぐに見つめてくる風音は、想像していた以上に上流家庭の生まれかもしれない。
おいおい、そんな人物を深夜に引きずり回したと分かれば、職務質問レベルじゃ終わらないぞ。
俺なんか、上流国民様にとって、道端に転がっている石ぐらいの価値しかないからな。
「結婚するにしても、せめて初恋ぐらいはしてみたい。そう思ったら、感情が抑えきれなくなって……いつの間にか家を飛び出して、あそこにいたんです。これから、どうすればいいか分からなかったので、三田さんに拾ってもらって安心しました」
随分と真っ直ぐな性格に育っているじゃないか。これが育ちの良さってやつなのか? 生まれも底辺の俺にはよく分からない。
だが、まぁ、悪い男に捕まる前に発見できてよかった。こう、無防備な子を見ると保護欲に駆られるのは、年をとった証拠なのかな。
「朝まで過ごしてもいいが、どうする?」
「それは……」
「俺のことは気にしなくていい」
無言のまま数秒経過すると、風音は自らの判断で答えを出した。
「逃げても何も解決しませんので、ご飯をいただいたら両親に電話します」
腹が満たされ落ち着けば、当然の結論だな。
ここに住む! と言われなくて安心した。
「それから私の気持ちをきっちり伝えたいと思います」
親と正面から戦うことを選んだのか。強い子だ。俺が高校生の頃なんて反抗期だったからな、会話などほとんどなかった。
二人とも死んでしまったので、今となれば後悔ばかりが押し寄せてくる。
「それがいい。話せるときに、話しておけ。メシを食べたら親に連絡をするといい。」
「はい」
自分ではできなかったことを、他人に押しつける、自分に重ねてしまう人の気持ちが分かった気がした。年寄りがお節介になるはずだ。
そてにしても本当に動作が洗礼されている。お手本のような動作は、見ていて気持ちがよい。見入っていたら、いつのまにか米粒一つ残さずに、食べ終わっていた。
「料理ありがとうございました。美味しかったです」
箸を置いて、両手を合わせて礼をする。
厳しくしつけられたのだろうと思わせる所作だった。
「おう。片付けてくるから、電話でもしておくんだ」
「はい。その前に、一つだけお願をしてもいいいですか?」
思いもよらぬ質問に、膝を立てた中腰の状態で止まる。
脳内に質問される内容がいくつか思い浮かぶが、現実味がないので却下していく。
俺と彼女は今夜限りの関係だ。どう考えてもたいした内容ではないだろう。
不審に思いながらも、断る理由はないので無言でうなずいた。
「連絡先を交換してもらえませんか?」
は? こいつは何を言い出すんだ?
いくつもの偶然が重なって出会っただけの男性に、普通、連絡先を聞くか?
ありえない。JKとおじさんの組み合わせは、ドラマやアニメだから成立する。ようはフィクションなのだ。現実では、疎まれ、蔑まれる。それが当たり前だと、そうでなければ、納得がいかない。
「俺……と?」
「はい」
もう一度聞き返すが、どうやら間違いないようだ。
どうして今になって、そんな都合のよい展開が訪れるのだ。退院したときとにも感じたが、人とのつながりができることは、ありがたく、嬉しいことだが、なぜ手遅れになってからなんだ。
ここで叫びたくなったが、理性を総動員して唾と一緒に飲み込む。
「落ち着いたらお礼をさせてください……あと、こうやって話せる人が、いないので……ご迷惑でなければ……」
「断る理由はないな」
深く息を吐いてから、ポケットに手を突っ込む。
お互いに携帯電話をだして、連絡先を交換。フレンドリストに初めて、プライベートで関係を持った人の名前が表示された。
「意外と簡単に手に入ってしまうものなんだな」
「え?」
「それじゃ、皿を洗ってくる」
ずっと、フレンド一覧に友達が表示されてほしかった。なんて、言えるわけがない。
ごまかすように食器をお盆に入れると、そのままキッチンに向かって歩き出す。
「いってらっしゃい」
もう何年ぶりか分からないほど、懐かしく、心が温まる言葉をもらい、俺の人生も捨てたものではないなと、思えてしまった。
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
9,545
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,173
-
2.3万
コメント