ドラゴンさんは怠惰に暮らしたい
仕事帰りにJKを拾う
退院して自宅で寝ても夢を見ることはなかった。
翌日、俺は準備を整えると家を出て職場に向かう。今日から復帰だ。
店長代理だったセクハラ男が、どこまで仕事ができるのかわからないが、小早川さんの話を聞く限りは期待できないだろう。
ブラック企業に引継ぎなんて文化はないのだから、空白の期間に何が起こっていたのか自分で調べる必要があるので、いつもより少し早めに出勤している。
改札を通り抜け、電車を乗り、店内に入る。予想していたとおり、バックヤードには物が散らかっており、書類なども雑に放置されていた。強盗が押し入ったのではないかと思ってしまうほど、荒れ果てていたのだ。
俺は小さくため息をつくと、片付けを始める。バイトが来る前に全てを終わらせ、不在だった間に何が起こったのか聞く時間を作るだめにだ。
静かな部屋で、作業を順調に進める。
ふと、床を見て動きが止まった。
そこは倒れて意識を失った場所。医師は脳が休めず過労で倒れたと言っていた。
今はドラゴンにならず脳を休ませているが、そうと遠くない未来、もしかしたら今日にでも夢の国との接続が再開して、寝ても疲れが取れない日々が戻ってくるかもしれない。
体内にいつ爆発するか分からない爆弾を抱えている不安と焦燥感が襲ってくる。
いままで現実逃避ができて幸運だったと、楽観的に考えていた己をしかりつけたい気分だ。
「考えるのはやめよう。俺にはどうしようもない」
頭を軽く振ってから、作業を再開する。
今は出来ることを一つ、一つ、丁寧に積み重ねていこう。
無力な俺にできることはなかった。
それからは夢のことを忘れて業務に集中する。
バイトが着て軽い歓迎を受けながらも、手は止めずに次々とやってくる客の対応を処理していると、いつのまにか閉店時間が過ぎていた。
◆◆◆
後片付けをバイトのリーダーに任せると、駅に向かって夜道を歩く。
復帰したばかりなのだからと気を使われたのだ。
仕事を肩代わりしてもらった申し訳なさはあるが、それ以上に親切にされたことに、どうしようもない充足感を感じていた。こう、心が満ち足りた気分になる。
時刻は深夜を少し回った程度。ネオンで明るく照らされた繁華街を通り抜けて、薄暗い路地へと入る。
駅に向かう近道で、この時間は人通りがない。
左右は民家の塀に囲まれており、電柱に取り付けられたライトがか弱い光で道を照らしている。今夜は月が出ていないので、普段よりいっそう暗く感じる。
お化けや妖怪、通り魔が出現しても不思議ではない雰囲気に恐怖心が芽生えてくる。
「ツッ!!」
数メートル先にある電柱の下に黒い塊が見えた。
立ち止まり、何回か目をこするが、消えてくれない。
夢の国で人外の生物と戦ったことがあるため、リアルな妄想が脳内に広がっていく。背筋に冷たいものが流れ、自然と一歩後退する。
このまま逃げ出したいと思うが、終電に間に合わなくなる。
俺は急いでいるのだ。
一度、深く深呼吸をして心を落ち着かせる。
せめてもの抵抗として道の端を歩いて距離をとって通り抜けようと歩く。
距離が近づくにつれて、黒い塊がはっきりと見える。
正体は紺色の制服を着て、しゃがんでいた少女だった。
バッグは肩にかけたままで、顔をひざの間に入れてうずくまっている。長い黒髪が腕やひざを覆っているから、黒い塊に見えたのか。
正体が分かればなんてことはない。大きく息を吐くと、心拍数が平常値に戻っていく。何をしているのか分からないが、関わらないほうがいいだろう。
無心になって通り抜けようとして、また足が止まった。
目の前にいる少女が、声を押し殺して泣いているのだ。
ここは繁華街から離れた薄暗い路地。幸いなことに衣服に乱れはないが、そんな場所で女性が泣いているのであれば、何があったのか考えるまでもない。
普段であれば面倒なことから逃げる俺だが、ここ最近立て続けに触れた人の優しさに感化され、深く考えずに声をかけてしまう。
「大丈夫か?」
  少女が、ゆっくりと顔を上げると、艶やかな髪が流れるように動いた。
目は赤くはれており、涙の後がある。
ん? どこかで見かけたことがあるような顔だな。だが、思い出せない。他人の空似か出会ったことがあっても、すれ違ったレベルの関係だろう。
「……はい」
泣き疲れて、声がかすれて震えていた。
表情も暗く、何かあったのは間違いない。
警察に電話でもするか? いや、その前にもう少しだけ話を聞こう。このままじゃ、通報する内容すら思い浮かばない。
「何があった? 手助けが必要なら警察に連絡する」
警察という言葉を聴いて、少女の肩がピクッと震えた。
ちょっと顔を引きつりつつも、何も言わない。
連絡されたくないと無言で訴えている。
俺は心の中で舌打ちをした。なぜかその態度が、クレアに似ていたからだ。
感情を押し殺し、我慢を続けてる人生を歩むことになるであろう彼女に似ているのだ。そう想ってしまえば止まらない。助けてあげたいと想ってしまったのだ。ドラゴンとは違い、無力で何も出来ない、現実世界での俺が、な。
「警察に通報するのはやめるが、何があったのか聞かせてもらえないか? 大人として深夜に子供がうろついているのを、見過ごすわけにはいかなくてね」
「なんでも……ないです。おじ様には関係ありません」
「とは言ってもなぁ……」
ん? おじ様? 最近、どこかで聞いたことがあるな。
俺の人生でめったに聞かない単語なはずだが……そうだ、職場で聞いたはずだ。
あれは倒れる前だった。
きっかけさえつかめば思い出すのは簡単で、芋づる式に記憶が蘇る。
「あぁ、君は、大人と一緒に居酒屋に入ろうとした娘か。どうりで見たことがあると思った」
「え? 私を知っているんですか?」
「高そうなスーツを着たイケメンのサラリーマンと、居酒屋に入って、入店拒否された覚えはあるだろ? 俺は、そのときに対応した店員だ」
「あ……あのときは、ご迷惑をおかけしました」
ハッとした顔をして謝罪の言葉を口にする。
どうやら彼女も俺のことを思い出してくれたようだ。
謝ることではないのだが、律儀で真面目な性格をしているのだろう。
「いや、気にしなくてもいい。それよりも困っているのであれば、親しそうにしていた彼を呼んだらどうだ?」
「できません」
きっぱりと、断言した。
弱弱しく見えるが意志は強く、そこがまたクレアの姿を重ねてしまう要因になる。
最適だと思っていた提案を断られてしまい、言葉に詰まる。
もともと俺はコミュニケーション能力に優れているわけではないので、気の利いたようなセリフが思い浮かばない。
「グゥ」
お互いに次のアクションを探していると、タイミングが悪いことに、少女から可愛らしい腹の音が鳴った。
「「…………」」
数秒で耳が赤くなった。
目がキョロキョロと動き、落ち着きがない。
お腹の音を聞かれたぐらいで、そこまで動揺するとは思わなかった。可愛い音だったなと、声をかけようと思ったが、少し無神経だと想い直して、勇気を振り絞り提案する。
「おなかが減っているのか。何か食べるか? もちろん奢りだ」
空腹のときほど思考はネガティブになる。
これは実体験に基づいた持論だ。
話してみれば、緊急性の高い犯罪に巻き込まれたようではなさそうだし、食事をして気持ちを落ち着かせてから話を聞いても問題ないだろうと、判断したのだ。
「ありがたいのですが、大丈夫です。お腹は減っ――」
断られる寸前に、またお腹から可愛らしい音が鳴った。
「て、いるようだな」
「…………」
恥ずかしさに耐えれなくなり、少女は下を向いた。
ここまできてしまえば押し切れてしまいそうだ。よかった、離している間に終電の時間が過ぎてしまったので、俺も朝まで時間をつぶす必要があったからな。
そう思い、俺は手を差し出した。
「子供が遠慮するんじゃない。このまま帰ったら寝つきが悪くなる。快適な睡眠ライフがおくれるよう、協力してくれ」
少女は手を出そうとして引っ込める作業を何回か繰り返した後、えいっと、小さな掛け声とともに、手が触れ合った。
仕事でザラザラな肌になってしまった俺とは違い、柔らかく、しっとり潤っていた。
俺は手をしっかりにぎると、引っ張りあげて立ち上がらせる。
ふわりと甘い香りと共に、少女の顔が接近した。
「案内するから着いてきてくれ」
「お世話になります」
おとなしく着いてくることに、大丈夫かと余計な心配をしてしまう。
まぁ、俺に限って言えば何かをするわけではないので、人を見る目があると思えば良いか。
歩き出すとすぐに無駄な思考を端に追いやると、歩いた道を戻ることにした。
翌日、俺は準備を整えると家を出て職場に向かう。今日から復帰だ。
店長代理だったセクハラ男が、どこまで仕事ができるのかわからないが、小早川さんの話を聞く限りは期待できないだろう。
ブラック企業に引継ぎなんて文化はないのだから、空白の期間に何が起こっていたのか自分で調べる必要があるので、いつもより少し早めに出勤している。
改札を通り抜け、電車を乗り、店内に入る。予想していたとおり、バックヤードには物が散らかっており、書類なども雑に放置されていた。強盗が押し入ったのではないかと思ってしまうほど、荒れ果てていたのだ。
俺は小さくため息をつくと、片付けを始める。バイトが来る前に全てを終わらせ、不在だった間に何が起こったのか聞く時間を作るだめにだ。
静かな部屋で、作業を順調に進める。
ふと、床を見て動きが止まった。
そこは倒れて意識を失った場所。医師は脳が休めず過労で倒れたと言っていた。
今はドラゴンにならず脳を休ませているが、そうと遠くない未来、もしかしたら今日にでも夢の国との接続が再開して、寝ても疲れが取れない日々が戻ってくるかもしれない。
体内にいつ爆発するか分からない爆弾を抱えている不安と焦燥感が襲ってくる。
いままで現実逃避ができて幸運だったと、楽観的に考えていた己をしかりつけたい気分だ。
「考えるのはやめよう。俺にはどうしようもない」
頭を軽く振ってから、作業を再開する。
今は出来ることを一つ、一つ、丁寧に積み重ねていこう。
無力な俺にできることはなかった。
それからは夢のことを忘れて業務に集中する。
バイトが着て軽い歓迎を受けながらも、手は止めずに次々とやってくる客の対応を処理していると、いつのまにか閉店時間が過ぎていた。
◆◆◆
後片付けをバイトのリーダーに任せると、駅に向かって夜道を歩く。
復帰したばかりなのだからと気を使われたのだ。
仕事を肩代わりしてもらった申し訳なさはあるが、それ以上に親切にされたことに、どうしようもない充足感を感じていた。こう、心が満ち足りた気分になる。
時刻は深夜を少し回った程度。ネオンで明るく照らされた繁華街を通り抜けて、薄暗い路地へと入る。
駅に向かう近道で、この時間は人通りがない。
左右は民家の塀に囲まれており、電柱に取り付けられたライトがか弱い光で道を照らしている。今夜は月が出ていないので、普段よりいっそう暗く感じる。
お化けや妖怪、通り魔が出現しても不思議ではない雰囲気に恐怖心が芽生えてくる。
「ツッ!!」
数メートル先にある電柱の下に黒い塊が見えた。
立ち止まり、何回か目をこするが、消えてくれない。
夢の国で人外の生物と戦ったことがあるため、リアルな妄想が脳内に広がっていく。背筋に冷たいものが流れ、自然と一歩後退する。
このまま逃げ出したいと思うが、終電に間に合わなくなる。
俺は急いでいるのだ。
一度、深く深呼吸をして心を落ち着かせる。
せめてもの抵抗として道の端を歩いて距離をとって通り抜けようと歩く。
距離が近づくにつれて、黒い塊がはっきりと見える。
正体は紺色の制服を着て、しゃがんでいた少女だった。
バッグは肩にかけたままで、顔をひざの間に入れてうずくまっている。長い黒髪が腕やひざを覆っているから、黒い塊に見えたのか。
正体が分かればなんてことはない。大きく息を吐くと、心拍数が平常値に戻っていく。何をしているのか分からないが、関わらないほうがいいだろう。
無心になって通り抜けようとして、また足が止まった。
目の前にいる少女が、声を押し殺して泣いているのだ。
ここは繁華街から離れた薄暗い路地。幸いなことに衣服に乱れはないが、そんな場所で女性が泣いているのであれば、何があったのか考えるまでもない。
普段であれば面倒なことから逃げる俺だが、ここ最近立て続けに触れた人の優しさに感化され、深く考えずに声をかけてしまう。
「大丈夫か?」
  少女が、ゆっくりと顔を上げると、艶やかな髪が流れるように動いた。
目は赤くはれており、涙の後がある。
ん? どこかで見かけたことがあるような顔だな。だが、思い出せない。他人の空似か出会ったことがあっても、すれ違ったレベルの関係だろう。
「……はい」
泣き疲れて、声がかすれて震えていた。
表情も暗く、何かあったのは間違いない。
警察に電話でもするか? いや、その前にもう少しだけ話を聞こう。このままじゃ、通報する内容すら思い浮かばない。
「何があった? 手助けが必要なら警察に連絡する」
警察という言葉を聴いて、少女の肩がピクッと震えた。
ちょっと顔を引きつりつつも、何も言わない。
連絡されたくないと無言で訴えている。
俺は心の中で舌打ちをした。なぜかその態度が、クレアに似ていたからだ。
感情を押し殺し、我慢を続けてる人生を歩むことになるであろう彼女に似ているのだ。そう想ってしまえば止まらない。助けてあげたいと想ってしまったのだ。ドラゴンとは違い、無力で何も出来ない、現実世界での俺が、な。
「警察に通報するのはやめるが、何があったのか聞かせてもらえないか? 大人として深夜に子供がうろついているのを、見過ごすわけにはいかなくてね」
「なんでも……ないです。おじ様には関係ありません」
「とは言ってもなぁ……」
ん? おじ様? 最近、どこかで聞いたことがあるな。
俺の人生でめったに聞かない単語なはずだが……そうだ、職場で聞いたはずだ。
あれは倒れる前だった。
きっかけさえつかめば思い出すのは簡単で、芋づる式に記憶が蘇る。
「あぁ、君は、大人と一緒に居酒屋に入ろうとした娘か。どうりで見たことがあると思った」
「え? 私を知っているんですか?」
「高そうなスーツを着たイケメンのサラリーマンと、居酒屋に入って、入店拒否された覚えはあるだろ? 俺は、そのときに対応した店員だ」
「あ……あのときは、ご迷惑をおかけしました」
ハッとした顔をして謝罪の言葉を口にする。
どうやら彼女も俺のことを思い出してくれたようだ。
謝ることではないのだが、律儀で真面目な性格をしているのだろう。
「いや、気にしなくてもいい。それよりも困っているのであれば、親しそうにしていた彼を呼んだらどうだ?」
「できません」
きっぱりと、断言した。
弱弱しく見えるが意志は強く、そこがまたクレアの姿を重ねてしまう要因になる。
最適だと思っていた提案を断られてしまい、言葉に詰まる。
もともと俺はコミュニケーション能力に優れているわけではないので、気の利いたようなセリフが思い浮かばない。
「グゥ」
お互いに次のアクションを探していると、タイミングが悪いことに、少女から可愛らしい腹の音が鳴った。
「「…………」」
数秒で耳が赤くなった。
目がキョロキョロと動き、落ち着きがない。
お腹の音を聞かれたぐらいで、そこまで動揺するとは思わなかった。可愛い音だったなと、声をかけようと思ったが、少し無神経だと想い直して、勇気を振り絞り提案する。
「おなかが減っているのか。何か食べるか? もちろん奢りだ」
空腹のときほど思考はネガティブになる。
これは実体験に基づいた持論だ。
話してみれば、緊急性の高い犯罪に巻き込まれたようではなさそうだし、食事をして気持ちを落ち着かせてから話を聞いても問題ないだろうと、判断したのだ。
「ありがたいのですが、大丈夫です。お腹は減っ――」
断られる寸前に、またお腹から可愛らしい音が鳴った。
「て、いるようだな」
「…………」
恥ずかしさに耐えれなくなり、少女は下を向いた。
ここまできてしまえば押し切れてしまいそうだ。よかった、離している間に終電の時間が過ぎてしまったので、俺も朝まで時間をつぶす必要があったからな。
そう思い、俺は手を差し出した。
「子供が遠慮するんじゃない。このまま帰ったら寝つきが悪くなる。快適な睡眠ライフがおくれるよう、協力してくれ」
少女は手を出そうとして引っ込める作業を何回か繰り返した後、えいっと、小さな掛け声とともに、手が触れ合った。
仕事でザラザラな肌になってしまった俺とは違い、柔らかく、しっとり潤っていた。
俺は手をしっかりにぎると、引っ張りあげて立ち上がらせる。
ふわりと甘い香りと共に、少女の顔が接近した。
「案内するから着いてきてくれ」
「お世話になります」
おとなしく着いてくることに、大丈夫かと余計な心配をしてしまう。
まぁ、俺に限って言えば何かをするわけではないので、人を見る目があると思えば良いか。
歩き出すとすぐに無駄な思考を端に追いやると、歩いた道を戻ることにした。
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