ドラゴンさんは怠惰に暮らしたい
第6話ドラゴンの気持ち
「シロ様、どうがお気持ちを鎮めてください」
俺に近づくと頭を深く下げた。
王は権威の象徴であり下手に出ることはないと、聞いたことがある。その事実を裏付けるかのように、周囲にいる人々はあり得ない出来事に驚き、静まりかえっていた。
激怒していたわけではない。ただ少し腹が立っただけで、国のトップが下手に出る事態になるとは思わなかった。
軽はずみな行動をしてしまい、後悔が押し寄せてくる。怠惰な生活を続けていたせいで、ドラゴンへの恐怖、畏怖が強いことをすっかり忘れていたのだ。
どうしよう……。
この人、まだ頭上げないよ……。
さすがに気まずい。騒ぎを起こした俺が悪いはずなのに逆に謝られるなんて、どうしてこうなった、と思わずにはいられない。
誰もが固唾を呑んで見守っている。
広い中庭は静寂で支配された。
これは、俺が動くまで何も変わらないような気がするが、最善の手が思い浮かばない。言葉が話せればすぐに誤解は解けると思うけど、この体じゃ無理だ。
唸り声を出してみるか?
それとも地に伏せて降伏するか?
ダメだ。怯えさせる未来しか見えない。
空を飛んで逃げる?
謝罪を受け入れずに去ってしまったと勘違いされたら最悪だ! ハチの巣を突っついたような騒ぎになるのは間違いない。守護しているドラゴンに見捨てられたと思われたら、誤解を解くのにどれほどなら労力が必要か……この怠惰な生活が続けられなくなってしまうじゃないか!
考えろ! 考えるんだ、俺!
性能の悪い頭をフル回転させる。そうして導き出した答えは、単純なものだった。
大きく鋭い爪を使って鱗を一枚はがすと、国王のもとに置く。そう、プレゼント作戦だ。
「……っな! こ、これは?」
ドラゴンの鱗は素材として優秀だ。特にホワイトドラゴンのものは、防具やアクセサリーにも使えるほか、薬の材料ともなる。
傷や病を癒やす効果が数段上がるのだ。作り方しだいでは、万病に効くポーションすら作れる……らしい。
そんな貴重な素材を、無償で、国王の前に置いたのだ。
物の価値が分かる人なら、鱗を渡すことによって謝罪している、と推測してくれるはず!!
「シロ様が鱗を献上した」
周囲にいる人々が口々に驚きの声を上げている。
今まで鱗なんて渡したことはない。今回が初めてだ。だからこそ、効果も絶大だろう。なんせ、国王が再起動するのに数秒も要しているのだから。
「これを」
国王の隣にいた兵士が、鱗を拾い上げて渡す。
国王は軽く叩いてみせると、コンコンと軽い音が中庭に響き渡る。
「意外に軽いな」
「ですが、金属よりも堅く、魔法の効果を減退もしくは増幅させる効果あり、特にホワイトドラゴンの鱗は、ポーションの効果を飛躍的に向上させます! 一説には、死人すら生き返らせる力があるとか!!」
貴族風の男が興奮した様子で説明していた。
良いぞ! さすが貴族。方をよく理解しているじゃないか! 俺が望んでいた展開になりそうだ。
国王はその言葉を頷きながら、鱗を様々な角度から眺め、ついに一言を発する。
「で、なぜシロ様が鱗を渡したのか、分かる者はおるか?」
先ほどまで膨らんでいた期待が霧散し、謝罪が伝わらなかったことで絶望が支配する。
誠意を見せてもダメか。伝わらないのかぁ。
周囲を見渡してみるが、誰も口を開こうとしていない。
それはそうか。ドラゴンという理解の及ばない生物の考えていることなんて、誰も想像できないもんな。さらに中身が人だなんて思いもよらないだろう。
それに間違ったことを言ってしまえば、国王や俺から不興を勝ってしまうかもしれない。
リスクを恐れて誰も、何も、言えないのだ。
「神に等しきシロ様の考えが分からぬのも、無理からぬこと。されど、この行為には何か意味がある。そう思わんか?」
この場にいる全員が首を縦に振る。
「では、推測でも良い。誰か考えを述べよ」
お互いを見合い、牽制する。「おい、何か言えよ」と、心の声が聞こえるようだ。
誰もがババを引きたくない。そう考えている状況で、勇敢、いや、無謀にも手を上げた女性がいた。
「よろしいでしょうか」
「お前は……クレアの侍女だったな?」
残念ながら名前までは無理だったようだが、顔は覚えられていたようだ。
「クレア様の侍女を務めているミネアと申します」
国王に恥をかかせないようにと、簡単な自己紹介をしてから一礼をした。
素晴らしい気遣いだ。居酒屋のバイトもこのぐらいのことをしてくれば、現場も楽になるのになぁと、余計なことを考えながらも事態を見守ことにする。
「そうか、クレアのか。ふむ、それでお前はどう思った?」
「恐れながら申し上げます。シロ様は、お礼をしたのではないかと愚考いたします」
「ほぅ」
国王は短く言葉を発すると、無言で続きを話せと促す。
「クレア様はシロ様を労るために、お会いになりました。シロ様は加護を与えた者が近くに居ることを気に入ったのか、一瞬だけ笑顔を見せると、尻尾で姿を隠されたのです。さらに邪魔されないように、周囲の人間を眠らせてまで時間を長引かせようとしたのではないかと」
な、なんてことを言い出すんだ!
お前はクレアが一緒にお昼寝したいと言ってたのを聞いていたはずだよな!?
それがどう脳内変換させれば、俺を労う行為になるんだ? それも離したくないから魔法を使っと言われてしまうとは。これじゃ、独占欲の強い彼氏みたいじゃないか!
冗談じゃない。彼女はキレイだとは思うが、そこまで肩入れしているつもりはないぞ!
「なるほど。加護を与えるほど気に入った人間であれば、そのようなこともありえる、と言いたいのだな」
貴族風の男性が後押しをして、全員が頷く。ミネアの考えが肯定されたような雰囲気が創られた。
「クレアを借りたお礼として鱗を譲っていただいたと言うわけだな。ふむ」
ふむ。って、侍女ごときに騙されるなよ!! 間抜けめ!
国王は頷くと、俺を見上げる。彼らは俺が人の言葉を理解していると知っているので、ミネアが正しいのか確認しようとしているのだ。
決定権は俺にあり、否定するのは簡単だ。
うなり声一つでもあげて騒動を起こしても良いが、そうすればミネアは俺の怒りを買ったとして、処罰されるのは明白だ。それはとても目覚めが悪い。
ストレスを解消しに来ているのに、逆に溜めるようなことはしたくない。
これからも色々と勘違いされてしまいそうだが、ここは割り切って諦めるか。
だが、ミネアには少しだけ仕返しをしをしてもバチは当たらないだろう。
「なっ!」
俺が腕を動かすと、驚きの声が上がり、兵士が国王を守るために集まった。
それを無視してミネアの頭に爪の先を軽く乗せると、顔面蒼白になり、今にも気絶しそうになった。それをみて成功したと思い、ニヤけながら、子供をあやすように、軽くなでる。
「おぉ!!」
感嘆の声が上がった。
俺の動きに攻撃する意図がないことがわかり、警戒が解かれる。
「ミネアの考えは当たっていたようだな」
国王が一言つぶやくと、周囲がわっと騒がしくなった。
「それほどまでクレア様を気に入っているとはっ!!!」
「久々の朗報ですな!」
「噂に聞く、竜の巫女になったのかしら!?」
口々に勝手な憶測を言い合っている。もう俺のことなんて見ていない。
ミネアに向かって軽くウィンクをすると、地面に顔をつける。
独占欲の強いドラゴンってことになってしまったんだ。仕方がない。今日はクレアを借りるぞ。そう思いながら、中庭から見える曇り空を見上げていた。
俺に近づくと頭を深く下げた。
王は権威の象徴であり下手に出ることはないと、聞いたことがある。その事実を裏付けるかのように、周囲にいる人々はあり得ない出来事に驚き、静まりかえっていた。
激怒していたわけではない。ただ少し腹が立っただけで、国のトップが下手に出る事態になるとは思わなかった。
軽はずみな行動をしてしまい、後悔が押し寄せてくる。怠惰な生活を続けていたせいで、ドラゴンへの恐怖、畏怖が強いことをすっかり忘れていたのだ。
どうしよう……。
この人、まだ頭上げないよ……。
さすがに気まずい。騒ぎを起こした俺が悪いはずなのに逆に謝られるなんて、どうしてこうなった、と思わずにはいられない。
誰もが固唾を呑んで見守っている。
広い中庭は静寂で支配された。
これは、俺が動くまで何も変わらないような気がするが、最善の手が思い浮かばない。言葉が話せればすぐに誤解は解けると思うけど、この体じゃ無理だ。
唸り声を出してみるか?
それとも地に伏せて降伏するか?
ダメだ。怯えさせる未来しか見えない。
空を飛んで逃げる?
謝罪を受け入れずに去ってしまったと勘違いされたら最悪だ! ハチの巣を突っついたような騒ぎになるのは間違いない。守護しているドラゴンに見捨てられたと思われたら、誤解を解くのにどれほどなら労力が必要か……この怠惰な生活が続けられなくなってしまうじゃないか!
考えろ! 考えるんだ、俺!
性能の悪い頭をフル回転させる。そうして導き出した答えは、単純なものだった。
大きく鋭い爪を使って鱗を一枚はがすと、国王のもとに置く。そう、プレゼント作戦だ。
「……っな! こ、これは?」
ドラゴンの鱗は素材として優秀だ。特にホワイトドラゴンのものは、防具やアクセサリーにも使えるほか、薬の材料ともなる。
傷や病を癒やす効果が数段上がるのだ。作り方しだいでは、万病に効くポーションすら作れる……らしい。
そんな貴重な素材を、無償で、国王の前に置いたのだ。
物の価値が分かる人なら、鱗を渡すことによって謝罪している、と推測してくれるはず!!
「シロ様が鱗を献上した」
周囲にいる人々が口々に驚きの声を上げている。
今まで鱗なんて渡したことはない。今回が初めてだ。だからこそ、効果も絶大だろう。なんせ、国王が再起動するのに数秒も要しているのだから。
「これを」
国王の隣にいた兵士が、鱗を拾い上げて渡す。
国王は軽く叩いてみせると、コンコンと軽い音が中庭に響き渡る。
「意外に軽いな」
「ですが、金属よりも堅く、魔法の効果を減退もしくは増幅させる効果あり、特にホワイトドラゴンの鱗は、ポーションの効果を飛躍的に向上させます! 一説には、死人すら生き返らせる力があるとか!!」
貴族風の男が興奮した様子で説明していた。
良いぞ! さすが貴族。方をよく理解しているじゃないか! 俺が望んでいた展開になりそうだ。
国王はその言葉を頷きながら、鱗を様々な角度から眺め、ついに一言を発する。
「で、なぜシロ様が鱗を渡したのか、分かる者はおるか?」
先ほどまで膨らんでいた期待が霧散し、謝罪が伝わらなかったことで絶望が支配する。
誠意を見せてもダメか。伝わらないのかぁ。
周囲を見渡してみるが、誰も口を開こうとしていない。
それはそうか。ドラゴンという理解の及ばない生物の考えていることなんて、誰も想像できないもんな。さらに中身が人だなんて思いもよらないだろう。
それに間違ったことを言ってしまえば、国王や俺から不興を勝ってしまうかもしれない。
リスクを恐れて誰も、何も、言えないのだ。
「神に等しきシロ様の考えが分からぬのも、無理からぬこと。されど、この行為には何か意味がある。そう思わんか?」
この場にいる全員が首を縦に振る。
「では、推測でも良い。誰か考えを述べよ」
お互いを見合い、牽制する。「おい、何か言えよ」と、心の声が聞こえるようだ。
誰もがババを引きたくない。そう考えている状況で、勇敢、いや、無謀にも手を上げた女性がいた。
「よろしいでしょうか」
「お前は……クレアの侍女だったな?」
残念ながら名前までは無理だったようだが、顔は覚えられていたようだ。
「クレア様の侍女を務めているミネアと申します」
国王に恥をかかせないようにと、簡単な自己紹介をしてから一礼をした。
素晴らしい気遣いだ。居酒屋のバイトもこのぐらいのことをしてくれば、現場も楽になるのになぁと、余計なことを考えながらも事態を見守ことにする。
「そうか、クレアのか。ふむ、それでお前はどう思った?」
「恐れながら申し上げます。シロ様は、お礼をしたのではないかと愚考いたします」
「ほぅ」
国王は短く言葉を発すると、無言で続きを話せと促す。
「クレア様はシロ様を労るために、お会いになりました。シロ様は加護を与えた者が近くに居ることを気に入ったのか、一瞬だけ笑顔を見せると、尻尾で姿を隠されたのです。さらに邪魔されないように、周囲の人間を眠らせてまで時間を長引かせようとしたのではないかと」
な、なんてことを言い出すんだ!
お前はクレアが一緒にお昼寝したいと言ってたのを聞いていたはずだよな!?
それがどう脳内変換させれば、俺を労う行為になるんだ? それも離したくないから魔法を使っと言われてしまうとは。これじゃ、独占欲の強い彼氏みたいじゃないか!
冗談じゃない。彼女はキレイだとは思うが、そこまで肩入れしているつもりはないぞ!
「なるほど。加護を与えるほど気に入った人間であれば、そのようなこともありえる、と言いたいのだな」
貴族風の男性が後押しをして、全員が頷く。ミネアの考えが肯定されたような雰囲気が創られた。
「クレアを借りたお礼として鱗を譲っていただいたと言うわけだな。ふむ」
ふむ。って、侍女ごときに騙されるなよ!! 間抜けめ!
国王は頷くと、俺を見上げる。彼らは俺が人の言葉を理解していると知っているので、ミネアが正しいのか確認しようとしているのだ。
決定権は俺にあり、否定するのは簡単だ。
うなり声一つでもあげて騒動を起こしても良いが、そうすればミネアは俺の怒りを買ったとして、処罰されるのは明白だ。それはとても目覚めが悪い。
ストレスを解消しに来ているのに、逆に溜めるようなことはしたくない。
これからも色々と勘違いされてしまいそうだが、ここは割り切って諦めるか。
だが、ミネアには少しだけ仕返しをしをしてもバチは当たらないだろう。
「なっ!」
俺が腕を動かすと、驚きの声が上がり、兵士が国王を守るために集まった。
それを無視してミネアの頭に爪の先を軽く乗せると、顔面蒼白になり、今にも気絶しそうになった。それをみて成功したと思い、ニヤけながら、子供をあやすように、軽くなでる。
「おぉ!!」
感嘆の声が上がった。
俺の動きに攻撃する意図がないことがわかり、警戒が解かれる。
「ミネアの考えは当たっていたようだな」
国王が一言つぶやくと、周囲がわっと騒がしくなった。
「それほどまでクレア様を気に入っているとはっ!!!」
「久々の朗報ですな!」
「噂に聞く、竜の巫女になったのかしら!?」
口々に勝手な憶測を言い合っている。もう俺のことなんて見ていない。
ミネアに向かって軽くウィンクをすると、地面に顔をつける。
独占欲の強いドラゴンってことになってしまったんだ。仕方がない。今日はクレアを借りるぞ。そう思いながら、中庭から見える曇り空を見上げていた。
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