ドラゴンさんは怠惰に暮らしたい

わんた

第4話お昼寝



軽い晩御飯を食べてから寝支度をして横になる。


長年使い続け薄くなった敷き布団は、畳の上で寝るのと変わらないほど固い。お世辞にも寝心地は良いとは言えない。起きると背中や腰に痛みを感じることもあるほどだけど、床で寝るよりかはマシだと思い込むことにして使い続けている。


贅沢を憶えてしまえば今の生活に耐えられないし。


それに、夢の国に旅立てると思えば辛くはない。今の俺にとって、寝るという行為は唯一の癒しで娯楽。ストレスを溜め込まないために必要だ。


労働によって心身ともに疲れていた俺は目を閉じる。


ものの数秒で気絶するように意識を失い、再び開くと王城の中庭に寝そべっていた。


凶悪な爪をもつ白い鱗に覆われた手が視界に入る。


今日も無事に夢の国にこれた。


山脈の中腹辺りで寝ていたはずだが、いつのまにか移動したようで、定位置となった王城の中庭で昼寝をしていたようだ。


別の場所で現実世界に戻り、再び夢の国に来ると大抵この場所にいる。


俺が居酒屋で働いている間、この体の意識はどうなっているのだろう?


そもそもなんで俺は、寝るとドラゴンの体に乗り移ることが出来るんだ?


夢の世界だと、都合が良いからと、己に言い聞かせて考えないようにしているが、ふとした瞬間、思い出したように気になってしまう。


ここは俺の脳内が創り出した夢の世界ではなく、どこかにある別の世界で、俺はドラゴンの体を乗っ取り、好き勝手に使っているのではないか、と。


もしそうであれば、なんと恐ろしいことだろう。


確かめるつもりはないのだから気にしても仕方が無いとはいえ、誰かの人生を踏みにじっている事実に、時折、恐怖すら感じる。


「シロ様、ご機嫌いかがですか?」


物思いにふけっていると、聞き慣れた声と共に芝を踏む足音が聞こえてきた。


加護の状態を確認するまでもない。この声はクレアで間違いない。


逃避するように先ほどまでの考えていたことを中断して目を向けると、予想通りの人物がいた。


「天気が良いですね。今日もお邪魔させてもらいますね」


挨拶はいつも同じだ。侍女がテーブルと椅子を持ってきて、紅茶やお菓子を用意する流れすら変化はない。


面白みを感じないと思う人もいるだろうが、俺にとっては変わらないことに安心感を覚える。


変わらない平穏な日常。怯えることも、不安に苦しめられることもない。誰かに頭を下げる必要もなく、安定、停滞した時間がまだ続くのだと、思える一瞬だからだ。


これが現実世界に求めていることであり、実現できなかった生活だ。


これ以上の望みはない。だから俺は、この世界に強く干渉することを極力避けていた。無能で働き者のドラゴンなんて迷惑なだけだからな。


「シロ様はいつも気持ちよさそうに寝てらっしゃいますね」


その通りだ。それが唯一の望みだからね。


「実は私、少し疲れてしまって……ご一緒して良いですか?」


ん? もしかして一緒に寝ると言ったのか? お姫様が?


男と添い寝するのとは別の意味で問題だぞ。身じろぎするだけで人を傷つけ、殺めてしまう。存在するだけで危険なドラゴンと添い寝するつもりか!?


寝言は寝てから言って欲しい! というか、眠いなら一人で寝てくれ!


それにだ、そんなこと後ろに控えている侍女が許すわけないじゃないか!


ほら、立ち上がったクレアを追いかけてきたぞ!


「クレア様! ご一緒とはどういうことでしょうか!?」


「シロ様と一緒に寝るの。ダメかしら?」


「ダメですっ! はしたないですっ! 結婚前の体なんですから、慎ましい態度を心がけるようにと、国王様に言われたばかりではないですか!」


名も知らぬ侍女よ! 君は間違っていない。正しい! 頑張るんだ! 一歩も引いてはいけない!


「でも、もうすぐシロ様とお別れしてしまうのよ。ミネアは見なかったことにしてくれない?」


ミネアと呼ばれた侍女は、茶色い髪をした気の強そうな顔つきをしていた。クレアと同年代に見える。忠言できる立場からすると子供の頃から一緒に育ってきたのだろう。幼馴染み特有の気安い関係がうっすらと染み出ていた。


「そんなことしたら、私が怒られちゃいますっ!!」


そうだ! そうだ! ミネアが圧倒的に正しいぞ!


侍女を犠牲にしてまで添い寝なんてする必要はないんだ!!


クレア、考え直してくれ! この想い、届いてくれ!


「シロ様に邪魔されて止められませんでしたと、言っておけばいいの」


え? 俺の責にするつもり!?


完全に悪人……悪ドラゴン? になってしまう。
こうなったらうなり声でもあげて抗議をするか?


「クレア様、待ってください!!」


話しながらも足を止めなかったクレアは、悩んでいる間に、横たわっている俺の横っ腹に近づく。


ミネアは数メートル先で立ち止まったまま動けないでいた。ドラゴンが怖くてこれ以上近づけないのだろう。


あれが一般的な反応だ。どんなに大人しいからといって、生物がもつ根源的な恐怖からは逃れられない。ドラゴンの腹を枕にしてお昼寝しようとするクレアが異常なのだ。


「クレア様……危ないですよ……」


「加護をいただいているのよ? シロ様が私に危害を加えるはずがないじゃない。臆病なのは昔から変わらないね」


クレアの一言にミネアが押し黙った。


加護とは守るべき物に与える恩恵であり、与え続けている限りその相手を害することはない。そういう意味では、俺の近くが最も安全な場所なのかもしれない。


……一時の気分で加護を与えたのは失敗だったか? ここまで行動が大胆に変わるとは思わなかった。


「それでは、お腹お借りします」


芝生の上に座ると俺の腹に体を預けた。


先ほどまで混乱していたが、事態がどうしようもないところまで来てしまったので、一転して心は凪いでいる。ある意味、降伏している状態だ。


「シロ様の体は、少しだけ冷たいんですね」


人の重さなんてたいしたことないから負担にはならない。百人乗っても大丈夫というヤツだ。


女性が安心しきってくれているのは嬉しいが、それが現実世界ではないところに複雑な気持ちを抱えてしまう。


「陽が当たって心地よい。嫌なことが溶けて消えちゃいそう」


侍女や俺に伝えたいわけではない。気を抜いた瞬間に出てしまった無意識の言葉だろう。その証拠に、周囲の反応を気にすることなく、すぐ別の話題に移った。


「先日、海の向こうからやってきた婚約者の王子と面会したんです」


クレアは空を見上げながら、心の奥底に沈めて封じていた気持ちを言葉にする。


「私だって夢見る少女ではありません。どんな容姿をしていようが、私を愛してくれなくても、旦那様として受け入れて、よい家庭を築こうと思っていました。そう勢い込んで、港で出迎えましたが、私の覚悟なんて何の意味もなかったんです」


彼女の独白に人生経験が乏しい俺は反応が出来ない。この時ほど、人の言葉が話せないドラゴンの体をありがたいと思ったことはなかった。


離れた場所から見守る侍女たちにまでは声が届いていないようで、大胆な発言をしているのにもかかわらず、動くそぶりはない。


「あれは、人を見る目ではありませんでした。いえ、人どころか生物とすら思っていないですね。私が話しかけても無視しつづけられました。会話どころか、目を合わせてもらうことすら出来ませんでした。もしかしたら、私と会ったことすら憶えていないかもしれませんね」


徹底的な無視、か。俺はドラゴンだから別として、同じ人、さらに言えば婚約者だ。そんな相手に無視されてしまえば、将来に不安を感じてしまうのも無理はない。愚痴の一つでもこぼしたくはなるか。


それにしても、一国の王女相手にそんな態度を取れるとは驚きだ。


相手はよほどの大国か、それとも王子がバカなのか。その両方という線もあり得る。


つい最近その誓いを破ってしまったが、夢の国の住人に過度に干渉しないと決めている。婚約してしまった理由は気になるものの、何かしようとは思わない。


「お互いの存在を知り、交流して、認め合う。そんな関係を築こうと思っていたんですが、そもそも存在を消されてしまった私は、いったいどうすれば良いのでしょうか……」


これ以上、クレアの言葉は続かなかった。


存在しない者として扱われる辛さは、現実世界で嫌ってほど体験してきた。理解できているつもりだが、蝶よ花よと育てられた彼女には、俺なんかでは想像できないほどの衝撃を受けているはずだ。


後で怒られると分かっていても、何も知らない俺に頼りたかったのだろう。


「ガァ」


小さく鳴いてから、彼女を外界から守るように、長い尻尾で包み込む。


言葉で慰める。
手を握って安心させる。
震えている体を抱きしめて傷を癒やす。


この体が人であれば出来たかもしれないが、人とは異なる声帯と、鋭い爪を持ち、全身を堅い鱗で覆われたドラゴンではできない。


世の中はままならないものだ。


「シロ様?」


きょとんとしているクレアを横目に、脳内にあるリストから一つの魔法を選んだ。


頭上に数メートルの魔方陣が浮かび上がると、日の光を反射してキラキラと光る粉と共に、穏やかな曲が流れる。


戦い、疲れた人の心を癒やすために創られた魔法だ。


眠りに誘い、傷を忘れさせて、心の負担を軽くさせる。


もう一度、例の婚約者に会ってしまえば同じような傷を負ってしまうかもしれないが、それまでは健やかに暮らせるだろう。同情心から、そういった願いを込めて使った。


「なんだか、心が暖まるような音色ですね。なんだか、眠くなってしまいました」


外界から遮断され、緊張感から解放されたクレアは、いつの間にか静かな寝息を立てていた。

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