ドラゴンさんは怠惰に暮らしたい

わんた

第2話バスクール王国

気が付いたら音楽代わりに聴いていた、クレアの声が途絶えていた。


周囲を見渡せば誰もいない。俺とのティータイムが終わったのだろう。


先ほど授けた加護の気配をたどると、クレアは勉強部屋にいることが分かった。あそこは挨拶やダンスのマナーを覚えるところだったはず。家庭教師と一緒に嫁ぎ先の勉強をしているのかな?


予想が当たってようが外れていようが、俺には関係ないか。このまま何もせずに時間を浪費するのも悪くはないが、今日は気分を変えたい。


思えば王が変わってから三年。遠出をしていないことに気づく。久々にこの国を見学するのも悪くはないだろう。


「グァー」


体を起こして小さく鳴くと、背中にあるコウモリのような白い翼を大きく広げた。


中庭を歩いていたメイドが驚きのあまりに掃除道具を落とす。


物置のようにいつも寝転んでいるドラゴンが、急に動いたのだ。口を開けたまま思考が停止してしまうのも分かる。可愛らしい姿に和んだりもするが、場所が問題だ。このまま羽ばたけば風圧で吹き飛ばしてしまうので、危険だ。


夢の住民とはいえ無意味に傷つけるつもりはない。


相手が動くまで、辛抱強くジッと見つめる。


「ヒッ!」


恐怖で顔を引きつらせたメイドは、短い悲鳴を上げて道具を置いたまま、つまずきながらも走り去っていった。


食べられてしまうとでも思ったのか? 失礼な。
人など食べなくても生きていけるのに。


仮に本能が危険だとシグナルを出して逆らえなかったのだとしても、取り繕う努力ぐらいしてもらいたかった。


いや、それは贅沢か。


ライオンがいる檻の中に放り込まれたら誰でも逃げ出すよな。


他人を気にして今以上に気分が悪くなるのは避けたい。さっさと飛んでしまおう。


手足を操作するような感覚で翼をゆっくりと動かす。巨大な体を浮かすためには、あきらかにパワーが足りないように見えるが、浮力としてはこれで十分。


ふわりと体が宙に浮くと、勢いよく上昇する。


夢の世界では魔力によって肉体は強化され、特殊な能力が使えるようになる。魔法もその一つだし、使い方次第では空を高速で移動することもできる。


ぐんぐんと上昇すると、飛行機から地上を見下ろすかのように、城が豆粒のように小さくなった。


冷たくなった空気が心地よい。人が凍えてしまうような気温でも頑丈な体を持つドラゴンには何ら問題がない。環境への適応能力が高いのだ。


さて、そろそろ目的地を決めるか。


俺が住処として利用しているバスクール王国は、南米にあるチリのように縦に長い国だ。東側は海に面しており、西と南は山脈によって大陸と分断されている。北は溢れんばかりの魔物が跋扈し、複数のドラゴンが君臨している巨大な森。世界でも有数な危険地帯。国内は陸の孤島であり、外国との交流はもっぱら海運頼みである。


北の森は論外だ。同族と馴れ合い、争う気はない。海に面した港町を見に行っても良いが、騒ぎになってしまうのは避けたい。うっとうしいことこの上ない。


西の山脈辺りでゆっくりと過ごすか。ちょうど麓に町があったから人の生活を眺めるのも良いだろう。


衣食住の心配がなく、日々の生活に追われない。


あぁ、なんて贅沢な過ごし方だろう!


夢の世界ではストレスは一切感じない。最高の世界……のはずだが、なぜか今日は違う。先ほどからずっと、胸の中にモヤモヤとした気持ちを抱えている。


理由は明白だ。クレアの件だろう。無視しても話し続ける変わり者だとしか思っていなかったが、どうやら想像していた以上に気に入っていたのだろう。


力はあるのに振るうことは出来ない。ただその場にいるだけ。そんな行き場のない想いが渦巻いている。夢の世界なら何でもして良いと思っていた時期もあったが、五感全てがリアルであるため、ブレーキがかかってしまう。変化を恐れてしまって、何もしない、できないのだ。


大切なものは、失ってから気づく。人だろうがドラゴンだろうが、知的生物であれば避けられない運命なのかもしれない。


「グアァァァァ!!!!!」


叫ぶことで、ぶつけようのない気持ちを吐き出す。


まだダメだ。考えられなくなるまで体を動かしたい。


そう決めると、俺は全力で大空を翔る。バスクール国内を北へ南へと何度も高速で往復した。今に限って、無尽蔵にあふれ出てくる化け物じみた体力が憎い。何時間かけても尽きることがないのだ。


さすがに飽きてきたので、当初の予定通り西側の山脈に行くことにした。


麓にある町が一望できる広場に降り立つ。強化されたドラゴンの目からは人の仕草まで見て取れるが、町にいる人たちでは俺がここに居ることに気づくことは出来ない距離だ。


一方的に観察でき、まさに神になったような気分が味わえる。


母親が子供と手をつないで家に帰り、店先に立った店員が売れ残りを処分するために大声で呼び込みをし、仕事が終わった男たちが吸い込まれるように酒場へと入っていく。時折、町の外から武装した集団が入ってくるが、あれは衛兵や兵士ではない。一見すると盗賊のようにも見えるかもしれないが、魔物と戦い未開拓の場所を探索する、冒険者と呼ばれる集団だ。


自由に生きて活動する彼らに憧れを抱いた時期もあり、もしドラゴンではなく人であったら、俺もあそこに混じって魔物と戦う日々を過ごしていたかもしれない。


大剣を振り回して魔物と戦う自分を想像しながら、視線を外に向ける。1、2、3……いくつもの冒険者の集団が帰路についている姿が見えた。


ん? 町に戻ろうとしている冒険者に近づいている魔物がいるな。3m近い身長に短い一本角に緑の肌。オーガと呼ばれてい種族だ。


周囲が薄暗いせいもあり、両方ともまだ気づいていない。


一瞬迷ってから俺は滑空するようにして、オーガ目指して移動する。


悪いがストレス発散に付き合ってもらおう。


地面に着地すると衝突音と共に土煙が舞う。オーガは腕で顔を守って動きはない。離れた場所にいる冒険者の集団は、慌てて近くの岩に隠れると、怯えたように俺を見上げていた。


「グォォォ!!!」


声で周囲の土煙を吹き飛ばした。


「えっ……なんでこんな場所にドラゴンが……」


王城を守る契約をしているが、普段外に出ていないので存在は知っていても、外見を知らない人は多い。野良だと勘違いしているようだ。


全員、絶望したような表情を浮かべている。中には腰を抜かして地面に座り込んでいる人もいるぐらいだ。


出会ってしまえば間違いなく殺されてしまう恐怖の象徴であり、ああいった行動に出てしまうのが普通だが、知能の低いオーガには関係がないようだ。


よそ見をしている俺を隙だらけだと判断したんだろう。素手で殴りつけてきた。


「ギャァグァァ」


人を握りつぶせるほどの腕力を持ってしても、堅い鱗の前には無力だった。


オーガの耳障りな悲鳴と共に、殴りつけた手の骨が砕け、力が抜けたように指がブラブラと揺れている。傷つけられたことによって、感情が怒りに塗りつぶされたのか、逃げることもせずにもう一つの無傷な手で殴りつけてきた。


もちろん、結果は同じだ。これで両手使えない。


無様なオーガを叩き潰しても良いが、手が汚れたらさらに気分が悪くなるのは間違いない。触らずに倒すか。


翼を動かしてふわりと宙に浮く。大きく息を吸い込むと、魔力を混ぜ合わせたブレスを吐き出した。


ホワイトドラゴンのブレスは、鱗と同じように白い。瞬時に周辺は凍りつき、オーガの氷像が完成する。


ブレスを吐いて少しだけ気持ちがスッキリした俺は、冒険者が生きていることを確認すると、地上に降りることなく山脈を目指した。


無事に戻った俺は、心地よい疲労感と共に、目を閉じて意識を完全に手放す。次に目覚めると、古びたアパートの一室が視界に入った。

「ドラゴンさんは怠惰に暮らしたい」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く