今からちょっと嘘つきます

椎名小梅

私のウソは完璧です

「ねえ、伊月くん?」
「なんですか先輩?」
「世界ってみんな平等のはずよね?」
「まあ、そうとは言い切れない所もありますが、基本的な理念としてはそうじゃないですかね?」
 「なら言うけど、ここの掃除。みんな平等なのだから私一人でやることないわよね?」
 「 残念ですが、この一つの部屋という名の世界の治安は崩壊してます。さんな汚部屋に理念もクソもありません」 
 一つ下の制服がやけに汚い後輩に冷静なツッコミを入れられた少し頬を赤く染めた、茶髪でセミロングのヘアスタイルに豊満な二つの果実が特徴的な三年女子は、少し不貞腐れている。
 まあ三年女子がそう言いたくなる気持ちも分からないでもない。この部屋の在り様を見れば誰だってそう思うだろう。
 床は二人分の足場を除き、紙くずで埋まっており、本来の姿は見る影もない。
 「大体なんでこんなになるまで掃除しなかったんですか?」
 少し強めな態度をとる後輩。だが言い返す言葉もない三年女子は、目を細め、ジィーっとこちらを睨みつける後輩の方を振り向けずにいる。
 「……だって仕方ないじゃない。四月になって入学式やら歓迎会があったし。世代交代の面々から新役員の募集も掛けないといけなきゃだったし。掃除する暇なんかなかったのよ」
 「それで俺を連れて(引きずって)きたんですよね?」
 再び睨みつけながら問いをなげる伊月。
 それに対して何やらモジモジする三年女子……。


それは今から三十分くらい前のことだ。
 進級生と新入生とが入り混じる廊下の片隅で、一人の女子生徒が女性教員に何やらお説教を受けている最中だった。
 「か、こ、さん?」
 生徒会顧問ー沖田奏音と、
 「……はい」
 生徒会長ー鹿児楓である。
 「私言ったわよね。新学年が始まるまでに生徒会室を片付けろって」
 沖田は満面の笑みと同時に鹿児の頬をぐねぐね引っ張ったり、伸ばしたり。まるで体罰にも思える行動だが、彼女の母親と沖田は姉妹で、鹿児の叔母に当る。
 そしてこういったやり取りは愛大高校の名物になっている。
 「だって仕方ないじゃないですか。かくかくしかじかだったんだもん」
 「それも踏まえての勧告だったはずだが」
 「あぅ。そうだけど。私一人じゃ」
 「それこそ仕方ないだろう。お前以外の役員は三月に卒業したんだし。新役員の募集もし始めたばかりだし」
 今日は入学式から3日経っての新入生歓迎会。生徒会役員の募集は入学式での挨拶で鹿児自らが募集を掛けたのだが、未だ立候補者はいないみたいだ。
 愛大高校では生徒会長のみ選挙で選任され、他の役員に関しては会長の一任で選任できる。
 鹿児自身も一年の頃、前生徒会長の意向により副会長を任され、今年から生徒会長として就任した。今年は鹿児の他にも立候補者がいたのだが、五百人の票で四百七十九票と言う圧倒的な差で勝利を収めた。
 「とにかく。明日からは通常授業も始まるし、今日中に片付けちゃいなさい」
 そう言い残して沖田奏音は職員室へと去って行った。
「伊月もホームルームが始まってしまうため、何かぶつぶつ言っている鹿児には声を掛けずその場を去った。
 はずだったのだが……。
教室の扉を開け、自分の席を見るとそれはそこにいた。
「伊月くん、待ってたわよ♪」
「あんたさっきまで一階にいたでしょうが!!なんでここにいるんですか!?」
「そんなことより伊月くん」
「そんなことって、ここ俺の席なんですけ ……」
「そんなことより伊月くん。ちょっと付き合ってもらえないかしら」
「人の話をきいてください。なんで二年の教室に……!?」
 鹿児はまたもや人の話を聞かず、それどころか人の腹にボディーブローをかました挙句、倒れた伊月の襟を掴み引きずりながら教室を出ようとする。
「さあ行くわよ」
 すると伊月の担任が前方の扉から入ってきた。「助かった」と思った伊月だったが……。
「すいません先生、生徒会の仕事で少し伊月くんをお借りします」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 生徒会の役員でもない俺に、先生がそんなこと許すはずが・・・
「ああいいぞ」
「ちょっと先生!? 俺は役員でもなんでもないんですが!?」
 伊月は一年の頃、前生徒会長と面識があったこともあり、よく手伝いに行っていた。その所為で先生も勘違いをしているんだ。間違ったことは言っていないはず。
 なのになぜか先生は首を傾げた。
「何言ってんだ。伊月の推薦書ならお前のサイン付きで、そこの会長から預かってるぞ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そんまさかとは思ったが、先生の手元から指名の蘭に伊月蒼真と書かれた推薦書が出てきた。そしてそれと同時に俺の思考は止まった。
「それじゃあお騒がせしました」
 鹿児は伊月を引きずりながら二年に教室を出た。教室内は先生を除き唖然としている。
 引きずられているうちに意識が戻り、蒼真は引きずられながらも鹿児に問いをなげる。
「先輩。あの推薦書はなんなんですか?」
「あーあれ。伊月くんも知っての通今役員が私以外にいなくてね。立候補者もいないし、人手が足りないから。お手伝いだったとは言え、仕事にも慣れてる君を推薦したってわけ」
 「そんな勝手な!? 第一に俺は生徒会に入るつもりはないですし、去年にしたって手伝いだけって名目だったはずじゃないですか」
 「でも推薦者枠って立候補者枠と違って辞任できないことになってるし」
「えっ!?」
 うちの役員選考には二種類ある。
 一つは生徒会長が特定の人物を推薦してなる推薦者枠と、立候補者が生徒会顧問に申し出てなる立候補者枠が存在する。 
 立候補者枠は自身の意思で就任を希望しているため、辞任する際などは特に特別な処置などはない。 
 しかし推薦者枠は、会長の学校側からの信頼と評価で許されているもの。もし仮に辞任なんて事態になれば、生徒会長の人選問題が問われ両者そろって解任という事態になりかねない。
 その上に鹿児は伊月のお人好しの性格なことも知っている。鹿児の仕業とはいえ推薦者枠で役員になってしまったことで「俺が辞めれば先輩も解任なんてことになって迷惑をかけてしまう」っと思うほどにお人好しだということも知っている。
 これも伊月を生徒会に引き入れるために、鹿児が一晩考えた作戦である。
 そんなことを知る由もなく、伊月の口から、
「俺が辞めれば先輩も海人なんてことになって迷惑をかけてしまう」
 などと。伊月はまんまと鹿児の手の中で踊らされている。
 鹿児本人もこんなに上手くいくとは思っていなかったらしく、引きずっていない方の手を口元に当て「ぐふふ」と微笑を浮かべた。
「というか俺は一体これからなにをさせられるんですか?」
「それは生徒会室に入ればわかるわ。っと着いたわよ」
 終始引きずられ続け、気づいた頃には生徒会室前に到着していた。
「悪いんだけど伊月くん。扉を開けてくれないかしら」
「えっ、俺がですか? 別にいいですけど」
 少量の疑問が頭の中を散らつかせるが、蒼真はドアノブへと手を伸ばし、それを捻る。
 それと同時に、なぜか鹿児は一メートル後方に下がった
「あれ開けにくいな。てか重っ!」
それはとにかく重かった。室内の気圧が下がり、外の空気が室内に入ろうと扉を押し付けているような感覚だ。ちなみにこのことを負圧という
 そうこうしているうちに扉がゆっくりと開き始め、その感覚が正しいことが一秒と待たずに証明されることになる。
「あっ開いたか。って!? なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!?」
開かれた扉の隙間を潜り抜け、紙くずの山が、まるで雪崩のごとく流れ出し、部屋に入ろうとした蒼真を三メートル後方へと押し戻した。
「すごいわ伊月くん。私が蹴ったりタックルしても開かなかったのに」
「すいません。感動はいいんで助けてもらえますか?」
「やっぱり君を生徒会にいれて正解だったわね」
「ちょっと待ってください!? まさか生徒会の仕事ってまさか!?」
「この部屋を掃除するのよ」
 そして二人は揃って「はあー」と溜息をこぼす。


で今に至るわけだが……。
「でもなんで沖田先生はこの部屋の惨事を把握していたんですか? 俺が開けようとしてもやっとだったのに」
「ああそれならあそこ」
 鹿児も指を差す方向には、第一職員室が見えた。
「この部屋職員室の向かいに位置してるから、先生たちからは中にの状況は丸見えっちングなのよ」
「でも俺が最後にここへ入ったのって一週間くらい前でしたけど、そのときはこんなに散らかってませんでしとよね?」
蒼真が生徒会の仕事に参加していたのは一般生徒が校舎への出入り禁止となる四月四日まで。そして今日は四月十一日。本当に一週間しか経っていないのだ。そのときは紙くず一つ落ちてはいなかった。
 まあそれも蒼真に与えられていた仕事の一つが部屋の掃除で、毎日のように行っていたからだ。 
 その時でも目立つようなゴミはなかったはず。それを一週間でここまでにするとは、もはやプロの所業だ。
 「先輩はアレですか? 最新のゴミ生成機か何かですか?」
 冗談半分に言ったつもりだったが、鹿児はそれを聞いて少しムッとした。
 「掃除苦手なのよ。私…」
 「まぁ、それは知ってますが。落ちている紙を拾ってゴミ箱に入れる作業くらいはできるでしょ?」
 「はい」
 後輩にお説教を喰らう三年女子生徒会長。
 ムッとした表情もだんだんとしゅんとし始めていて、その移り変わりを蒼真は可愛らしいと思ってしまう。
 「と、とにかく部屋の掃除。先輩も手伝ってくださいよ」
 「はい」

『どきどきお掃除編へ』続く?





この度は『ちょっと今から嘘つきますが怒らないでくださいね』をお読みくださり誠にありがとうございます。
処女作である当作品の創作時間は一週間。構成を練って練って練りまくって、今回エピソード1を公開しました。
多忙な生活の中での創作が故に新エピソードの更新も期間を空けてしまうと思いますが、この作品を読んでくださる皆さんが楽しんでいただけるように精進していきます。
『今嘘』を読んでくださり、再度御礼申し上げます。


 
 

 
 


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