鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

五十九話 決着


「何故だ……、何故、私がぁ……!!」

 剣を両断され、自身の体もまた、縦に大きく切り裂かれたアイオーンは、赤い血を流しながら、よろよろと後ろに下がる。だが、その足取りは決して先を図る為、といったものでは無く、もはやこの場で頼れる物は一つしかなく、それの下へとほうぼうの体で歩み寄っているだけだった。

「龍、玉……」

 そう、アイオーンが手を伸ばしたのは、彼が霊脈から力を吸い上げ、結晶化させた玉、龍玉と呼ばれるものだ。
 アイオーンが手を掲げると、まるでそれに応えるようにして、龍玉が光放ち始める。

「マズい、奈乃香!!」
「はい!!」

 阿弥がそれに気付いた時には既に遅かった。龍玉から放たれていた光が収束していったと思いきや、元々玉があった場所には何もなく、いつの間にか青々しい光を放つ宝玉がアイオーンの手に収まっていた。

「そうだ、これだ……これで……」

 両手の上に乗った龍玉を愛おしそうに見つめていたアイオーンだが、次の瞬間に目の前にいる阿弥達をその鋭い目で睨みつけた。

「私の手を払いのけると言うのなら……、今ここで、貴様ら毎ぉ!!」

 その目はもはや濁り切り、人を救う、と豪語していた人間とは思えない光を放っていた。そして、それに呼応するかのように、その手に持った龍玉がいっそう強い光を放ち、彼が何をしようとしているのか、その場にいる誰もが口にはしないが、その意図は手に取るように伝わっていた。

「まったく、何でこの手の輩はピンチになると自爆しようとするのよぉ!!」
「危険です、二人とも下がってください!!」
「馬鹿!! どれだけの規模か分からない以上、下がるわけには……」

 阿弥の言葉も最もだ。しかし、数秒後に自分達がどうなっているのか、一瞬でも予想してしまったのだろう。ほんの数秒、いや、コンマ数秒だったかもしれない。阿弥の足が止まった。再び動き出した頃には、既に龍玉から放たれる光は、目で直視出来ないものにまでなっていた。
 一瞬の油断が命取りになる。そんなことは阿弥も分かっていた。だが、強敵を倒す直前まで追い込んだ、という事が、彼女の意識に隙を作りだしたのだろう。いつも見せる反応速度に比べると、非常に緩慢とした動作が、アイオーンの最後の悪足掻きを許す事となった。

「……ッ!!」

 自身の不甲斐なさに歯噛みをしながら、なんとか止められないかとアイオーンに向かって走るも、もう遅い。アイオーンがこれまでに注いできた力が飽和し、なおも彼から供給される力のせいで、膨張を続け、やがて破裂し、辺り一帯へとその影響を及ぼす。
 その影響が何なのかは分からないだろう。しかし、ここで止めなければいけないという事だけは明白だ。
 だが、そんな彼女達の焦りを知ってか、知らずか、その努力が報われない、とでも言うかのように、そして自身の邪魔をした者達を道連れに出来る事を確信したアイオーンが口を歪ませる。
 そんな所持者の考えを反映するかのようにして、龍玉がひときわ大きく輝き、そして……

 鮮血が、舞った。

 光が収束していき、アイオーンへと走っていた阿弥達の足が止まる。だが、彼女達の体には何も異変は無い。だが、その目は映った光景が信じられないとでも言いたげに、彼女達が目指していたもの、即ちアイオーンへと向けられている。

「……な、ぜ」

 手にしていたはずの龍玉が、真っ赤に染まる。その色を塗りたくっているのは、アイオーン自身の鮮血だ。先ほど正面から雲雀に斬られた傷が開いたわけではない。あの傷は確かに深手となるものではあったが、ここまで勢いよく血が出るようなものではなかった。なら、いったい何故、アイオーンの血が龍玉へと伝っているのか。

「……」

 もはや言葉も発せず、自分の血に染まった腕へと視線を向ける。
 その手は、アイオーンの胸を貫くと同時に、彼が持っていた龍玉を穿ち、二つに分割していた。
 ゆっくりと、アイオーンの顔が後ろを向く。自身を貫いた人物の顔を見るためか、それとも悪態の一つでも吐く為かは分からない。が、結局、彼のその行動は、背後にいた人物が、彼の体から腕を引き抜き、その勢いで倒れる事で無意味に終わる。

「……往生際が悪い。負けたのなら、潔く死んどけ」

 冷たい声が投げかけられる。有無を言わせぬその言葉に、アイオーンは何か反論しようとしたが、それが叶う事はなかった。

「……莉緒さん」
「少し、遅れた。怪我なんかは無い?」
「大丈夫、だと思います。多少小さな傷はありますが、それでも奈乃香ちゃんや、三綴先輩よりかはマシです」
「そ。じゃあいいさ。へんに怪我でもしてたら、蘭ちゃんに何を言われるか分かったもんじゃない」
「この状況で第一に心配する事がそれですか……。まぁ、莉緒さんらしいと言えばらしいですが」
「ほっとけ」

 人一人その手で殺害したにも関わらず、いつもと何ら変わらない様子で振る舞う莉緒に対し、皐月は呆れたような声で話す。周りにいたメンツに関しても、莉緒が唐突にアイオーンの胸を貫いた事に関しては、呆然とした様子で眺めてはいたが、今は皐月と似たような様子だった。

「……あの二人はどうなったの?」
「帰りの心配とは気が早いね。……問題無い、きっちりと片は付けた」
「そう。じゃあ、いいわ」

 莉緒の言葉が何を意味するのか、彼女が一番よく分かっているだろう。しかしながら、莉緒の返答に対し、阿弥は特にこれといった様子も見せず、淡泊な反応を見せる。

「ただ、早めに引いた方がいい、ってのは事実だよ」
「……どういう事?」
「あいつらがやったのは、元々ここに流れていた霊脈をぶった切り、この特殊な空間を維持するのと、結晶化させるのに力を使っていた。結晶化を止めた以上、この空間に流す力を媒体するものがなくなる。その結果……」

 そこまで莉緒が言ったところで、周囲に変化が起きる。地震だ。

「こうなる」

 その言葉に呼応するかのように、周囲の結晶の壁が崩れ始める。この空間を維持するには霊脈の力が必要。そして、それを媒体していたのがあの龍玉という事なのだが、その龍玉が無くなった以上、この場を維持する為の力が枯渇し、こうして崩壊を始めたのだった。

「おい、さっさと逃げるぞ!!」

 出口に比較的近かった聖が、中にいた他のメンバーに向かって叫ぶ。もはや迷う必要など無い。奈乃香が落ちてきた瓦礫を避けながらも、阿弥や、先に出口へと向かったメンバーへと続く。

「んにゃ!?」

 が、生来の性格が災いしたのか、単に足元を見ていなかっただけなのか、落ちていた瓦礫に躓き、たたらを踏む状態になる。そして、この状況においては、それは致命的なものだった。

「何やってんの?」

 しかし、後ろから来た莉緒に半ば強引に立たされた後、脇に抱えられ、一気にその空間から走り抜ける。出口から出た所では、皐月が心配そうな目をしながら待っていたが、追いついてきた莉緒と奈乃香の姿を見て、ようやく安堵したような表情を浮かべる。

「安心するのはまだ早いよ。ここも直に崩れる。ほら、さっさと走る」

 親友の無事が確認出来た事で安堵していた皐月と、すまなそうに苦笑いをしている奈乃香の背中を押し、この場から離れるように促す。二人は莉緒の言葉に頷き、走りだそうとするが、ふと皐月が背後を見ると、莉緒が足を止めて、先ほどのドーム状の空間をジッと見つめていた。

「莉緒さん?」
「ん? あぁいや、何でも無いよ」

 振り返った莉緒の顔は、普段と特に変わった様子は見られない。が、彼の背中は、確かにあの場に何か感じるものがあった、そう告げていた。
 まだ疑問符を頭の上に浮かべる皐月を前に、莉緒はさっさと逃げる事を促す。それに従い、二人と一人はこの地下の決戦場から走り去る。

 戦った傷跡が、瓦礫によって埋もれていくのを横目で見ながら……。

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