鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

四十九話 概念魔装


「エイジは奥の手を出したか……。ならば、勝負が着くのも時間の問題だな。グラス! 俺は一足先に準備をしておく。そいつらを片付けて、お前も早く来い」
「……分かった、兄さま」
「随分と軽く言ってくれるじゃない……」

 憎々し気にグラスとアイオーンを睨みつける阿弥だったが、実際彼女はグラスがその気にさえなれば、すぐにでも仕留められそうな程度には疲労しており、先に行くといったアイオーンを追いかける体力など、とうに残ってはいなかった。
 阿弥は終始グラスと一騎打ちを行っていたが、それはエイジよりも彼女の方が攻撃能力が高いと判断しての事だった。防御は確かに硬いが、これまでエイジがまともに彼女達を圧倒する攻撃能力を見せた事は無かった。その為、莉緒でさえも仕留めきれなかったスピードと、攻撃性能を持ったグラスを、阿弥が単独で対応し、その間にエイジを倒してもらう、という戦法を取っていたのだが、これが想像以上にキツイ事に気が付いたようだ。
 阿弥と戦うのはグラスだけではない。その取り巻きであるヴィーデもまた、思い出したようにちょっかいをかけてくる為、阿弥は思い通りにグラスに集中する事が出来ないでいた。

「にしても、アイツ、こんなのを一人で相手してたっていうの……?」

 厄介なのはヴィーデだけではない。分かってはいたが、グラスの戦闘力は極めて高い。それこそ、阿弥一人ではかすり傷さえ与えられないレベルで。
 ここに来て、改めて莉緒の異常性を再認識した彼女だったが、ここにいない人物に思いを馳せても仕方が無い。傷一つ負わせる事が出来ないでも、足止めくらいなら彼女でも務まる。そう思って、再度構えるが、何やらグラスの様子がおかしい。

「……エイジがあぁなったという事は、そろそろ終わるかな。それじゃあ、こっちも……!」

 そう呟いた次の瞬間、グラスの身を眩い光が包む。目暗ましか、とも思ったが、阿弥はこの光を知っている。いや、この場にいる誰もがその身に馴染んだものだ。
 光がゆっくりと収まっていく。それと同時に、その光の向こう側にいたグラスの本当の姿が露わになる。やがて全容が見えた時、誰もがこう思っただろう。魔人も彼女達守護役と同じだった、と。

「……一つだけ言っとく。これはエクリプスギアじゃない。……概念魔装」

 そう、グラスの呟いた通り、その身に纏ったそれは、阿弥達からすれば自分達が身に着けているエクリプスギアと寸分違わないものに思えて仕方ないだろう。しかしながら、その色味は禍々しく、また、エレクトラムの反応を感じられない事から、それは本人が言うようにエクリプスギアではないのだろう。だとしても、間違いなくグラス達魔人の戦闘力を飛躍的に上げる物である事は、揺るぎようのない事実だ。

「概念……?」

 聞き覚えの無い単語に、阿弥は首を傾げる。そんな彼女を前に、概念魔装を身に着けたグラスがその感触を確かめるように何度か手の平を開いて閉じ、どちらかと言えばそこまでサイズが大きいわけではなかった双剣は、その大きさが彼女の身の丈に届くのではないか、と思われるほどの長さになっている。流石に雲雀の野太刀程では無いが、今までの彼女とはリーチがまるっきり違う、そう思っていいだろう。

「……じゃ、そろそろ終わらせよう」

 そう、グラスが小さく呟くと、一瞬、ほんの一瞬、瞬きをしただけでその姿を見失った。その事実に気付き、即座にグラスの姿を探そうとしたその瞬間、阿弥の体が横に吹き飛ばされる。

「がっ……!?」

 完全な不意打ちに近いうえ、その勢いは生半可なものではなく、メンバーの中では一二を争う程のスピードを誇る阿弥でさえ、瞬時に状況を理解し、体勢を戻す事は困難だった。否、それ以前に、彼女は目の前で一瞬にして姿を消したグラスの存在に気を取られており、防御体勢などまともに取れていなかった。こんな状態では、彼女でなくとも瞬時に体勢を立て直す事など不可能だろう。
 地面に体を叩きつけられながらも、そこから数メートル程転がり、その勢いが死ぬ頃にようやく阿弥は自分が攻撃を受けたのだと気づく。実際、数秒前まで彼女が立っていた場所のすぐ傍には、蹴った後と思われる仕草をとるグラスが裾を翻していた。

「このっ……!」

 突然の事でノーガードではあったが、ダメージはそこまで大きくない。こうして問題無く動けるところを見て、思わず自身のエクリプスギアに感謝の弁でも述べようかと考えた阿弥だが、状況がそんな暢気な事を許してはくれない。
 今のはただの蹴りだったが、あれがもしも彼女本来の得物であればどうなっていたか。そんな事、想像するまでもない。今頃、阿弥の上半身は下半身との別れを体験していただろう。
 逆に、何故彼女はそれだけのチャンスだったにも関わらず、蹴りで済ませたのか? 双剣を使っていれば確実に勝てた場面のはずだ。……自分達の武装の方が優秀。そう言いたかったのかもしれない。

「上等……!!」

 無言の挑発……と阿弥は捉えていた、グラスの視線に、阿弥は挑戦的なまなざしを向ける。強かろうが弱かろうが関係無い。彼女達はここであの敵を何としても撃退しなければならないのだ。その為ならば、多少の無理は維持で押し通す。それが、今の彼女の心情だ。
 カチン、と互いの二刀と双剣がそれぞれ音を鳴らす。その瞬間、その音が合図だったかのように、二人は高速でぶつかり合った……。



 土煙の中に雲雀の野太刀と奈乃香の拳が潜り込む。
 防御壁が消えるという事態に戸惑いもあったが、その程度で攻撃の手を休める程今の彼女達に余裕は無い。
 トドメ、とばかりに押し込まれた各々の攻撃は、しかしながら何やら硬いものに阻まれ、それ以上進む事はなかった。それどころか、土煙の向こう側から押し返されている。

「う、わわわわわわ……!」
「このっ……!!」

 体勢を崩して後ろに倒れそうになる奈乃香とは反対に、雲雀は持ち前の力を使って野太刀を更に奥へと押し込もうとするが、まるで機械にでも押されてるかのように、無機質な抵抗によってどんどんと刃を押し戻される。
 やがて、踏ん張っていた雲雀もこれ以上踏み込む事を諦め、悔しそうな表情で後ろに下がる。そんな彼女達を送るかのように土煙の中から現れたのは、複数の銅板を周囲に浮遊させ、これまたエクリプスギアと非常に類似した装いに身を纏ったエイジの姿だった。
 周囲に浮かぶ銅板がどのような力で浮遊しているのかは分からない。おそらく、エレクトラムのようなエネルギー源を魔人達も所持しているのだろう。とはいえ、今行うべきなのは、そのエネルギー源が何かを解明する事ではない。十中八九その姿は強化形態と思われるが、今までとどう違うのかが全くと言っていいほど分からない。同じであれば、特戦課としてもやる事が変わらずに済み、おそらくは対応するだけであればそこまで苦労する事は無いだろう。しかし、周囲に浮いている銅板と言い、エイジ本人の姿といい、これまでのように防御壁の内側に亀のように引きこもっているだけ、とはとてもでは無いが考えられない。

「さて、こちらもそろそろ本気でいくとしよう」

 エイジが今まで以上に殺意に満ちた目を奈乃香達へと向ける。先日莉緒が見せたものと比べると、思わず戦闘態勢をとってしまう程ではない。無いのだが、その分何をしてくるかが分からない。莉緒の場合、彼女達が間合いの中にいた事もあってか、その攻撃に即座に対応できるように、と体が反応したのもあるだろう。しかし、エイジに関しては全くと言っていいほど予想がつかないのだ。

「ボクはもう……迷わない。だから、ぼうっとしていると……死ぬよ」

 エイジが手の平を掲げる。すると、周囲に浮かんでいた銅板が一斉に動き出した。その動きは、決して不規則なものではなく、意思をもって動いているというよりも、明らかにエイジに操られているのが分かる。であれば、何が来るにしてもエイジ本体をどうにかすればいい、そう思うのは間違いではない。
 ヒュン、と風を切る音が聞こえた。その音は一瞬で、更に言えばまともに聞こえたと言えるのはそれのみであった為、下手をすれば奈乃香でさえも反応出来たかどうかは分からないほどのものだった。
 それを、エイジは視線すら向けずに防いでいる。
 義嗣の放った矢は、エイジの周囲に浮かぶ銅板によって、自動的に防がれていた。
 悔し気な表情を浮かべる義嗣だったが、そんな彼に向かってエイジは手を伸ばす。その瞬間、手を向けられた義嗣の表情が一変し、その次の瞬間には、エイジの手に沿って動いていた銅板から、眩い光が発せられた。

「目暗まし!?」
「違う、これは……逃げろ宇佐美!!」

 聖が叫ぶ。その声に即座に反応と同時に、ほぼ反射的にその場から転げ落ちるようにして義嗣が下に飛ぶ。一寸の後、彼がいた場所を、その眩い光が通り過ぎた。否、過ぎてはいない、今もまだ、その筋が流れ続けている。

「レーザーって、お前……!」

 そう、レーザーだ。正確には熱線と言うべきか。蒼い光の道筋が、義嗣のいた場所を焼き切っている。その光景に顔を青くしながらも、何とか体勢を立て直す義嗣だったが、他のメンバーはそうもいかない。
 攻撃手段が変わった、なんて甘いものじゃない。あれはもはや別物だ。銃を使って戦っていたところにミサイルを撃ち込むようなものだ。

「奈乃香ちゃん!!」

 皐月の悲鳴が上がる。茫然としてた奈乃香へと、先程義嗣に向かって熱線を放った銅板の陣形が向けられている。そして、何枚もの銅板が組み合わさったその中心に輝くのは、蒼い光。

「死ね」

 無慈悲にも、それはほぼ至近距離で放たれた。ここまでくれば、もはや殺意のあるなし等関係無い。ただ近くにいればその余波を受けて、ただでは済まなくなる。ただの熱線が蒼く変色している時点で、その火力が尋常では無い事が分かるだろう。エイジはそれを、人間に向けた。もはや、その行為は人殺しを躊躇っていた少年が出来るような事ではない。
 熱線は留まるところを知らず、ただひたすらに奈乃香を焼き続ける。少し離れた場所にいる筈の皐月が、顔を手で覆う程の熱量が発せられているのだ。その中にいる奈乃香が無事なはずは……

「よおぉぉぉいしょおおおぉぉぉ!!」
「えぇ……」

 その光景を目にして、皐月は思わず声を漏らした。何せ、熱線の中から姿を見せた奈乃香は、自身が纏う炎を前面に展開し、それで熱線を防いでいるのだ。いかに直撃は免れているのはいえ、熱線から発せられる熱は相当なものだろう。しかし、彼女の体にその熱が原因で負った傷は無い。むしろ、熱線を押し返そうとしているくらいだ。
 その凄まじい光景に、つい言葉を失う一同であったが、現状奈乃香にエイジの攻撃が集中しているという事は、他のメンバーにその矛先が向かう事は無い。その事に気付いた聖が、即座にその件を伝えると、雲雀が再び刀を構え、少し離れた場所では、義嗣が弓に矢を番えている。
 皐月は皐月で、親友が猛攻撃に晒されているのを見て、一瞬どうするか迷ってはいたものの、彼女を信じる事にしたようだ。円月輪がその大きさを変え、雲雀の体を中央の円状の部分に収めている。以前、奈乃香の拳に施した強化を雲雀の体全体に行っているようだ。

「……」

 未だ熱線を耐え続けている奈乃香を横目に、再び攻勢に移る一同。概念魔装という、強化段階に入ったエイジを、今の彼女達が打倒出来るかどうかは、戦っている本人達にも分からない……。

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