鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

四十六話 力とは


 莉緒の本性を垣間見たあの時から、彼の様子に特に変わったところは見られない。依然として、彼女達保泉家の人間とは最小限の接触のみに徹している……のだろうが、ここ最近は蘭に絡まれる事が多いらしい。若干迷惑そうな表情を浮かべる莉緒に纏わりつく妹の姿を見て、少しばかり羨ましそうな顔をしている姉を慰める沙羅という構図が何度か見られる事となった。
 結局あれから、一週間程経ったものの、魔人の襲撃は一度として起きていない。それどころか、ヴィーデの襲来すら見られないくらいだ。ほぼ二十四時間体制で残った最後のレイラインを守護する特戦課のメンバーにも疲労の色が見られてきた。いくら三交代制とは言え、その半分を担当するのは現役の学生だ。本来であれば、既に寝に入っているところを、眠い目を擦りながらの公務である為、集中すら出来ていない可能性があった。
 そんな中、学生としての本分を終え、自身の担当時間まで仮眠を取りに来た阿弥が、司令室で事の成り行きを見守っている巌にポロリとこぼす。

「ホントにそのレイライン、ってのがアイツらの目標なの?」
「確信は無い。が、これまで奴らが破壊活動を行ってきた場所を省みるに、その可能性は十分にあり得る」
「じゃあなんであれから音沙汰無いのよ」
「それを俺に言われても仕方が無いだろう?」

 元来の性格故なのか、誰に対しても平等に絡む阿弥は、恐れ知らずと言えばそのようにも思えなくも無いが、単に疲労が愚痴を溢しやすくなっているだけだろう。実際、巌は阿弥にとっては直属の上司ではあるが、その本人が彼女の愚痴を軽く受け流しているところを見るに、巌自身も彼女達に負担をかけていると負い目を感じている節がある。それ故に咎めも、言い返しもしないのだろうが、放っておけば延々と呪詛のような愚痴を垂れ流しかねない。

「おそらくだが、ここ最近の戦闘で負った傷を癒している可能性がある。何せ、エイジとグラス、両方とも莉緒君に喧嘩を売って敗北しているんだ。グラスはともかく、エイジの方は軽傷とはいかないだろうな」
「それが原因で出てこないって事?」
「あくまで可能性の一つに過ぎない。が、無い話じゃないだろうな。ま、敵が来ないからと言って、油断はするなよ。いざという時、こっちが出来る事など限られている。唯一の協力者に関しても、アテが外れたしな」
「……」

 唯一の協力者。言わずもがな、莉緒の事だ。彼があれからこの場に足を運んだ回数はゼロだ。当然だろう、そもそも彼自身魔人と直接接触するまで、この場とは縁も所縁も無かったのだ。進んでくる理由などどこにも無い。いや、もしかしたら、彼女達に蔓延するこの空気を感じ取っているのかもしれない。隠れ潜んでいた魔人の気配を感じ取っていたくらいだ。その場の空気を読めないはずも無い。敢えて読まない、という可能性も無いわけでは無いが。

「ところで、奈乃香君はこんな時でも修行に励んでいるようだが、阿弥君はどうだ?」
「……連日酷使されてる状態で、そんなのやる気にすらならないわ。むしろ、あの馬鹿はどんな体力してるのよ……」
「まぁ、君の場合は家の事もあるだろうから、他のメンバーよりも負担は更に大きいと言えるが……。彼女の体力がずば抜けている事は俺も同意だ。適合値、身体能力の高さ、そして時折見せる天然故の洞察力。才能の塊とは、彼女の事を言うのかもしれないな」
「それ言っちゃあ、もっとヤバいのがいるじゃない。適合値8だったっけ? 保泉兄って。その適合値で何でアタシ達よりも強いのよ」
「そうだな……、一番は経験値だろうな。おそらく彼は、君達よりもずっと長い間戦ってきたのだろう。積んできた経験や訓練の数は比にならないレベルだろうな。だが、それ以上に疑問なのが莉緒君のエクリプスギアだ」
「アイツのギア? 何かおかしいところでもあるの?」
「見てもらえれば分かるよ」

 阿弥と巌との会話に横から口を挟んだのは、例の男性職員だ。彼はコンソールを叩くと、正面のメインモニターに莉緒の形を模したであろうモデルと、それに装着するように描かれているエクリプスギアの図が映される。

「彼……莉緒君のギアは初期型、所謂第一世代と呼ばれるモデルなんだけど、これに関しては君達の使う第四世代と大きく性能に差があるんだ」
「ヴィーデが初めて現れたのが約十年前、奴らへの対処が最優先だった当時は、エレクトラムとの適合値の高さなどほぼほぼ見られず、ただ”ある”と認識されればその時点で守護役として認められた。この第一世代はその頃に作られたもので、あくまで適合値が低くても使用出来るようにエレクトラムの出力は最低限に絞られ、身体能力の強化のみ、が機能として搭載されたギアになる。更に言えば、その身体能力強化に関しても、現在の第四世代と比べると、五分の一程しか無く、それこそヴィーデに対抗するのが精いっぱいという有様だった」
「五分の一……五分の一!? あれで!?」

 阿弥が驚愕の表情を浮かべる。何せ、自分達が使っているエクリプスギアよりも遥かに性能や出力が劣るものを使いながらも、その動きは阿弥達を凌駕するものだった。あれほどの動きを見せておきながら、その出力が自分達が使っているものの五分の一程度だと言われれば、そういうリアクションもするだろう。

「あれで、だ。彼のエクリプスギアに特別な改造が施されている形跡は無かった。つまり、彼は型落ちも型落ち、それこそ君達にしてみれば、ガラクタ当然の物を身に纏っていながら、君達以上の戦闘力を見せつけた、という事になる」
「とはいえ、別に莉緒君がエクリプスギアの隠れた力、とか本来の力を引き出しているわけでは無く、あのギアはあくまで彼の身体能力を底上げする程度の力しかないんだ。……よくよく考えてみれば、こっちの方が酷いな」

 その呟きの通り、どちらかと言えば実はエクリプスギアには隠された力があり、それを最大まで引き出している、と言われた方が信じられるだろう。何せ、莉緒のあの力は半分以上が自前・・なのだ。下手をすれば、ギアを身に纏っていない状態でも、魔人と渡り合いかねない。

「改めて見ると、本当に化け物だな、彼は。こんな人材が何故今まで外に流出しなかったんだろうな。ただでさえ本庁は特戦課の露出が多い方だと言うのに」

 確かに、素手でヴィーデを殴り倒す人間がいるのなら、少なからずどこかで話題には上がっているはずだ。それが無い、という事は、本庁が隠していたとしか思えない。方法さえ間違わなければ、確実にエースとして一般人の間で揺るがない信頼の証として君臨させる事も出来た筈だ。だが、本庁はそれをしなかった。何らかの後ろめたい事があった事は確実と言えよう。

「……アタシ達も、ひたすら訓練すればあんなふうになれると思う?」
「さてな。そうなって欲しい反面、扱いきれるのか、という不安もある。君達は今のままでいいのかもしれんな。莉緒君のようなスタンドアローンを極めるのではなく、あくまでチームプレイをメインとするのが一番だ」
「強くなりさえすれば、今よりも楽になるのになぁ……」

 そんな事を口走りながらも、阿弥は気づいているのだろう。決して、力だけでは解決しない事もある。突き詰めて行けば、全ては武力で何とかなるかもしれない。が、根本的な問題は解決しない事がほとんどだ。莉緒もまた、その事に気付いたからこそ、戦う事を捨て、本庁を抜け出したのかもしれない。
 とはいえ、そのままいけば、絶大な権力を握れたかもしれない、と考えると少しばかり惜しい気もしないでもないが。

「さて、世間話は終わりだ。……どうやら、待ち望んでいた連中が来たようだぞ」
「嘘でしょ……」

 ウンザリした表情を浮かべながら、阿弥は正面のモニターへと視線を向ける。でかでかと表示されるのは、現地のサポートメンバーのカメラが捉えた魔人の姿だ。計画も大詰め、という事なのか、エイジとグラスだけではなく、あの正体不明の魔人もそこに立っていた。

「三人……。現状で確認している人数全員で来たな。いや、そもそもあの三人しかいないのかもしれないが……、揃って出てきてくれたならこれ以上の好機は無い。何としてでもここで止めろ。この際命の有無には拘らん。最優先は、連中がこれ以上計画を進めない事にある。どんな手段を使ってでも奴らはここで止めなければならん。分かってるな?」
「そんな何度も言わなくても分かってるわよ。今度は、確実に仕留める。何があっても、ね」

 どんな犠牲も厭わない。彼女の口調からは、そう言っているようにも聞こえた。人によっては彼女のその言葉を聞いて、酷い人間だと表する者もいるだろう。しかしながら、実際にそこまでしなければ、今の特戦課のメンバーではあの魔人達に勝利する事は難しい。
 秘めた決意を胸に、阿弥は戦いの場へと赴く。願わくば、これが最後にならんと思いながら……。

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