鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

四十四話 判明したもの


 子供の頃、誰だって一度は夢見た事があるだろう。
 危機に陥ったお姫様を颯爽と救い出し、巨悪に立ち向かう勇者の姿に。
 それは、莉緒だって同じ事だった。そして、本来は助けられる側だった阿弥達も……。
 だが、莉緒はようやくなれたその姿を、助けた筈の人たちによって歪まされ、潰された。対して阿弥達は、現実を直視し、その役目に就きながら何が最善かを考え、かつて見た夢を捨て去った。
 似ているようでまるで違う両者は、当然ながら交わる事など叶わない。双方とも、別の方向を向きながら進んでいるのだ、そもそもその先の道が交差している筈も無い。
 故に、これは仲違いでは無い。必然の……なるべくしてなった事である。



「で、結局魔人には逃げられた、と……。報告に関しては把握したが、それにしたって随分と遅かったんじゃないか?」
「そんな事、アタシに言ったってしょうがないでしょ。当事者が余計な事してたんだから」

 そう言われ、全員の目がとある人物へと向けられる。特戦課のメンバーが座るテーブルから少し離れた場所で端末を睨みつけている莉緒だ。七人分の視線が一挙に到来しているにも関わらず、莉緒は我関せずを貫き通している。いや、そもそもその視線に気づいているのだろうか?

「まぁ、その件に関しては承知している。だが、向こうからも報告があってな、ウチのメンバーが瓦礫の撤去を手伝ってくれたおかげで作業が随分と早くに片付いた、と。これも社会奉仕だと思えば……」
「アタシ達は何もしてないわよ。やったのはアイツだけ」

 阿弥は、視線すら向けるのも億劫なのか、親指で背中越しに指差している。その先には……もはや口にするまでも無いだろう。

「なるほど。手慣れていた様子だった、と言われておかしいとは思っていたが、やはりそうだったか。阿弥君が自分から瓦礫の撤去なんて仕事、進んでやるとは思えないしな。やったとしても、被害を拡大させるのが関の山だろう」
「言われればやるわよ。言われればだけど」

 声高々に笑う巌を前に、阿弥が少し渋い顔をしていた。他の面々も、その様子に苦笑いを浮かべたり、一緒になって笑っている者もいる。……無表情の莉緒を除いて、だが。

「とはいえ、魔人達の狙いの一つが莉緒君だと分かった今、君をこのまま野放しにするわけにもいかない。ひいては君の処遇に関しては、例の一件以来解放していたが、再度特戦課が……」
「六ヶ所」
「……は?」
「既に六ヶ所、連中の手中に落ちた。この街に残ってるのは後一ヶ所だけ。俺への襲撃が失敗に終わった今、連中は本腰入れてこの最後の一ヶ所を奪おうと躍起になるだろうね」

 唐突に語りだした莉緒に対し、特戦課のメンバーはコンソールを叩いているサポートメンバー含めて頭に疑問符を浮かべていた。こいつは一体、何を言っているんだと。

「……ん? ちょっと待ってくれ、六ヶ所に一ヶ所……、という事は全部で七ヶ所あるもの、まさか……!」

 サポートメンバーの一人、以前莉緒の本庁にいた頃の記録が無いだのなんだの言っていた男性が何かに気付いたようにコンソールを叩いている。少しして、メインモニターにこの街の全容を記す地図が表示される。

「司令、こちらを」
「これがどうかしたか?」
「地図上に表示された赤い点に注目して下さい。これは、ここ最近魔人による襲撃で破壊活動が行われた場所になります」

 そう言って、地図に表示される六つの赤い光点。その位置はバラバラで、特に何か意味があるようには見えない。これだけならば、の話だが。

「この間にモールに、繁華街、住宅地など色々あるが……、共通点があるようには見えんな。これらの何が問題なんだ?」
「では次に、こちらを見て下さい」

 続いてモニターに出たのは、何やら古めかしい地図のような画像。いや、実際に昔の地図なのだろう。今ではまず見られない記号の使い方や、縮尺になっている。……が、その地図のある部分と先ほどの現在の地図のある部分が妙に綺麗に一致している事に奈乃香が気が付く。

「……あれ? ちょっと待って。さっきの地図と今の地図、一緒に表示できます」

 奈乃香がそう言うと、画像の大きさ自体は小さくなったものの、モニターに二つの地図が表示されるようになる。そこまでやって、ようやく他の面々も気付いた。

「おいおい……、連中が襲ってるのって、まさか昔神社とか寺があった場所か?」

 そう、現在の地図に表示されている赤い光点。それが示す場所は、昔で言う神社や寺があった場所だ。都市構想の際、それらの寺社は、全て正当な手順を踏んで場所を移されたという記録が残っている。邪魔になった、と言ってしまえばそれまでだが、喧噪の中で神様を奉るのもどうかという配慮もあったのだろう。今ではそれぞれ街の中心地からは離れているが、それなりに広い敷地などがあてがわれ、今でも現存はしている。

「だけど、昔そういった建造物があった場所を襲撃する事に何か意味があるんでしょうか?」
「……レイラインか!?」
「レイライン?」

 ここで巌がその真意に気付く。だが、一番最初に気付いた男性以外は、その言葉にピンと来ないようだ。

「一般的には、古代の遺跡といった神秘的な建造物同士を繋ぐラインのようなものだ。実際に目に見えるわけでは無いが、それでも霊的な力で繋がっている事も少なくない。この国では、その場で神や仏が奉られている場同士を繋ぐ線、これをレイラインと言っている。このレイラインは、言ってしまえば霊的、神的なもの同士を繋ぐ線だ。これ自体が一種の結界として機能している場所もある。これを破壊される、という事は……」
「この街の守護を根本から消滅させようとしているんです。しかし、そんな事をして何になるんだ……?」

 霊的、神的な保護を無くす、と言えば大層な事に聞こえるかもしれないが、それらは物質的なものでは無く、あくまで神秘的な話だ。パワースポットが単なる点に変わるように、実際は今の生活にそこまで影響をもたらすものでは無い。何もしなければ、だが。

「……以前、ある街でこれまた魔人を名乗る馬鹿がレイラインを破壊して回ってた。連中の狙いは、神的な守護を剥がす事で、霊脈から直接エネルギーを吸い上げ、とある儀式に使おうと思ってたみたい。結局、その儀式は失敗。だけど、街には甚大な被害が出た。……ここまで言えば、連中が何をしようとしてるか、なんて予想が付きそうだけど?」
「つまりあれか? 魔人連合は自分達の儀式の為に霊脈から直接エネルギーを引き出すのを可能とする為、レイラインを破壊して回っていると?」
「今の言葉で、それ以外どう捉えたらいいのか、逆に聞きたいくらいだよ」

 霊脈は所謂地球のエネルギーの通り道だ。当然、その力の強さは、人間の生命エネルギーなど比べ物にならないくらいに大きい。人を一ヶ所に集めて生命エネルギーを絞り取るよりも、霊脈に流れるエネルギーを直接吸い上げた方が量も質も桁違いに効率が良い。
 が、ここで問題となって来るのがレイラインの存在だ。これが存在する以上、自然で覆われる事もなく、守護されていない人工物の密集地帯から霊脈にアクセスする事が非常に困難になっている。その為、霊脈に繋がるのならば、まず最初にレイラインを破壊するのが得策なのだが……、問題はそこまでして何をしようとしているのか、だ。

「前にやりあった時、アイツらは人間を救済する、とか言ってたわね」
「となると、そのやり方が今回の件に繋がるのねぇ。人間を救ううえで、凄まじいエネルギーを必要とする……、人間を別の生き物に進化させるとか?」
「あり得ない話では無いな。もっとシンプルなやり方で言えば、人が自我を保てない状態になる生命エネルギーのみを残して、それ以外は捨て去る、といった方法か……」
「そこを議論するのはいいけどよ、まずはやらなきゃいけない事があるんじゃないか?」

 魔人達の目的への手段が分からないだけに、そこに目が行きがちだが、今最も優先されるべきは残った一ヶ所を守り切る事だ。ここさえ防御に成功すれば、若干弱くはなるものの、レイラインは維持され、霊脈にアクセスする事が出来なくなる。一ヶ所であるが故に防御を重点的に行えるが、敵としても戦力を全て集中させられるという事だ。仮に戦闘になれば、これまで以上の戦いになるのが目に見える。

「よし、自衛隊、警察にそのポイントの座標を送れ。こちらとしてもこれからすぐに動く。二十四時間体制にはなるが、諸君らには頑張って欲しい」

 特戦課のメンバーが全員、巌に向かって強く頷いた。そんな彼らを尻目に、莉緒が踵を返す。

「どこに行く気だ、莉緒君?」
「帰るんだよ」
「待ってくれ。今回の防衛作戦、君にも参加して欲しい」
「嫌」

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