鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

十九話 二度目の魔人


 今回の襲撃に関しても、昨日と変わらず、突如としてヴィーデが発生する、という現象が確認されている。十中八九、エイジの仕業だろう。でなくとも、彼を窘めた兄と呼ばれるもう一人の魔人による襲撃である事も否定できない。

「にしても、奴さんは随分と暇なようで」
「暇なんですか?」
「連日こうやって襲撃してくるのに、暇じゃないわけないじゃない。何? 魔人連合ってホワイト企業なの? 学校卒業したら、アタシも雇ってくれないかしら」
「もしかしたら、この行動自体が勤務内容なのかもしれませんよ? そう考えると、ホワイトじゃなくてブラックな気も……」
「……それもそうね」

 彼女達が暢気な会話をしているのには理由がある。単純に人的被害が出ていないのだ。ここ最近頻発しているヴィーデの襲来に備えて、事前に自衛隊が展開していた為、急な襲来であっても即座に避難誘導を可能としている。それ故に、今現在破壊行為に勤しんでいるヴィーデだが、破壊対象の中に人間は含まれていなかった。

「でも、建物壊されたらそれはそれで困りません?」
「確かに、七草の言う事も一理あるわね。それじゃ、パパっとやっちゃいますか。あの魔人もどっかで見てるだろうし、さっさと引き摺り出さないとね」

 パン、と乾いた音を立てながら、阿弥が拳を掌に打ち付けている。しかしながら、その後ろで所在無さげにしている人物が一人。

「……何で俺は連れてこられたの?」

 莉緒だ。本部でヴィーデの襲来を告げられた後、まだ細かい事が決まっていない、という事もあり、一人残されるかと思いきや、こうして現場まで連れてこられた形だ。

「うん? とりあえず、何かになるかと思って連れて来たけど……、正直いらなかったわ」
「おいおい、考え無しかよ……。まぁ、それでも奴を誘き出す餌くらいにはなりそうだし、誰かに傍に付いてもらってればいいんじゃないの? 今回の襲撃はそこまでの数じゃないっぽいし、戦力的には不十分って事は無いでしょうよ」
「それもそうね……。東郷先輩、お願い出来る?」
「分かったけれど~、そっちは大丈夫?」
「問題無いわ。なんてったって、ウチのエースがいるからね」
「イェイ!」

 肩に手を置かれた奈乃香が、心配そうな素振りを見せる雲雀に向かってピースサインを作る。確かに戦闘力的には、奈乃香はこのメンバーの中では随一と言ってもいい。が、如何せんその性格上、完全に任せきるには不安が残る。

「何かあったら呼んでね? すぐに行くから」

 生来の性格故か、傍から見れば少々過保護とも思えるが、よくよく考えれば、雲雀と聖を除けば、残りのメンバーはまだ高校生。内二人は高等部に上がって来たばかりだ。心配になるのも仕方の無い話だろう。

「大丈夫ですよ! それじゃ、七草奈乃香!! 吶喊します!!」
「ちょ、気が早い!!」

 雲雀に向かって手を振りながら、奈乃香が真っ先に敵に向かって言葉通り吶喊していく。その後ろを慌てて皐月が付いて行く。残されたメンバーは、先に行った二人の後ろ姿を見ながら、呆れた表情を浮かべていた。

「……あんな難しい言葉、どこで覚えたのよ」
「アニメじゃないかな? 確か、今結構彼女好みのものが放送されてた気が……」
「冷静に分析すんな、ウサミミ」
「宇佐美だ!!」

 残された三人も、いつもと変わらないやり取りをしながら、先に向かった二人の後を追いかける。とはいえ、その武器や役割からか、位置取りは異なっている。が、その展開速度は予め決めてあったかのように早い。これもまた、連携の一つだろう。

「ふふ、みんな昨日の今日だと言うのに、元気よね」
「はぁ……」

 笑みを浮かべる雲雀と違い、莉緒はいまいち気の抜けた声を出す。相手は人を灰へと変える事が出来る異形の敵だ。それを目の前にしてああやって普段と変わらない様子を見せられるのは、経験から来る余裕だろうか。何にしろ、莉緒にとってその光景は初めて見るものであり、馴染みの無いものでもあった。

「えっと……、安心してね。君の事は私が守るから」

 言葉一つ発さず、ジッと黙っている莉緒が怖がっている、とでも思ったのか、雲雀がそんな風に優しく声をかける。しかし、莉緒の目は、隣にいる雲雀では無く、ヴィーデを殲滅していく奈乃香達へと向けられている。
 数が少ないからだろう。縦横無尽に動き回りながら、敵の数を減らしていくその姿からは、苦戦という言葉が浮かんでこない。しかし何故だろうか、そんな彼女達を目にしても、莉緒の表情が晴れる事は無い。

「……」

 基本的に、民間人ならば自衛隊経験者でも無ければ直接ヴィーデを見る事自体に恐怖や嫌悪感を露わにする人がほとんどだ。事実、昨日の蘭がそういった状態に陥っていた。ヴィーデが現代社会に現れてから早十年。その規模や脅威は年々拡大していき、現場で戦う特戦課だけではなく、民間人にもその恐ろしさは伝わっている。三年前の大崩落後などは、政府も特戦課もまともに対応が出来ず、多数の犠牲者を出したくらいだ。今では進んだ感知機器のおかげで、事前に発生を予測でき、民間人の目に触れる前に対応が出来るとは言っても、テレビやネットのニュースなどでその姿を見る事自体は出来る。そういった人々の目に共通するのは、何らかの負の感情だ。
 しかし、莉緒はただ淡々と眼下のヴィーデを眺め降ろしている。まるで、観察でもしているような……。

「!! 莉緒君!!」

 雲雀が何かに気付き、莉緒を自身の背後へと引き寄せる。その見た目からは想像できない程の力によって引っ張られた莉緒は、その勢いで後ろに転がるも、雲雀はそんな莉緒を見ていない。彼女の目の先には、二人と同じように、建物の頂上、さらに上へと伸びるアンテナの先に立っているエイジの姿があった。

「……おや、これは奇遇だね」
「白々しいですね。さっきからずっと見ていたでしょう」
「気づいていたにも関わらず、そうやって離れて見ていた、と? 余裕か、もしくはただの馬鹿か……。あぁいや、先日の事を考えれば後者かな。少なくとも聡いようには見えないね」
「……えぇ、そうですね。貴方の相手は私一人で十分です」
「それは素晴らしい!! なら、これを一人でどうにかしてもらおうかな」

 パチン、と軽快な音が周囲に響き渡る。エイジが指を弾いた音だ。その瞬間、雲雀と莉緒の周囲に、黄色の方陣が現れ、そこから次々とヴィーデが這い出てくる。

「莉緒君、離れてて……言うまでも無いわよね」

 後ろに転がっていた莉緒だったが、いつの間にか雲雀から少し離れた場所に避難していた。ご丁寧に、雲雀を盾にするかのような位置だ。
 普段の彼女であれば、女性を壁にするような位置取りにちょっとした文句でも言いそうだが、今ここにおいては、莉緒の動きは最良に近い。こうして離れてくれた事に感謝すべきだろう。

「さて、と」

 野太刀を八相に構え、群れとでも言うべきヴィーデを前に、雲雀がその顔に似合わない苛烈な戦意を見せる。次の瞬間、まだ距離が離れていた筈のヴィーデの一体が、いつの間にか縦に両断されていた。

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