鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

十五話 再会。しかし……


 怒り狂う皐月から教えられた場所は、蘭達が通話をしていた場所からそう離れていない場所にあった。とはいえ、既に避難指定区域であり、危険ではないが、完全にそれが取り除かれたわけでは無い場所である事を事前に厳しく言われた蘭は、特にこれといった反論はせず、大人しくその場所に向かう事に従った。

「ここら辺のはずなんだけど……」

 特に変哲も無い街の一角だが、避難により住民がごっそりいなくなっているせいか、その普段は喧噪に包まれている場所が異様な静寂に包まれている事に、若干の恐怖すら感じさせる。
 だが、遠目ではあったが、見慣れた姿が目に入った瞬間、蘭と沙羅の硬い表情がほぐれる。向こうもそれに気付いたのか、先頭を歩く皐月が少し足早になる。これまで蘭に手を引かれていた沙羅が、自分から少し駆け足気味に進みだす。

「良かった……。お姉ちゃ……」
「ほう? 君は彼女達の家族か何かかな?」

 刹那、蘭の背中に先程のヴィーデとは比べ物にならない程の怖気が走る。背後からかけられた冷たい声に、振り向く事が出来ず、その場に固まってしまう。
 先に皐月の下へと向かっていた沙羅が振り返る。彼女とその後ろにいた特戦課の面々が焦燥か、もしくは驚愕の表情を浮かべている。
 それらが妙にゆっくりと、スローモーションに感じられながらも、蘭は自身に何が起きているのか把握する事が出来なかった。

「あぁ、君をどうかしてしまうのもいいね」

 怜悧な言葉と共に伸ばされる手。振り返る事など出来ない。ただただなされるがままの蘭の首を、その血色の悪い指が絡みつく……

「んぎぃっ……!?」

 ……事はなかった。

 おそらく、何が起こったのか、当の本人はおろか、被害者の立ち位置にいた蘭も同じだろう。いつの間にか、背後にいた筈のエイジが、横に吹き飛ばされ、地面に転がっていたのだから。

「……」

 場が静寂に包まれる。それもそのはず、エイジを殴り飛ばしたのは、少し前から姿が見えなくなっていた莉緒だった。

「……莉緒、さん?」
「ちょっと前から変な視線を感じてたからさ、どうしようかなって思ってたんだけど、まさか普通に出てくるとは思わなかったねぇ」

 蘭の肩を掴み、背後に引き寄せる莉緒。それと同時に、地面に倒れ伏していたエイジがゆっくりと起き上がる。

「……割と綺麗に入ったと思ったんだけどね。浅かったかぁ……」

 腰だけではなく、全身をふんだんに使った正拳突きであったにも関わらず、エイジの顔に多少その痕が残っているだけで、そこまでダメージになっているようには見えない。曲がりなりにもヴィーデを倒すだけの威力を持った拳だ。エイジが異常にタフなのか、それとも莉緒が無意識に手加減したかは分からないが、今はその真相を解明するよりもまずやるべき事があるだろう。

「……キサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマキサマぁ!! このボクの顔に傷を付けたなぁ!!」

 もはや先ほどまでの余裕など微塵も感じられない程に激高するエイジ。その怒りは、彼の周囲に転がる瓦礫や石などが震え、魔人の力の一端が露見する程だ。

「大丈夫だよ、そんな痕になってないからさ。鏡貸そうか?」
「ちょ、煽っちゃ駄目だって!?」

 どうやら、莉緒にとっては煽りでもなんでもなく、純粋に傷がそこまで大きく無い事を伝えたかったようだが、どうやら逆効果の様子。額に青筋を浮かべ、周囲に何やら黄色に輝く円陣を浮かばせるエイジ。おそらくは、魔人の力だろう。エクリプスギアでエレクトラムの力を引き出し、それを具現化する事も可能なのだ。いっそ、魔法の一つや二つあったところで驚きはしない。
 エイジの周囲が一層強く輝き出したころ、ようやく皐月達が我に返り、莉緒と蘭を守るために動こうとする。が、遅い。

「死ぃぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇ!!」

 輝く円陣と共に、莉緒にその手のひらを向けるエイジ。そこから無防備な莉緒と蘭目掛けて、無数の攻撃が……来なかった。

「何をしてる、エイジ」

 普通に発せられたのとは異なり、まるで周囲の空気全てを振動させるような声が周囲に響き渡る。決して大きくはない、ただただ低い声だったが、そこにいる全員の耳に届く程のものだ。

「に、兄さん!?」

 唐突に響き渡る声に、エイジが頭上を仰いで驚きを見せる。その瞬間、先程まで強い輝きを見せていた円陣が全て霧散する。

「そんな事を命じた覚えは無い。役目を果たせ」
「し、しかし兄さん! こいつが……」
「そんな羽虫に構うな。我らの崇高な目的の為、すぐさま本来の役割に戻るのだ」
「ぐぅ……」

 苦虫を噛み潰したような表情になったエイジが、空を仰いでいた視線を莉緒へと向ける。その目の奥には、憎悪か、それとも屈辱か、それらに合わせ色んな感情がごちゃ混ぜになっているようにも見える。

「……覚えていろ!」

 吐き捨てるようにそれだけ言うと、エイジの姿が光に包まれ、そのまま虚空へと消えて行った。そして、先程エイジが見つめていた方向へと視線を向けると、そこには以前エイジが着ていたものと似たようなローブのようなものを身に纏う人物の姿があった。
 その人物は、静かに莉緒達を見下ろした後、何も告げずにエイジと同じく光に包まれ、そのまま消えていく。結局、エイジから兄、とだけ呼ばれている事以外、その人物の事は何も分からずじまいだった……。



 事が終わり、蘭達と共に保護された莉緒は、何故か彼のみ他の二人とは違う部屋へと連れて来られていた。とはいえ、尋問をするような雰囲気では無い。何故なら、莉緒が招かれたのは、応接室のような部屋であって、よくドラマなどで目にする取り調べ室のような場所ではなかった。

「さて、君の事はちょくちょく皐月君から聞いている。とはいえ、こちらの事は一切知らないだろうから、念のため自己紹介をば。俺は宍戸巌。ここ異常災害対策部特殊戦術防衛課、略して特戦課の課長であり、司令官を務めている。よろしくな」
「……はぁ」

 目の前の山のような大男に唐突に自己紹介され、尚且つ握手を求められ、少しばかり引き気味になっている莉緒。その様子を横から見ていた聖が茶化す。

「あっはっは! ビビられてるじゃないすか! そりゃまぁ、こんなデカい人相手じゃあ、萎縮もするってもんすよ」
「ん? 俺はそこまで怖いのか……?」
「まぁ、一般人ならまず目線すら合わせようとはしない程度には」
「く……、やはり少しでも触れあいやすいように着ぐるみでも着こむべきか……」
「そんな物、着てどうすんのよ。熊が熊の着ぐるみ着たところで、その怖さが和らぐわけじゃ無いでしょうに」

 そんな辛辣な言葉と共に現れたのは、呆れた表情を浮かべた阿弥だ。その後ろには、他の特戦課女性陣が続いている。

「おぉ、戻ったか。あの子達はどうだった?」
「落ち着いているのでそのまま家に帰しました。ここに拘束していても、何か出来るわけでもありませんので」
「そうか、いやご苦労、その判断は正しい。このまま彼女達をここに拘束しても、あくまで被害者という立ち位置以外の何物でも無いからな。しかし……」

 巌がそう言いながら、莉緒へと視線を向ける。同時に、部屋にいた他のメンバーの目もそれに引かれ、莉緒へと向けられた。

「?? あの二人ってのは、蘭ちゃんと沙羅ちゃんの事ですよね? じゃあ、俺も帰っていいですか?」

 しかしながら、そんな異様な空気の中でさえ、莉緒は特に動じた様子は見せず、むしろ帰宅する事を要求すらして見せた。しかしながら、彼に関してはあの二人とは違い、とある理由があってこうしてここで拘束されている。本人にその自覚があるかどうかは不明だが、少なくともこうして軽々しく要求する辺り、自分の置かれている状況をイマイチ理解していない可能性がある。

「残念だが、それは出来ない話だ」
「は?」

 巌の言葉に、心底理解が出来ない、といった態度をとる。とはいえ、確かに莉緒はあくまで一般人。彼らとは、従姉妹がメンバーなだけで直接的な繋がりは無い。こうして留められる理由も無いはずだが……。

「気を悪くしないでくれ。理由があるんだ」

 その心境を理解してか、巌があくまで莉緒に非が無い事を強調する。しかし、こうして帰る事も許されずに拘束されている事は事実である。決して不満げな表情を浮かべてはいないが、その態度はあまり友好的とは言い難いものだ。

「理由?」
「そうだ。あの二人とは違い、君はあの魔人から明確な敵意を向けられた。憎悪とも言っていい。これから先、奴に執着される事は間違い無いだろう。となれば、下手をすれば個人的に狙われる可能性すら出てくる。つまり、どういう事か分かるな?」
「……??」

 ここまで言われて、何故か首を傾げる莉緒。巌の言っている事が理解出来ていないわけが無いだろうが、それがどこに帰結するのかが分からない模様。

「つまり、アンタはもう今までみたいに暮らせないって事よ」

 首を傾げる莉緒を見て、言いづらそうにしている巌を見かね、阿弥が代弁する。が、やはりピンと来ないのか、あまり理解はしていない様子。

「……あぁもう! 保泉! アンタの身内でしょ、何とかしなさい!!」
「はぁ……」

 呆れている、わけでは無さそうだが、少しばかり疲れた様子の皐月が、莉緒の傍までやって来る。

「簡単に言えば、これから先、莉緒さんは命を狙われる危険性がある、という事です」
「あぁ、そういう事。それならそうと、はっきり言ってくれればいいのに」
「はっきり言ってしまえば、必要以上の不安を与えてしまいかねない。司令も、阿弥先輩もそこを考えての発言なんです。……むしろ、あれだけ言われてるのに、何故莉緒さんは分からなかったんですか?」
「さぁ……?」

 皐月の言葉にも、莉緒は曖昧な反応を返す。正直なところ、ここまで言われずとも普通なら気付くものだろうが、莉緒は何故そこを察する事が出来なかったのか。

「危険の度合いが分からなかったんだよ。もしかしたら、単にちょっかいをかけてくるだけ、って事もあるでしょ?」
「あの状況を見た後でそう言える事を褒めるべきか、呆れるべきか……」
「普通は間違いなく後者よ。この子、保泉の親戚だって言うから、ある程度期待はしてたんだけど……」
「そう上手く事は進まんな」
「いや、コイツがおかしいだけじゃないの? 普通の人なら、あそこまで言われた時点でこっちが何を言おうとしてるかとか察するでしょ」
「……それが出来ない人間もいる、という事だ」

 納得できない、といった表情になる阿弥。しかし、巌のその言葉の前に妙な間があった事には気づいていない。

「忌み子……、か」

 皐月と何かを話している莉緒を見て、巌が小さく呟いた。
 彼の境遇は、これまでも決して良好とは言えないものだったが、今後は更に悪くなっていくのだろう。

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